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第4話 『恋のカタチ』

 休み時間のたびに、ミサキの周りは人でいっぱいになった。

 色々な人がやって来ては、毎回同じような質問を浴びせていく。

 端から見てて、

 嫌になんないのかな?

 と、思うくらいに。


 でも、当の本人は気にしてないのか、心が優しいのか、いつも笑顔で受け答えしていた。


 それで、僕はというと……。

 人々の中心にいるミサキを、相変わらず遠くから見てるだけの生活。


 我ながら僕らしいというか、なんというか……。


 でも、そんなミサキ騒動も、数日もすればだいぶ落ち着いて――

 学校内は、またいつもと同じような表情を見せていた。


 ――ただ1人を除いては……。



「ガク~~!!」


 泣くような声で、僕の名を呼ぶ声。


「な、なんだよレイジ」

「聞いてくれよ、ガクゥ~」


 レイジは僕の前の席に後ろ向きで腰掛けると、思いっ切り僕の机に突っ伏してきた。


「ど……どうしたの?」


 まるで、レンジでチンしたお餅みたいだな……。

 ベタ~っと潰れたようなその姿に、僕はそんなことを思い浮かべる。


「うう……」


 体を机の上に倒し、手をだらんと下げたオモチ、いやレイジ。

 その状態のまま、顔だけをこちらに向けてきた。


「マキが……」

「……う、うん」

「遊んでくれない……」


 か細い声。


「……は?」


 僕は、思わず聞き返した。


「マキはいつもミサキと一緒にいて、俺のこと全然構ってくんないんだ……」

「は、はぁ……」

「はぁ、じゃねえよ!」


 思わず気の抜けた返事を返した僕に、レイジは立ち上がって抗議する。


「だって、それは仕方ないよ~」


 その様子に、僕は苦笑いを浮かべた。


「あの2人、凄く仲良しみたいだしさ~」


 以前なら、振り向けばそこにマキがいた。

 でも最近のマキは、確かにミサキの隣りにいることが多いと思う。


 楽しそうに話しては笑いあう2人。

 遠くからでも、ミサキの笑顔が見られるだけで、僕は満足だった。


 その笑顔に惹かれて、2人の元には他のクラスメートたちもやってくる。

 そして、その笑顔の輪は連鎖するように広がっていく。


 ミサキがこんなにも早くクラスに打ち解けたのは、やっぱり面倒見のいいマキの存在が大きかったと思う。

 誰とでもすぐに仲良くなれるマキ。

 その才能は凄いと思うし、いつもうらやましく思っていた。


 もちろん、そんな恥ずかしいこと、本人には口が裂けても言えないけど……。


「あ~あ……」


 レイジは、ため息をつきながら静かに腰を下ろした。


「でもさ、電話やメールで話してるんでしょ?」


 僕は尋ねる。


「いや、俺は顔を見て直接話がしたい!」


 うなるレイジ。


「じゃ、じゃあ……下校のとき、一緒に帰れば……」


 だけど、レイジは首を横に振った。


「ミサキと帰る方向一緒だし、まだわからないことも多いだろうから、一緒に帰るんだとさ」

「そ、そっか」


 なかなか上手くいかないものだ。

 レイジは、恨むような目で僕を見つめてくる。


 ……僕が悪いんじゃないのに。


 う~ん、他に何かアイデアは……。


 ……あ!


 僕は、ミサキを取り囲む人たちの輪を指差した。


「あの輪に入ってくれば? そうすればマキとも話せるじゃん」


 我ながらいいアイデア!


 ――と思った矢先、レイジは深いため息をつく。


「わかってないなぁ、ガクは……」

「な、何がだよ~」


 少しムッとした気持ちが、声になって出てしまった。

 けど、そんな僕を知ってか知らでか、レイジは真っ正面から見つめてきた。


「いいか、ガク! 俺は、マキと2人っきりで話がしたいんだぜ?」

「だぜ? って言われても……他に方法なさそうじゃん」


 今度は、僕がため息をつく。


「嫌だ嫌だ、俺はマキと2人で話がしたい――」


 ――ごちっ!


