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第弐拾肆話 休暇

 10月8日 09:21 横須賀鎮守府 正門


「まだかなぁ、彩華」


 私は今、彩華を待っている。

 彩華は小切手の現金化に行っており、私はその帰りを待っているのだ。


「本日はどちらへ?」


「摂津屋」


「あ、横浜の」


「うん、そう」


 彩華が帰ってきたら横浜にある百貨店、摂津屋に行く。

 指輪を買いに行くのだ。


「今のうちに、軍務手帳を拝見しますね」


「うん、ありがとう」


 警務隊の人に軍務手帳を見せる。

 これで、車で出る時に手間が省けた。


「…はい、ありがとうございます」


 後は彩華を待つだけ。

 ゆったり待とう。


 そう言えば、平時と比べて警務隊の人数も増えた様な。

 やはり、戦争状態に入ったから警備も増したのだろう。


「あ、来た来た」


 彩華が戻って来た。

 黒色のレクサスの助手席側の扉を開けて、彩華がこちらに来るのを待つ。

 こっちから動いても良いんだけど、大通りの交通量が多いから、ココで乗り降りする方が安全で良い。


「彩華さん、いつ見ても綺麗ですね」


「でしょう?」


 彩華は世界一可愛い。

 これは天変地異が起きようとも、世界が滅びようとも変わり様の無い不変の真実。


「そう言う中将閣下もお綺麗ですよ」


「え?そ、そうかな…?」


「えぇ。彩華さんとは違う魅力がありますよ」


「そ、そうかな…エヘヘ」


「清楚って言葉が一番似合ってますよ」


「…わ、私が…清楚…そ、そうか…な…」


 恥ずかしいな。

 彩華以外に、こんな畳みかけられるなんて。


「ほら、その白のワンピースが似合うなんて中将閣下位ですよ」


「わ、私だけ……そう、かな……似合う……」


「それにしても、レクサスですか…ご自分で運転されるですよね?」


「う、うん、そうだよ」


 私は車を運転するのが好きだ。

 特に彩華と行くドライブは最高。


「中将閣下は、あのレクサスの後部座席に乗って、送り迎えされる方がしっくりきますね~」


「あはは、私が乗ってたのはセンチュリーだよ」


「え?」


「え?」


 あれ、私何か変な事言ったかな。

 普通に、昔よくセンチュリーで送り迎えして貰ってたってだけだけども…?


「…もしかして、中将閣下の家にはメイドとか居ませんでしたか?」


「うん、居たね」


「あ、やっぱり……」


 沢山居た。

 何人居たっけな…覚えてないや。


「ん?」


 私の彩華に触れようとする不届き者2名を発見。

 中年の男女、何だ、私の彩華に何の用だ。


「辞めて!離してよ!」


 彩華が抵抗している!

 これは何とかしなければ!


「彩華!」


 室蘭では2人に襲撃されるのは日常茶飯事。

 2人程度であれば簡単に抜け出す事が出来る。

 しかし、それは軍の敷地内や敵兵である場合のみ。

 今、彩華が絡まれているのは一般人。

 それも路上。

 室蘭で習得した技を使えば確実にあの2人の息の根を止めかける事になるだろうから、下手に抵抗すれば彩華の立場があやうい。


 私はどうにか彩華を鎮守府の敷地内に入れようと手を掴んで力一杯引く。

 後少し、あと少しで鎮守府の敷地内なのに!

 1人じゃ厳しい…!

 それで、コイツらは一体何なの!?


「紫雲ちゃん…!」


 女が私に気づいた。

 そして、何か喚きだした。


「何よアンタ!彩華から離れなさいよ!」


 彩華を知っている!?

 コイツ………何人目の親だ!?

 今更何の用だ!


「私は彩華の上官だぁぁ!」


「上官だか何だか知らんが、娘から手を離してもらおうか!」


 コイツら…。

 まさか金が無くなったからってたかりに来たのか?

 そうだ、そうに違いない!


