7月4日 11:58 横須賀鎮守府 伊820 士官室
「状況は、どうなってる?」
状況は最悪だ。
ロシアが宣戦布告も無しに、スクランブルに上がった空軍の新風を撃墜。
その後、三軍が共同で管理する稚内分駐地を破壊。
揚陸艦やヘリが北海道に向かって侵攻中である。
「ウラジオストックや樺太から多数の艦艇が出港、北海道目指して侵攻中です」
「国後、択捉は?」
「そちらからも多数の部隊が侵攻中です」
どうにか、米軍の手は借りずに撃退したい物だ。
宇和島に移動したのは米海軍の艦艇と航空機、それと人員のみ。
米空軍や陸軍、海兵隊はそのままだ。
「今頃は三沢から米空軍のF-16が飛び立っているでしょうな」
品川先任の言う通り、米空軍は既に行動している事だろう。
第二次日露戦争…いや、第三次世界大戦になってしまうかもしれない…。
総力戦は、何としてでも避けなくては。
現在の命令はロシアの侵攻部隊の殲滅。
日本海に展開中の潜水艦の殆どを艦隊殲滅に当てている。
〈12時のNHKニュースをお伝えします〉
時報の後、ラジオが定時ニュースの時間を告げる。
皆、ラジオに近づき、報道を待った。
〈ロシア軍の攻撃に際し、銀座首相は軍に対し迎撃を指示、ロシア政府に対し、厳重な抗議を行いました〉
「まさかロシアが攻めてくるなんて…」
彩華の残念そうな声。
あまり聞きたくはない。
「日米安保があるのに…このままじゃ第三次世界大戦ですよ」
「疾歌の言う通りだ、どうにか阻止しないと」
さて、その為にはこの戦争を極東だけで収める必要がある。
その為には日本、いや私達が奮闘しなければ。
「第一機動艦隊は演習を取り止めて日本海へ急行中。第二機動艦隊は呉を出港、全速で日本海へ向かっています」
「現在日本海に展開している艦隊は?」
「第四艦隊が舞鶴から、第五艦隊は大湊からそれぞれ出港、余市からは第一ミサイル艇隊が出撃しました」
十和田少将が冷静に報告する。
どうにか上陸する前に帰って貰わないと。
…この戦争に乗じて北方四島を奪還しようか?
いや、そんな余裕はない、ロシア軍を撃退しないと。
「ロシアの艦隊は?」
「神威岬から50kmに」
石狩平野に上陸するつもりか。
第四、第五艦隊は間に合わない。
間に合うのは余市警備府のミサイル艇隊のみ…。
後は空軍の航空攻撃、陸軍の水際作戦。
「………」
「司令…大丈夫ですか?」
「大丈夫…大丈夫なはずだよ、洛人君」
「京人です」
「あぁ、ごめん…」
声が全く同じだから聞き分けられない。
まぁ、姿を見ても分からないんだけど。
「…………」
私は今、とてつもなく動揺している。
私に日本が守れるのか?
第一潜水艦隊司令官として、本当に相応しいのか?
訓練や演習はどれも完璧にこなしてきた。
だが実践は訓練とは違う。
訓練で120点を取ろうが、その実力が実戦で発揮できるとは限らない。
私は………どうなんだ?
