10月13日 10:03 東京湾 伊820 情報室
状況は切迫している。
ロシア各地から放たれた弾道ミサイルが日本各地に向かって飛行中だ。
伊820は迎撃用ミサイルを積んでいないから、直接迎撃する事が出来ない。
「疾歌、何か出来るか」
「時間が足りません…」
「核弾頭か?」
「いえ、通常弾頭ミサイルです」
良かった。
命中しても被害は出るが、核程では無い。
最悪の事態は回避できるだろう。
「横須賀にも来てるの?」
「あー…2本、来てる」
今頃、多数の駆逐艦や巡洋艦からSM-4が発射される頃だろう。
まずは横須賀に来る2本を迎撃しないと。
と言っても、俺達には何も出来ないけど。
「あ、6本のSM-4の発射を確認」
「第一艦隊か」
現在、第一艦隊が補給の為に帰投した。
出来た空白はウチの潜水艦と第二艦隊で埋めている。
潜水艦隊は1つしかないから、忙しいのなんの。
早く京人君には第二潜水艦隊の司令になって欲しい物だ。
「インターセプト、5秒前。4、3、2、2、1、マークインターセプト」
ミサイルは無事迎撃された。
鎮守府に来るミサイルは対処出来た。
「他には何本来ている?」
「32本で…あ、今迎撃されて…残り6本!」
「おっ、だいぶ減ったな」
ディスプレイ上に表示されていた多数のミサイルは消滅した。
残りは東京、大阪に来ている6本のみ。
この2つは他の都市と比べて、多くミサイルが放たれている。
「後は陸空軍の26式ですね…!」
十和田さんが少し早口で言った。
弾道ミサイル防衛最後の要。
陸上配備型の迎撃ミサイル。
26式対空誘導弾。
「霞ヶ関、横田、入間、伊丹、信太山、祝園の各駐屯地より25式が発射」
最後の要たる25式が放たれた。
全弾迎撃なるか…?
「インターセプト、10秒前」
迎撃ミサイル8本はは正常に弾道ミサイルに向かっている。
順調に行けば、6本とも迎撃出来る。
「インターセプト5秒前。4、3、2、1、マークインターセプト」
しかし、順調に行かない事もある。
向かって来た弾道ミサイルの1本を迎撃しそこねたのだ。
「1本残った!?」
残った1本は東京へ向かっている。
着弾地点は何処だ!?
「着弾予測地点は…首相官邸です!」
「被害は」
「官邸を中心に半径15m圏内が破壊されるでしょう」
そうは言っても、何もできない。
ただ見る事しか出来ない…。
クソっ、SM-4を積んでおくんだった。
「間もなく着弾!」
そうだ、折角ならこの目で見よう。
ここからなら、見えるはずだ。
俺は急いで梯子を登り、艦橋上部の甲板へ上がった。
彩華も他の参謀も次々上がって来た。
「東京は…あっちか」
双眼鏡を除いて東京の方を見る。
少し上に視点をやると、確かにミサイルが迫っていた。
あぁ、あんな感じに墜ちてくるんだ。
「……ホントに来てたんやな……ミサイル」
そう呟いた瞬間、ミサイルが着弾した。
爆発の数秒後、爆発音が伊820に届く。
何とも言えない気持ちになった。
彩華は一足遅れて上って来る。
俺のラジオを付けた状態で持って来てくれた。
〈―――です!命中しました!今、首相官邸にミサイルが命中しました!〉
ラジオではミサイル命中の報を伝えている。
俺はただ眺め、聞く事しか出来なかった。
〈被害は今の所不明です。銀座首相の安否も発表がありません〉
ただ、近くに警視庁や各省庁が乱立している霞ヶ関がある。
対応は早いだろう。
「彩華」
「ん?」
「報復、したいか?」
「………」
彩華は珍しく沈黙した。
そうだよな。
軽々しく"うん"なんて、言えないもんな。
「出来るぞ、同じ事」
25式大陸間弾道ミサイル。
2本が今、伊820に積まれている。
この2本があれば、今東京で起きた事をモスクワで再現する事が出来るが……。
「…分かんないや」
「……だよなぁ」
彩華に聞いたものの、俺にも分からない。
報復をすべきなのか否か。
人的被害を第一に考慮するなら、するべきではない。
