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第弐拾壱話 搬入

 7月10日 16:03 舞鶴鎮守府 北吸係留所 伊820 甲板


〈―――今日、正午、北京にて日中首脳会談が行われました〉


 現在、舞鶴にて補給中。

 次の作戦はまだ決まっていないらしい。

 折角浮上出来たから、ラジオを聴いている。


〈会談後、中国外務省はロシアの侵攻に対し、強く非難するとの声明を発表しました〉


 あら、てっきり言葉を濁すかと思っていたけど。

 もしや例の文書を突きつけたのかな?


「なーに聞いてるのっ」


「わぁっ!」


 彩華が後ろから抱き付いてきた。

 彩華の良い匂いが漂ってくる。

 幸せ。


「何聞いてるの?」


「ニュース」


〈現在の戦況をお伝えします。北海道内のロシア軍は稚内に残るのみとなりました〉


 ウラジオストック攻撃は明後日くらいに発表されるだろう。

 北は機動艦隊に任せて、私達は南に行こうかな。


〈日本軍は北方四島を奪還、85年ぶりに日本国旗が翻りました〉


 北方四島は奪還は無事に完了した様だ。

 この状態を維持できれば良いのだが。


「中国軍、攻めてくるのかな?」


「うーん…もしかしたら…攻めてこない?」


 例の文書を交渉に活用できたのなら良いのだが。

 銀座首相は上手くやってくれたのだろうか。


〈確保したロシア軍の捕虜は1200人に達しました〉


 そうこう考えていると、慌てた様子の十和田少将が走って来た。

 手には紙の束を携えている。


「司令!しれーい!」


「どうした?」


 慌てている十和田少将の後方から大型トレーラーが6台入って来た。

 荷台にはカバーがされており、積荷はわからなくなってる。


「手紙ですよ!手紙!」


「手紙?」


「何かな」


「さぁ?」


 多分、あの大型トレーラーが関係していると思う。

 恐らく、トレーラーの積荷を本艦に積み込む…とか。

 ともかく、話を聞いてみよう。


「取りあえず、ここじゃ何だから艦に入ろう」


「はい」


 甲板上に置いていたラジオを切って、ハッチから艦内に入る。

 私の部屋で話を聞こう。



 16:06 司令官室


「それで、手紙って?」


「コレです、コレ」


「何々?」


 "橘花へ"

 "トレーラーに驚いた事でしょう。”

 "あのトレーラーにはハープーンミサイルが積んであります。"

 "と言っても、あれを積む訳ではありません。"

 "積むのは、29式準中距離弾道ミサイルです。"

 "政府は中国との会談で日本に侵攻しない約束を取り付けました。"

 "橘花達が手に入れてくれたあの資料のお陰です。ありがとう。"

 "しかし、中国が攻めてこないとも限りません。"

 "そこで、橘花達は中国が攻めてきた時の為に、伊821と共に東シナ海に展開し、29式を主要都市に叩き込んで下さい。"

 "座標は6枚目の紙に書いてあるから、発射する時はそれを参照するように。"

 ”積み込みは明日の0133に開始するから、起きておくように。"

“それと、最近月風 蒼と言うVtuberを見つけました。”

“お父さんの癖に刺さって、グッズとかスパチャに20万位投資してしまい―――”


 Vtuberの布教は5枚にも及んだ。

 私だって!見たいよ!でも!潜水艦!

 いつでもスマホを触れるお父様と違って、こっちは深海。

 電波も届かない!継続的に見る事が出来ない!


