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第2話 『PAIN-ペイン-』

「えっ!? マキと付き合った!?」


 驚く僕の声が、教室内に響き渡った。


「ちょ、お前! 声がデカいって!」

「あ……ごめん」

「ったく……まぁ、いいけどさ」


 そう言って、目の前のレイジは笑う。


「レイジが、16歳になると同時に恋免を取ったのは知ってたけど……マキは?」

「ああ、この前取ったんだ」

「そっか……良く取れたな~」

「あんなの簡単だよ。ガクも早く取ってこいよ。それで、ガクも彼女作ってダブルデートしようぜ」

「え……? あ……あははは、考えとく」


 頬をかきながら、僕は笑った。


「ん~……ガク、お前さ……」


 そんな僕の顔を、レイジはまじまじと見つめる。


「な、なに……?」

「前もそう言って、結局受けなかったよな」

「そ、そうだっけ?」

「そーだっけじゃねーよ……何で免許取らないんだ?」

「何でって言われても……」


 僕は目線を反らす。

 恋免を取ったからといって、別に彼女が出来るわけじゃない。

 ただ、合法的に告白したり付き合ったり出来るようになるだけだ。

 だから……。

 フラれてしまう可能性もあるワケで……。


 そりゃ、学校内には可愛いなと思う子はいないこともないけど……。

 でも、やっぱりそれは恋には発展しない。

 だからまだ、わざわざ取りに行くこともないかなって……。


 はぁ……。

 ったく、世の中はなぁ、レイジみたいな強気の人間ばかりじゃないんだぞ!

 ちょっと腹が立ってきたので、少し恨みのこもった視線を目の前の友人に投げてやった。


「ん? なんだよガク、人の顔を見つめて」


 僕の視線に気付いたレイジが、眉をひそめる。


「ま、まさか……彼女作ろうとしない理由って……ソッチか!? お、男が好きなのか!?」

「ち、違うよ! 俺は至ってノーマルだっての!」


 いきなり、何を言い出すんだコイツは!

 話が飛びすぎだろ!!


