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第参拾漆話 懐かしの学舎

 12月25日 11:53 海軍室蘭学校 正門


「はー、着いた着いた」


「やっと着いたね~」


 面倒な講演会全部アイツに丸投げ出来るはずだったのに…。

 クソが、雪め。

 こんなに雪が憎いのは初めてだ。


 長万部でかにめしを買おうと思っていたが、寝過ごしてしまった。

 気づいたら東室蘭、まぁ帰りに買えばいいさ。


 外は寒いのでさっさと校内に入る。

 エントランスに入ると懐かしい匂いが漂って来た。


「ん~懐かしい!」


「あぁ…懐かしいよなぁ…」


 エントランスで懐かしい匂いを堪能していると、右側から誰かが近づいて来た。

 あぁ、見覚えがあるぞ、あの顔は。


「「幡生教官!!」」


「大変だったなぁ!お前ら!」


 大笑いしながら俺と彩華の肩を叩く。

 変わってねぇなぁ、コイツ。


「全くですよ。親父の奴、室蘭卒だからってこんな雪の中ココまで来させやがる」


「飛行機も欠航してっからなぁ!国重の奴、鬼畜だなぁ~」


「当の本人は霞ヶ関でぬくぬく…ったく…」


「後方でふんぞり返ってる奴はそんなモンだよ」


「呆れたもんだよ」


 また大笑いしてら。

 ま、笑わないよりマシか。


「さぁさぁ、疲れただろう、懐かしの学生館へ案内してやろう」


 今度は背中を叩いて学生館の方へ俺達を誘導する。

 学生館は俺達が暮らしていた宿舎。

 食堂に風呂に自習室…色々揃っている。

 さてさて、懐かしの寝室とご対面~。



 12:03 学生館 3階 307号室


「「そ、そのまま」」


 あの時の部屋のまま残されていた。

 忘れてった懐中電灯もそのまま。


「おう!折角だからな、残せるだけ残してやったんだ」


「それに何の意味があるの…?」


「き、記念…?」


「何の記念だよ」


「ま、まぁそんな事は良いじゃないか、な、な?」


 誤魔化そうとしている。

 ま、どうでもいいや。


「講演会自体は明日だから、まぁゆっくりしてくれ」


 おっ、明日なのか!

 良かった良かった、アイツに丸投げ出来る。


「「了解しました」」


「じゃ、久しぶりの室蘭生活楽しめよ~!」


 そう言いながら笑顔の幡生は去って行った。

 室蘭で楽しめた事なんて1回も無いぞ。


「「………」」


 取りあえずベッドに飛び込む。

 ツインベッドであり、二段ベッドではない。


「あ”~っ”、懐かしいィ~」


 この感覚!

