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第弐拾漆話 処理

 10月14日 09:57 横須賀鎮守府 第一潜水艦隊司令部 司令官執務室


「久しぶりにココ使うね」


「うん、久しぶりだね」


 一体何ヶ月ぶりだろうか。

 私が居ない間も徹底的に部屋は掃除され、綺麗な状態が保たれていた。


「で、損害はー…」


「4隻だね」


「4隻か」


 伊710、伊700、伊728、伊789の4隻が撃沈されてしまった。

 死者は141名、それ以外は何かしらのケガを負っている。


「引き揚げるの?」


「ううん。大和と同じ、そこでゆっくり眠ってもらうよ」


「そっか」


 下手に引き揚げるより、そのままの方が良いだろう。

 私がこうして彩華と一緒に居られるのも、彼らのお陰。

 彼らにはゆっくり眠って欲しい。


「141…141人か」


 141人。

 何千、何万と想定していた私としては少なく終わった事は良い事だ。

 しかし、それでも人命が奪われたのは変えられない事実である。


「さてと…いつまでも感傷に浸ってたら仕事が終わらないね」


 戦死者のリストを横に置き、艦艇補充計画の資料を見る。

 空母の損失は無かった事から、潜水艦が優先して補充されるらしい。


「彩華」


「はい、コレ」


「ありがと」


 第二潜水艦隊に関する資料を取ってもらった。

 京人君の経験は十分。

 戦争と言う経験は、悲しいがかなりのアドバンテージになるだろう。


 "カチッ"と言う音がすると、ラジオが流れ始めた。

 そろそろ10時か。


〈―――時報に続き、ニュースをお伝えします。ポッ、ポッ、ポッ、ポーン……〉


 ラジオは毎時00分になれば自動的に起動する様になっている。

 勿論、深夜は起動しないようにしている。


〈10時のNHKニュースをお伝えします。ロシアからの北方四島の正式な返還が確定しました〉


 北方領土問題解決!

 武力で解決する事になったのは少し悲しいが、仕方ない。


〈四島に住んでいる住民は日本国籍、ロシア国籍かを選択出来るようにするとの事で、ロシア国籍を選択した場合はロシア領へ移住する事となります〉


 強制的に日本国籍にされる事が無くて良かった。

 ロシアへの移住の支援はどうなっているのだろう。


〈これに対し、日本政府は移住の為の費用を負担し、ロシア政府はロシア領内での住居の確保を行うとの事です〉


「紫雲ちゃん」


「ん?」


「戦後だね」


「うん、戦後」


 "戦後"

 新しい戦後。

 今後、この戦後という言葉は主にこの戦争を指して使われる事になるのだろう。

 もう、大東亜戦争後の"戦後"では無くなる。


〈また、ロシア政府は賠償金300兆円を支払う事を決定しました〉


「300兆円か」


「凄い数字だね」


「ねっ」


 途方もない数字だ。

 日本の歳入は約150兆円であり、単縦計算で2倍だ。


 ラジオを聞きながら、彩華と2人で処理を進めていると、扉がノックされた。

 ここの扉の音はあまり聞かないから、少しだけ新鮮だ。


「中将閣下、お客様です」


「誰?」


「お父さんだよ~」


「入室は許可してませんが」


 一体何の用だ。

 全く、こっちは忙しいってのに。


「そんな固い事言わずにさぁ~」


「で、何の様ですか」


「あ、そうそう、コレ、ハンコ押して」


「ん?」


 お父様が紙を持って来た。

 いきなりハンコを押せだなんて…。

 中身をしっかり読んでから押してやる。

 …当たり前なんだけども。


「…第二潜水艦隊創設に関する同意書…」


 あぁ、遂に第二潜水艦隊が創設されるのか。

 京人君も遂に中将かぁ…。


「遂に第二潜水艦隊が創設されるんだ」


「そうだよ~、ロシアから潜水艦の供与…いや、賠償があるからね」


「それで編成するんだね」


「そうそう。旗艦は国産だけど、最初の方は殆ど賠償艦になるのかな」


「そっか」


 そうか、賠償艦か。

 成程、それに潜水艦があるのか。


「何隻だ?」


「6隻」


「成程」


 潜水艦6隻か…かなり貰えるな。

 全部通常動力型なのか?


「全部通常動力型?」


「あぁ、そうだ」


「ふーん」


 流石に原潜は駄目だったか。

 こんな事言っちゃ失礼だけど、ロシアの原潜ってちょっと心配。


「さぁ、押した押した!」


「分かった」


 前から考えられていた内容とほぼ同じだったからハンコを押す。

 これである程度私の仕事が楽になる!

 別の仕事押し付けられないと良いけども…。


「はい、押した」


「ありがと!じゃーねー!」


「…あ、う、うん…」


 お父様は足早に去って行った。

 嵐みたいだった。

 ホントに大将?

