目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第拾玖話 情報

 7月8日 04:15 伊820 士官室

 士官室には既に参謀が集結していた。

 もう少し用意を早くすべきだったか。


「早朝に起こして申し訳ありません」


 十和田少将が参棒を動かしながら言う。


「構わないよ、それより状況は」


 帽子を被り直して、地図を見る。

 士官室であるから、地図は紙。

 映画で良くあるあれだ。


「第一機動艦隊は予定通り北方四島に攻撃を開始。四つの飛行隊に分かれて、島内の軍事施設を攻撃中です」


 地図上には駒が並べられている。

 第一機動空母の駒、艦載機は飛行機の駒。

 どちらとも色は青。


「占領するのか」


「はい」


 根室湾から北方四島に向けて多数の部隊が出撃している。

 千歳からは空挺団も出撃している様だ。


「本州から呼び寄せたのか?」


「どうやらその様です」


「成程」


 ん?良く見たら第一機動艦隊の方にも陸軍戦力がある。

 空母にも陸軍兵力を載せているのか。


「一機の陸軍はヘリで出るのか?」


「いえ、艦上輸送機からの降下です」


「ふむ」


 成程、艦上輸送機か。

 あれ、空挺団とは別なのか?


「空挺とは別か?」


「いえ、空挺団の一部を分割してこちらに回しています」


「成程」


 まぁ、何はともあれ北方領土問題は解決…いや、しないな。

 終わった後、絶対イチャモン付けてくるわ。


「で、戦況は?」


「不自然な位有利ですね」


 不自然な位有利…かぁ。

 北海道に攻め入る時に全部出しちゃったのかな?


「そっかそっか…」


 敵の増援は来ているのだろうか。

 空から来るか、海から来るか。

 はたまた、大陸に籠っているか。


「増援は?」


「今の所確認されていません」


 大陸に籠っているのか。

 道内で部隊が殲滅されていると言うのに、増援も無しか。

 ロシアは一体何を考えているんだ?

 …諦めた?こんな短時間で?

 いや、何か裏がある…そうでなければただのアホだ。

 …ホントにアホかもしんないけど…。


「あ、そう言えば早岐さんは何処に行きましたか?」


「疾歌ちゃんは情報室だと思うよ?」


「情報室?」


「ロシア軍の移動について探らせてるんだ」


 友部兄弟は見分けが付かない。

 今、質問して来たのはどっちかな。

 ま、どっちでもいいや。


「増援が来ないかって事ですね」


「そうそう」


「じゃ、情報室の様子を見てくるよ」


「お供します!」


 友部が着いてきた。

 洛か京かは未だ判別が付かない。


「君は…」


「京人です!」


「京人君か」


 彩華は無言で着いてくる。

 無言でも彩華の言わんとしてることは全部分かる。


「あの、お二人は出会ってからどれだけ経ちますか?」


「「23年」」


 年齢=出会ってからの年数。

 私の生活にはいつも彩華が居た。

 最初はロシア語しか喋れなかった彩華。

 懐かしいなぁ。


「し、失礼ですがお年は…?」


「「23歳」」


「う、生まれた時から一緒に居るんですね…お二人は」


「「そうだね」」


 病院も同じ。

 深山大学病院。

 病院も深山学園のお世話になっている。


「す、凄い…縁…ですね」


 あれ、若干引いてる。

 何でだろう…。



 04:23 情報室

 情報室では皆が何かに頭を悩ませていた。

 全員が同じモニターを見て悩んでいる。

 何だろう?


「あれ、皆さんどうされました?」


 京人君が率先して聞いてくれた。

 さて、彼女らは何に悩んでいるのだろうか。


「あ、司令」


 疾歌がこちらに気付き、敬礼する。

 すると、疾歌は部下を退かせて皆が覗いていた画面を見せてくれた。

 それはロシア軍の資料だった。


「お、見つけてくれたんだね」


「えぇ、見つけたんですが…」


 疾歌は困った様子であった。

 何に参ってるのやら。


「読めないんですよ…」


「何が?」


「ロシア語が…」


 成程、ロシア語が読めないのか。

 …え?誰も読めないの?

 上川情報長も読めないの?


「だ、誰か読めるでしょ」


「いえ…全員中国語か韓国語専攻なんですよ…」


「嘘…」


 ふと、機械の方を見てみると、彩華が兵卒の手帳を強奪し、資料の日本語訳を書いていた。

 疾歌や部下達はその様子を見て唖然とした。


「あ、あの、高山少将」


Что случилось?どうしたの?


