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第10話 商談

「その少年は、私どもが責任をもって病院までエスコートいたします。我々のお車へどうぞ。完全防弾仕様です」


一行は選挙カーではなく公用車に乗り変えた。梅ケ谷が運転し、助手席には江島めぐみ。後部座席には七海、凛太郎と、凛太郎の右手が胸部に刺さったままの光が乗っている。


「改めまして、隣におります江島めぐみの公設秘書をしております梅ケ谷と申します。この度はお礼と、それからお詫びのしようもありません」

「そんなに畏まるな。儂とおぬしの仲ではないか」

九頭龍凛太郎が言うが、その右手は光の胸につき刺さったまま、光の心臓を直接つかんで絶えずマッサージしている。

「ちょっと、知り合いだったの?」

七海が慌て尋ねる。


「腐れ縁というやつでな。そちらの江島センセとやらとは、はじめましてじゃの」


「はい、その… なんとお礼をしたらいいか」

助手席にいるめぐみが、わざわざ後部座席の凛太郎たちの方を向いて、ペコリと頭を下げる。


「おい、光。聞いたか?お礼に何でも一つ望みをかなえてくれるそうじゃ」


「ホント…?」


「そこまでは言ってないでしょーが…」

七海がツッコむ。


「それじゃあ、命を助けた儂へのお礼で一つ、流れ弾を食らって死にかけたこのわっぱへの詫びでもう一つ、願いをきいてもらおうかの」


「我々にできることなら、何なりと」

(この様子だと、この阿賀川七海という女性は、と知り合いのようだ)

運転をしながら梅ケ谷が答える。


「光、何がいい?やっぱり本かしら」

七海が問いかける。


「うーん、そうだなぁ… レミに会ってサインが欲しい」


「レミって、あの病室に貼ってあるポスターの…

よっぽどレミって歌手が好きなのね。そんなに曲がいいの?」


「それもあるんだけど… レミは、僕とおんなじ施設の出身で、これから曲が売れたら施設に寄付していきたいんだって」


「ほう。光は養子か」


「あ、ゴメン。言ってなかったね」


「まぁ、一つ目はこれで決まりじゃな。次は儂の番じゃ」


九頭龍凛太郎は、少し間を置いて言った。


「おぬしら二人、国の政治に深く関わっておるのじゃろ?

…これからは儂が、この国の財布を握ろうと思うんじゃ」



♦ ♦ ♦


株式会社ギャラクティカ。


 総務係兼受付嬢の小畔こあぜ美樹子が、まじめに業務に取り組んでいるフリをしながら会社のPC画面でネットニュースをチェックしていると、「ルルル…」と代表電話が鳴った。美樹子はハッと総務兼受付係としての自分を思い出し、顔を引き締める。


「お電話ありがとうございます。株式会社ギャラクティカでございます。」


「…お忙しいところ失礼いたします。わたくし、自由公正党の江島めぐみの秘書をしております、梅ケ谷うめがたにと申しますが」


驚きと緊張で、美樹子はサッと自分の血の気が引くのが分かった。




 その日の午後。


 凛太郎は、ギャラクティカ社長の久田松祐慈くだまつゆうじのいる社長室に呼ばれた。久田松は髭面ひげづらに、モジャモジャの長い真っ黒な髪をオールバックにした厳めしい見た目をしているが、喋るとのんびり・おっとりとした話し方の柔和なおじさんという感じだ。だが仕事はものすごく早くかつ凄腕らしく、ほとんど一人で仕事をこなしていた創業当時から、社内で数々の伝説が残っている。

 いわく、「電話で注文を受け、電話が終わったときには納品できる状態になっていた」とか、「社長室をこっそりのぞくと、たまに3人の社長が別々の仕事をこなしていることがあった」とか。ほとんど『学校の怪談・七不思議』状態である。


「ああ、葛原くずはらくん、悪いね…。実はさっき、自公党の江島めぐみの秘書から電話があったそうでねぇ。プロジェクトのプロモーション全般をウチにやってほしいらしいんだけど、君と阿賀川君を窓口にご指名なんだよ…。ビックリだね。営業かけてたの?」


「…いえ、そういうわけではなんですけど…

ちょっと、色々とありまして」


「あ、そう… ま、何にせよ今日、昼の1時に来社して話がしたいんだって。急だけど対応頼むね。僕も同席するから。」



♦ 


 その日の午後1時、ギャラクティカの応接室。応接室には凛太郎、七海、そして社長の久田松が待機している。

コンコン、とノックがされ、受付の小畔美樹子にエスコートを受けた梅ケ谷慧うめがたに さとしが現れた。江島めぐみの姿は見えず、彼一人である。


「…ご無沙汰しております」


「お久しぶりですね。ニュース見ましたよ。ご無事で何より」


「「?」」


凛太郎と七海は、先日の街頭演説での銃撃事件で梅ケ谷と面識があるが、当然久田松とは初対面だろうと思っていた。しかしどうやらこの二人は古い知り合いらしい。


「お忙しいところ、突然お邪魔しまして申し訳ありません。改めまして、江島めぐみの公設秘書をしております梅ケ谷です。江島は今日も演説に出てまして、私だけで大変失礼いたします」


(繰り返しになるが、江島めぐみは国会議員を辞めて東京都知事選に立候補中である)


「いやそんな、滅相もない。日本初の女性総理候補なんかが直接来たら、緊張して喋れないよ」

久田松が応える。


「よく言いますね」


「さて、こんな零細企業にお仕事を下さろうというのは、どういう風の吹き回しで?」


「はい、実は先日、このお二人にうちの江島が命を救っていただきまして…」


「おや、報道されてたかな?」


「いえ、全くニュースにはなっていないはずです。報道されている映像は、我々で作ったフェイクです…」

(報道で流れる映像では、江島めぐみは銃弾の直撃をを間一髪で免れ、その直後に駆けつけた梅ヶ谷に連れられて車内に戻るのだが、その際に右手を高々と上げて「私は負けない!」と雄たけびを上げた。ネットではその時の姿が有名なドラクロワの絵画“民衆を導く自由の女神”にそっくりだと話題である)


「…実際は、こちらの葛原さんが江島を救ってくださった上に、狙撃手も追い払ってくれました」


「へぇ。やるじゃないの」

久田松社長はちょっとだけ驚いたような表情で、凛太郎に視線を向ける。


「いやぁ、アハハ…」


凛太郎はいつものようにポリポリと頭をかくが、

(いや、感心してないでもっと色々ツッコミなさいよ)

と、七海は社長の久田松に対して思った。


「それで、お礼にと言っては大変恐縮なんですが、江島がこれから前面に押し出していきたい一大プロジェクトを、ぜひともギャラクティカさんにまるっとお願いできないかと思いまして。

…葛原さんから、web関連のデザインはそちらの阿賀川さんに任せれば安心だと伺っております」


「そりゃあ有難い。で、どんな内容のプロジェクトを?」


「はい。簡単に言いますと…」


梅ケ谷の口から語られた内容は、久田松にはまったく予想もできないことだった。


(つづく)

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