リオとのキスのあと仮眠を取っていた桜夜は、鼻をくすぐる良い匂いで目をさました。その匂いに誘われるようにキッチンを訪れると、三姉妹が朝食を作っていた。
「あっ、桜夜さんおはようございます。すみません勝手に料理をしてしまって。どうしてもホムラちゃんがおなかが空いたといいまして」
「なっ、ねえちゃんたちも賛成してただろ!」
「さっ、桜夜様のお席はこちらですよ」
メイドよろしくリオが引いてくれた席は当主席、今ここにいる人間のうち誰が一番偉いかを考えた上での行為ならこの少女なかなかあなどれない。なんて思いながら桜夜席についた。リオはかいがいしく椅子を押し、エプロンまで首に巻いてくれた。
「さあ、召し上がってください」
桜夜の前に置かれたのはオムレツとベーコン、少量のサラダとトースト、そしてコーヒーだった。桜夜が一瞬躊躇している間に、ホムラはもう食べはじめていた。
「もう、ホムラちゃん。桜夜様より先に食べちゃだめでしょう?」
「け!」
ホムラは機嫌悪く牛乳をイッキ飲みした。
「ねえ、なにか嫌いなものでもあった?」
サイカが不安げに桜夜を見る。
「ああ、いや……」
戦いに身を置くものとして、信頼できない人間の作ったものは食べるべきではなかった。だが、少女たちに情がわいて来たのか、食べないのも申し訳なかった。そして何より四方院家の家訓は「食べ物を無駄にしたやつは切腹」だった。
「うん、いただくよ」
そんな様々な葛藤を乗り越え桜夜は食べることにした。どうせ、
彼にはどんな毒も効かないのだから
◆◆◆
少女たち3人をくわえ一気にかしましくなった車は、次に狙われるだろう秋田の拠点を目指していた。青森からもっとも近い四方院家の分家、白井家が目的地だ。車内では少女3人と桜夜が後部座席を陣取り、赤木から勝手に持ってきたトランプで遊んでいた。そのあまりの緊張感の無さに、運転手はあきれ返っていた。
「ああくっそ! なんで勝てないんだ!」
ホムラがトランプをぶちまけ、頭をかきむしる。
「はっはっはっ」
「なにわらってんだてめー!」
最初は普通にトランプで遊んでいたのが、一喜一憂するホムラの様子が面白く、いつのまにか桜夜、サイカ、リオの3人が連合を組み、ホムラをいじ……かわいがっていた。そうこうしている間に車は白井家に着いた。
白井家は反社会組織も真っ青な完全武装状態で桜夜たちを出迎えた。白井家の当主は相談役を名乗る若造が気に入らないらしく、挨拶のさえもぞんざいな態度を貫き、敵側から寝返った少女たちを疑いの目で見ていた。
それでも正式任務中の相談役は宗主の名代。キングサイズのベッドに専用のお風呂や洗面所、トイレなどが付いた最高級の客間を待機場所としてあてがわれた。まあ外に出る必要のないこの部屋をあてがわれたのは隔離の意味もあるのだろうが。部屋に入ると、ホムラの怒りは限界だった。
「あー! ムカつく! なんだよあの爺! 人が協力してやるっていってんのによ!」
「やめなさいホムラちゃんはしたないですよ」
桜夜はごろんとベッドに横になるとホムラを見ながら謝った。
「すまないな。僕がもう少し歳をとってれば君たちに不快な思いをさせずに済んだんだが」
「けっ、横になりながら謝るやつがいるかよ」
ホムラはそっぽを向いた。
「とにかくいつ襲撃があるかわからなたいから今は休もう。君たちもベッドに来たらどうだ?」
「はあ?! 誰がてめえなんかと同じベッドに入るか変態野郎!」
ホムラは早速噛みついたが、サイカとリオの態度は違った。赤くなりながらもあおたがいの顔を見ると頷き、桜夜の両隣に横になった。
「なにしてんだよねえちゃんたち!」
「い、いや、休むのも大事かなって」
「そ、そうですわ」
そんな謎な状況でも桜夜はマイペースだった。
「やっぱり若い子と寝るのはいいね。失った全盛期の霊力が戻るようだよ」
「この変態! ねえちゃんたちになにかしたらゆるさないからな!」
「阿呆、決戦前にそんな疲れることするわけないだろう」
「疲れること」。そのワードでもう限界に達したらしく、ホムラはトイレに閉じ籠ってしまった。桜夜は構わずすやすやと寝息を立てていた。
◆◆◆
深夜0時、ついにそのときが来た。白井家の真上の空間が歪み、漆黒の巨鳥が姿を表した。巨鳥はいきなり漆黒の炎を吐き出し、白井家の屋敷や敷地を一気に燃え上がらせた。白井家の面々も重火器で対抗するもまったく歯が立たず、次々と火炎弾で凪ぎ払われていった。
そんな中、桜夜たちは窓をやぶって燃え盛る屋敷から脱出すると巨鳥に向かって走った。巨鳥が視界に彼らをとらえると、突然女性の声で話し出した。
「あら出来損ないのお人形たち。そんなところでなにしているのかしら?」
サイカが決意を決めて巨鳥を睨み付ける。
「わたしたちは、母さんの道具じゃない!」
「そう。なら死になさい」
フェニキアは再び火炎放射を放つ。桜夜は叫んだ。
「リオ!」
その声を受けてリオは鉄砲水で火炎放射を受け止める。
「よし、サイカは僕と一緒に……」
そこまで言ったところですでにホムラが勝手に動いていた。炎の弾丸となって府巨鳥に体当たりをかましたのだ。その体当たりで巨鳥は体勢を崩し、鉄砲水を食らうことになった。しかし怒り狂った巨鳥は突風でホムラを地面に叩きつけ、そのまま猛毒の炎を放った。
「ホムラ!」
咄嗟に桜夜がホムラを庇うように抱き締め、背中で毒の炎を受けた。毒によりマントが溶け、服が溶け、背中が燃えても彼は構わず、桜吹雪を巨鳥に投げつけた。桜吹雪は巨鳥の胸に突き刺さり、巨鳥は苦しみ悶えながら消えていった。桜吹雪が刺さったまま……。サイカが呆然とつぶやく。
「……うそ、フェニキアを追い払うなんて……。この人なら、本当に……」
その頃力なく自分に寄りかかる桜夜に、ホムラはパニックを起こしていた。
「おい、おまえ……!」
「……大丈夫。毒じゃ僕は、死な、な、い……」
そういって桜夜は意識を失い、地面に頽れるように倒れた。
◆◆◆
それから数時間たち、朝になると桜夜は普通に目を覚ました。四方院家御抱えの病室のベッドの上だった。近くの椅子にはホムラが腰掛け、ベッドに突っ伏して寝ていた。桜夜はなんとなく彼女の頭を撫でた。
「勝手に触んな」
起きていたのかホムラは顔を上げると、桜夜を睨んだ。
「そいつは失礼」
しばらく沈黙が流れた。やがてホムラが沈黙を破った。
「なんで助けた」
「そりゃあ君のねえちゃんたちに頼まれてるからね」
「るせえ。この借りは必ず返す。てめえは絶対死なせねえ」
ホムラはそう呟くと桜夜の唇を無理矢理奪った。乱暴なキスゆえに前歯があたりお互いに激痛を伴ったが、ホムラは慌てて病室を出た。彼はホムラの出ていった扉を眺めながら呟いた。
「僕は死にたいんだけどなあ」
ドア越しにその言葉を聞いたホムラは拳を握りしめた。
「絶対死なせねえ」
それは炎の誓いだった。
to be continued