「紫雲ちゃん?」
「…!」
「だ、大丈夫?」
「…うん、大丈夫、大丈夫だよ…」
「…ホントに?」
「ホントだよ、私は大丈夫、問題無いよ」
彩華に心配は掛けたくない。
…でも、彩華はこの気持ちを見抜いている。
そんな顔をしている。
「…明後日に出港する、各員それまで用意をしておくように」
「「「「はっ」」」」
「我々も向かうぞ、北海道」
「「「「了解」」」」
「では、解散」
会議の解散を宣言した後、私の部屋に戻った。
会議では隠せていた動揺が一気に溢れる。
部屋に入り、ベッドに飛び込む。
「…あぁ…私は…どうしたら良いの?」
取りあえず北海道へ向かうと宣言したものの、あっちに行って何をするかは何も決めていない。
戦略すら立てられていない。
「紫雲ちゃん、お家の物、取りに行こうよ」
「…?え、あ、うん」
12:21 楠ヶ浦住宅地 七条宅 寝室
「これと…これ」
恐らく数ヶ月は帰らない。
…食材は腐りそうだ、でも仕方ない。
「あ、この子も連れて行こう」
少し大きいクマちゃんのぬいぐるみ。
私は家で寝る時、いつもこの子を抱きしめている。
この子は私の心の安定に、少しは貢献するだろう。
「紫雲ちゃん、準備出来た?」
「うん、一応ね」
また帰って来る。
帰って来るはずなのに……、とても寂しい。
「…紫雲ちゃん?」
「………」
「紫雲ちゃんっ!」
「わぁ!?」
彩華が私をベッドに押し倒す。
私の両腕を掴んで離さない。
「さ、彩華、待って、まだ軍服のまま…」
「艦内じゃ出来ないでしょ?」
「それはそうだけどさ…!?」
彩華の力がどんどん強くなる。
これは逃げられない。
「3ヶ月位、戻らないつもりでしょ?」
「そ、そうだけども…」
「だからさ…今のうちに、いっぱいシよ?」
「…仕方ないな、彩華は」
~~~~~~~~~~
7月5日 09:01 稚内市
稚内は既にロシア軍に制圧されてしまった。
空軍の奮闘により数は減った物の、それでもココを制圧するには十分な数だった。
住民の避難は8割完了したが、2割の避難は叶わなかった。
ロシアの軍政と言えば、残虐であると言うのは周知の事実。
当然、ココ稚内でも同じ事が起きていた。
街には軍民問わず死体が転がり、ロシア兵がのさばっていた。
09:04 音威子府村
「こちらホ221、防衛線の構築完了。オクレ」
『了解。指示を待て、オワリ』
音威子府村では陸軍第二師団が防衛線を構築。
迎撃の準備を整えていた。
「札幌の方じゃ、もう始まってるらしいぜ」
「そうみたいだな。国後の方から来る奴は空軍が全部沈めてくれたけどな」
「余市のミサイル艇が奮闘したらしいが、焼け石に水だよ。数十隻と居る揚陸艦と護衛艦の群れに、たった2艇のミサイル艇じゃなぁ…」
「で、沈められたのか?」
「あぁ。沈められたらしい」
発見こそ海軍が一番乗りであったが、効果的な迎撃は出来ずに損害を被るだけ。
潜水艦も攻撃を行っているが、水上艦では無く同じ潜水艦への対処で手一杯。
海洋国家たる日本が、その海軍が、何も出来ずに居る。
「主力が北海道に居ないからな…一番近くて大湊、海軍は気の毒だね」
「そこら辺にしとけ、俺らも海軍みたいに負けないと限らんぞ」
「あ、あぁ、そうだな」
09:21 札幌市 新琴似駅前
「T-90!距離200!撃てぇ!」
札幌では既に戦闘が始まっていた。
T-90と18式戦車の戦車戦、現代ロシア兵と現代日本兵の歩兵戦。
それらが北海道で展開されている。
「命中!命中!」
「!左!RPG!後退後退!下がれ下がれ!」
RPGが戦車を掠める。
外れたRPGはコンビニに命中した。
「あっぶねぇ!」
「早く下がれ!破壊されるぞ!」
遠くからジェット機の音が聞こえる。
その音はどんどん近づいて来る。
「…ん?」
車長が少しだけ外に顔を覗かせる。
「…!空軍だ!」
日本空軍主力機、10式戦闘機「新風」。
2010年に制式採用された事から10式となっている。
2機編隊の新風はRPGを放った歩兵に爆撃。
その周辺に居たロシア兵や車両を建物丸ごと吹き飛ばした。
「っしゃぁ!!」
「やってくれましたね!軍曹!」
「奴らをシベリアに押し戻してやれ!前進!前へぇ!」
~~~~~~~~~
7月6日 19:21 奥尻島近海 伊820 発令所
「ソナーに反応は?」
「ありません。平和な海です」
「これが当たり前なんだけどな」
「それもそうですね」
艦長とソナー手が話している。
普段はソナーに反応は無い。
あったとしても貨物船や漁船。
平和そのものだ。
しかし、今はそうでは無い 。
ロシア軍の艦艇を探知してしまうかもしれない。
あぁ、平和を返して。
「紫雲ちゃん」
「ん?」
「ロシア軍の増援、来るのかな?」
「来るんじゃないの?多分」
恐らく、いや絶対ロシアは増援を送り込んで来る。
初動で後れを取った我々、この増援を海上で沈める事で、陸空軍に笑われずに済むだろう。
「揚陸艦を見つけたら、即刻撃沈しよう」
「うん、そうだね」
よし…気合い入れて、頑張るぞ!