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第弐拾参話 帰投

 9月20日 11:22 伊820 情報室


「調子はどうd―――」


「黙って!!!」


「アッハイ…」


 疾歌に怒られてしまった。

 こんな殺気立った情報室は見た事が無い。

 部屋にはタイピング音が常に響いていた。


「あと少しあと少しあと少しあと少しあと少しあと少し……」


 "あと少し"と呟き続ける疾歌。

 何なら他の人も何か呟いている。

 恐怖を感じる。


「近づかない方が良いって言ってたのはこういう事か…」


 品川先任が"情報室には近づかない方が良い"と言っていた。

 品川先任でさえも恐怖する狂気の情報室。

 一体何を得てくるのだろうか…?


 部屋に戻ろう。

 ここにはあまり近づかないで置こう。

 そう思った瞬間――。


「勝ったァァァァ!ヒャッハッハー!」


 疾歌が叫び出した。

 それに釣られて部下達も叫び出す。

 情報室の狂気が更に強化された。


「あ!司令!終わりましたよぉぉぉぉぉ!」


「う、うん、お疲れ様」


 疾歌の目の下にはクマが出来ている。

 目はかなり充血していた。


「やってやりましたよヘヘヘヘヘ…」


「い、一体何をしたのかな?」


「共産党のサーバーから常に情報を吸い上げるプログラムを追加してやったんですよぉぉ!!!アーハッハッハ!」


「う、うん、そっか」


 私はただ同意する事しか出来なかった。

 疲労のあまり情報科は狂ってしまったのだ。


「フヒヒヒヒ…これで中国の情報は筒抜け…ヘヘヘッ…」


「う、うん、そうだね…も、もう休んでいいよ、ってか休んで、ね?」


「ワカリヤシタァ…ヤスマセテイタダキマセウ…」


 そう言って、疾歌は自分の部屋に戻って行った。

 他の情報員も次々に席を立ち、自分の部屋に戻って行った。

 …全員、ゾンビみたいだった。


「どんな物が出来てるのかなぁ」


 残っていた上川情報長に話を聞く。

 彼は唯一、この狂気に染まらなかったらしい。

 顔色も普通で、元気そうだ。


「情報参謀が言った通り、中国共産党のサーバーから情報を常に吸い上げるプログラムですね」


「うんうん、吸い上げた情報は何処に行くの?」


「海軍情報局を経由して、内閣情報調査室に至ります」


 成程。

 直接政府に流れる訳か。


「バックアップは?」


「情報局に記憶されます。この艦じゃ、党の全ての情報は抱えきれませんからね」


「成程」


 凄いなぁ…。

 2ヶ月で中国共産党のサーバーを…。

 表に出てるのかは知らないけど、出てたら大ニュースだ。


「それで、肝心の情報は?」


「バッチリですよ、日本侵攻計画は全部凍結されています!」


「いつまで?」


「この戦争が終結してから1年です」


「ふむ」


 これは…この29式が無駄になったかもしれない。

 潜航し始めて早2ヶ月。

 この任務も終わりになるかもしれない。


「これで帰れますね」


「ねっ」


 現在、戦線は安定している。

 北方四島は守り切っているし、海軍も本領を発揮して上陸する前に沈めている。

 空軍も空からの攻撃も防いでいる。

 工作員やスペツナズが上陸しても、陸軍が全て捻り潰してくれた。


「ま、帰投命令を待つだけかな」


「そうですね~」



 15:31 発令所

 4時間が経過した。

 いつも通り私の部屋で彩華を愛でていると、帰投命令が届いた。

 私はそれに従い、本艦と伊821に帰投を命じ、横須賀に帰投する。


「やっと帰れますね」


 そう述べる十和田少将の顔には疲労の表情があった。

 流石の十和田少将でも疲れるか。


「戻ったら、全員休暇!お休み!」


 私が全員休暇と叫んだその瞬間、歓声が沸き上がった。

 やはり、皆疲れている。


「さ、横須賀まで全速前進!」



 23:21 横須賀鎮守府 潜水艦第一桟橋

 横須賀に到着した。

 2か月ぶりの横須賀!

 さぁ、お家に帰ろう…そう思っていたら…。


「ん?見覚えのある大型トレーラー…」


 あれ、このトレーラーこの前も見た様な気がする。

 そう、この前は29式を積んで持って来た……ん?


「あ、七条中将!高山少将!」


「あ、あのー、このトレーラーは?」


「あぁ、ミサイルですよ」


「うん、だろうね」


「何積むの…?」


 今度は何が積まれるって言うんだ。

 ICBM?IRBM?SRBM?