「えっと…い、いえ…何でも…ありません…」


 あら、負けちゃった。

 ロシア語で畳み掛けられるとちょっと怖いよね。


「し、司令、彩華ちゃんって…」


「彩華の母国語はロシア語だよ」


「え!?そうなんですか!?」


「え、知らなかったの?」


「は、はい」


 京人君は疾歌以上に驚いている。

 顎が外れそうな位には。


「あの…えっと…ロシア人…?」


「ハーフ」


「あっ、ハーフ!彩華さんはハーフなんですね!」


 彩華は周りの喧騒を気に留める事無く、兵卒を椅子にして翻訳作業を続けている。

 椅子にされている兵卒は心なしか嬉しそうだ。


cаика?彩華?


Да?はい?


Сколькоどれ位 уйдёт времени?かかる?


около 1 часа1時間位


понимание 了解


 ロシア語モードで集中している時の彩華は基本的にロシア語でしか反応しない。

 日本語で話しかけても反応しない。


「さ、彩華ちゃんは何て言ってるんですか…?」


「1時間位で終わるって」


「な、成程」


「ま、ゆっくり待とう」


 そして、1時間が流れた。

 兵卒達は彩華の翻訳作業をただ黙って見つめていた。


Конец!終わりっ!


「終わったみたいだね」


 数十ページにも及ぶ日本語訳資料が完成した。

 これで、皆がこの資料の内容を理解できる。


「で、彩華」


「ん~?」


「何が書いてあったの?」


「あ!えーっとね!」


「うん」


 彩華は何やら慌てている。

 あの資料に何が書いてあったのだろうか。


「何かね、中国軍が南西諸島に攻めてくるんだって!」


「んぅ??」


 何?

 中国軍?

 それロシア軍の資料でしょ?


「何でロシア軍の資料に中国軍の事が書いてあるのでしょう…?」


 京人君が日本語訳を読みながら言う。

 私も追随して、日本語訳を読む。


「…え、北海道侵攻は陽動?」


 気が狂いそう。

 北海道侵攻が陽動だなんて。

 だからあんまり増援が送られてこないのか。


「取りあえず、海軍省に報告しよう」


 とにもかくにも、報告しない事には始まらない。

 どう対処するかは、海軍省次第。


「了解しました、原文と日本語訳を送信します」


 ロシア軍から入手した資料はそのままに。

 日本語訳は新たに電子化した資料を送付。

 無線でこの内容を打つのはリスクが高すぎる。


「あ、あの、そろそろ退いて貰っても…宜しいでしょうか…」


「あ!ごめん!」


 彩華が椅子にしていた兵卒は限界が来たらしい。

 軟弱者め、私なら5時間は余裕だぞ。


「お疲れ、彩華」


 抱き着いて来た彩華の頭を撫でる。

 疾歌は京人君と共に日本語訳を読んでいた。


「あれ陽動だったんだね…」


「ねっ、びっくりしたよね」


 まさか陽動とは…でも、事前に気づけて良かった。

 今、陸海空軍は全部北海道に目が向いている。

 後ろから奇襲を仕掛けるつもりだろうが、そうはいかない。


「さっさと稚内に居るロシア軍を殲滅しないとね」


「うん」


 音威子府は陸空軍が何とかしてくれるだろう。

 ってか、あの資料を見る感じすぐに増援は送られて来なさそうだ。

 中国軍の南西諸島侵攻が始まってから本格的に増援を送り出すらしい。


「二正面作戦…米軍の介入は必須か」


 ロシアと中国の2つに攻められては日本は終わりだ。

 独力で勝利できるとは到底思えない。

 米軍の助けが必要だ。


「じゃ、私士官室戻るから、送っといてね」


「お任せください!」


「良い返事だ、頼んだよ」


「はい!」


 疾歌は意気揚々。

 安心して任せられるね。



 05:31 士官室


「―――と、言う事」


 皆唖然としている。

 まぁ、当然だろう。

 まさか北海道侵攻が陽動とは思うまい。


「ちゅ、中国も攻めてくるんですか…」


 洛人君が引きつった顔をしている。

 まぁ、そんな顔になるよね。


「台湾より先に来るとは…てっきり台湾が先かと思ってましたよ」


 十和田少将の言う通り。

 私も台湾が先にやられると思っていた。


 取りあえず、目の前の脅威を排除しない事に始まらない。

 稚内に居るロシア軍、あそこに司令所があるはずだ。

 司令所を叩けば、音威子府に向かっている軍は混乱するはずだ。


「とにかく、まずは稚内に居るロシア軍を殲滅しよう」


「「「はっ」」」


「南に目を向けるのはその後だ」


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?