四方院家の圧力により、救急隊員は何も言わず赤木家の負傷者たちを運んでいった。また警察にも手を回したため、少女が逮捕されることもなかった。一息ついた桜夜は他人の家の台所で勝手にココアを入れると、少女を待たせている応接室に向かい、ドアを開けた。
「おや、逃げなかったのか」
応接室の3人がけのソファーのはじっこにちょこんと座った少女の小柄な姿に、桜夜は少しだけ驚いてみせた。彼は少女をいっさい拘束しなかったし、施錠などもしていなかった、逃げ出すチャンスはいくらでもあったのに、少女は逃げずに彼を待ったのだ。
「たすけて、って、言った、から」
少女は少し怯えながらそう返した。桜夜はふむ、と頷きながら彼女の前にココアをおいた。
「まあ疲れただろうし、飲みなさいな。飲みながら話しましょう」
彼は早速自分の分のココアに口をつける。そして「あちち」と熱がるそぶりを見せた。彼は生来の猫舌だった。その姿を少しだけかわいいと思った少女は小さく口元に笑みをたたえ、自分のココアをふーふーと冷ますと一口飲んだ。
「……あー、飲むんだ」
少女は不思議そうに首をかしげる。
「僕はまだ君の味方じゃない、どちらかというと敵側だ。敵の出した飲み物なんて僕は恐ろしくて飲めない。君、戦闘のプロじゃないね」
桜夜の指摘に少女はうつむき、ココアの入ったカップを机に置いた。
「でも安心したよ。君がそっちのプロじゃないなら、無理矢理戦いに利用されたいたいけな少女を助けたってシナリオが書ける」
桜夜の言葉に少女は顔をあげる。
「たすけて、くれるの?」
「もちろん。それが四方院家の害にならないなら、ね」
「ありがとう!」
少女はソファーから立ち上がり、桜夜の手を握った。
「で、君のご依頼は?」
「わたしと、2人の妹を助けてほしいの」
「ふむ……それは構わないが、君は“あの女”の娘なんだろう。助けたとしても僕は君、たちを一生守らないといけない。何かメリットはあるのかな?」
桜夜はサイカを見る。華奢な身体と小柄な背丈、恐らく栄養状態もあまりよくない……かつての自分のように。彼の中のかけらほどの良心はどこか静かな場所で平和に暮らさせてやりたいと騒いでいた。だがそれは無理だ。相手はあの女、“不死身の魔女”なのだ。護衛をつけるにしろ最高峰の護衛でなければ守りきれない。
今彼に用意できるプランは2つ、四方院本邸に匿うか、彼自身が少女たちを手元に置くかだ。前者は魔女と四方院の全面戦争を繰り返し発生させかねず、四方院家の害になる。ならば後者しかない。しかし後者でもサイカは普通には暮らせない。だから彼女の覚悟がいかほどか試す必要があった。
「わたし、あなたにあげられるもの、ない……」
サイカはうつむき、握った拳を震わせた。しかしサイカはすぐに顔をあげた。
「わたし……わたしをあげる! わたしがあなたの盾に、道具になるから、だから、妹たちをたすけて!」
「……良い根性だ」
桜夜はにやりと笑った。それだけの覚悟あるなら大丈夫だろう。そして彼は少女の顎を掴むと軽く上を向かせ、すばやくその唇を奪った。
「これで契約成立だ。助けてやるよお前の妹……ってどうした?」
至近距離でそうささやいていると少女が固まっていることに気づいた。そして不意に真っ赤になり、ソファに倒れこんだ。
to be continued