「ふぅむ、君たちは高校生かな?」
「そう……です」
ジロジロと僕たちを見る白バイの警察官。
その瞳に少し怯えながら、僕はそう答える。
「高校生なら、交通ルールくらいわかるよね?」
「はい……」
「すみません……」
深々と頭を下げる僕たち。
世の中には、様々な性格の人がいる。
几帳面な人、乱暴な人……。
どうやら目の前の警官は、丁寧で話し好きな人らしい。
「あんなスピードで、人が出て来たらどうなる!? そもそも交通ルールというのは……」
今回の違反と危険性について、とても丁寧に説明してくれている。
それだけに、非常に時間がかかることになっていた。
もう、どれくらいの時が経ったのだろう?
こうしている間にも、ミサキの出発のときは刻一刻と迫っている。
僕は、焦りと戸惑いの気持ちで駅の方角に目を向けた。
「……あのっ!」
そのときカズマが、不意に口を開く。
「俺たち、急いでるんです!」
その言葉に、やれやれとため息をつく警察官。
「いくら急いでいても、交通ルールは……」
「それはわかりましたから!」
カズマは、警官を遮って叫ぶ。
「違反したのは俺なんだし、梨川は行かせてやってくれよ!」
「えっ……」
僕は驚きカズマを見た。
彼は、真っ直ぐに警官を見詰めている。
「ふぅむ……。だが、そうもいかないんだよね」
だが、警察官は困ったように首を横に振った。
「彼も搭乗者なわけだし……。とりあえず、身分を証明するもの見せてもらおうかな」
そう言って、警察官は僕に目を向ける。
「そうだな……。例えば運転免許証とか、恋愛免許証とか」
「どちらもない……です」
下ろした拳を握り締め、吐き出すようにそう告げる。
「うぅむ、それじゃ親御さんに連絡して来てもらうしか……」
警官がそう言った瞬間――
カズマがその視線を塞ぐように、僕の前に立った。
「……なんだね? 本官は今、彼に話しをしているのだが?」
「行けっ、梨川!」
警官をにらみ、カズマは叫ぶ。
「ここは俺に任せろ!」
「えっ……で、でも!」
戸惑いの言葉が口から出る。
そんな僕に、カズマは鋭い視線を向けた。
「お前には、想いを伝えなきゃいけない相手がいるんだろ! 今、告白できなかったら、お前は一生後悔するぞ!」
「カズマ……」
「ちょ、ちょっと待ちなさい、君たち!」
僕たちのそのやり取りに、警官が慌てたように割って入る。
「想いとか、告白とか……。ま、まさか、無免許で告白するつもりか!?」
驚く警官の両腕を、カズマは強く掴んだ。
「お願いします! 行かせてあげて下さい!」
「何を言うか!! 目の前で法律違反を見逃すわけにはいかん!!」
「そこをなんとか、お願いします!」
悲痛の表情を浮かべたカズマは、警官の両腕を掴んだまま深々と頭を下げる。
「お願いします、お巡りさん!」
「何のために恋愛免許証があると思っている! そんなこと絶対にダメだ!」
カズマの必死の頼み。
しかし、警官はそれを聞き入れようとはしない。
それも当然だろう。
法を犯そうとしているのは僕たちなんだから……。
自責の念にかられ、僕の視線は下に落ちた。
そう……。
今まで波風立てないように生きてきた僕が、いきなり法律を破る行動を取る。
そんなこと、できるわけがない……。
体の横で握り締められていた拳が、ゆっくりと解放されていく。
「梨川ーっ!」
そのとき、不意にカズマの声が響いた。
「下を見るな、梨川ー!!」
「えっ……!?」
「お前は1人で走るんじゃないんだ!」
そ、その言葉は……。
あのとき、蜂須賀先輩とキャプテンから言われたこと!!
偶然か、意図してのものかはわからないけれど……。
それは、確かにあのときの大会で先輩が僕に言ってくれた言葉だった。
「走れっ、梨川ーっ!」
カズマ……。
僕は、思わず唇を噛み締めた。
恋愛法――
それは、人々が恋愛をする心構えと資格を持つ法律。
恋愛絡みの事件を阻止するために必要なものだ。
それなのに、無免許で告白しようとする僕たちの方が間違っているに決まっている。
そんなの、子供にだってわかることだ!
叫ぶカズマに、僕はゆっくりと背を向ける。
「カズマ……」
僕たちが間違っているのはわかってる……。
――けど!
「ゴメン、あとは頼む!」
僕はそう告げると、前をにらんだ。
駅はこの方向……。
走れば、まだ間に合う!
「オン・ユア・マーク……」
僕はそう
「ちょ、ちょっと君っ! 何をする気だ!?」
「頼むよ! 行かせてやってくれ!」
「そんなわけに行くか! こ、こらっ、そんなとこを掴むな! あんっ……♡」
「レディ……」
後ろで揉み合う2人を背に、ゆっくりと腰を上げる。
そして――
「ゴーッ!!」
叫ぶと共に、僕は一気に走り出した。
景色が、みるみる流れていく。
それに伴って、後ろの喧騒もどんどん小さくなっていく。
「俺たちの想いを乗せて、走れ梨川ーっ!!」
でも、そう叫んだカズマの言葉は、僕の耳にはっきりと届いていた。
それから数分後。
歩道を走る僕は……。
「君っ! 無駄な抵抗はやめて止まりなさい!」
「待てと言ってるだろう!」
違う警官たちに追いかけられていた。
駆け足と自転車の2人。
あの白バイの警官が、無線で応援を呼んだのだろう。
「止まりなさいと言っているのが聞こえないのか!」
走ってる方の警官が叫ぶ。
「あ、後で必ず署の方に行きますから!」
そう答える僕に、今度は自転車の警官が言う。
「後じゃないんだ! 今、来なさい!」
「それはできませんてばー!」
僕は、泣きそうになりながら叫んだ。
「君がしようとしてることは、立派な犯罪行為だぞ!」
「こんなことして、親御さんが泣くぞ!」
「大丈夫、悪いようにはしないから」
「我々を信じて」
「止まれと言ってるだろう!」
あ、あれ?
なんか声が多い気がする……。
僕は、チラリと後ろに目を向けた。
1人、2人……3、4、5!?
い、いつの間にか、警官の数が増えてるーっ!!
「そ、そんなにムキにならなくても!」
「君が逃げるからだろう!!」
僕の悲鳴に、警官の中の誰かが律儀に答えてくれた。
逃げる僕と、それを追う警察官の図。
子供の頃にやった鬼ごっこ、『ケイドロ』を
ただ、あの頃と違うのは、これは全然楽しくないということ。
そして、絶対に捕まるわけにはいかないということだった。
どーしてこうなったの!?
目の前に、石造りの長い下り階段が見えてくる。
「うおおおおおおおお――――――――っっっ!!!」
僕は雄叫びと共に、それを一気に飛び下りた。