「だって……なぁ」

「違うっての!」


 声を荒げる僕。

 そのとき――


「ガクは、臆病なだけなんでしょ」


 背後から不意に響く声。


「マキ!」


 レイジが嬉しそうな声を出す。

 僕は、ゆっくりと振り返った。


「ったく……マキは、いきなり会話に入って来るなよ~」


 ため息をつく僕に、マキはベーッと舌を出した。


 新島にいじま 真希まき、通称『マキ』。

 彼女もレイジと同じ、中学からの同級生だ。


 何をするのも僕らは一緒。

 高校1年のときは、残念ながらマキとは違うクラスになってしまった。

 けど、それでも休み時間になれば、ほとんど3人で会っていた気がする。

 だから、2年のクラス替えで同じクラスになれたときは、心から嬉しかったことを覚えている。


 でも、それは友達としてであり、恋愛感情は全くなかった。

 そして、レイジも僕と同じ気持ちでいるものだと……。

 勝手に思い込んでいた。

 それだけに、今回の『付き合った』発言には、驚きを隠せなかった。


「……なによ?」


 思わず、ジッと顔を見つめてしまった僕に、マキはいぶかしげな視線を向けてきた。

 危ない危ない。

 どうやら僕は、考え事をすると何かを見つめてしまうクセがあるらしい。


「べ、別に~」


 内心は慌ながらも、少しおどけたフリをして誤魔化した。


「そうやって誤魔化すとこが、臆病だって言ってるのよ」


 しかし、マキの攻撃の手は緩まない。


「どうせ、フラれるのが怖いとか、傷付きたくないとか、面倒くさいとか、そういう理由なんでしょ」


 うっ……。

 なかなか鋭いとこを突く。


「そうなのか? それじゃ、いつまでも彼女なんて出来ないぜ?」


 レイジは、困ったように溜め息をついた。


「そんなこと言われても……」


 僕は、頬をかいた。


「まだ、そこまで思える人と出会えてないというか……」

「うそ! ガクは、ちゃんと人と向き合ってないだけなのよ!」

「そ、そんなことないよ! な、なぁ、ハカセ!」


 僕は立ち上がると、隣りの席で予習に励む同級生の背中を叩いた。

 ハカセと呼ばれた彼は、鋭い視線を僕に向けると、溜め息をついて再び参考書に目を落とす。


「なぁ、ハカセ! ちょっと2人に何か言ってやってよ~」


 なおも背中を叩く僕。


「あーっ、もうっ!」


 その手を払いのけると、ハカセは頭をかきむしりながら勢い良く立ち上がった。


「なぜ僕に助けを求めるんだ!」


 ズレた眼鏡を直しながら、ハカセは僕をにらむ。


「え……? いやぁ……」


 僕が、ハカセに助けを求めた理由、それは――

 単に近くにいたから……。


 なんてことを言えるはずもなく、僕はただ愛想笑いを作った。

 そんな心内を見透かしたかのように、ハカセはフンと鼻を鳴らす。


「僕の邪魔をしないでくれ!」

「……相変わらずつれないな、ハカセは」


 レイジが笑う。


「……僕からしてみたら、学校で遊んでる君らの方がおかしい!」

「相変わらずのハカセっぷりだね」


 僕も苦笑いを浮かべた。


「それと!」


 そんな僕に、ハカセはビシッと指を突き付けた。


「僕の名前はハカセじゃない!」


 ハカセは叫ぶ。


「僕の名前は光石みついし 博士ひろしだ!」

「う、うん……それはわかってるけど、“博士ひろし”って名前が“ハカセ”って読めるから……さ」

「安直すぎるとは思わないのか……」


 僕の言葉に、ハカセは大きなため息をつく。


「まぁ、いいじゃない」


 マキの、一際明るい声が響いた。


「だって、ハカセは将来、偉い学者になるんでしょ?」

「む? そのつもりだが……」

「そのときは、みんなから“博士はかせ”って呼ばれるわけでしょ?」

「ん……まぁ、そうなるな」

「じゃあ、今からその先取りをしたって考えればいいじゃない」


 軽くそう言うと、マキは2つ隣りの自分の席に向かって歩きだした。


「先取り、だと?」

「そうよ、ピッタリでしょ?」


 椅子に腰を下ろしながら、マキは微笑む。


「ふむ……」


 少し考える素振りを見せるハカセ。


「なるほど……悪くない」


 そして、納得したようにうなずいた。


「お、おい……」

「あ、あのハカセが納得だって……」

「「マキ……凄いな……」」


 思わず、レイジと顔を見合わせた。

 マキは得意げな笑みを浮かべて、小さくVサインを作る。


「先取り……まさに僕に相応しい」


 ハカセは何度もうなずきながら、満足げに腰を下ろした。


 ふぅ、助かった。

 ハカセは、しつこいからなぁ……。

 見ればレイジも同じことを考えていたらしく、安堵のため息をついている。

 僕は、もう一度、大きく息を吐いた。


 と、その瞬間――


「あ、そうだ!」


 ハカセが、不意にこちらを振り向いた。

 心を読まれたのかと思い、息が詰まる。


「ま、ま、まだ何か!?」

「いや読み方のことだが、本来“博士”は“はくし”と読むのが正しいのであって、そもそも博士は……」

「ご……ごめんハカセ! それは後で聞くから」

「お、俺たち、ちょっとトイレ行ってくるわ!」


 長くなりそうな話を遮って、僕とレイジは立ち上がった。

 もちろん、これは逃げるための口実だ。


「ふぅ……」


 廊下に向かって歩きながら、僕は小さく息を吐く。

 そっと後ろを振り返ると、ハカセは再び参考書に目を落としていた。

 だが、その体からは、まだまだ言い足りないオーラが滲み出ているようにも見える。


「ったく……ああいう話をハカセに振るなよな」


 レイジは、やれやれといった表情を見せた。


「だ、だってさ~」

「だってじゃねーよ」


 苦笑いを見せつつ、廊下へと続く扉に向かう僕たち。


「でもさ、ガク」

「ん?」

「本当に付き合いたいヤツとかいないの?」


 うーん?

 うーん……。

 ……うん。

 クラスメートの顔を浮かべても、恋愛に発展しそうな人は思い当たらない。


「今はいないかな~」


 そう受け答えながら、僕は教室の扉に手をかけた。


「そっか……じゃあ、さっきの転校生なんてどうだ?」

「え……!?」


 レイジの言葉に、僕の胸は大きく脈打った。


「な、な、な、何言ってんだよ」


 僕は、思わずレイジに振り返る。


「さ、さっきも言ったけど、まだ俺は……」


 動揺を隠しつつ、反論しようとした、そのとき――

 不意に扉が開かれた。


「えっ?」


 振り返った僕の瞳に飛び込んでくる人影。


「うわっ!?」


 影は、そのままの勢いで僕と激突した。


「うわーっ!!」


 ぶつかり合い、激しく転倒する2人。


 うぐぅ!

 床に腰を強打したぞ!


「うう……いてて……」


 思わず、うめくような声が出た。


「今日は、ぶつかってばっか……」


 そうつぶやきながら、顔を上げる。

 しかし、その言葉は最後まで発せられることはなかった。


 尻餅を付く形で、目の前に倒れている相手、それは……。


新発田しばた 一磨かずま……」


 鋭い瞳で、カズマは僕をにらむ。


「ご、ごめん!」


 僕は、慌てて起き上がった。


 カズマは、普段から乱暴で素行が悪い。

 いわゆる不良というやつ。

 僕が苦手とするタイプの人間だ。

 そんな人とぶつかってしまったら、先の展開は読めている。

 刺激しないようにしなくちゃ……。


「だ、大丈夫?」


 僕は、助け起こそうと恐る恐る手を伸ばした。

 次の瞬間――


 バシッ!!