 次の瞬間、響き渡る鈍い音。


「あんたは、ダダッ子か!」


 いつの間にか後ろにいたマキが、握り締めたゲンコツをレイジの頭へと振り下ろしたのだった。


「ちょ……ちょっと、マキちゃん……」


 一緒に来たミサキは、その突然の出来事に口を手で覆う。


「いいのよ、これくらいやらないと」

「でも……動かなくなっちゃったよ……?」


 ミサキの言う通り、レイジは叩かれたままの姿勢からピクリともしない。


「あ……あれ?」


 いつもならば、軽いノリで切り返すはず。

 僕の、いや僕たちの知っているレイジはそういう男だった。


「ちょ、ちょっと強く叩き過ぎちゃったかな……?」


 いつもと違うその様子に、マキも戸惑っているように見える。


 レイジは恋すると、こんなにも変わるんだ……。


 僕は、チラリとマキを見た。


「お~い、レイジぃ」


 名前を呼びながら、人差し指でレイジの体を突っつくマキ。

 その無邪気な姿は、いつもと何ら変わりはない。


 人それぞれ、恋愛のカタチがあるんだな……。


 僕は感心し、1人うなずいた。


 もし僕が、誰かを本気で好きになったなら……。


 僕は、そっと視線を移した。

 瞳いっぱいに、ミサキの姿が広がる。


 僕の恋は、どんなカタチなんだろう……


 僕は誰にも気付かれないよう、少しだけ目を細めた。


 そのとき――


「うあああーっ!!」


 不意にレイジが立ち上がる。


「きゃああああっ!?」


 レイジを突っついていたマキは、その突然の出来事に驚きを隠せない。

 足がもつれて後ろに転びそうになる。


「きゃ……」


 だけどその体は、それ以上倒れることはなかった。


「マキ……」


 レイジが、マキの手を握りしめたからだ。

 レイジは手に力を入れた。

 マキの体が、ゆっくりと引き起こされていく。


「あ……ありがと……」


 完全に引き起こされたマキは、か細い声でお礼を言った。

 頬を赤らめ、空いている方の手で髪を直す素振りを見せる。

 その動きは、どことなくギクシャクしてるようにも見えた。


「あ……あの……レ、レイジ……その……手を……」


 顔全体を赤く染めたマキ。

 その目は、空中を泳ぎまくっている。


 なるほど……。

 これが恋するマキなのか!


「も、もう……離しても……大丈夫だから……」


 マキは伏し目がちに言う。

 そんな彼女を、レイジは目を細めて見つめた。


「マキッ!」

「きゃっ!?」


 不意に叫ぶレイジ。

 握りしめたその手に、再び力が入る。


「マキ、ちょっと来い!」

「え? ちょ、ちょっとレイジ!?」


 そのままレイジは、廊下に向かって歩き出した。

 手を引かれバランスを崩しながらも、なんとかその後を着いていくマキ。


「マキちゃん!」

「ご、ごめんね、ミサキ。ちょっと、ガクと2人で話してて……」


 そう言い残し、その姿は見えなくなった。



「まったく、あの2人は……」


 僕は、ふうっと息を吐く。


「ホントよね」


 ミサキも同意し、クスリと笑った。


「今ごろ2人は、どんな話、してるのかなぁ?」


 首を傾げるミサキ。


「今の感じなら、喧嘩にはならないと思うけど……」

「うんうん、そうだよね」


 僕の言葉に、ミサキは微笑んだ。

 その柔らかい笑顔に、思わず僕の胸は強く脈を打つ。


 やっぱり可愛いな……。


 ……って!

