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第弐拾陸話 終戦

 10月11日 10:28 伊820 司令官室


「司令、私です。十和田です」


 十和田さんか。

 一体何の用だろう。


「入れ」


「失礼します」


「何の用だ」


「遂に来ましたよ」


「何が?」


「何がって、報復ですよ、報復」


 来てしまったか。

 …報復命令。


「…分かった」


 彩華を吸って落ち着いたから、冷静な判断が下せる。

 さっきまでの動揺状態では冷静な判断は下せない。


「来ちゃったね、命令」


「おう」


「…やるの?」


「やる。やるしかない、命令だから」


「…それもそっか」


 命令だから実行あるのみ。

 そこに個人的感情は存在しない。


「座標は?」


「こちらです」


 十和田さんが持っていたメモには大統領府の座標が書かれていた。

 本当に撃ち込むんだな、25式。


「…いつ?」


「今日の2213です」


「分かった。その頃にゃ丁度良い場所出てるだろ」


「えぇ、そうですね」


 2213か。

 まだ良心的な時間だ。


「では、失礼します」


「おう」


 十和田さんは去って行った。

 本来、伝令は彩華の役割である。

 しかし、彩華は俺にとって第四の栄養素。

 必要不可欠な存在。

 伝令なんぞで遠くに居られたらたまったもんじゃない。

 常に、一緒に、居る必要がある。

 これが彩華に課せられた最重要任務だ。


「彩華、続き」


「は~い」




 14:16 伊820 司令官室


「司令!司令!大変ですよ!」


「んぁ…?どうした~?」


 疾歌が激しく扉をノックしている。

 切羽詰まっている声で俺を呼ぶ。


「反乱ですよ!反乱!」


「反乱だぁ~?」


「ロシアで反乱ですよ!」


「何ィ!?」「ロシアで反乱!?」


 俺の膝枕で寝ていた彩華が飛び起きた。

 そりゃそうか、ロシアで反乱なんて…。

 戦略の大幅見直しが必要になるな。


「何が反乱起こしたんだ!」「政府は倒れたの!?」


「あっ、いえ…反乱の計画と予兆があるって事です……」


「「はぁ~……」」


 何だ、実際に起こった訳じゃないのか。

 でも、計画はあるのか…。


「えっと…決行が今日…」


「それを早く言え!!」「それ早く言ってよ!!」


「す、すみません!」


 全く言葉足らずだなぁ。

 んで、今日なのか。


「ロシアの何処で起きるんだ?」


「モスクワですね」


 モスクワで起きるのか。

 これは25式を撃ち込むタイミングを考えないとな。


「軍か?」


「えぇ、軍です」


「そうか」


 軍隊が反乱かぁ。

 またロシアで革命かぁ。

 これも、いずれ歴史の教科書に載るんだろうな。


「ねぇ、海軍省には送ったの?」


「うん、送ったよ」


「返信は?」


「司令の判断で撃ち込めと」


「ほーん」


 判断を放棄したか。

 ま、こっちの方が都合がいい。


「で、時間は?」


「モスクワ時間2130です」


「って事は、明日の…0330………クソが」


 深夜じゃねぇかよ!

 午前3時!?

 クソが、畜生。


「はー、また深夜か」


「そ、そうなりますね」


「でも仕方ないな…」


 こればかりは仕方がない。

 こんな好機を逃してはならない。


「首謀者はだぁれ?」


「陸軍総司令官ですね。アレクセイ・チルキン」


「ほーん」


 陸軍のトップか。

 なら成功率は高いか…?


「大統領府に突入するのか?」


「はい」


「ほーん、丁度良いな」


 反乱軍が突入する前に吹き飛ばしてやろう。

 大統領府に居る奴は…許してくれ。


「じゃ、総員に通達。本艦は0230、作戦行動を開始する、以上」


「はっ、了解しました。直ちに伝達して参ります!」


 疾歌はそそくさと去って行った。

 疾歌が出て行くと、彩華はまた俺の膝に頭を載せた。


「彩華」


「なぁ~に~」


「俺とアイツ、どっちが良いと思う?」


「ん~……」


 彩華は悩み始めた。

 こりゃ、結構長いぞ。



 10分後


「ん~、紫雲ちゃんの方が…適任かな?」


「そうか、じゃ、交代しねぇと」


 彩華の進言に従い、アイツと交代する。

 基本的に日替わりだから、普通に寝れば入れ替わるだろう。

 入れ替わらなかったら、無理やり叩き起こせばいい。

 さてと、待つかぁ。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~




 10月12日 03:20 太平洋 伊820 発令所


「ミサイル室より、発射準備完了との事」


「了解」


 1番2番の発射管にミサイルを装填し終えた。

 後は浮上して発射管を開けばミサイルが撃てる。


「紫雲ちゃん」


「ん?」


「これで戦争が終わると良いね」


「うん、そうね」


 軍の反乱とミサイル攻撃。

 流石にロシアも潰れるだろう。

 …まぁ、分裂しそうな気もするけど。


「良し、深度20まで浮上」


「20まで浮上!」


「浮上」


 艦がゆっくり浮上する。

 後は開いては放つのみ…!


