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第弐拾話 攻勢

 7月8日 08:21 伊820 発令所


「問題は占領する兵力が居ない事か」


 第二機動艦隊にも、こちらにも陸軍兵力は無い。

 今攻撃しても占領が出来ない。

 さて、何処から陸軍兵力を調達した物か。


「結構な数が北方四島に向かってるよね」


「ね~」


 北方四島の方は順調の様だ。

 択捉島以外は既に日本軍の占領下にある。


「艦長」


「はい、何でしょう」


「稚内を占領する為の陸軍兵力は何処から持ってきたらいいかな」


「そうですね…」


 艦長は悩み始めた。

 まぁ、当然か。


「音威子府の陸軍がそのまま北上してくれれば良いんだけどね」


「そう…ですね…」


 浜頓別から来る軍団とはまだ接敵していない。

 空軍からの情報によれば、ロシア軍は停止しているらしい。

 陸軍は音威子府に篭りっきり。

 空軍に早い所殲滅してもらわないと。


「本土からの増援って無理なのかな?」


「でも、陸軍の問題だからなぁ…」


 陸軍の話だから、海軍があまり深く介入できない。

 しかし、要請を出せばある程度応じてくれるのも事実。


「ま、私が考える必要無いか」


 稚内に攻撃をかける事を陸空軍に通告すれば良いか。

 陸軍は多少融通してくれるだろう。

 …浜頓別軍団の迎撃頼まれたらどうしようかな。


「司令!伝令です!」


 兵卒が走ってきた。

 伝令?

 お父様からの命令か。


「何々?」


 ウラジオストック軍港ヲ攻撃セヨ

 …成程、太平洋艦隊を殲滅するのか。


「何て書いてあったの?」


「ウラジオを攻撃しろってさ」


「こちらが作戦書です」


 ホッチキスで留められた数枚の作戦書。

 わざわざ紙にしたんだ。


「第五艦隊も参加するのか」


 第五艦隊との共同作戦。

 7月10日、0355に攻撃を開始する様だ。


「夜明けと同時に攻撃ですか」


「うん、そうね」


「我々の役割は?」


「潜水艦の対処だね、後対地攻撃」


 主な任務は前者。

 後者はついで。


「司令?何をお読みに?」


 作戦書を読んでいると、十和田少将が入って来た。

 少将は私が読んでいる作戦所が気になるらしい。

 まぁ、当然か。


「作戦書、7月10日にウラジオストックを攻撃する」


「ふむ」


 第二機動艦隊は稚内攻撃の任に就く事だろう。

 最初奇襲された時はどうなる事かと思っていたが、今の所は安定している。

 だが、入手した例の書類通りに行けばいずれ南から中国軍が攻めてきてしまう。

 あの書類を使って、雲の上で交渉が出来ない物か。


「第五艦隊ですか...航空戦力は?」


「小松から空軍の海山が爆撃してくれるって」


「護衛は?」


「いつもの新風」


 空軍が運用する爆撃機、海山。

 B-52の設計を参考に作られた機体。

 1990年に実戦配備が始まって以来、未だ現役である。

 …B-52に比べちゃまだまだか。


「占領…する訳では、無さそうですね」


「大陸に進出したら良くないって散々学んだでしょ」


 大陸に進出すると碌な事が起こらない。

 歴史はそう記されている。


「彩華~…あれ、彩華?」


 彩華と作戦書をじっくり読もうと思ったんだけど、彩華が居ない。

 お手洗いにでも行ったのかな?


「ま、良いか…」


「あ、司令」


 十和田少将が何か思い出した様に話し出す。

 一体何を思い出したのだろうか。


「上はしっかり今後の計画を練れているのでしょうか?」


「あぁ、確かに」


 確かに、それはそうだ。

 今になってまともな作戦書が届いたが、それまでは『ロシア軍を迎撃セヨ』。

 たったこれだけ。


「一回、全体の計画を要求してみようか」


「出来るんですか?」


「お父様の権力が及ぶならね」


 潜水艦に関する事は全て手に入れられるだろう。

 しかし、それ以外の事は分からない。

 まぁ、それでもやってみる価値はある。


「あ、そこの暇してる上等兵!」


「はっ!はい!」


「情報室行って……………これ、送って」


「りょ、了解しました!」


 暇そうな上等兵にお使いを頼んだ。

 潜水艦隊司令部に対し、今後の作戦計画を全て開示する様に伝えさせる。

 これである程度見通しが付く。


「…良く考えたら、私も中将なんだよね」


「司令は良く考えなくても中将です」


 中将に作戦計画が知らされてないってどう言う事だ。

 潜水艦に居るから、あんまり通信が出来ないとか?

