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第10話 ずっと一緒に

 手を繋いで祭の会場である街にまで来たアルファとマリアを、周囲の人間はどう思っただろうか。カップル? 仲のいい兄妹? 少なくとも奇異の目で見てくる者は少なかった。マリアの赤い瞳も麦わら帽子で隠れ気味だったし、なにより帝都と違ってサウザスでは魔王伝説はあまり信じられていなかったことが大きい。


「おお、これが星祭か。ずいぶんにぎわっているな」


 星の飾りがあちこちにちりばめられ、露天がならび、多くの人々でむせ返るような熱気に包まれた街に、マリアは瞳を輝かせた。


「それでアルファ、まずはどうすればいいんだ?」


「そうだな……」


 初めて星祭に参加する者になにから遊ばせればいいかと悩んでいると、露天の主人が早速とばかりに声をかけて来た。


「おにいさん方! よかったら射的、やってかない!?」


「射的……?」


 マリアが首をかしげる。


「的になっている景品を銃で撃ち落とすと、その景品がもらえる遊びだ。やってみるか?」


「うん!」


 年相応の笑みを浮かべて頷くマリアに、アルファは銀貨を一枚渡した。それを店主に渡したマリアは代わりに銃を受け取り、早速熊のぬいぐるみに狙いを定め、トリガーを引こうとしたが……。


「ううーーーーん!」


 思った以上にトリガーが固く、非力なマリアはうなった。そしてどうにかこうにか一発射出したが、当然のごとくあらぬ方向に飛んで行ってしまった。


「アルファぁ……」


 途端にマリアは泣きそうな声を出した。アルファはため息を吐き、マリアから銃を取り上げた。


「あっ……」


 マリアの代わりに熊のぬいぐるみに照準を合わせると、銃士隊から習った態勢で、静かにトリガーを落とす。引くのではなく、落とすのがポイントだ。するとコルクでできた銃弾は熊のぬいぐるみの額に命中し、見事に棚から落下した。


「おめでとー‼」


 店主がカランカランとハンドベルを鳴らす。そして熊のぬいぐるみを拾いあげると、アルファに渡した。彼はそれをマリアに突き出した。


「ほら、欲しかったんだろ」


「あ、ありがとう……」


 マリアは消え入りそうな声でそう言うと熊のぬいぐるみを受け取り、ぎゅっと抱きしめた。そして照れ隠しのように笑った。


「あはは、旦那様からの初めてのプレゼントだね。大事にするよ」


「そうか、まあすきにしろ……ほら、いくぞ」


 年相応のところもあるものだと思いながら、アルファは再びマリアの手を取ると、ゆっくりと歩き出す。マリアは物珍しそうにきょろきょろとあたりを見回し、5歳くらいの男の子が食べているものに強い興味を示した。


「アルファ、あの雲のような食べ物はなんだ?」


「うん? ああ、綿菓子だな」


「わたがし?」


「ほら、あの屋台」


 そこには不思議な箱があり、店主がその箱に細い木の棒を突っ込むと、瞬く間に雲のような綿菓子が作られていった。


「ふわああ」


 口をあんぐりと開けて驚くマリアを見ると、アルファは銀貨を渡して新しく作られた綿菓子を買っていた。


「食べてみろ」


 手を繋ぎ、片手でぬいぐるみを抱えているために手が塞がっているマリアの口元に、綿菓子を差し出す。


「……はむはむ」


 なんだか小動物にエサを与えているみたいだ、とアルファが思っていると、マリアは「あまい!」とうれしそうに叫んだ。アルファの屋敷に来てから、しっかりと食事を摂れるようになったマリアは、もう痩せこけていた面影はなかった。ただの甘い物好きの女の子がそこにいた。


◆◆◆


 その後、適当なベンチに腰かけてヤキソバを食べていると、マリアは多くの人々がなにかを木の枝に下げていることに気づいた。


「なあ、アルファ、あれはなにをしているんだ?」


「ん? ああ、願掛けだよ。天女に願いを叶えてもらおうと木の枝に短冊をつるすんだ」


「短冊?」


「ほら、あそこにある細長い紙が短冊だ。あれに願い事を書くんだ」


「ぼくたちも書けるのか?」


「ああ、まあ」


「よし! ならぼくたちも書こうじゃないか」


 ヤキソバのゴミをゴミ箱に捨てると、マリアはアルファの手を引いた。


「なんだ、お前のことだから未来は確定しているから願い事なんて無意味だって言うものかと」


「まあそうだが……。天女様なら未来を変えられるかもしれないだろ?」


 2人並んで短冊の書記台に向かう。といってもアルファに私欲はなく、「皇帝陛下の御代が末永く続くように」とだけ書いて枝につるした。その間考えていたのは、この娘にも変えたい未来があるのだろうか? ということだった。だから彼は、いつの間にか短冊を書き終えていたマリアに聞いてみた。


「なんて書いたんだ?」


「……ひみつだ」


「……そうか」


 ただの願い事をそこまで詮索するのもと思い、アルファはそれ以上なにも言わず短冊を下げるマリアの姿を見ていた。


「さあ、そろそろ、仕事の時間だろ」


「ああ、そうだな」


 並んで歩くアルファとマリアは、自然と手を繋いでいた。そんな2人を見送るように揺れる短冊には、「アルファとずっと一緒にいられますように」と丸っこい字で書かれていた。


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