「とりあえず、しばらくぬしの部屋に厄介になるぞ」
「…え?」
七海が九頭龍凛太郎から、思いもよらない宣告を受けた数日後。すでに今日のギャラクティカでのwebデザイン業務は終えて、自分のマンションに帰ってきている。
「はぁ…気が重い」
七海はため息をつきながら、パジャマ姿にタオルを首にかけ、いま上がった風呂からリビングに戻る。すると…
「だから、それやめてって言ってるでしょーが!心臓に悪い!!」
リビングには、九つの首で一斉に別々の本を読む凛太郎の姿があった。
「頭が九つあるから九頭龍というのじゃ。何の不思議もなかろう。
「そんなの、葛原君の家でやってよ!」
「おぬし、副業について詳しいのじゃろう?いろいろ商売に関する蔵書があると踏んだが、そのとおりで助かったわい。凛太郎はこの手の本にはとんと縁がないからの」
九つの凛太郎の頭のうち、一つが、読んでいる本から視線を外すことなく答える。株の本を読んでいる頭もあれば、プログラミングについての本を読んでいる頭もある(一つの頭だけ、眼鏡をかけている)。パソコンで何かのサイトを読みこんでいる頭もある。
「…とりあえず、儂とぬしの軍資金をつくらねばな」
♦
九頭龍凛太郎が
(そろそろ今月分の入院費の準備しなきゃ… あ、そうだ。光がまた欲しい本があるって言ってたっけ。
…あれ…? えっ。えーっ?)
七海は自分の銀行口座を確認して唖然とした。預金残高が2千万円を超えている。
帰宅した七海は、自宅のマンションのドアを勢いよく開けた。リビングで九頭龍凛太郎が作業をしている。
「クズ君、口座に、口座に、お、お金、お金が… 何か知ってる?」
凛太郎の体をしている九頭龍は、PCの画面を見ながらの作業を止めずに応える。ダボっとした無地の白Tシャツと色の薄いジーンズに裸足、というラフな恰好である。
「あぁ、株で稼いだ分をとりあえず振り込んでおいたぞ。WeTubeの広告とメンバーシップで入ってくる分の振込先は、おぬしの口座に紐づけるかの。それだけで毎月50万くらい入ってくるはずじゃ」
「すっご…!あ、ありがとう…」
七海は喜びと驚きで口を手で覆う。
「龍って、投資得意なの?」
「フフン、龍と言えば金運、これ常識。無名のベンチャー企業の株を安く買っておいてじゃな。その会社にワシの神力を注げば…
株価は爆発的に上がるっていう寸法よ」
「もはや新手の詐欺ね… (誰も不幸にならない詐欺だけど)
っていうか、いつの間にWeTube収益化したのよ。どんな動画投稿してるの?」
「面白いことを考える人間がおるでの。参考にさせてもらった。見るか?」
九頭龍凛太郎は『くずりゅーチャンネル』というアカウントのWeTubeホーム画面を開いて見せる。七海が後ろから覗き込む。かわいらしい龍のアイコンは、九頭龍が
『“WeTuberでびゅー”をしようと思ってな。“あいこん”とやらをデザインしてくれんか。女・子供が好きそうなやつを頼む』
と、七海に頼んでデザインしてもらったものである。
『くずりゅーチャンネル』の動画は3時間ほどの長尺のものばかり。すでにチャンネル登録者数は10万人以上おり、動画の再生回数は軒並み20万回、モノによっては100万回を超えている。七海は凛太郎が使っているマウスを触って、試しに動画の一つを再生してみた。画面にはずっと「この動画を再生するとその日1日、運気が上がります」という文字が表示されているだけである。ずっと穏やかなBGMが流れている。
「この手のチャンネルがたくさんあっての。真似させてもらった。今は音楽も簡単に作れるソフトがあって助かったわい。」
「これって、霊感商法っていうんじゃ…」
七海は不安げに凛太郎に尋ねる。
「失礼な!人聞きの悪いことを言うでない。儂以外のチャンネルはほぼ全てまがい物じゃが、儂の動画にはちゃんと儂の
凛太郎の姿をした九頭龍は鼻高々である。七海は画面をスクロールしてコメントを見てみる。
『この動画を見るとなぜか元気になります。いつもありがとう』
『このチャンネルの動画を見るようになってから体調がよくなった。』
『仕事決まりました!ありがとう!!』
『このチャンネルの動画をミュートでリピート再生しておくと赤ん坊が夜泣きしない。家の雰囲気も明るく、毎日が楽しくなった』
…などなど。
「すごいね、コメント欄。評判いいじゃない」
「フフフ、九頭龍の神徳をなめるなよ。有料のメンバーシップもスタート予定じゃ。メンバーシップ限定動画にはさらに強力な神徳をこめる。グッズも販売するから、デザイン頼んだぞ」
(投資と動画投稿で稼ぐ龍って、斬新…)
と七海は思った。
「これでとりあえず、ぬしの弟の治療費のことは心配いらぬな。ぬしがやっているデザイン関係の副業は、やめても問題なかろう。好きでやってるなら続ければよい。くらうどそーしんぐサイト、じゃったか?」
「うん…スキルアップにもなるし、ギャラクティカの仕事に支障が出ない程度に続けてみようとは思うんだけど…本当に、ありがと」
「フン、凛太郎に感謝することじゃな」
「…クズ君の前世のお坊さんって、そんなにすごい人だったんだ」
「おう、人間にしてはなかなか見上げたヤツであったぞ。いつか、話してやろうかいの」
九頭龍凛太郎は遠くを見つめるような目をした。どこか、懐かしむような表情を浮かべたように七海には見えた。
「…これで当面の軍資金は大丈夫じゃな。これで来年、光の病魔を喰えば万事解決じゃ」
「うん…!」
「さてと…ぬしら
「え…?」
「ぬしも、心構えをしておけよ」
「心構え?何の?…」
七海は怪訝な顔である。
「ふふふ。儂が目覚めたことに気づく輩がおるでの。おそらく向こうからくるわい」
九頭龍は凛太郎の顔でニイッ、と歯を、いや牙を見せた。
笑うばかりで詳しいことは何も話そうとしない九頭龍から、これ以上のことを聞き出すのを諦めた七海は、声に出さずにこう思った。
(葛原君と一緒に住むようになったこと、会社のみんなに絶対バレないようにしなきゃ…)
「ところでさ… また一つお願いがあるんだけど」
「今度は何じゃ。お布施は卵10個と酒でよいぞ。大吟醸で頼む」
「光がね…1ヵ月に1回だけ外出できるの。今度は、葛原君といっしょに出かけたいって」
♦ ♦ ♦
同じ日の、同じ時間帯。東京都千代田区にある国会議事堂の隣の建物の一室で、スーツ姿の男女が一つの部屋でデスクワークにいそしんでいた。女の方は桜色のスーツを艶やかに着こなしている。男の方はフチなし眼鏡で、刈り込んだ髪は銀髪に近い。いかにも『仕事ができます』というオーラを身にまとっている。
「…江島先生」
「『先生』はつけないでいいって言ってるのに…あなたの方が格が上なんだから。どうしたの、
「
「彼って…まさか…」
「はい。我が国の
(つづく)