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第2話 予言

「この小娘を陛下の御前に出せるようなんとかしてくれ」


「はい、閣下!」


 アルファ付きのメイドであるアリスは、クリーム色の三つ編みを揺らしながら、銀髪の少女を宮殿にあるアルファの私室に備え付けられているシャワー室へとつれていった。


「はあ……」


 騎士としての礼装に着替えたアルファはため息をついた。そして昨夜のことを思い出していく。すると少しの頭痛を覚えた。


◆◆◆


『な、なにをする!』


 藪から棒になにをすると言うよりも早く、突然キスをしてきた少女を突き放す。変な力が入ったのだろう、認識疎外のためのキセルがポケットから落ちた。


『ああ、ようやく顔を見せてくれたね。“視ていた”とおりの顔だ。ぼくはすきだぞ。君の顔』


『何を言って……ちっ』


 キセルを慌てて拾い上げたが間に合わなかったらしい。誰かが牢屋に近づく足音が聞こえた。ふわりと少女は抱き着いてきた。


『おい……!』


『さあ、連れて行ってくれ。見たいんだ。再び外の世界を……』


 アルファは舌打ちをすると、少女を抱えて教団から脱出してしまった。そう、してしまったのだ。してしまったからには最良の手を打とうといざというときの隠れ家に向かおうとしたのだが……。


『そっちじゃない。宮殿にむかえ。ぼくは皇帝と会うことになる』


『……陛下だ』


 少女のローゼスに対する呼び方に不敬だと感じながらも、確かにあのローゼスの性格からして、自分と予言者が一夜にして消えたらおもしろがって隠れ家まで来てしまいそうだとアルファは思った。ならば少女の言うとおり、早めに会わせてしまおう。アルファはそう決めた。宮殿なら守りは厚いし、見たところ少女には未来を視る以外の力は無さそうだ。自分が殺される未来を変えるだけの力がなければ未来予知に意味はない、もしものときは自分が切る。そう決意した上での判断だった。

 とはいえボロ雑巾同然のままローゼスの前に引き出すのは気が引ける。仕方なくこっそり宮殿に用意されているアルファ用の部屋に連れ帰り、自分付の唯一のメイドにあとを任せた次第だった。ため息が出そうになるのをこらえると、朝の陽ざし差し込む庭を窓から眺める。ローゼスの名前から各地から献上されることになった色とりどりのバラが庭を埋め尽くしていた。


「閣下」


 その呼び方に、アリスかと思い振り返ったそこには、見違えた姿のあの少女がいた。


「このような、わたくしにはもったいないドレス、ありがとうございます、閣下」


 この猫かぶりめ。アルファは咄嗟にそう思った。白のフリル付きのドレスに身を包み、髪を整え、薄く化粧もした少女の姿はどこかの姫君を思わせた。とはいえめずらしい銀髪と、忌み嫌われる赤い瞳は、少なくともこの国ではマイナスポイントとして映るだろう。だが、同じくこの国では珍しい髪と目を持つアルファにとっては気にならない点だった。


「いかがでしょう閣下! わたしがんばりましたよ!」


 胸を張るアリスに、「よくやった」と声をかけると、アルファは彼女の頭を軽く撫でた。それだけでアリスはえへえとだらしなく頬を緩めた。メイドのアリス、13歳。アルファが皇帝ローゼスに仕えるようになったとき最初に与えられた従者だった。面倒なので、それ以降どんなに立場が変わっても彼のメイドは1人だけだった。


「……ぼくに褒め言葉はないのかい?」


 銀髪の少女はどこか拗ねたように言った。


「あー、どうせそれも“視て”いるんじゃないか?」


「それは、そうだけど」


「なら陛下に謁見するぞ。会いたいんだろ? アリス、謁見の許可を。くれぐれも内密にな」


「はい! おまかせを!」


「むう」


 少女の機嫌はなかなか直らなかったが、アルファはとりあえず無視を決め込んだ。面倒くさかったからだ。そうこうしている間にアリスが上手く許可を取り付けたらしく、部屋に戻ってきた。


「OKです! 閣下!」


「ほら、陛下がお召しだ」


「……うん」


 大丈夫かなあと思いながら、アリスは自身の主と少女を見送るのだった。


◆◆◆


「おもてをあげよ」


 謁見の間、アルファ以外の警護を外したローゼスは玉座で楽しそうにしていた。すぐにも立ち上がりそうになる彼を、軽くにらんでアルファは止めていた。そんな中、少女は優雅な所作で下げていた頭を上げた。


「ふむ。不吉な赤い目。それがお主が表に出てこなかった理由か? えーと……」


「わたくしに名はありません。ご随意にお呼びください、陛下」


「そうか。ふむ。何がよいかのう?」


 ローゼスはアルファの方に目をやる。好きにすればいいでしょとアイコンタクトで返したものの、ローゼスは黙殺した。


「アルファ、お前が決めろ」


 お前が連れて来たのだからな――ローゼスはそう言いたげだった。皇帝の命令にため息を吐くわけにはいかない。我慢しているアルファを横目で見る少女の瞳はどこか笑っているようだった。


「……マリア、でよいのでは?」


「うむ? マリア、マリア、か」


 ローゼスの反応にアルファは首を傾げそうになった。マリアなどこの帝国ではありふれた名前だろうに、なぜそんな反応するのだろうか? そう尋ねたかったが、ローゼスはそれ早く少女に話を振った。


「まあよい。マリアよ。余の未来は視えておるのか?」


「はい、陛下」


 初めて名付けられた名前を呼ばれ、丁寧に頭を下げた後、マリアはローゼスの目を見て言った。


「陛下、いえ、この帝国は……まもなく死にます」


「おいこら不敬だぞ」、そうアルファが説教を始めるより先に、ローゼスは笑った。


「フハハハハハ、おもしろい。余の前でもその予言を変えないとは良い度胸だ。1000年に一度の洪水だったか。それが帝国に襲い掛かるのだろう?」


「はい」


「アルファ、そう顔をこわばらせるな。この程度、箱舟教団の連中がいつも言っていることではないか。それで、教団の開発している箱舟は間に合うのか?」


「いえ。箱舟を作るのは……彼です」


 アルファを指さした少女は、まっすぐな瞳でそう告げた。


つづく

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