「6枚目の座標…」


 6枚目にはしっかり座標が記されていた。

 緯度経度、後で調べておこう。


「…………」


「あの書類、使ったんだね」


「そうみたいだね」


 伊821を動かすのは久しぶり。

 前動かしたのは…いつだったかな。


 伊821はこの伊820の予備艦。

 伊820が修理をしている間、伊821に乗艦する。

 その為、伊821も伊820同様、完璧に維持される。


「伊821、動かすんだね」


「そうね」


「連絡しなきゃね」


「うん、予備人員招集しなきゃ」


 横須賀には予備人員が駐屯している。

 伊820と伊821を同時に動かす時はその予備人員を動員する。


「少将、横須賀に連絡して」


「了解しました、直ちに連絡します」


 十和田少将は足早に私の部屋を去って行った。

 伝令は本来彩華の役割。

 しかし、彩華は私にとってなくてはならない存在。

 水、酸素、食料に並ぶ存在。


「紫雲ちゃんっ」


「わっ!?」


 彩華が腕を掴んでベッドに引き摺り込んだ。

 私が彩華を押し倒す体制になった。


「「………」」


 いつもしている事なのに、今日は妙に恥ずかしい。

 見つめ合っている間も彩華の匂いが深く私の中に染み込んでくる。


「…彩華」


「…なぁに?」


「…大好き」


「…私も!」


 ここでキスをするのがいつもの流れ。

 私はその流れに従い、彩華の唇に私の唇を近づけた。


 この良い雰囲気に水を差す様に扉がノックされる。

 誰か、何の用か、今じゃなくても良いでしょう。


「大島一等兵、入ります」


「ちょっと待って」


 一等兵を扉の前で留まらせた。

 留まっている間に軽くキスをして椅子に座る。


「どうぞー」


 一等兵を部屋に入れる。

 一体何の用なのか。


「海軍省から資料が届きました」


 茶封筒を持って来た。

 その茶封筒には大きく”軍機”の印が押されている。

 何だろう、そんな資料要求したかな?


「ありがとう」


 にしても、今じゃなくていいでしょうに…。

 何でこんなタイミングで来るんだ?


「失礼します」


 一等兵は去った。

 折角の雰囲気を邪魔して去っていった。

 許せん。


「さて、この資料は一体」


 茶封筒には『今後の作戦計画』とだけ書かれた紙があった。

 …ほぼ白紙だ。


「作戦計画…白紙…何も無い…?」


 彩華は半ば呆れている。

 私も呆れている。


 そして、今思い出した。

 この資料は2日前に要求した今後の作戦計画に関する物だ。


「あれか…」


 ドクトリンなんてあったもんじゃない。

 有事に備えてドクトリン作ってたはずじゃ…?


「ねぇ、紫雲ちゃん」


「ん?」


「続き、しよ?」


「…うん」




 7月11日 01:33 舞鶴鎮守府 北吸係留所


「オーライ!オーライ!」


 積み込みは時刻通りに開始された。

 トレーラーが12台。

 1台1本、計12本。


「流石に警備も厳重だね」


「そりゃね。29式なんて機密の塊だもの」


 そんな物が原潜に積まれてるのがバレたら……。

 まぁ、バレなければ良い。


「後何時間で終わる?」


「4時には完了します」


「出来るだけ急ぐ様に」


「はっ!」


 全く…今日は早く寝ようと思ってたのに。

 1時まで起こされて…。


「彩華」


「ん〜?」


「…4時まで見届けなきゃ駄目?コレ?」


「……多分」


「…えぇ…」




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 03:54 舞鶴鎮守府 北吸係留所


「報告します。29式準中距離弾道ミサイル12本、伊820への搬入完了しました」


「……………んにゃ………」


「あの、中将?」


「……はっ!?えっ!?何だって!?」


「に、29式の搬入が完了しました」


「お、おう…ご苦労さん」


「は、はい、失礼します」


 …ココ何処だ?

 何処かの港らしいが…。

 隣には伊820…彩華は背中にもたれ掛かってる…。


「…よいせっ」


 取り敢えず彩華をおんぶして艦内に入るか。

 俺の部屋に何かあるかもしれない。



 03:59 司令官室

 取り敢えず彩華をベッドに寝かせて、ラジオを付ける。

 彩華の睡眠の邪魔にならない様にヘッドフォンで聞く。


〈…4時になりました。4時のNHKニュースをお伝えします〉


 さて、世界情勢はどうなってる事やら。


〈日本海軍部発表、昨日、午前4時頃、第五艦隊と第一潜水艦隊がロシア太平洋艦隊の本拠地であるウラジオストク軍港を攻撃しました〉


 !?

 マジかよ、俺が出てない間にウラジオストックを攻撃してたのかよ。

 こう言うのは俺が出てる時にやってくれよなぁ…。


〈戦果の詳細は発表されていませんが、ウラジオストク軍港に停泊していた艦艇の9割を撃沈したとの事です〉


 ほー、そりゃすげぇ。

 …俺、この艦隊の司令官だよな?


〈損害は駆逐艦1隻、爆撃機1機との事です〉


 9割沈めて、こっちは1隻と1機だけか。

 俺達の圧倒的勝利だな。


〈民間人の被害は両国共に発表されていません〉


 ウラジオストック何て人口密集地だからなぁ。

 50人は逝ってんじゃねぇのかなぁ。


「ま、これで暫くは沈静化するだろ」


 ん?

 机の上に手紙がある。


「これは…親父か?」


 手紙の差出人は親父。

 中国が攻めて来た時は弾道ミサイルで中国の主要都市を焼き払えと書いてあった。

 後、親父がハマってるVtuberの布教。

 実の娘にこんな手紙、よく書くよホント。


「ま、ココで積み込んだって事か…ココは舞鶴あたりか?」


 多分舞鶴だろう。

 暗くてあまりよく見えなかったが、地形的に舞鶴だ。


「…また出港しろって事かぁ」


 陸に上がれる日はまだまだ遠いらしい。


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