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第弐拾弐話 収集

 7月11日 14:23 東シナ海 伊820 発令所


「ソナーに感アリ、伊821、後方5000、速力18」


「来たか」


 伊821、久しぶりの任務。

 訛ったスクリューをここまでの航海で慣らした事だろう。


「目標地点はいつ着くんだったか」


「はっ、1501であります」


「了解」


 後30分位か。

 着いたら、潜行して待機。

 原則、和平交渉が成功するまで待機となる。


「はぁ~稚内攻撃は機動艦隊か」


「残念そうだね」


「ん?まぁな」


 ただ待つより、戦った方がマシだ。

 暇はあんまり好きじゃない。


「伊821、本艦の後方に着きます」


 もし、中国が攻めて来たら24本のミサイルが中国の主要都市に降り注ぐ。

 これが本来の伊820型の任務だ。

 魚雷戦やら情報収集は本艦の本来の任務じゃない。


「なぁ、ロシアに叩き込まなくていいのか?」


 本艦は戦争が始まったら相手国に弾道ミサイルを叩きこむのが仕事のはずだ。

 しかし、ロシアとの戦争が始まって以来、弾道ミサイルを撃ち込んでいない。

 こちらも、あちらも。


「弾道ミサイルを叩きこむのがこの艦の任務だろ?」


「そうですね」


 やっぱ十和田さんもそう思うよな。

 この艦の存在意義…は、まだあるか。

 中国への抑止力。


「さーて、終戦まで何日かかるのやら」



 18:00 司令官室


「晩飯ィ!」


「今日は鯨の大和煮だよ~」


「おっ、鯨肉か!」


 鯨肉か。

 前に食べたのはいつだったかな。


「「いただきます」」


「ん、美味い!」


 甘辛いタレが絡んで最高に美味い。

 こりゃウチのコックが作るより美味いまであるぞこりゃ。

 やっぱ潜水艦の飯は最高だな!


「やっぱ飯は大事だなぁ」


「うん!閉鎖空間の唯一の楽しみ!」


 彩華の言う通り、この閉鎖空間唯一の楽しみは食事である。

 映写室もあるけれど、俺が好きな奴は無かった。

 トレーニング室は男だらけのむさ苦しい空間。

 常に汗の臭いがして不愉快極まりない。

 しかし、身体を鍛える事は必要である。

 仕方ないと思いながら、あの部屋の前を通る時は息を止めるか彩華を吸う。


「彩華」


「ん~?」


「深海でもラジオ聞けねぇかな」


「諦めよう」


「だよなぁ…」


 ここでもラジオが聞けたら退屈しないんだけどなぁ。

 やっぱ無理かあ…。



 数分後 司令官室

 晩飯を食い終えてのんびりしている。

 お風呂はもう入ったから、後は寝る位か。


「あ、そーだ」


「あれ?何か思いついた?」


「おう」


 そうだ、情報室に中国軍の情報を探らせよう。

 何ならサイバー攻撃を仕掛けよう。

 伊820のスペックなら行けるだろ。


「情報室行くぞ~」


「はーい」



 19:01 情報室


「疾歌~」


「あ、司令!また何か御用ですか?」


「おう」


「…もしかして、中国ですか?」


「勘が良いねぇ、正解」


 この艦のPCスペックは富岳程度だと聞いている。

 海中を移動するスーパーコンピューター。

 すげぇモン造ったなぁ、ウチは。


「ねぇ、紫風ちゃん」


「ん?」


「今度は何の情報が欲しいの?」


「ん~、そりゃあれだな、日本に攻め込んで来るかどうかってトコだな」


「成程、やはりそうですよね」


「おう」


 ウチに攻め込んで来たら、即座に29式を北京に叩き込んでやる。

 石 音繰!日本に侵攻した日がお前の命日だ!


「了解しました、直ちに取り組ませます。上川!」


「はい!分かっております!」


 上川情報長が即座に部下達に指示を出す。

 さ、今回はどんな情報を掴んで来るか!


「後、出来たらで良いんだけどよ、サイバー攻撃とか出来ねぇか?」


「えっ?サイバー攻撃…ですか?」


「おう」


 疾歌はキョトンとしている。

 やはり想定外なのか。


「…司令って、サイバー攻撃とか興味あるんですね!」


「え?ま、まぁな…今は情報戦の時代だからな…」


 何か疾歌の目がキラキラし始めた。

 ん~?

