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第8話 二撃目

白昼の凶弾が選挙演説会場を襲う、一か月ほど前。都内某所の江島めぐみ事務所―


「…こちらの写真と報告書を見てください。全国のから送られてきたものです」


江島めぐみ本人と、スリーピースのスーツ姿の秘書・梅ケ谷うめがたにさとしが密談している。


「ここ半年余りで3人の政治家や実業家が遠距離狙撃により暗殺されています。なぜか全く報道されていませんが」


梅ケ谷が机に並べて見せた3種類のA4サイズの報告書には、それぞれ表紙に1枚ずつ写真がクリップで留められており、その全てに、頭部から血を流した死体の生々なまなましい姿が収められている。


「いずれも側頭部を正確に一度の射撃で打ち抜かれて… 正確に言えば、即死です。凄腕とかいうレベルではありません」


「、ってことは…」


「はい。間違いなく、我々と同じようなを持った者の犯行です」


「うわ~ぉ」


「なーにノンキな声を出してるんですか。殺された3人は、全員が海外資本の日本進出に邪魔になった人物です。今後、江島先生も狙ってくる可能性は非常に高いです。ましてや先生は、これから選挙演説で開けたところに立つ機会が多くなる。向こうにとっては絶好のまとですよ」


「そんなこと言われたってねぇ… また、あなたが助けてくれるんでしょ?梅ケ谷君」


「まったくこの人は、どこまで緊張感がないんだ…」


梅ケ谷は目をつぶって片手で顔の半分を覆った。


「…いいですか、狙撃された3人は全員、一度の射撃で銃弾が側頭部に正確に命中したのち、貫通することなく脳内にとどまっているんです」


「…どゆこと?」


「まだ分かりませんか(この人ホントに日本を代表する国会議員か?)。十中八九間違いなく、銃弾の動きを思い通りに制御できる人物の仕業です」


「どっひゃー」


「だとすれば、たまけたり私が覆いかぶさって先生を守ったとしても、意味がない可能性が高いです。銃弾は先生の脳に刺さるまで止まらないんですから」


「ちょっと待ってよ。私、確実に死んじゃうじゃない」


「今のところ、銃弾が叩き落して、物理的に弾を他の物体にめり込ませて慣性をゼロにするしか対策が思いつきません」


「…あなたって、インテリキャラなのに考えることが意外と脳筋ノウキンよねー」


「茶化さないでください」


「…その作戦、跳ね返った弾が演説の聴衆に当たらないか心配ね」


「はい、祈るしかありません」


「まったく…そっちが祈られる側でしょうに」


♦ ♦ ♦


 江島めぐみの公設秘書である梅ケ谷さとしは、選挙カー上で隣の江島候補が演説を続けるのを聞きながら、抜かりなく周囲を警戒していた。弾避けとして複数のSPで江島のまわりを固めることも考えたが、やめた。もし狙撃されるとして、梅ケ谷の通りならほとんど意味はない。


「…かつての経済大国、技術大国ニッポンは今は見る影もなく、もはや立派な途上国に逆戻りです。これは日本人の頭脳が劣化したからでも、労働を怠けたからでもありません。政治という国の舵取りを誤ったからです…」


演説が佳境に差し掛かると、江島候補の目の前にいた、肩車をされた少年がやおら手を挙げ、江島候補は演説を止めた。江島候補はその少年の質問に答えるようだ。


(ん?あの青年は…)


梅ケ谷は少年ではなく、少年を肩車している華奢きゃしゃな青年に目を向けると、に気づいた。


(随分と雰囲気が一般人に近いが… 眠っているのか?)


「僕は心臓の病気で、ひょっとしたらあと何年かで死んじゃうんですけど…」


梅ケ谷がマイクを渡し、少年が簡単な自己紹介と質問を始める。上空では、一羽のカラスがゆっくりと旋回しながら飛んでいる。(複合的な要因で都心のカラスの数は随分と減った。一説によると個体数が以前の7分の1程度にまで減少しているそうだが、世界的な感染症の広がりも理由の一つらしい。人間の出すゴミの量が減ると、カラスは生きていけないようだ。)しかし、カラスにしてはこの飛び方は妙である。体格もやたら大きい。


「…じゃあ、江島さんが東京の知事になったら、日本はいい国になりますか?」


少年が質問をし終わるかどうかというタイミングで、その大ガラスは恐るべき視力で何かを発見した。演説場所から離れたビルの屋上で、フードを被った人影がライフルを構えてスコープを覗きこんでいる―狙撃手スナイパーだ。


少年の質問を聞き終えて、江島議員が自身のもとに戻って来たマイクを握って発言しようとしたと同時に、スナイパーはおもむろに狙撃の態勢に入ろうとする。そのタイミングで、不思議なことに大ガラスが捉えていたその視覚が、地上にいる梅ケ谷の脳内で共有された。


チュン!


という、弾丸が空気を切り裂いて飛ぶときの不気味なほど無機質な音が、地上にいる凛太郎たちの耳にははっきりと聞こえた。しかし、その恐るべき音と全く同時に一瞬のうちに目の前で繰り広げられた光景を、凛太郎はとても信じることができなかった。


弾丸の風切り音が聞こえてくる刹那、梅ケ谷は銀色の髪をなびかせながら、常人離れした身軽さで選挙カー上の江島候補の真横にまで、踊るような跳躍を見せた。あまりの速さに、青色の稲妻が走っているようにさえ見える。


「‼」


その光景を目にした全員が息を飲む中、梅ケ谷は手にしたハードタイプのブリーフケースで、江島めぐみの右こめかみに今まさに命中せんと襲い来る銃弾を、叩き落とすように跳ね返した。ギィイイン!という耳障りな音があたりに響く。


同時に…


イタっ!」


外出用のキャリーバッグ型の補助人工心臓駆動装置を手に持っていた七海は、ズン、という強烈な衝撃を手に感じた。


一方、跳躍した勢いで選挙カーの上から飛び出した梅ケ谷は、フワリと柔らかく着地するが早いか、叫び声を上げる。


「江島先生、伏せて!二撃目が来ます!」


屋上のスナイパーはすかさず二撃目を発射する用意をしていたが、正直なところ、驚きを隠せなかった。


『ライフルの銃弾を防弾ケースで弾き返しただと…?人間わざではないな。さては同業か?』


いままで、依頼された仕事のターゲットは全て一発で仕留めてきた。二発目を打つのは人生で初めてのことだったが、冷静に狙いを定めた。ターゲットの江島という女政治家は、慌てて姿勢を低くしているものの、まだ江島の姿は十分スコープの中で視認できる。今度は絶対に命中するだろう。


ピシュッ!


サイレンサー付きのスナイパーライフルから、2発目の弾丸が発射された。その弾丸は驚くことに完全な直線ではなく、生きて意志を持っているかのように江島めぐみの頭部に向かって伸びていく。


梅ケ谷も、もう間に合わない。弾丸が今度こそ江島めぐみの頭を貫くか、というその刹那。


「一つ、貸しじゃの」


心臓病の少年を肩車していた小柄な青年が、まるで瞬間移動したかのように江島めぐみの前に現れたかと思うと、パシィィン!と野球のボールでもキャッチするかのように銃弾を素手で受け止めた。


だが、その手はどう見ても人間のものではなかった。


(つづく)

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