 それか、まともな見通しが立っていないか。


「ロシア軍の奇襲ってさ、4日前だよね」


「はい、7月4日です」


 よくよく考えて見たらまだ4日しか経っていない。

 4日しか経っていないのに、北海道からロシア軍を7割方追い出して、北方四島奪還まで実行しようとしている。


「凄い勢いだね」


「ですね…ロシア軍は中国軍の北上に賭けてるんでしょうね」


「そうね」


 ロシアは中国をかなり信頼している様だ。

 そう言えば、7月1日にサフチェンコ大統領と石 音繰国家主席が会談したって言う話を聞いた。

 きっと、この事に関する協議も含まれていたのだろう。


「どうにか中国軍を……願わくば、侵攻を諦めさせられれば良いんだけど」


「攻撃されないのが一番ですからね」


 全く以ってその通りだ。

 攻撃されない事に越したことは無い。


「ま、そう言うのは政治のお仕事、私達はロシア軍に集中しましょ」


「今出来る事をやらないとですね」




 7月10日 03:54 ウラジオストック沖 伊820 発令所


「作戦開始1分前です」


「そろそろ305航空隊が通過する頃だろう」


 第305航空隊。

 海山を含んだ小松基地に配備されている部隊。

 海山6機、新風4機で構成されている。


「!海上で轟音!」


「305だろう、超低空飛行で接近すると書いてあったからな」


「僚艦より定時報告、伊722、伊710、伊736、伊733、全艦異常ありません」


「了解」


 現在、4隻の僚艦と共に行動している。

 日本海を遊弋していた適当な4隻を招集した。

 流石に1隻だけじゃウラジオストックに居る潜水艦を全て沈める事は出来ない。


「ソナーに感アリ!哨戒艇です!」


「バレちゃったね」


「305が突入した音でバレてたんじゃないかな」


「それもそっか」


 ジェットは爆音。

 かなり遠くからでも音は聞こえる。


「攻撃の効果はどれ程でしょうかね」


 洛人君が話しかけて来た。

 最近、やっと洛人君と京人君の見分けが付くようになった。


「海山6機だからね、それなりの効果はあるんじゃないかな」


「民間人への被害はどれ程でしょうか…」


 京人君は民間人への被害を心配している。

 確かに民間人への被害は心配だ。

 ウラジオストック程の大都市となれば、被害の可能性は大きい。


「ピンポイントで軍港の部分を攻撃出来てたら良いんだけど」


「「そう…ですね」」


 究極の2重音声。

 双子と言うのは、不思議だ。


「ソナーに感アリ!潜水艦です!」


 ついにお出ましか。

 良し、仕事の時間だ。


「方位355、距離2000」


「伊710にやらせよう、艦種は?」


「キロ級、B-602、マカダン」


 遊弋していたのか、出港しようとしていたのか。

 どちらにせよ沈めるだけだが。


「伊710に攻撃を下命せよ」


「了解」


 あと何隻出てくるか。

 10隻くらいは見た方が良いかな。


「305より、ウラジオストックの状況に関する報告です!」


「報告せよ」


「爆撃は効果あり、ウラジオストック港は火の海です」


 火の海…か。

 これは航空戦力だけで良かったかも。


「伊710、交戦開始」


 いつでも横槍を入れられる様にしておこう。

 今の所4対1、さっさと沈めないと増援が来る。


「ウラジオストックより艦艇接近中」


「逃げて来た奴か」


「第五艦隊、攻撃開始」


 水上艦は第五艦隊に丸投げしよう。

 こっちは潜水艦に集中する。


「方位081、潜水艦の増援です!」


「数は?」


「1…いえ、2隻です!」


「艦種は?」


「どちらもキロ級!」


「伊733、伊736に相手をさせろ」


 やはり僚艦を連れてきて正解だった。

 1隻で捌ける量じゃない。


「海上の状況はどうなってる」


 品川先任が聴音手に問う。

 聴音手は少し怯えている。

 やっぱり品川先任は怖いんだ。


「は、はい、第五艦隊優勢です」


「何隻沈めた?」


「いえ、まだ…あ、駆逐艦撃沈!方位346、距離150」


「面舵15、沈没艦を回避せよ」


 撃沈の報を受け、即座に艦長は回避を指示。

 やはり艦長は頼りになる。


「マカダン爆沈!伊710に損害見られず!」


 よし、1隻葬ったぞ。

 後は、増援の2隻!


「増援の2隻、1隻は損傷し逃走、もう1隻は沈降中」


 良し、何とかなった。

 沈降中の艦は浸水が拡大して浮上出来なくなったのだろう。


「他に潜水艦は?」


「感無し、後は水上艦だけです」


 この距離で対艦ミサイルを放ったら第五艦隊も被害を被るだろう。

 大人しく魚雷で加勢しよう。


「魚雷戦用意、全艦に任意の目標に対し、魚雷攻撃を実行せよ」


 潜水艦を排除した今、残るは水上艦のみ。

 水上艦に対し、雷撃を仕掛ける。


「艦長、全て任せるから、しっかり命中させてくれ」


「お任せください。全管27式装填」


 水上艦は5隻。

 最初の爆撃を逃れて脱出出来た幸運な艦だ。


「目標、駆逐艦アドミラル・トリブツ」


「27式、全管装填完了」


「発射!」


「発射」


 魚雷は放たれた。

 さて、何本当たるか。


「伊710、722、736、魚雷発射」


「本艦の魚雷、命中まで10秒」


 ディスプレイには各艦が放った魚雷の経路と敵艦が表示されている。

 全ての魚雷は順調に敵艦へ向かっていた。


「5、4、3、2、1、今」


「海上で爆発音!」


 命中か。

 他の魚雷はどうなっているのだろうか。


「更に爆発音!他の艦の魚雷が命中した模様」


「駆逐艦山風、火災により艦を放棄、沈没します」


 1隻やられたか。

 まぁ、仕方ない。

 無傷で帰れるとは思っていない。


「ロシア側の砲撃音が止みました」


 砲撃が止んだと言う事は、ロシア軍艦艇の攻撃能力を喪失させた事だろう。

 この予測が当たっているなら、第五艦隊も攻撃を止めるはず。


「第五艦隊、攻撃停止」


「勝ったか」


「どうやら、その様ですね」


「そうね」


 作戦は成功した。

 後は撤退するのみ。


「第五艦隊はどうしてる?」


「左回頭、撤退する様です」


「こちらも続こう、全艦取舵一杯、進路を日本本土へ」


「ヨーソロー、取舵一杯、日本本土へ」


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