 疾歌ってハッキングとかしてたのか?


「そ・れ・で、目標は!何処ですか!」


「目標か…まぁ、取りあえず軍事関連かな」


 大手企業に仕掛けようかなと思ったが、まずは軍事関連だな。

 情報を吸い上げる様なプログラムとか仕掛けてくんねぇかな。


「分かりましたっ!直ちに実行致します!」


「お、おう」


「疾歌ちゃんノリノリだね」


「あ、あぁ…そうだな」


 上機嫌な疾歌はPCに向かっていった。

 …疾歌って、ココに来る前何してたんだ?

 ま、俺には関係無いか。


「戻ろう、彩華」


「うん!後は待てば、何か出てくるよね」


「だろうな」




 7月13日 09:21 情報室

 2日経った。

 いや、俺的には翌日なのだが。

 12日はアイツが身体を動かした。


「何か出たか~」


「いえ、特に」


 何も出ていないらしい。

 ま、そりゃそうか。

 すぐには出てこない。


「ハッキングはどうなってる?」


「やっぱり固いですね~」


「何処に攻撃してるんだ?」


「え?中国共産党が使用している主力サーバーですけど?」


「ブッ!?」


 飲んでいた緑茶を吹いてしまった。

 何!?何だって!?

 中国共産党の主力サーバー!?


「疾歌ぁ!?いきなりなーんで本丸攻撃してんの!?」


「え?全部あそこから命令出るから…」


「いやさ…そうだけど…そうだけど…ね?」


 確かに、全ての命令はあそこから出る。

 だから、そこから情報を吸い上げる…確かに合理的だが…。

 …出来るのか?


「ぎゃ、逆探とかされない…?」


「大丈夫ですよ、対策済みです!」


「お、おう」


 何か凄い自信。

 疾歌に任せれば全部上手く行きそうな気がする。


「上川?」


「はい、何でしょう?」


「どうだ?順調か?」


「いえ、あまり…」


「そっかぁ、やっぱロシアより厳重だよな」


 ロシアがゆるゆる過ぎたんだ。

 超大国ならこれくらいやる。

 さて、何か月かかる事やら。


「ま、そんな焦らなくて良い、ゆっくりやれよ」


「はい」


「じゃ、頑張れよ〜」



 09:52 司令官室


「ラジオ…ラジオ…」


「紫風ちゃんってそんなにラジオ好きだっけ?」


「いや、ニュースを聞けないから情報が…」


「情報室、中国じゃなくて戦況を探らせるべきだったね」


「あぁ、そうだな…」


 各国の声明は大抵ラジオやテレビから入手している。

 しかし、海中になると電波が届かない。

 情報を得る手段は限定される。


「ねっ、紫風ちゃん」


「ん?」


 彩華は俺の胸に顔を埋めながら言った。


「おっぱい大きくなったんじゃない?」


「そうかもな」


 胸のボタンを引っ張ったり離したりしている。

 確かに、胸がキツい。

 戻ったら、新しい軍服を調達するか。


「紫風ちゃん」


「何だ?」


「紫風ちゃんって、他の男とか女に興味持った事は無いの?」


「無い、あり得ない」


 俺が彩華以外の奴に振り向くとでも思っているのか?

 この顔、この身体、この髪、この匂い、この声、この感触、この性格、この甘え方、この動きが好きだ。

 彩華以外にこの要素を満たす者は居ない、存在しない、してはならない。

 何故なら、俺の意思とは


「だよね〜、ちゃんは私以外興味無いもんね!」


「おう」


 俺の事を大好きなハーフ銀髪美少女がずーっと甘えてくる。

 …良く考えたらヤバいな、コレ。

 最高だな。


「彩華」


「なぁ~に?」


「今日も可愛いな」


 彩華の頭を髪が崩れない様に激しく撫でまわす。

 彩華はいつも通り笑顔である。

 可愛い。


「んふふ~」


「…今回は何ヶ月潜るんだろうな」


「分かんない!」


 和平が結ばれるまで、若しくは中国が攻めて来た時までこうして伊820で過ごす。

 たまに浮上して、新鮮な空気を取り込んで、また潜航。

 これをただ繰り返すだけ。


「…分かんないよな、そんな事」


「……うん」


 彩華は相変わらず俺にスリスリしている。

 今日はこれで終わりそうだ。


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