休み時間のたびに、ミサキの周りは人でいっぱいになった。
色々な人がやって来ては、毎回同じような質問を浴びせていく。
端から見てて、
嫌になんないのかな?
と、思うくらいに。
でも、当の本人は気にしてないのか、心が優しいのか、いつも笑顔で受け答えしていた。
それで、僕はというと……。
人々の中心にいるミサキを、相変わらず遠くから見てるだけの生活。
我ながら僕らしいというか、なんというか……。
でも、そんなミサキ騒動も、数日もすればだいぶ落ち着いて――
学校内は、またいつもと同じような表情を見せていた。
――ただ1人を除いては……。
「ガク~~!!」
泣くような声で、僕の名を呼ぶ声。
「な、なんだよレイジ」
「聞いてくれよ、ガクゥ~」
レイジは僕の前の席に後ろ向きで腰掛けると、思いっ切り僕の机に突っ伏してきた。
「ど……どうしたの?」
まるで、レンジでチンしたお餅みたいだな……。
ベタ~っと潰れたようなその姿に、僕はそんなことを思い浮かべる。
「うう……」
体を机の上に倒し、手をだらんと下げたオモチ、いやレイジ。
その状態のまま、顔だけをこちらに向けてきた。
「マキが……」
「……う、うん」
「遊んでくれない……」
か細い声。
「……は?」
僕は、思わず聞き返した。
「マキはいつもミサキと一緒にいて、俺のこと全然構ってくんないんだ……」
「は、はぁ……」
「はぁ、じゃねえよ!」
思わず気の抜けた返事を返した僕に、レイジは立ち上がって抗議する。
「だって、それは仕方ないよ~」
その様子に、僕は苦笑いを浮かべた。
「あの2人、凄く仲良しみたいだしさ~」
以前なら、振り向けばそこにマキがいた。
でも最近のマキは、確かにミサキの隣りにいることが多いと思う。
楽しそうに話しては笑いあう2人。
遠くからでも、ミサキの笑顔が見られるだけで、僕は満足だった。
その笑顔に惹かれて、2人の元には他のクラスメートたちもやってくる。
そして、その笑顔の輪は連鎖するように広がっていく。
ミサキがこんなにも早くクラスに打ち解けたのは、やっぱり面倒見のいいマキの存在が大きかったと思う。
誰とでもすぐに仲良くなれるマキ。
その才能は凄いと思うし、いつもうらやましく思っていた。
もちろん、そんな恥ずかしいこと、本人には口が裂けても言えないけど……。
「あ~あ……」
レイジは、ため息をつきながら静かに腰を下ろした。
「でもさ、電話やメールで話してるんでしょ?」
僕は尋ねる。
「いや、俺は顔を見て直接話がしたい!」
うなるレイジ。
「じゃ、じゃあ……下校のとき、一緒に帰れば……」
だけど、レイジは首を横に振った。
「ミサキと帰る方向一緒だし、まだわからないことも多いだろうから、一緒に帰るんだとさ」
「そ、そっか」
なかなか上手くいかないものだ。
レイジは、恨むような目で僕を見つめてくる。
……僕が悪いんじゃないのに。
う~ん、他に何かアイデアは……。
……あ!
僕は、ミサキを取り囲む人たちの輪を指差した。
「あの輪に入ってくれば? そうすればマキとも話せるじゃん」
我ながらいいアイデア!
――と思った矢先、レイジは深いため息をつく。
「わかってないなぁ、ガクは……」
「な、何がだよ~」
少しムッとした気持ちが、声になって出てしまった。
けど、そんな僕を知ってか知らでか、レイジは真っ正面から見つめてきた。
「いいか、ガク! 俺は、マキと2人っきりで話がしたいんだぜ?」
「だぜ? って言われても……他に方法なさそうじゃん」
今度は、僕がため息をつく。
「嫌だ嫌だ、俺はマキと2人で話がしたい――」
――ごちっ!
次の瞬間、響き渡る鈍い音。
「あんたは、ダダッ子か!」
いつの間にか後ろにいたマキが、握り締めたゲンコツをレイジの頭へと振り下ろしたのだった。
「ちょ……ちょっと、マキちゃん……」
一緒に来たミサキは、その突然の出来事に口を手で覆う。
「いいのよ、これくらいやらないと」
「でも……動かなくなっちゃったよ……?」
ミサキの言う通り、レイジは叩かれたままの姿勢からピクリともしない。
「あ……あれ?」
いつもならば、軽いノリで切り返すはず。
僕の、いや僕たちの知っているレイジはそういう男だった。
「ちょ、ちょっと強く叩き過ぎちゃったかな……?」
いつもと違うその様子に、マキも戸惑っているように見える。
レイジは恋すると、こんなにも変わるんだ……。
僕は、チラリとマキを見た。
「お~い、レイジぃ」
名前を呼びながら、人差し指でレイジの体を突っつくマキ。
その無邪気な姿は、いつもと何ら変わりはない。
人それぞれ、恋愛のカタチがあるんだな……。
僕は感心し、1人うなずいた。
もし僕が、誰かを本気で好きになったなら……。
僕は、そっと視線を移した。
瞳いっぱいに、ミサキの姿が広がる。
僕の恋は、どんなカタチなんだろう……
僕は誰にも気付かれないよう、少しだけ目を細めた。
そのとき――
「うあああーっ!!」
不意にレイジが立ち上がる。
「きゃああああっ!?」
レイジを突っついていたマキは、その突然の出来事に驚きを隠せない。
足がもつれて後ろに転びそうになる。
「きゃ……」
だけどその体は、それ以上倒れることはなかった。
「マキ……」
レイジが、マキの手を握りしめたからだ。
レイジは手に力を入れた。
マキの体が、ゆっくりと引き起こされていく。
「あ……ありがと……」
完全に引き起こされたマキは、か細い声でお礼を言った。
頬を赤らめ、空いている方の手で髪を直す素振りを見せる。
その動きは、どことなくギクシャクしてるようにも見えた。
「あ……あの……レ、レイジ……その……手を……」
顔全体を赤く染めたマキ。
その目は、空中を泳ぎまくっている。
なるほど……。
これが恋するマキなのか!