 不意に手の甲に痛みが走る。

 カズマは、差し出した手を無言で払いのけたのだ。


「あ、あの……」


 狼狽ろうばいする僕に苛立つようなカズマ。

 カズマの手が、僕の襟をつかむ。

 そのままねじり上げるように、手首を返してきた。


「カ……ハッ……」


 首が締まって、息が上手く吸えない。

 にわかにざわめきだつ教室。

 しかしカズマは、そんなことを全く気にする素振りもない。

 怒りをあらわにし、僕に顔を近付けてきた。


 「テメェ……あんなとこにボケッと突っ立ってんじゃねぇよ!!」

 「ご、ごめん……」


 なんとか声を絞り出して謝罪する。

 しかしそれは、カズマの苛立ちを更に高めたようだった。


「俺は、テメェみたいな中途半端なヤツが、一番ムカつくんだよ!!」


 そ、そんなこと言ったって……。

 僕に、どうしろって言うんだ!?

 頭の中を恐怖と疑問符が駆け巡る。

 そんな中、カズマの右拳がゆっくりと振り上げられた。


 うわ……。

 痛そうなゲンコツ……。


 恐怖した体は思うように動かない。

 僕は自分の運命を呪いながら、強く目をつぶった。


 こんなとき、物語の主人公ならどうするだろう?

 夕べ、テレビで見た映画の主人公。

 彼は、格闘技に精通していた。

 こういうときは、きっとカズマのパンチをかいくぐって……。

 そして、逆に自分の拳を叩き込むんだろうな。

 だけど、僕にそんな真似が出来るわけない。

 人には、得手不得手というものがあるんだ。


 あ……。

 でも、死ぬほど練習すれば、もしかしたら出来るようになるのかな?

 よし、じゃあ今日から頑張って練習して!

 ……って、それじゃ今は間に合わないじゃん!


 僕には、物心ついてから人を殴った記憶はない。

 よく、殴られた方はもちろん、殴った方も痛いんだって話を聞く。

 その痛みは拳だったり、心だったり……。

 じゃあ、何で殴り合いなんてするんだろう?

 カズマも、やっぱり痛むのかな?

 あ~あ、痛いの嫌だな……。


 ……って、あれ?

 これだけ物思いにふけっていたのに、カズマの拳はいまだに飛んで来ない。

 どうしたんだろう……?


 僕は、恐る恐るだけど、勇気を出して目を開けた。

 暗闇の世界に光が差す――


「やめろよ、カズマ!」


 そこには、振り上げたカズマの右手首を握り締めるレイジの姿があった。


「いきなり飛び込んできたお前も悪いんだぜ!」


 レイジは、強い口調で言う。


「市井……レイジ……」


 カズマは僕から手を放すと、レイジをにらんだ。

 普通なら、その迫力に思わず気圧されてしまうだろう。

 だが、レイジは全く意に介した様子もない。


「これ以上やるってんなら、俺が相手になってやるぜ?」


 その言葉に、カズマはギリッと奥歯を噛み締めた。


「市井レイジ……。お前も、気に入らねぇヤツの1人だ……」

「……そりゃどーも」


 うめくように言うカズマに、レイジはポリポリと頭をかいた。


「ところで……何で俺をフルネームで呼ぶわけ? そういうの、止めてくんないかな」

「どっちが上か、ここでわからせてやるぞ、市井レイジ!!」

「は、話聞けよっ!!」


 にらみ合う2人。

 辺りに一触即発の空気が漂う。

 そのとき――


「何をしてるの、君たちは!?」


 不意に響く女性の声。

 振り向けば、教室の入り口には担任の先生が立っていた。


「まさか……あなたたち、喧嘩してるの?」


 カズマの手首を握り締めたままの状況に、先生の顔が険しくなる。


「あ、あはは、喧嘩なんてしてませんよ~」


 明るく振る舞うレイジは、笑いながらカズマの手首を放した。


「……チッ!」


 吐き捨てるように舌打ちをすると、カズマは僕たちに背を向ける。

 そして、赤くなった手首をさすりながら、一番奥の自分の席へと歩いていった。


「ありがとう、レイジ……」

「気にすんなよ」


 お礼を言う僕に、レイジは笑う。


「まったく……ほら、あなたたちも席について」


 軽くため息をつき、先生は僕たちを促した。

 素直に従うレイジ。

 僕も、その後に続こうとする。


 ――と、そのとき。

 先生の後ろに人影が見えた気がして、僕は何気なく振り返った。

 そして――


「あっ!」


 僕は言葉を失った。


 長い髪、色白の肌、うれいを帯びたその瞳。

 そう……。

 そこには、あの転校生が立っていたんだ……。


 僕の視線に気付いた彼女は、そっと微笑んでくれた。

 痛いほどの高鳴りが、僕の胸を襲う。

 それは……。

 風に舞う羽のように、とても優しい微笑みだったんだ……。

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