「深度20」


「1番2番、ミサイル発射管開け」


「1番2番、開きます」


「座標入力はどうか」


「入力終了、調整完了。いつでも行けます」


「分かった、そのまま待て」


 発射管も開いた。

 後は…放つだけ…。

 これで終わるのか…?

 戦争は…。


 時刻は0324。

 後数十秒したら発射する。

 日本初の弾道ミサイルの実戦。


「……」


 心の中で秒数を数える。

 10、9、8、7、6、5、4、3、2、1…!


「発射!」


「発射」


 推進音がハープーンと比べて大きい。

 弾道ミサイルを撃ってるんだ、今、私は。


「ミサイル、正常に飛翔中」


「発射管閉め、排水開始、潜航~深度50!」


「潜航深度50」「発射管閉め、排水開始」


 艦は潜航する。

 後は祈って見守るだけ。


「1・2本目、第一段分離、第二段燃焼開始」


 ほぼ同じタイミングで発射した2本の25式は若干違う軌道を取ってモスクワの大統領府に向かっている。


「1・2本目、第二段分離、終末誘導へ」


 第二段は切り離された。

 後は弾頭が落下するのみ。


「弾着30秒前」


 もうここまで来てしまえば自爆は無意味だろう。

 果たして、死傷者は何人出るか。


「20秒前」


 さて、2本とも迎撃されずに到達するのだろうか。

 1本位迎撃されてもおかしくn――――。


「2本目!迎撃されました!」


 やはりか。

 まぁ、想定内だから問題無い。


「10秒前、9、8、7、6、5、4、3、2、1、今!」


 ミサイルは無事に命中した。

 果たして、サフチェンコ大統領は死んだのだろうか。

 果たして、クーデターは成功するのだろうか。

 …果たして、戦争は終わるのだろうか。


「深度50に達した、潜航停止」


「………」


「…紫雲ちゃん?」


「…ん?」


「帰ろっ」


「…うん」


 05:00 横須賀鎮守府 第一潜水艦桟橋


〈5時のNHKニュースをお伝えします〉


 横須賀に帰投し、丁度5時を迎えたのでラジオを付ける。

 きっと、クーデターの事が伝えられるだろう。


〈ロシアでクーデターが発生しました。モスクワでは現在も戦闘が続いています。リーダーはチルキン陸軍総司令官の様です〉


 まだ戦闘は終わって無いのか。

 大統領の生死はどうなったのだろうか。


〈また、海軍部の発表によると、潜水艦からロシア大統領府に弾道ミサイルを発射したとの事です。大統領の生死はまだ確認されていません〉


 まだ確認されていないのか。

 死んだとしても、クーデターで死んだのか、ミサイルで死んだのか。

 いや、死に方はどうでもいい。

 …これで、和平が実現すれば良いのだが。


「司令!しれーい!」


 十和田少将が走って来た。

 今度は何だろうか?


「どうしたの?」


「終戦、終戦ですよ!」


「「え?」」


 しゅ、終戦?

 今、クーデターの真っ最中では?

 まさか、ラジオの情報がちょっと遅い?


〈―――えー、速報、速報です!〉


 アナウンサーが驚いた様な声で速報、速報と連呼する。

 まさか終戦は事実!?


〈ロシア政府は日本政府に対し、和平交渉を開始する事を通告しました。また、これに伴いロシア陸海空軍の戦闘停止を命じた模様です。尚、このロシア政府はクーデター政権であり、サフチェンコ大統領は失脚した模様です〉


 生死は不明。

 しかし、失脚は確か。

 そして、和平交渉開始。


「…終わったんだね、戦争」


「うん!」「はい!」


 たった3ヶ月。

 たったの3ヶ月で終戦した。

 しかし、この3ヶ月は…1年、いや2年程に感じた。

 でも、やっと終わるんだ。


 これでまた、平和な日々が戻って来る。

 普通に戻るんだ。

 あぁ…やっと、終わったんだ。


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