そのとき、不意に沸き上がる疑問。
……あれ?
じゃあ、リオさんは誰に告白されたんだ?
ステージに目を向ける。
そこには、ベースの人とドラムの人がいた。
ベースの人は長髪で長身。
丁寧にベースのセッティングをするその姿は、とてもクールで格好良く見えた。
それと対照的に、ドラムの人はとても明るい性格のようだ。
ステージの上から、ファンの人たちとじゃれあっている。
笑ったときに揺れる金色の髪が、とても印象的だった。
そして、メンバーはもう1人……。
僕は振り返る。
ギターのナオ先輩……。
先輩は、今も楽しそうにミサキと会話をしている。
まさか……!?
僕が疑惑の視線を向けた瞬間、不意にナオ先輩がこちらを向いた。
思わず、心臓が大きく脈を打つ。
僕が見詰める中、ナオさんの口がゆっくりと開いた。
「ヒカル、せっかくだから記念撮影しようぜ!」
な、なんだ……。
僕を見ていたんじゃないのか……。
ホッと胸を撫で下ろす。
「もう……あなたの写真好きはどうにかならないの?」
そう言って、ヒカルさんは苦笑する。
「いいじゃねーか、魂とか抜かれるワケじゃないんだし」
「それはそうだけど」
「それにさ……」
不意に、ナオさんの視線が僕に移った。
「俺の大切な後輩が、彼氏を連れてきたんだぜ?」
……えっ!?
彼氏って僕のこと!?
にわかに沸き上がる喜び。
案外、ナオ先輩って、いい人なんじゃ……。
――じゃなくて!!
僕は、嬉しい気持ちを抑えてミサキを見た。
彼女は、静かに微笑んでいる。
でも……。
その瞳には、悲しみの色が滲んでいるように見えた。
自分のことを見てもらえない悲しみ。
それは、僕が一番知っている。
もはや僕の中の喜びはどこかに吹き飛び、胸には苦しさだけが残った。
ふつふつと湧き上がる感情。
怒り――
「くっ……!」
僕は、拳を握り締めて小さくうめく。
誰のために……。
誰のために、ミサキはここに来たと思ってるんだよ!!
僕じゃない!
ミサキは、あなたのことが……!!
そう言おうとして一歩前に進み出た。
だけど……。
その想いを、言葉として出すことは出来なかった。
不意に、誰かが僕の腕をつかんだからだ。
慌てて振り返る。
僕の腕をつかむ者、それは……。
ミサキだった。
その瞳に、より深い悲しみを滲ませ、彼女は静かに首を横に振っていた。
「ミサキ……」
僕は彼女の隣に並ぶと、小さく声をかけた。
「ううん……大丈夫だよ」
ミサキは力無くそう言うと、少しだけ微笑む。
その悲しい微笑みが――
僕の胸の1番深いところに突き刺さる。
「あ、あのさ……」
「ほら、君たちも並んで」
そのとき、ライブハウスの店長が、僕の言葉に割り込んできた。
手には、デジタルカメラが握られている。
「ガク、私たちも行こう」
「うん……」
ミサキに促され、2人で撮影の列に加わる。
壁際にできた、前後2列に並ぶ僕たち。
前でしゃがんでいるのは3人。
左から僕、ミサキ、リオさん。
後ろで立っているのは
左からナオ先輩、ボーカルのヒカルさん、そして名も知らぬベースの人とドラムの人。
僕は、チラリと隣のミサキを見た。
彼女は、真っ直ぐ前を見詰めている。
僕は、さっき何て話し掛けようとしたんだ……。
心配いらない。
きっと大丈夫だよ。
そんな言葉、気休めでしかない。
かと言って、
仕方ないよ。
諦めよう。
そんな残酷な言葉、絶対に言えっこない!