「25式大陸間弾道ミサイルですよ」


 ICBMだった。

 I C B M だ っ た。

 え?何?何をするの?


「???????」


「あれ、聞いてませんか?」


「うん、全く!」


「あれ~おかしいなぁ…」


 何も聞いていないんだけど!?

 え?何でICBM積むの?

 モスクワ焼くの?


「え、因みに何で積むの?」


「ロシアが和平交渉に応じないので、モスクワに撃ち込むんですよ」


 モスクワを焼くのか。

 そうか。

 ……はい!?


「す、凄い…強硬手段に出るんだね…」


 彩華も引いている。

 そりゃそうだ、いきなりモスクワにICBM撃ち込むなんて。

 …ウラジオを殺るだけでは足りなかったか。


「待って、積んだらすぐ出港?」


「いえ、2週間後です」


「ホッ…」


 安心した。

 2週間休める。

 このまま出港は流石に堪える。


「ねぇ、見届けないとダメ?」


「はい、そうですね」


 ……またか。

 今回は何時間で終わるんだか。


「…やるなら早くやって」


「分かりました。直ちに作業を開始します!」


 そう言うと、彼は部下達にミサイルの搬入作業を開始する様に伝えた。

 大型トレーラーに積まれたミサイルは立ち上がり、クレーンに釣られ、伊820のミサイル搬入用ハッチが開き、ミサイルを搬入する用意が整った。


「何時間で終わるの?」


「2本ですから、1時間半もあれば!」


「了解」


 2時までには帰れる。

 少しだけ安心した。

 …また、寝落ちしないかな。



 9月21日 01:21 横須賀鎮守府 潜水艦第一桟橋


「報告します。25式大陸間弾道ミサイル2本、伊820への積み込が完了しました」


「うん、お疲れ様、帰っていいよ」


「はっ!失礼します!」


 あぁ、やっと終わった。

 後は家に帰るだけ…。


「彩華、帰ろっか」


「……うん」


 彩華は寝落ち寸前。

 私は彩華を支えながら、バス乗り場へ向かう。

 …あぁ、今…ギリギリ走ってた様な気がする…。


 鎮守府内の移動は自転車かバス。

 バスは京急が運営する鎮守府内循環バス。

 午前4時から午前2時まで運転している。

 ありがとう、京急。


「あ、あったあった」


 次の発車は1時31分発。

 これで家の近くまで帰れる。



 01:31 潜水艦第一桟橋前停留所

 10分待つとバスが来た。

 客は乗っていない。


[鎮守府循環、A系統、楠ヶ浦住宅地、鎮守府庁舎方面行きです]


 肉声アナウンスと共に扉が開く。

 こんな時間まで運転してくれる運転士さんに感謝。


「よいしょっと」


[発車します、ご注意ください]


 私と彩華が座るとすぐに扉が閉まり、バスが動き出した。

 バスは深夜の鎮守府を駆ける。


[次は、警務隊前です]


 寝過ごさない様に頑張って耐えなければ。

 …別に寝過ごしても時間が無駄になるだけだけど。



 02:33 楠ヶ浦住宅地 七条宅 寝室


「眠ーい」


 お風呂に入って、髪を乾かして着替えた後、すぐにベッドに飛び込んだ。

 2か月ぶりの家のベッド。

 クマちゃんもしっかり帰投。

 あぁ、落ち着く。


「…彩華の様子見よ」


 彩華の部屋には7つ隠しカメラを仕掛けてある。

 部屋の4隅、机の上、ベッドの上、そしてベッドの足側。

 今日は寝顔を楽しめそうだ。


 モニターを起動して、カメラからの映像を映す。

 可愛い彩華の寝顔が写っている。

 今日も彩華は可愛いなぁ。


[……んふふ…紫雲ちゃん…えへへっ……]


 やっば、可愛すぎる。

 寝返り打ってる、可愛い。


「ん?コレは…」


 彩華が何か抱きしめている。

 良く見ると服だ。


「…あ、コレ私の奴だ!」


 彩華は私のシャツを抱きしめて寝ていた。

 ホントに可愛いなぁ、彩華は。

 私本体を抱きしめたら良いのにとは思ったが、シャツはシャツで魅力がある。

 彩華がシャツを抱きしめて寝るのも頷ける。


「…よし、寝よう」


 モニターを消して、再度ベッドに飛び込む。

 …私も彩華の服持って来るべきだったかな。

 もう洗濯してしまったから、彩華の匂いが染みついた服は、今彩華が着ている服しか無くなった。

 …明日、回収しよう。

 私はクマちゃんを抱きしめて、久々の家のベッドを堪能しながら眠りに落ちるのであった……。


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