「手を離すのはそっちだ…!」


 その瞬間、私の身体が鎮守府の敷地内に入った。

 それを確認した警務隊が、私の身体を持って引っ張る。


 人数的に有利になった為、彩華と中年の男女はすぐに鎮守府内に入った。

 その瞬間、警務隊は20式小銃を彼らに向かって構える。


「出ろ!速やかに鎮守府から退去せよ!しからざれば、銃殺ス!」


 小隊長が少し誇張した警告を行う。

 銃と警告に怖気づいた彼らは走って何処かに行った。


「はぁ…はぁ…はぁ…紫雲ちゃん…」


「…彩華、大丈夫?」


「うん…大丈夫だよ…」


「良かった…」


 一安心。

 危く連れ去られるところだった。

 …でも、彩華なら人目に付かない所でボコボコにして帰って来そう。


「彩華」


「ん…?」


「大丈夫、私がずーっと護るから」


「うん…!」


 大切な"モノ"は自分で護らなければならない。

 特に彩華は私の全身全霊をかけて護る。

 例え、私自身が犠牲になろうとも…。


「大丈夫?行ける?」


「うん…!大丈夫だよ!」


「OK、行こっか」


「うん!」



 10:11 摂津屋横浜店地下3階 駐車場

 車を降りて、エレベーターホールヘ向かう。

 エレベーターホールには、私を待っている人が居た。


「橘花様、彩華様、お待ちしておりました」


「「おはよう、名寄さん」」


 外商員の名寄さんだ。

 お父様も世話になっている。


「おはようございます。本日は指輪のご購入ですね?」


「えぇ、そうですね」


「店頭で買われますか?」


 どうしようかな。

 ラウンジで買っても良いんだけども…。


「えぇ、そうします」


「分かりました、ご案内します」


「お願いします」


 名寄さんに連れられて、エレベーターに乗り、2階まで昇る。

 地下3階時点では、私達以外は誰も乗って居なかった。


「最近はお宅にお邪魔できず、申し訳ありません」


「いえいえ、鎮守府内は厳戒態勢ですから」


 鎮守府は戦時下の為、24時間の厳戒態勢。

 警務隊も全員小銃を携行し、鎮守府内を闊歩している。

 そして、関係者以外の立ち入りは固く禁じられた。

 家族であっても、鎮守府内への立ち入りは許されない。


 エレベーターは地下1階、1階と止まり、客の乗り降りがあった。

 何度も二度見された。

 そして、エレベーターは2階に到着した。


「こちらになります」


 案内された店は海外の宝石ブランド店。

 多数の宝石が所狭しと並んでいる。


「指輪も作ってくれるんだ〜」


「はい、オーダーメイドの指輪を作る事ができます」


「「おぉ〜」」


 流石名寄さん。

 私が欲しい物を良く分かっている。


「指輪に着ける宝石は如何なさいますか?」


「どうしよっか」


 何が良いのか分からない。

 宝石なんて買わないから…。


「彩華、どうする?」


 彩華に問いかけるが、彩華は1つの宝石を見つめている。

 何を見ているのだろうか。


「これは…」


「タンザナイトですね」


「へぇ」


「"タンザニアの石"と言う意味で、自然光では透明感がある群青色に、白熱灯の下では紫色に、蛍光灯の下では青色に光ります」


「へぇ~…」


 彩華がめっちゃ見つめてるし、これにしようかな?