「も、もう……離しても……大丈夫だから……」
マキは伏し目がちに言う。
そんな彼女を、レイジは目を細めて見つめた。
「マキッ!」
「きゃっ!?」
不意に叫ぶレイジ。
握りしめたその手に、再び力が入る。
「マキ、ちょっと来い!」
「え? ちょ、ちょっとレイジ!?」
そのままレイジは、廊下に向かって歩き出した。
手を引かれバランスを崩しながらも、なんとかその後を着いていくマキ。
「マキちゃん!」
「ご、ごめんね、ミサキ。ちょっと、ガクと2人で話してて……」
そう言い残し、その姿は見えなくなった。
「まったく、あの2人は……」
僕は、ふうっと息を吐く。
「ホントよね」
ミサキも同意し、クスリと笑った。
「今ごろ2人は、どんな話、してるのかなぁ?」
首を傾げるミサキ。
「今の感じなら、喧嘩にはならないと思うけど……」
「うんうん、そうだよね」
僕の言葉に、ミサキは微笑んだ。
その柔らかい笑顔に、思わず僕の胸は強く脈を打つ。
やっぱり可愛いな……。
……って!
あの2人が帰ってくるまで、僕たちは2人きりじゃないか……。
そのことを認識した瞬間、僕の心臓は高速で脈打ちだした。
正確には他のクラスメートも近くにいるのだけど……。
そんなものは、今の僕の目には入らない。
とにかく、今、目の前にはミサキがいるのだ!
ドッキンドッキンドッキン!!
ちょ……!
落ち着け、心臓!
でも、そう思えば思うほど、鼓動は速くなっていく。
前にテレビで、
『小動物の心臓は、私たち人間よりも速く脈を打つ』
ってやってたけど……。
僕の心臓はハムスターか!
そう、自分自身に突っ込みたくなるほどの脈打ちっぷりだった。
とりあえず深呼吸して、目をつぶって落ち着いて……。
って、そんな暇はない!
早く、何か話さなきゃ――
「あ、あのっ!」
僕は、震える拳を握り締めて口を開いた。
「ほ、ほ、本日はお日柄もよく……」
だ――っ!!
お見合いかっ!!
何を言ってるんだ、僕は!?
もう、自分でもわけがわからない。
頭の中を嵐が吹き荒れているような感覚と、自分の速い心臓の音だけが耳に響いてくる。
も、もうダメだ……。
「ちょっと、トイレへ……」
その場から逃げるために、得意のトイレへ向かおうとした。
と、そのとき――
「……ぷっ! あはははは……」
不意に響く笑い声。
それは、目の前のミサキからだった。
「え? え?」
事態が飲み込めない僕に、彼女は言う。
「梨川くんって面白いね」
どうやら、さっきの言葉は冗談だと思ってくれたらしい。
目元に浮かぶ涙を拭きながら笑う彼女。
その笑顔に、次第に心が軽くなっていく。
助かった……のかな……。
「あは……あはははは……」
とりあえず、一緒に笑ってみた。
よし……。
今の勢いなら、聞けるかもしれない!
初めてミサキを見たときから気になっていたこと。
時々見せる、
「あ、あのっ!」
意を決して僕は口を開いた。
「ずっと気になってたんだけど……」
「ただいまー!」
「お帰りレイジ――って、おいーっ!!」
僕の言葉を遮って帰ってきたレイジとマキ。
思わず裏手ツッコミが、レイジの肩に炸裂する。
「なんだよガク、絶好調だな?」
そう言って笑うレイジは、いつもと同じ笑顔だった。
「お帰り、マキちゃん」
「ただいま、ミサキ!」
目の前で、ミサキとマキは手を取り合ってはしゃいでいる。
そんな2人を見ながら、僕は思わず頭をかいた。
「ずいぶんと早いお帰りで……」
「ん? ああ、先生が来たからな」
レイジは、入り口を指差す。
そこには、次の教科の先生が立っていた。
「あ……いつの間にかチャイム鳴ってたんだ……」
思い思いの場所にいた生徒たちは、一斉に自分の席へと戻り始める。
「どうせ、ミサキに見とれてて気付かなかったんだろ~」
「ち、違うよ!」
去り際に耳元でささやくレイジを、僕は手で追い払う。
「ったく……。その様子だと、ちゃんとマキと話ができたみたいだね」
僕の言葉に、レイジは笑顔で親指を立てた。
「そっか……良かったね」
「ああ。だから、ガクも頑張れよ」
「え? や……俺は……」
思わず、ミサキに視線が行く。
ミサキは、次の授業である数学の教科書を出そうとしているところだった。
あのまま2人が帰って来なかったら……。
あの瞳のわけを聞けたのかな……?
僕に、君の悲しみを晴らしてあげることはできるのかな……。
窓から見える空は、今日も高く青く澄み渡っている。
あの空の向こうに、僕たちの悲しみや
だけど、その想いに空は何も答えることはなかったんだ……。