 あの日々を思い出す…。


「ねぇ、紫風ちゃん」


「何だぁ~?」


「懐かしいね」


「…あぁ、懐かしいな」


 暫く2人で思い出を語りながら、懐かしの部屋を堪能する。

 …思い出されるのは訓練の事ばかりだが…。


「にしても……何も無ぇなぁ~」


「うん。私達が居た時はもっと物があったと思うけどね~」


「あぁ、そうだな」


 部屋にはベッドが2台とテレビが1台。

 それと、机が2台。

 後、冷蔵庫2台、ポットは1つだけ。


「冷蔵庫は…流石に空か」


 まぁ、流石に空か。

 逆に何か入ってたら怖いわ。


「こんなに広いのに2人部屋何だよね」


「あぁ、そうだな」


 もっとベッドが入るだろうに。

 本来はもっと大人数を想定していたのだろう。


「テレビもしっかりつくな」


「しっかり電気通ってるね」


「あぁ、そうだな」


 ベッドから起き上がり、机を撫でる。

 この机で勉強したなぁ~…懐かしいぜ。


「なぁ、彩華」


「ん~?」


「懐かしいよな」


「…うん!」




 ~~~~~~~~~~~~~~




 12月26日 10:00 大講堂


「えー、本日は任務で忙しい中、七条 橘花中将がお越しになられた」


 幡生教官がマイクで話している。

 あの人が私の事を敬語で紹介する時が来るなんてなぁ…。


「中将閣下、壇上へ」


 促されるまま壇上に上がる。

 一体何を話そうか…何も考えていない。

 確か、この子はウチの航海長の弟だった様な。


「えー…」


 私はこういう演説は得意じゃない。

 彩華の方が得意だ。


「…こんにちは」


「こ、こんにちは」


「私が、第一潜水艦隊司令、七条 橘花である」


 と、取りあえず自己紹介…。

 口調もそれっぽくして…。


「君は確か、SOS課程だったかな」


「はっ!」


 あ~、元気良い返事。

 ちょっとだけ安心。


「私もだよ」


 彼は驚いている。

 まぁ、当然か。


「え~、潜水艦に於いて―――」




 12:00 


「―――と、言う事」


 何とか2時間話しきった。

 途中、途切れ途切れになった部分になったけれども、何とか話しきった。


「………あ、以上」


「中将閣下、ありがとうございました」


 壇上から降り、横で待機していた彩華の所へ一直線に向かう。

 彩華は笑顔で私を受け入れてくれた。


「疲れたよぉ」


「お疲れ様」


 彩華は私の頭を沢山ナデナデしてくれた。

 あ~っ、落ち着く~。


「はぁ、講演とか彩華に全部丸投げしたかったのに」


「え~?私~?」


「だって彩華の方が演説上手いじゃん」


「そ、そうかな~」


 照れてる彩華。

 めっちゃ可愛い。


「いやぁ~ご苦労だったなぁ!」


 そう言いながら、幡生教官は私の背中を強く叩いた。

 ちょっとだけ痛い。


「俺はお前らがデカくなって嬉しいぞ~!」


 また大笑いしてる…。

 まぁ、変わって無くて安心した。


「それで、お前らこの後どうするんだ?」


「え、普通に帰ろうかなーって…」


「もう1泊しないのか」


「当然ですよ」


 折角のクリスマス使ってわざわざ…。

 それも交通機関がかなり麻痺している状態で…。

 もう…お父様の馬鹿。


 行くのは構わないけれども、日程と天候考えてよ…。

 結果論だけど、どうせ26日になるんだったら今日出発で良かったじゃん。

 わざわざ24日から行かせなくても…。

 交通費全部経費で落としてやる。


「ねぇ、紫雲ちゃん」


「ん?」


「最後にさ~、ココ、グルって周ろうよ」


「良いね、そうしよう」


「おっ、じゃぁ俺も―――」


「「要らない」」


「アッ、ソッスカ…」


 幡生教官の付き添いを拒否して、2人で周る。

 まずは本館から。

 大講堂がある3階から下り、2階へ向かう。

 3階はこの大講堂しか存在しない。


「2階~」


 2階は実験室だとかシミュレーターなどが置いてある階。

 操舵は勿論、航空機のシミュレーターも存在する。

 SOS課程なのに謎に航空機の操縦訓練もさせられた。

 理由は今でも分からずじまい。


「あ、コレコレ」


 2101教室には潜水艦の操舵シミュレーターが置いてある。

 SOS課程であるから、ココには毎日の様に通った。

 今は機械の電源は落とされており、使う事は出来ない。


「懐かし~!」


「懐かしいよね」


 彩華が座席に座り、目をつぶる。

 昔を思い出しているのだろう。



 12:12 2104教室

 ココには通常艦艇の操舵シミュレーターが置かれている。

 潜水艦シミュレーターの次に多く訪れた部屋だ。


「コレも懐かしいよね~」


「もう全部懐かしい」


 "懐かしい"。

 もうそれしか感想が出てこない。


 司令官と言う役職に就いた今、舵を触る事は無くなったが、今でも感覚は染みついている。

 通常艦艇はシミュレーターだけだが…。

 潜水艦は実際に触った事があるから、良く覚えている。

 特に最終試験……。


「1階行こうよ、紫雲ちゃん」


「OK、行こう」


 エレベーターで1階へ。

 1階には普通の大小様々な教室が並んでいる。

 私達もそこで講義を受けた。


「あ、今お昼ご飯だから誰も居ないのね」


「そうそう。今食度行けば、色々会えると思うよ」


「どうしよっか、紫雲ちゃん」


「いや~、別に良いかな」


「そっかぁ~」


 教室を覗きながら廊下を進む。

 誰ともすれ違わない。

 まぁ、良くある事だ。


「学生館は全部見終えたし…あ!」


「トランク!」


「危ない危ない、トランクお部屋に置きっぱなしだった」


 急いで学生館の"元"自分の部屋へ戻る。

 ベッドの横に放置していたトランクを無事回収。

 中身は無事、何も盗まれていない。

 と言っても、盗む物は無いけれど。


「よし、帰ろうか」


「うん!」


 外は雪が積もっている。

 ただ積もっているだけで、降ってはいない。

 行きよりだいぶマシだ。


「ねぇ」


「ん?」


「京都も雪降った事いっぱいあったよね」


「ね~」


 京都も結構雪が降る。

 特に山間部、鞍馬山とか。


「…雪だるま作る?」


「作ろ~!」


 久しぶりに雪だるま作ろ。

 こんなに雪積もる事なんて滅多に無いし!

 そして、門の前に雪だるまを作ろうと思い、外に出たらなんと…。


「おっ!気を付けて帰れよな!」


 幡生教官が大量の雪だるまを錬成していた………。

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