 2人で指輪…良いねぇ。


「これにする?」


「うん、これにする」


「OK。名寄さん、コレで」


「分かりました」


 名寄さんは店の販売員に購入する事を伝える。

 そして、私達はカウンターに通された。


「指輪…と言う事ですね」


「はい」


 指輪、まぁ結婚指輪的な。

 お役所仕事が遅い日本、まだまだ同性婚が認められる気配は無い。

 …まぁ、その前に和平を結ばないといけないけど。


「素材はどうされますか?」


 販売員は素材表を提示する。

 色々あるなぁ…あ、タンタル。


「どうする?紫雲ちゃん」


「タンタルってのが良いな」


 ダークグレーの金属。

 折角だから、他とは違う物を作りたい。


「タンタルですね、分かりました。形はどうされますか?」


「普通の丸で良いよね?」


「うん!」


 少し捻ってる物とかあるけれど、普通の丸が良いかな。


「分かりました。では、指のサイズを測らせて頂きます」


「「はい」」


 彩華が先に指を出した。

 彩華から先に測ってもらおう。


 販売員はメジャーで薬指の第二関節を測る。

 そして、メジャーが重なる位置に印をつけた。

 成程、こうやって測るのか。


 次は私の番。

 同じ様に販売員は慣れた手付きで私の指を測る。


「はい、ありがとうございます」


 彩華の手はいつ見ても綺麗だ。

 色白で、細く繊細な指。

 その薬指に私と同じ指輪が嵌る。

 何だか、勿体ない様な気もするけれど…。


「完成まで…そうですね、3ヶ月ほど頂戴します」


「分かりました」


「試作リングはどうされますか?」


「試作リング…?」


「一度、この注文と同じ様なリングを試作します、ソレですね」


「成程」


 こういう時、名寄さんは頼りになるのだ。

 私が知らない事を何でも教えてくれる。


「…見れるかな?試作リング」


「分かんない…」


 弾道ミサイルをモスクワに撃ち込むと言う任務がある。

 この任務も何ヶ月潜航しているか分からない。

 …まぁ、見なくても大丈夫かな。

 名寄さんが選んだ店だし。


「見なくても良っか」


「ん~…うん」


 彩華は少し考えた後同意した。

 何か思う所があったのだろうが、納得したと思われる。


「分かりました。では、試作リングは無しと言う事で」


「はい」


「それでは、お値段がですね…」


 販売員は電卓を叩いて計算する。

 さて、どれ位になるか。


「56万円になりますね」


 56万円か。

 流石に現金は持ってないから当然カード。

 摂津やで買う時は、摂津屋が発行しているカードで支払う。


「カードで」


「暗証番号をどうぞ」


 暗証番号4桁を入力する。

 このカードを使ったのは久しぶりだ。


「…はい、ありがとうございます」


 決済は無事完了した。

 さて、後は3ヶ月待つだけ。


「本日は以上となります。ご購入、ありがとうございました」


「「ありがとうございます」」


 無事、指輪を買う事が出来た。

 これで3ヶ月待てば指輪を嵌める事が出来る。


「えへへ、楽しみだね」


「うん、楽しみだ」


 彩華の笑顔が眩しい。

 可愛い、愛らしい。


「晩御飯、買って帰る?」


「ん?うん!」


 そうだ、折角ここまで来たんだ。

 晩御飯を買って帰ろう。

 …昼御飯はどうしようか。


「お夕食ですか」


「はい、何か良い物はありませんかね?」


「そうですね…お刺身なんて如何でしょう?」


 お刺身…!

 良いね良いね。

 何のお刺身にしよう。


「お刺身!」


 彩華は目を輝かせている。

 ホントに可愛いなぁ、彩華は。


「承知しました。では、地下2階に参りましょう」


 エレベーターで地下2階へ。

 地下2階は2階と違い、賑わっていた。


「人が多いね~」


「最近、食料品をお求めになるお客様が増えましたね」


「戦争のせいかな…」


 多分、戦争のせいだろう。

 いつか本土に攻めてくるんじゃないか。

 ミサイルが落ちてくるんじゃないかって、皆が思っている。

 だから、こうして食料を買い求める。


「あちらになります」


「あの店だね」


「はい、魚宿ですね」


 魚宿。

 老舗の魚屋さん。

 京都の摂津屋にもある。


「並んでるね~」


「そうね、やっぱり皆良い所で買いたいもんね」


 さて、何を買おうか。

 うーん、今は10月だから…旬は確か…?


「10月ですから、まずは秋刀魚でしょう」


「やっぱり秋刀魚だよね」


「後、カツオもそうですね」


「カツオも旬なんだね!」


 名寄さんは何でも知っている。

 さて、何を買おうか。


「カツオ食べたいなぁ…」


 彩華がそう零す。

 うんうん、カツオ、美味しそうだ。


「じゃ、カツオ買おっか」


「うん!」


「分かりました」


 名寄さんが会話して、会計だけは私が。

 荷物も名寄さんが車まで持ってくれる。

 名寄さんには感謝しかない。


 そして、さっさと会計を済ませて、駐車場へ向かった。

 お昼御飯、どうしようかな。


「本日はありがとうございました」


「いえいえ、こちらこそ」


「お車、お気をつけて」


「ありがとうございます」


 名寄さんは最後まで丁寧。

 これからも名寄さんにお世話になる事だろう。


 車に乗り、摂津屋を後にする。

 最後まで名寄さんは礼をして見送ってくれた。

 何か名寄さんにお礼がしたいな。


「名寄さんに何か、お礼出来ないかな」


「うーん~…取りあえず、戦争を終わらせる事じゃない?」


「そっか、そうだね」


 彩華の言う通りだ。

 まずはこの戦争を終わらせる事だ。


「ねぇ、お昼御飯どうする?彩華」


「ん~?彩華が食べたい所で良いよ」


「う~ん…じゃぁ、竹屋!」


「OK、竹屋ね…横須賀のトコだね」


 牛丼チェーン店の竹屋。

 私が最初に竹屋に足を踏み入れたのは、高校1年生の頃。

 あの時は何もわからず、戸惑ったなぁ。


「うん!」


「了解了解!」


 私は横須賀の竹屋に向かって車を走らせた…。

 これで、次の任務も頑張れそうだ。


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