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第11話 2つの願い事

 ギャラクティカ本社での凛太郎たちと梅ケ谷の商談からまもなく、各種新聞やネットは、「与党、仮想通貨事業に着手」のニュースで持ち切りとなった。「政府による仮想通貨、是か非か」といった類の討論番組が地上波でもネット番組でも盛んに組まれ、そのほぼすべてに与党公認の旗振り役として江島めぐみが出演した。彼女は東京都知事選には結局僅差で現職の尾池百合絵に敗れ、参議院議員の肩書まで失ってしまったが、落胆するそぶりどころか選挙疲れの色もまったく見せることはなかった。江島めぐみが番組内でのカリスマ性あふれるプレゼンをぶちかます度に、番組のパネラー、観客、視聴者たちは、心を奪われていった。「政界のアイドル」の面目躍如である。見る人が見れば、画面に映るめぐみの背後に、天女のごときオーラを感じたことだろう。


「沈みゆく日本経済が、昇り龍のように復活していくようにとの願いをこめて、“りゅーコイン”と名付けました。

仕組みはBATコインなど、先行する暗号資産、いわゆる仮想通貨と同じです。これまでと異なるのは、日本政府公認で1コイン=1円で 日本円と同じように使えるという点です…」


 その後日本政府は、歴史的な決断を下した。以下が新聞や各ネットニュースの見出しの一例である。


『政府公認の仮想通貨 “りゅーコイン” 、全国で流通開始か』


『1コイン=1円の固定レート、円と同様に使用可能』


『野党は「経済の混乱招く」と反対を継続か』


『りゅーコインの支払いはアプリで簡単に』


……


♦ ♦ ♦


 凛太郎が居候している七海のマンション。リビングでは九頭龍凛太郎がテレビを見るともなしに眺めながらくつろいでいる。


凛太郎は、ギャラクティカでの業務終了後、気が付くと九頭龍にチェンジしていることが多い。会社の仕事中は基本的に凛太郎の人格だが、凛太郎が見聞きした内容は九頭龍にも共有されるシステムになっているようだ。逆に九頭龍の人格龍格?が出てきているときはどうかと言うと、最初は凛太郎本人いわく「眠っている感覚」で、その間のことは覚えていなかったそうだ。最近では徐々に、自分が九頭龍になっているときのことも、おぼろげには記憶があるようになってきたらしい。


「まったくもー、ただでさえ忙しいのに、仕事増やしてくれちゃて」


七海が台所で、夜ご飯の牛すじカレーを煮込みながらボヤく。


「しょうがなかろう。全面協力せよという社長様からのお達しじゃ」


言いながら九頭龍凛太郎は、昼間が梅ケ谷から改めて渡された名刺を取り出した。表には「自由公正党 江島めぐみ公設秘書 梅ケ谷慧」とあり、連絡先が書いてある。いたってシンプルな名刺だが… 手にもって裏返してみる。裏には、3本の脚をもつ黒い鳥をかたどったマークが印刷されていた。


「頼んだぞ。『うぇぶせーさく』とやらがぬしの仕事じゃろ」


「私の担当はwebデザインよ」


「似たようなもんじゃろが」


「web制作とwebデザインはまったく別のモノですー」


他愛無いやり取りのうちに、牛すじカレーは出来上がった。

七海が二人分のカレーと付け合わせのゆで卵3つをトレーに乗せてリビングに持っていくと、九頭龍凛太郎の目がハートになる。


「おー、旨そうじゃわい!」


言うが早いか、凛太郎はガツガツと豪快にカレーを食べ始めた。


「龍神さまって、もうちょっと品のある食べ方をするのかと思ってたわ… ゆで卵、3つで足りる?」


「おう、九頭龍への供え物といえば卵、これ常識。カレーにゆで卵は最高じゃあ!」


「勘弁してよ。卵、最近高いんだから」


「本当はもっと食いたいとこだがの。あんまり凛太郎の体に負担をかけてもいかんしのぉ… こやつ体がちんまいから」


七海は九頭龍凛太郎の向かいに座り、あご肘をつく。


「ねぇねぇ、レミの動画見てよ。光、ついにWeTubeデビューしちゃった。梅ケ谷さんが連絡してくれたみたい」


カレーを口いっぱいにほおばる九頭龍の前に、七海が自分のPCを広げて、ある動画を見せる。ネットでじわじわと知名度を上げている金髪碧眼の美人歌手、レミの動画だ。


『皆さんこんにちは、歌い手レミです。今日は私の大ファンだという男の子がいる病室に、特別にお邪魔しています…』


『こんにちは、ひかるです』


『光君はもともと心臓の病気で…自公党の江島めぐみ議員の狙撃事件の時にたまたま現場にいて、流れ弾が人工心臓の装置に当たったんだけど、奇跡的に助かったそうで… 

江島先生の秘書の人が連絡をくださって、私に会いたいということなので、病院に許可をもらってお邪魔してます。


光君、本当によかったね。ありがとう、私のファンでいてくれて』


『うん、それに僕たち、ね…』


『そうそう、二人おんなじ孤児院の出身なんですよ。ホントにびっくり!…』


流石に病院内で歌うのはまずいという判断をしたらしく、動画内でレミは光に、心臓移植の手術が終わったころには、きっと有名な歌手になって武道館ライブの特等席に光を招待すると約束して、その動画は終わった。



…ふと、付けっぱなしにしていたテレビを見ると、キャスターが「りゅーポイント」についてのニュースを読み上げている。


『続いてのニュースです。与党・自由公正党が立ち上げた暗号資産・りゅーコインの運用が、本日からスタートしました…』


九頭龍凛太郎は満足げに笑みを見せた。口元からは牙がのぞいている。


「…会議中さ、何度聞いても最後までよく分からなかったんだけど… 結局、りゅーコインと日本円は何が違うの?なんで円があるのに、わざわざ仮想通貨をあたらしく作る必要があるわけ?」


「…ぬしは『うぇぶせーさく』は詳しいくせに、経済はからきしじゃな」


「な…!だから私の担当は制作じゃなくてデザインだってば…」


「…日本円の発行権は誰が持っておる」


「日本銀行でしょ」


「発行もと日銀にちぎんじゃがな。発行を命じる権限は日本政府にある」


「へー、知らなかった」


「じゃから当然、勝手にかねを増やすことはできん」


「?」


「では、りゅーポイントの発行権は誰が持つ?」


「まさか…」


「そう、儂が持つ。これからは儂の一存でいくらでも金が生み出せるぞ。様様さまさまじゃ。長く眠っておった甲斐があったわい」


「そんな無茶苦茶な…」


「もちろん、このことを知っているのは儂らごく限られたものだけじゃ…

ま、思ったより早く実現しそうでよかったわい。流石さすがあま将軍。これでこの国の財布はつかんだのう」


「尼将軍?」


横で七海が不思議そうに尋ねる。


「いや、何でもない。気にするな」


「なによー。感じ悪いわねー」


「ふふん。あれだけのタマじゃからの。はよう今の政権与党ごときは見限ってもらわんとな」


「…はい??」


「何でもない、何でもない…

さてと、七海。今度の土日は埼玉に行くぞ。りゅーコインで初めてのお買い物じゃ」


「埼玉?わざわざ?なに買うの?」


九頭龍凛太郎は、緩んでいた口元を一段と大きく開けると、こう答えた。


「…


(つづく)

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