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第19話 ラナンキュラスの即位

「……久しぶりだね。アルファ君」


「……リリエル、なのか」


 フードの下から露になったのは、真っ白な髪をセミロングにし、エメラルドのような瞳が輝く女性の顔だった。剣を向けたまま茫然とするアルファの前で、リリエルの姿が透明に変わっていく。


「ロゼに伝えて。ラナンキュラス陛下は、不死者の王として復活し、この国に復讐を……!」


 そこでリリエルの姿は消え去った。


◆◆◆


 大急ぎで城に帰る馬車の中でアルファは頭を片手で抱えていた。


(リリエル、生きていたのか? それに先代皇帝が復活してこの国を狙っている? 冗談だろ?)


 そんなアルファの太ももを、マリアは強い力でつねった。


「っ。なんだ?」


「なんだじゃない。君はずいぶんとモテるんだな。アリスといい、ガブリエルといい。今回は百合の女かい?」


「百合? ああ、リリエルのことか? 彼女は……」


 そこまで言ってから馬車が城につき、ローゼスの近衛騎士が出迎えに出ていた。すでに陵墓でのことは魔術で運んだ手紙がローゼスに伝えている。それゆえの対応だろう。近衛騎士を使っているあたり、とアルファは一安心したが……。


「リリエルに会ったというのは本当か!」


 アルファが謁見の間に入ると、ローゼスはアルファの肩を両手で掴んで叫んでいた。


「落ち着いてください、陛下。霊体のようでしたし、まだ本人と確認が取れたわけでは……」


「わかっている。わかっているが……」


 ローゼスからいつもの余裕が失われていることに、マリアは少し驚いた。アルファが行方不明になったときでも、この男はここまで取り乱さなかったのに、と。


「それよりも、先代皇帝が不死者の王になり、我が国に戦争をしかけるという話は本当なのでしょうか」


「残念ながら本当のようですよ、アルファ卿」


「イグニス卿……」


「皇帝陛下、緊急事態ゆえ失礼いたします。ただいまヴァンデ国より、我が国に宣戦布告が届きました。彼の国は多くの不死者をかかえ、この度、王が代替わりしたそうです」


 イグニスが水の魔法に光の魔法を混ぜ合わせ、映像を映し出す。


『我が名はラナンキュラス。我が帝国は今、裏切り者たちの手にある。しかし神は我を見捨てなかった。我に不死の力を授けてくれた。不死の同胞たちよ! 今こそ魔王によってつくられた秩序を破壊し、地上を我らのモノにするのだ!」


「これが即位の演説のようです」


「……確かに先代皇帝だな」


「そう、ですね」


 静まり返る謁見の間に、マリアの明るい声が響く。


「これが先代皇帝か。ずいぶん威厳がないな。ローゼスの方が皇帝っぽいぞ」


「……マリア、独り言が口に出ている」


 アルファはあきれたようにため息を吐いたが、ローゼスとイグニスは笑っていた。


「ふはは、確かにな。良いだろう。先代皇帝が戦争を仕掛けてくるというなら、予自ら近衛師団を率い叩き潰してくれる。イグニス、すぐに準備を」


 ローゼス自らの出陣には、さすがのイグニスもアルファも動揺したが、先に止めに入ったのはイグニスだった。


「お待ちください陛下。不死者たちには、普通の攻撃は通じません。剣や槍を特別な魔法で加工をしなければ……」


 イグニスは過保護なアルファと違ってローゼスの出陣そのものには前向きだった。何と言っても皇帝の出陣は士気を上げる。だが不死者と戦う準備ができていないまま出陣させるのはむやみにローゼスを危険に晒すだけだ。ゆえに進言する。それにアルファも続く。


「まずはこのわたくしめに行かせてください。皇帝陛下。かならずやラナンキュラスの首を手に入れて参ります」


「むう……」


 二人の腹心にそう言われては、ローゼスも少しだけ考えることにした。イグニスがいるため口にはしなかったが、ローゼスとしては先代皇帝を早々に討伐し、リリエル捜索に力を入れたいという思いがあった。アルファもそれをわかっているから、自分が討伐すると志願したのである。


「わかった。アルファ、お前に国宝の〝グングニル〟を下賜する。神の槍グングニルなら不死者相手にも互角に戦えるだろう。マリア、お前も行ってくれるか?」


「はい、陛下」


 アルファとマリアは同時に答え、頭を下げた。


「イグニス。宝物庫からグングニルをもってくるのだ。そして国の魔術師及び鍛冶屋たちに、不死者との戦争に使える武器の製作を命じよ。武器が揃い次第、予も出陣する」


「はは」


 イグニスは頭を下げるとすぐに宝物庫に向かった。アルファの出陣までまだ時間がある、しかも今は気心の知れたものだけ、マリアは気になっていたことを尋ねることにした。


「アルファ、陛下。……リリエルとは、何者なのでしょうか?」


 アルファとローゼスは真顔になって押し黙り、やがてアルファが口を開いた。


「彼女、リリエルは……僕たちの恩人であり……」


――陛下の初恋の人だ


つづく



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