それから更に3日が過ぎた。
登校した私は、アユミが亡くなったという話を聞いた。
立て続けに人が亡くなる状況。
そんなこと、今まで一度だってなかった。
呪いのウワサも広がっている。
そのことを受けて、今朝は体育館で緊急集会があった。
「呪いなんてありません!」
校長先生はそう言ってたけど、学校はピリピリした空気に包まれてる。
息が詰まりそう。
ストレスのせいか、最近すごく肩がこる。
まるで木にでもなったみたいに固くなってる。
チヒロは、あの日から学校に来ていない。
放課後、不意にスマホが鳴った。
その着信者名を見て、私は息を呑んだ。
早く出なきゃと焦る気持ち。
震える手がもどかしい。
「もしもし、チヒロ!」
『……アイナ』
「大丈夫なの? どこにいるの? 今、何をしているの!?」
だけど、チヒロは私の言葉に答えてくれなかった。
『今からうちに来てほしい』
そう言って、電話は一方的に切られた。
折り返しても出てくれない。
それでも、チヒロが生きていてくれたことが素直に嬉しかった。
私は言われた通り、チヒロのマンションに向かうことにした。
早く会いたい。
話がしたい。
積もり積もった話があるんだ。
だけどなぜだろう。
体が……すごく重い。
私がチヒロのマンションに到着したとき、太陽はすでに西の空に沈もうとしていた。
入り口を抜けて、ホールのエレベーターに乗る。
何度も遊びに来た家、そこに迷いなんてない。
だけど、心臓の鼓動はどんどん早くなってゆく。
玄関の前に立った私は、震える指でインターホンを押した。
しばらく待っても返事がない。
扉に手をかけると、鍵は掛かっていなかった。
「チヒロ、入るよ?」
そう言って、私は中に入った。
廊下を歩き、西の部屋の一角に立つ。
ここがチヒロの部屋だ。
私は息を吸い込むと、扉をノックした。
「チヒロ、いる?」
扉を開けた私の目に、とても綺麗な夕日が映る。
オレンジ色に染まる部屋。
その中にチヒロはいた。
私に気付いてるはずなのに、彼女は背を向けたまま。
窓にもたれかかるようにして外を眺めている。
その腕には、包帯が巻かれていた。
ふぅ……。
安堵のため息が漏れた。
腕の包帯は気になるけれど、とにかくチヒロは目の前にいる。
それが何より嬉しかった。
「もー、返事くらいしてよ。チヒロが生きててよかった~」
「アイナ、そこで聞いて!」
部屋に入ろうとした私を、チヒロは制する。
顔は見えないけれど、その声はとても悲しそうだった。
「アユミ……死んだんでしょ?」
「えっ、なんでそれを!? だ、誰から聞いたの?」
私の問いに、チヒロは静かに首を振った。
「わかるから」
「わかるって、どういうこと!?」
「アユミが死んだのも、先輩が飛び降りたのも、みんな呪いのせいだから」
呪い!?
それって、今、学校でウワサになってるやつ!?
「そ、そんな、呪いなんて非科学的なこと……」
「私も呪われてるから」
そう言ってチヒロは包帯を外した。
現れた腕に思わず息を呑む。
その腕は干からびていて、いくつものシワが刻まれていたから。
そう、それはまるで老木のように。
「この呪いから逃れる方法はたった1つ。10日以内に同じ呪いを100人に広げること。それができなかったから2人は死んだ」
チヒロは言葉を止めると、力なくうつむく。
背中が震えている。
「私……今日が10日目なんだ」
その声は、絶望に満ちていた。
「そんな……やだよ、チヒロ、諦めないでよ。きっと、まだ何か方法が……」
「アイナはさっき、生きててよかったって言ったよね。この姿を見ても、同じことが言える?」
ゆっくりと振り返ったチヒロを見て、私はギョッとした。
大きく形の良かった二重の目は深く落ちくぼんでいて。
そこからは、緑色の芽が生えていたのだから。
「これが呪いの力」
「そんな……そんな……」
「ごめんね、アイナ。でも、聞いて。私にはあなたに伝える責任があるから」
「責任……?」
「耳鳴り、体の
私は驚いた。
それはまさしく、ここ最近の悩みだったから。
「まさか……チヒロが私に呪いを……」
「ワザとじゃない!」
チヒロは激しく頭を振る。
「私は、あなたにだけは見せるつもりなかった! 親友を呪いにかけるつもりなんてなかった!」
「聞きたくない! そんな話、聞きたくない!」
私は怖くなって部屋を飛び出した。
とにかく、ここにはいたくなかった。
チヒロが何か叫んでいたけど、もう何も聞きたくなかった。
その夜、家の電話が鳴った。
「はいはい」
リンリンと鳴る電話にお母さんが出る。
どうやら、相手はチヒロのお母さんらしい。
嫌な予感がする。
電話の後、お母さんはリビングの私に向き直った。
予感は当たっていた。
「チヒロちゃん……亡くなったんだって」
私は自分の部屋に駆け込んで、布団を頭からかぶって泣いた。
怖い!
怖い!
怖い!
とにかく、ひたすら泣き続けた。
* * *
窓から入り込む陽射し。
小鳥たちの鳴き声。
外は、いつの間にか朝になっていた。
ベットから這い出して鏡を見る。
ひどい顔。
一晩中、泣き続けたから仕方ないのだけれど。
「私も、このまま死ぬの……?」
鏡の中の自分に問いかける。
当たり前だけど、返事はない。
ああ、耳鳴りが酷い。
ズキズキと
チヒロ、先輩、アユミを死に追いやった呪いは、今、私の身を
私はチヒロに呪いを移された。
だけど、いつ、この呪いを移されたんだろう……?
呪いにかけるつもりなんてなかったと彼女は言っていた。
その言葉はきっと本心だと思う。
「じゃあ、なんで……」
そのとき、ふとチヒロの言葉が浮かんだ。
『私は、あなたに見せるつもりはなかった!』
「……わかった」
全てが一つに繋がった。
私が呪いにかかった理由。
それはきっと、チヒロが書いた詩を見てしまったから。
呪いから逃れるためには、同じ詩を100人に見せなくちゃいけない。
3人は、それができなかったから死んでしまった。
10日以内に100人に見せる。
そんなこと、ただの女子高生の私たちにできるわけがない。
無理に決まってる。
でも……。
たった一つだけ、可能にする方法があるとしたら?
それは――。