僕には、好きな子1人、救う言葉すら見つけられない……。
僕は……。
無力だ……。
「それじゃ、撮るよ」
店長の声が響く。
一斉に笑顔を浮かべる一同。
僕も慌てて前を向いた。
そのとき――
「あっ、やっぱちょっと待った!」
ナオさんが、撮影を制止する。
一同の視線が彼に向いた。
「リオ!」
しかし、そんな視線など気にする素振りもなく、彼はリオさんを呼ぶ。
自分を呼ぶ声に、ビクンと体を震わせるリオさん。
撮影の列を離れたナオさんは、彼女の元に向かった。
「な、なに……?」
驚くリオさんの前に立った彼は、おもむろにその腕をつかんだ。
「ちょ、ちょっと……」
「お前は、こっちだ」
そう言って、ナオさんは彼女を連れて元の位置に戻る。
「ちょ……だ、だって、後ろは
「いいんだ……」
ナオさんは、リオさんを見詰めた。
「お前は、ずっと俺の隣りにいろ」
真っ直ぐに見詰めるその瞳。
「も、もう……強引なんだから……」
リオさんは顔を赤らめながらも、嬉しそうに微笑んだ。
「……ったく、またあの2人は~」
ため息をつくヒカルさん。
「いっつもあんな感じなのよ?」
ヒカルさんは、前列の僕とミサキをのぞき込むように言う。
「いつも……なんですか?」
ミサキの問いに、彼女は苦笑いを浮かべた。
「ホント、困っちゃうわよね」
でも、そう言うヒカルさんは、どこか嬉しそうだった。
「そっか……そういう……」
ミサキはつぶやくと、下を向く。
握り締めた手が、小刻みに震えている。
小さな体が、本当に小さく見えた。
「それじゃ、今度こそ撮るぞー!」
ナオさんたちが後列に並んだことを確認し、店長は大きな声を飛ばす。
「いくぞ~!」
シャッターの切れる音。
「……はい、OK!」
「ありがとう、店長」
「それじゃ、ライブ頑張ってな」
親指を上に立てる店長に、ヒカルさんたちは笑顔を返す。
そして、ステージへと向かう
だけど、そのうちの1人の足が不意に止まった。
「先輩……?」
振り返るナオさん。
「せっかくだから、2人の写真も撮ってやるよ」
「えっ……」
「可愛い後輩が、彼氏を連れてきた記念にさ」
「ナオは、ホント写真が好きねぇ」
僕たちの後ろでリオさんが笑う。
「流れ行くこの時代に、俺は何か形を残したいんだ」
笑うナオさん。
それはまるで、明日に希望を抱く純粋な少年の様な顔だった。
「梨川くん、カメラ持ってるかい?」
「えっ!? や……スマホくらいしか……」
そう言って、僕はポケットからスマホを取り出す。
「それでいいさ、撮ってやるよ」
「あ……で、でも、川で濡れて壊れちゃったから……」
そう言いながら、僕は電源ボタンを押してみた。
――Welcome!
普段なら、そういう表示が出て立ち上がるんだけど……。
でも、やっぱり何の反応も示してくれなかった。
「うぅ……」
「じゃあ、俺のスマホで撮ってやるよ」
そう言うと、ナオさんはスマホを取り出した。
「ほら、並んで」
「や……で、でも……」
笑顔のナオさんに、困惑の表情を浮かべる。
ミサキの気持ちを考えたら、そんなこと……。
そのとき、ミサキが一歩進み出た。
「えっ!?」
「お願いします、先輩!」
驚く僕をよそに、ミサキは真っ直ぐナオさんを見る。
「よし、じゃ並んで」
「ちょ……ちょっと、ミサキ」
「いいから」
小声で言った僕に、同じように小声で返したミサキは、カメラに目線を向けた。
僕に寄り添って微笑みを浮かべる。
そんな彼女の考えがわからなくて、僕はなされるがままに立っているだけだった。
程なくして、シャッター音が響く。
「……よし、上手く撮れたぞ」
ナオさんはそう言って笑うと、スマホのカバーを外した。
そして、メモリーカードを引き抜くと
「ほらっ」
と、僕に手渡してきた。
「えっ……これは?」
「来てくれたお礼に、メモリーカードごとやるよ」
「や……で、でも……」
「いいじゃん、もらっときなよ」
リオさんが笑う。
「ありがとうございます! ライブ、頑張って下さいね!」
困惑する僕に代わって、ミサキがお礼を言った。
「ああ! それじゃ、楽しんでいってくれよな!」
ナオさんは微笑むと、ステージへと走り出す。
「ふぅ……」
僕の口から、自然と短いため息が漏れた。
「ミサキ……大丈夫?」
しかし、反応はない。
彼女は、去っていくその背中を、じっと見詰めている。
「……ミサキ?」
「え……? あ……ご、ごめん」
もう一度声をかけて、ようやくミサキは我に返ったように振り向いた。
「ミサキ、あのさ……」
「あ……もう始まるみたい」
ミサキのその言葉に合わせるように、店内の照明が落とされていく。
わずかな明かりは残されているので、完全な暗闇というわけではない。
でも、その心許ない薄明かりの下では、もうミサキの表情を読み取ることはできなかった。
手の中に残された小さなメモリーカード。
僕は、それを強く握り締めた。