 あの2人が帰ってくるまで、僕たちは2人きりじゃないか……。


 そのことを認識した瞬間、僕の心臓は高速で脈打ちだした。


 正確には他のクラスメートも近くにいるのだけど……。

 そんなものは、今の僕の目には入らない。

 とにかく、今、目の前にはミサキがいるのだ!


 ドッキンドッキンドッキン!!


 ちょ……!

 落ち着け、心臓!


 でも、そう思えば思うほど、鼓動は速くなっていく。


 前にテレビで、

『小動物の心臓は、私たち人間よりも速く脈を打つ』

 ってやってたけど……。


 僕の心臓はハムスターか!


 そう、自分自身に突っ込みたくなるほどの脈打ちっぷりだった。


 とりあえず深呼吸して、目をつぶって落ち着いて……。

 って、そんな暇はない!

 早く、何か話さなきゃ――


「あ、あのっ!」


 僕は、震える拳を握り締めて口を開いた。


「ほ、ほ、本日はお日柄もよく……」


 だ――っ!!

 お見合いかっ!!

 何を言ってるんだ、僕は!?


 もう、自分でもわけがわからない。

 頭の中を嵐が吹き荒れているような感覚と、自分の速い心臓の音だけが耳に響いてくる。


 も、もうダメだ……。


「ちょっと、トイレへ……」


 その場から逃げるために、得意のトイレへ向かおうとした。

 と、そのとき――


「……ぷっ! あはははは……」


 不意に響く笑い声。

 それは、目の前のミサキからだった。


「え? え?」


 事態が飲み込めない僕に、彼女は言う。


「梨川くんって面白いね」


 どうやら、さっきの言葉は冗談だと思ってくれたらしい。


 目元に浮かぶ涙を拭きながら笑う彼女。

 その笑顔に、次第に心が軽くなっていく。


 助かった……のかな……。


「あは……あはははは……」


 とりあえず、一緒に笑ってみた。


 よし……。

 今の勢いなら、聞けるかもしれない!

 初めてミサキを見たときから気になっていたこと。

 時々見せる、うれいを帯びたその瞳のわけを……。


「あ、あのっ!」


 意を決して僕は口を開いた。


「ずっと気になってたんだけど……」

「ただいまー!」

「お帰りレイジ――って、おいーっ!!」


 僕の言葉を遮って帰ってきたレイジとマキ。

 思わず裏手ツッコミが、レイジの肩に炸裂する。


「なんだよガク、絶好調だな?」


 そう言って笑うレイジは、いつもと同じ笑顔だった。


「お帰り、マキちゃん」

「ただいま、ミサキ!」


 目の前で、ミサキとマキは手を取り合ってはしゃいでいる。

 そんな2人を見ながら、僕は思わず頭をかいた。


「ずいぶんと早いお帰りで……」

「ん? ああ、先生が来たからな」


 レイジは、入り口を指差す。

 そこには、次の教科の先生が立っていた。


「あ……いつの間にかチャイム鳴ってたんだ……」


 思い思いの場所にいた生徒たちは、一斉に自分の席へと戻り始める。


「どうせ、ミサキに見とれてて気付かなかったんだろ~」

「ち、違うよ!」


 去り際に耳元でささやくレイジを、僕は手で追い払う。


「ったく……。その様子だと、ちゃんとマキと話ができたみたいだね」


 僕の言葉に、レイジは笑顔で親指を立てた。


「そっか……良かったね」

「ああ。だから、ガクも頑張れよ」

「え? や……俺は……」


 思わず、ミサキに視線が行く。

 ミサキは、次の授業である数学の教科書を出そうとしているところだった。


 あのまま2人が帰って来なかったら……。

 あの瞳のわけを聞けたのかな……?

 僕に、君の悲しみを晴らしてあげることはできるのかな……。


 窓から見える空は、今日も高く青く澄み渡っている。

 あの空の向こうに、僕たちの悲しみや憂鬱ゆううつを全部持っていけたなら……。


 だけど、その想いに空は何も答えることはなかったんだ……。

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