モスクワで更に被害者が増えるだけだから。
でも………何か、納得がいかない。
「…戻るぞ」
10:13 士官室
「命令は」
「まだ出ていません」
まだ発射命令は出ていない。
命令が出ればすぐにクレムリンに2発とも撃ち込む。
「彩華」
「ん?」
「俺の…今の気持ち、分かるか?」
「葛藤してるよね」
「当たり」
流石彩華。
俺の今の気持ちをすぐに当てる。
俺は今、葛藤している。
報復のミサイルを撃ち込みたい。
東京に撃ち込んだ奴らに報復してやりたい。
軍事施設ならこんな葛藤をせずに報復を決意する。
しかし、あの25式は軍事施設では無く、モスクワに撃ち込まれる物。
モスクワの軍事施設では無く、モスクワそのもの。
確実に民間人の死者が出る。
でも、命令とあらば撃ち込む。
それが軍人だから。
「司令」
「何だ」
「銀座首相の生存が確認されました」
「…良かった」
良かった。
取りあえず一安心。
銀座首相は生きていた。
「瀕死なの?」
「あぁ、退避してたらしい」
「そっか」
さてと…。
海軍省は決意するのだろうか。
…報復を。
「じゃ、予定通り太平洋に出るぞ」
「「「はっ」」」
弾道ミサイルの襲来と言う事態があったが、一段落。
予定通り、太平洋に出て報復命令に備える。
モスクワへの攻撃が現実味を帯びて来た。
10:24 司令官室
「……はぁ~…」
「紫風ちゃん」
「…………?」
「………んにゃ、何でもない」
「………おう」
俺の部屋は重苦しい空気に包まれていた。
こんな空気は初めてだ。
「…なぁ」
「……ん~?」
「報復、すんのかな」
「…多分、するんじゃないの?」
「…だよなぁ」
やっぱそうだよなぁ。
やっぱ報復するよなぁ。
「…あ、ラジオ付けて」
「うん」
〈―――えー、死傷者は53名との発表です〉
53人か…。
まぁ、事前に避難してたんだろうな。
〈また、銀座首相はこの攻撃に際し、"我々はこれ以上の戦闘を望まない。早期終戦を望む"…と、和平をロシアに呼びかけました〉
俺も同じ気持ちだ。
早く、早く、この戦争が終わって欲しい。
俺を暇にしてくれよ。
〈しかし、ロシア政府は依然声明を発表しません。果たして、この戦争はいつ終わるのでしょうか〉
俺が聞きたいよ、そんな事。
クレムリンに撃ち込んだら終わるのかね、戦争。
…どうにか、終わらせる方法は無いものか。
「…………ん?」
彩華がベッドに潜り込んだ。
そして、私の匂いを嗅ぎだした。
「…よしよし」
匂いを嗅ぐのは落ち着きたい合図。
心を静めたいのだ。
彩華は足、太もも、局部の順に、下から上へと嗅いでいく。
これを5周ほど繰り返すと、彩華は落ち着いた様で、俺を後ろから抱きしめる。
さて、今度は俺の番だな。
彩華の方を向き、髪を吸う。
良い匂いだ。
俺は彩華とは対照的に、1つの所を長く深く吸う。
彩華は何だか幸せそうだ。
髪をあらかた吸いつくした後は、胸。
谷間に顔を押し付けてから息を吸う。
彩華は黙ってただ、俺の頭を撫で続けている。
匂いも相まって、幸福度が高い。
「紫風ちゃん」
「ん~?」
「可愛いよ」
「…んふふ、そうか」
こうしている時が1番幸せなのかもしれない。
いつもは甘やかす側だけど、俺だってたまには甘えたいんだ。
今日はいっぱい甘えてやる。
「彩華」
「なぁに?」
「久しぶりに膝枕、して」
「じゃぁ離して」
「……おん」
泣く泣く彩華から手を離す。
手を離すと、彩華は即座にベッドの上に正座し、膝をポンポンする。
俺は彩華がポンポンしている膝の上に滑り込んだ。
「ヨシヨシ」
暖かい膝と繊細な手。
香る甘い匂い。
頭がおかしくなりそうだ。
「彩華~…」
「なぁ~に?」
「好き」
「私も~」
膝に顔を擦り付ける。
ある程度擦り付けた後、股の匂いを嗅ぐ。
興奮する。
彩華を堪能していると、扉がノックされた。
仕方がない、起きるか。
「司令、私です。十和田です」
十和田さんか。
一体何の用だろう。