 …まぁ、嫌いじゃないけど。


「ホントに41歳なの?アレ」


「見えないよね~」


「ね~」


〈――また、捕虜が返還されました〉


 ラジオはまだニュースを伝えている。

 5分も経ってないって事か。


〈日本が捕らえた捕虜115名とロシアが捕らえた58名が返還されました〉


 捕虜も無事、返還された。

 …ロシアに捕らえられた日本兵達は大丈夫だったかな。


〈また、ロシア兵の捕虜12名が死亡し、捕らえられていた日本兵は33名が死亡したとの事です〉


 やっぱり、死んじゃうよね。

 ま、無事帰ってきたことだし、私は何も言わないで置こう。


〈この戦争で死亡した民間人は、日本側は192名で、ロシア側が約4000名で、日本政府はロシア側の遺族に対し、謝罪と賠償を行うとの事です〉


 何か複雑。

 一応…戦勝国だよね?

 まぁ、しないよりマシか。


「やっぱり、ロシアの民間人の被害…おっきいね」


「うん、仕方ないよ」


 思い当たる節しかない。

 ウラジオストックにモスクワ。

 あれで0な方がおかしい位。


 言い訳するなら、この戦争はロシアの北海道侵攻から始まったから、この民間人の被害は、元はと言えば旧ロシア政府のせいだ。

 …とは言っても、やったのは事実。

 今後は出来るだけ避けないと。

 …まぁ、こんな機会が来ない事を祈るが。


「…良し、こんな物かな」


 141名の遺族へ送る手紙が完成した。

 全て私の直筆。

 後はこれを送るだけ。


「彩華」


「はーい」


 彩華が141枚の手紙を封筒に入れる作業を開始する。

 こういう所見ると、やっぱり副官だなぁって思う。


 数分後

 珍しく、全く会話の無い時間が続いた。

 この雰囲気を打破せねば。


「ねぇ、彩華」


「なぁに?」


「戦争終わったしさ、旅行、行かない?」


「行くー!」


 可愛い。

 さて、旅行に行くとは言った物の、何処に行こうか。


「何処行く?」


「何処行こっか」


 取りあえず、彩華に東西南北を決めてもらおう。

 方角で適当に思いついた行先にしよう。


「ねぇ、彩華」


「ん~?」


「方角言って」


「方角?」


「うん」


「ん~…東北!45!」


「OK、東北ね、方位45」


 東北…方位45…あ、青森!

 東北地方の最北端、青森県。

 何か、適当に良さそうな旅館を見つけてそこに泊ろう。


「青森行こう」


「うん!行く!」


「OK、じゃ、青森で決定」


 さてと、何かいい旅館は無いかな。

 PCで青森県の旅館を調べる。

 出来れば、北の方が良いな。

 下北半島とか、津軽半島とか。


「良いトコ無いかな~」


 キーボードカタカタ、マウスカチカチ。

 いい宿は…あ、ココ良いな!


「下北屋…うん、ココにしよう」


 予約予約!

 良い宿だから、すぐに埋まっちゃうからね。


「11月18日…良し、確保!」


 何とか確保できた。

 後は新幹線とかを予約するだけだ。


「新幹線~新幹線~」


 グリーン車で良いや、予約っ。

 グランクラス程のサービスは要らないし。


「OKOK」


 これで解決。

 新青森からは普通列車でコトコト行って、大湊からは送迎バスで行けるらしいからそれを使おう。


「彩華~予約できたよ~」


「わぁい!」


 可愛いなぁ、彩華は。

 彩華は手を動かしながらも、私の呼びかけに反応してこれる。

 優秀だなぁ、彩華は。


「あ、終わったよ」


「OKOK、じゃぁ、郵送してね」


「うん、送って来るね」


 彩華は141通の封筒を持って郵便局へ向かった。

 私は1人になってしまった。

 寂しい。

 …ヤバイ、まだ1分も経ってないのに寂しい。


「…戦争で死ぬ可能性もあったんだな…」


 私も彩華も、先の戦争で死ぬ可能性があった。

 特にウラジオストック攻撃の時。


 私は彩華が死んでしまったら生きていけない。

 私は酸素・水・食料の他に彩華を必要とする。

 酸素が無ければ3分、水が無ければ3日、食料が無ければ3週間、彩華が居なければ3秒で私は死んでしまう。


「…想像したくも無いなぁ」


 彩華が居ない生活何て考えられない。

 私と彩華が一心同体。

 生まれる時も一緒、死ぬ時も一緒。


「護らないと」


 彩華を護る事は私に課せられた神聖なる義務。

 教育・勤労・納税の三大義務以上に優先度が高い。


 …ともかく、彩華が死ぬ可能性は戦争が終わったことで一気に下がった。

 普段と同水準に下がった。

 一安心だ。

 ずーっと一緒だからね、彩華。


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