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第6話 光の外出

 都内の議員会館。与党・自由公正党所属の参議院議員の江島めぐみと、その公設秘書の梅ケ谷うめがたにさとしが会話を続けている。


が目覚めたようです。」


「彼って…まさか…」


「はい。そのまさかです。我が国の切り札です」


「ようやくね。待たせてくれちゃって…。こちらから出向くべきかしらね」


「…そうですね。選挙戦が落ち着いたら、電話でもかけてみましょう」


「連絡先は分かるの?」


「もちろんです。に調べてもらいますから」


「それ、ホント便利よねー。うらやましいわぁ…」


「これはこれで、マネジメントが大変なんですよ」


「またまたぁ。苦労なんてしてないクセに」


「ともかく、都知事選が終わるまでは選挙に集中しないと、何があるか分かりません。そのあとにきちんとにはコンタクトを取りますから、それまで気を抜かないでください」


「はいはい、かしこまりましたよ、おさ


「その呼び方はやめてくださいと、何度言ったら分かるんです」


「冗談だってば、そんなに怒らないでよ」


 政権与党である自公党と、現在の内閣の支持率がおおむね好調なのは、この江島議員の人気によるところが非常に大きい。江島議員は父親がイギリス人のハーフである。ハーフ特有のすらりとした長身と美貌ゆえに「政界一の美女」「政界のアイドル」など、様々な二つ名を持つ彼女は、決して容姿だけが取り柄なのではない。テレビ・ネット番組に引っ張りだこであるが、出演時には、舌鋒鋭く不正義を糾弾し、時には身内の自公党も歯に衣着せないで批判する。国会での質問や答弁も非常に切れ味がよく、聞く人皆をうならせる。いまや名実ともに政治家としては人気No.1と言ってよい。最近は、外国資本による国内の土地・水資源・企業の買収問題を激しく追及している。


 そんな江島めぐみは、現役の参議院議員であるが、今回満を持して東京都知事選に立候補した。自公党としても党を挙げて全面バックアップ体制を敷いている。もともと、現職都知事の尾池おいけ百合絵ゆりえが自公党の公認で出馬、当選を果たしたのだが、尾池は当選後にアッサリと離党。人気が出たのをいいことに自身の政党まで作って造反した。はらわたを煮やした自公党は、東京における同党の基盤を再び盤石にすべく、今回の都知事選に江島めぐみを送り出すことにしたのだ。ちなみに現職の国会議員が都知事選に立候補すると、自動的に議員資格は失効するため、かなりのハイリスクだと言える。しかし、先述のとおり江島は今や日本一人気のある政治家だ。将来はほぼ間違いなく日本初の女性総理になるだろうとの見方も強い。加えて現・尾池都知事は、学歴詐称疑惑や目に余る公私混同っぷりの露呈により、アンチが急増してきた。党としても本人としても、十二分に勝てるとの見込みで今回の出馬を決定したのだ。


「明日の日曜は新宿駅前で街頭演説です。全編ノーカットでWeTube生配信しますから、気合を入れて頼みますよ」


「へいへい。分かってますよ」


先ほどからの会話でもわかる通り、大一番の選挙に政治家生命をかけて臨んでいるにしては、この江島めぐみはどこか飄々としているところがある。


「ブレーンのあなたが演説した方がいいんじゃないかしら。応援弁士でもいいわよ」


「公設秘書に応援弁士をたのむ議員がどこにいるんですか。ホントに気を抜かないでください。選挙は魔境、何が起きるか分からないんですから」


「まー、心配性だこと」


「用心深いと言ってください」


国会中継で見せるバトルモードと打って変わって、どこか抜けたところのある素の表情も、江島議員の人気の背景である。果たして、選挙の行方は…


♦ ♦ ♦


 都内某所。ある人物がさびれた雑居ビルの階段を上っている。シルバーグレーのコートを着てフードを目深にかぶっているため、素顔は見えない。身の丈ほどもあるキャリーケースを背負っている。ビルの屋上に到着し、おもむろにケースを開封すると、そこから取り出されたのは長距離用の大型スナイパーライフルだった。


 その人物は慣れた無駄のない手つきでライフルを組み立てると、下見でもしていたのだろう、あらかじめ決めていたと思われる場所に陣取り、スコープを覗いて狙いを定めた。


 射撃ポイントにつくと、ポケットから携帯を取り出し、ある人物に向けてメッセージを送った。


『配置完了』


♦ ♦ ♦


「秋葉原にお集りの皆さま、こんにちは。アニメ、オタクの文化は、都としてもしっかりサポートしてまいります…」


初老の女性候補が、秋葉原で街頭演説を行っている。


「嘘つきタヌキー!」

「辞めろー‼」


現職の都知事で、再選を狙う尾池百合絵であるが、応援のムードは弱く、聴衆のヤジが飛び交っている。相当有権者からの反感を買っているようだ。


 尾池都知事は、最初は非常に人気があった。

「この人なら、東京を世界一住みやすい街にしてくれるのでは」―都民はみな、一様にそう期待した。数年後、当初掲げていた公約は一向に達成されず、そこを都議会議員に突っ込まれると、本人の公式サイトから公約のページは削除された。一軒家には太陽光パネルの設置と、新車購入の際は電気自動車にすることを都民の義務としたが、どちらも東京に製品を売りたがっている某国から金銭的な見返りがあるのではないかと言われている。そして決定打となったのは、元秘書による告発でほぼ確定的となった、学歴詐称疑惑である。


 演説を終えた尾池に、選挙チームのスタッフが声をかける。

「お疲れさまでした。反応、厳しいですね」


「…」


尾池は無言でスタッフをにらみつけると、一言も発せず選挙カーに乗り込んだ。相当ご機嫌はナナメのようだ。


ピコン、と尾池のスマホの通知がなる。


『配置完了』


メッセージを読んだ尾池は、今までの苦虫を嚙み潰した顔を一変して緩ませると、ニヤァ…と笑みを浮かべた。


「いいえ。この選挙、もらったわよ」


♦ ♦ ♦


「ごめんね、つき合わせちゃって。この子、どうしても葛原君と遊びたいって言って聞かないのよ」


ある休日、私服の七海と凛太郎は、病院着のままのひかるを連れて、新宿駅付近を散策していた。


「いえ、そんな、僕でよければ、全然」


凛太郎としては、疑似デートの感覚である。光もいるから、子連れの夫婦の感覚も味わえるか… とにかく、願ったり叶ったりだ。凛太郎は、自分の中で眠っている九頭龍に感謝した。


「光、本はもういいの?」


「うん、面白そうなのが見つかったよ。当分は退屈しなさそう」


月1回病院から許可されている遠出だが、遠出と言っても、数十kgはある心臓の駆動装置と一緒に移動しなければならない光は、頑張っても新宿駅周辺までしか出ることはできない。だがそれでも、日ごろ病室の中でひたすら本を読んでいる光にとっては、心から楽しめる気分転換である。


「…あれは、誰だろう?」


「あ、江島めぐみ議員ですね。今度都知事選に立候補するから、街頭演説をしてるんですよ」


「そうなんだ… 凛太郎兄ちゃん、近くで演説聞いてみたいんだけど、いいかな?」


後になって考えればこの時、「好奇心は身を滅ぼす」という言葉が、3人のうちの誰かの頭によぎれば良かったのかもしれない。


(つづく)



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