穏やかに晴れた朝の空。
そこに、ぽかっと浮かんだ白い雲。
優しい風は、それをそっと吹き流していく。
新緑の候。
若葉が深まっていくこの季節は、まだ少し肌寒さも感じさせる。
「それでは、この子のこと、どうかよろしくお願い致します」
校長室の来客用の椅子から立ち上がり、深々と頭を下げるお母さん。
私も、それに習って頭を下げる。
「早く慣れるといいですね」
校長先生は、そう言って微笑んでくれた。
「大丈夫だよ、お母さん」
心配そうに見送るお母さんに手を振って、私は女の担任の先生の後について行った。
長い廊下。
大きな昇降口。
ガラス窓の向こうに見える校庭。
ここが、今日から通う高校……。
『大丈夫だよ』
さっきは、お母さんにそう笑ったけど……。
でも……。
本当はすごく心配……。
友達は出来るのかとか。
新しい環境で、ちゃんとやっていけるのかとか。
そして、みんなは私を受け入れてくれるのかとか。
だって、私は……。
ドクン!!
「うっ!?」
不意に胸を襲う、激しい痛みと息苦しさ。
思わず、口から小さなうめき声が漏れた。
前を歩く先生の後ろ姿が、周りの景色が涙でにじむ。
待って!!
今日は、大切な日なのっ!!
私は、広げた両手を強く胸に押し当てた。
お願いっ!!
今は、まだ待って!!
私は、瞳を強く閉じて心の中で叫ぶ。
お願い――
その願いが通じたのか、痛みは徐々に収まっていった。
「はぁ……はぁ……」
肩で大きく息をする私。
額には、たくさんの汗がにじみ出ていた。
「ちょ、ちょっと、どうしたの?」
そんな私の異変に気付いた先生が、慌てて声を掛けてきた。
「だ、大丈夫? とりあえず、保健室の方に……」
「い、いえ――」
私は額の汗と頬の涙を拭うと、無理矢理に笑顔を作る。
「もう、大丈夫です」
「え……でも……」
「本当に大丈夫です。心配かけて、すみません」
「そう……それならいいんだけど……」
まだ心配そうな先生。
それも当然だと思う。
だから私は、努めて明るい笑顔を見せた。
「大丈夫ならいいけど、無理はしないでね」
「はいっ!」
私の元気な返事に安堵の笑みを見せると、先生は再び歩き出した。
でも、その歩みは、先程より明らかにゆっくり。
風に乗って、教室の喧騒が聞こえてくる。
期待と不安が脈を打つ。
それでも私は、この一歩を踏み出していく。
小さな一歩。
でも、私にとっては大きな一歩。
前を行く先生の背中を追いながら、手の平をそっと左胸に押し当てた。
鼓動は、まだ少しだけ早く感じる。
大丈夫……。
きっと大丈夫。
まだ、もってくれるよね。
私の胸……。