7月1日 10:15 広島空港 ANA676便
結局呉で昼飯を食べる事無く、横須賀に戻る事になった。
座席はたまたま空いていた26HJKを取った。
横一列で取れてよかった。
「ココだな」
優先搭乗により、彩華、京人君の順に搭乗して行き、俺が最後に座った。
羽田までは1時間半。
羽田に迎えを呼んであるから、一度海軍省に寄ってから横須賀に行こう。
[皆様、只今ドアが閉まりました。皆様が指定された座席に着席している事を確認して出発致します]
アテンダントが機内を回り出した。
座席は合ってるよな…?
もう一度座席の場所を確認する。
[また、携帯電話等の電子機器は、機内モード等の電波を発しない設定にするか、電源をお切りください]
「あ、忘れてた」
京人君が急いで機内モードにする。
あ、俺もしないと。
[皆様、こんにちは。本日はスターアライアンスメンバーANA、羽田行、676便をご利用いただきましてありがとうございます]
「あ、あの高山少将」
「彩華で良いよ」
「彩華さん、その…急に決めちゃって大丈夫なんですか?」
「うん、潜水艦隊司令直々の命令だもの」
「そ、そうですか」
何も心配しなくていい。
だが、俺も京人君の立場になったら混乱するだろうなぁ。
「親父が適当に呉から人選べって言って来たからな、それで京人君を選んだんだ」
「は、はぁ…何故、私なのですか?もっと他に居たでしょう」
「いや、その、北澤中将が推すし、室蘭SOS上がりだし」
「そんな簡単に室蘭室蘭って言わないで下さいよ、あそこのキツさも知らずに」
おっ、どうやらウチのHPを見ていないらしい。
HPには俺の海軍入隊からの履歴が載っている。
「ははっ、あそこのキツさは俺も彩華も知ってるさ」
「…ホントですか?」
「廊下歩いてたら教官に拉致されるなんて良くあったよね~」
「最終試験…ほんっと…ありゃ無ぇぜ」
潜航中で、エンジンが燃えた状態のディーゼル艦を浮上させろ…。
今考えてもゾッとする。
[皆様、まもなく離陸いたします。シートベルトをしっかりとお締めください]
どうやら離陸する様だ。
飛行機なんて久しぶりだな。
機体は一旦停止した後、動き出した。
当然の事ながら、船より加速は早い。
「凄い速さだな、相変わらず」
身体が座席に叩きつけられる。
普段は速度の遅い潜水艦に乗っているから、この感覚は新鮮だ。
機体は地上を離れ、飛び立った。
空…俺が普段居る海中とは真逆の世界。
「凄い…飛んだよ、紫風ちゃん!」
「おう!飛んだな!」
「そんな事で…」
「普段はずーっと海中に居るんだもん、空を飛ぶなんて…」
「…そう言えば、そうでしたね」
「京人君も海中に籠るんだよ?」
「…え?いやいや、地上の施設ですよね?」
「第一潜水艦隊の司令部は伊820だぞ」
「!?えっ、えっ…えぇ…!?」
京人君は驚いている。
まぁ、当然だろう。
「ち、地上じゃないんですか!?Googlemapには地上と…」
「あんなの嘘に決まってるだろ?」
「は、はぁ」
「ま、何…潜水艦生活は経験してるだろ?」
「は、はい」
「その頃より快適な生活を約束するぞ」
「は、はぁ」
「艦内は横須賀に着いてからの楽しみだ」
「ディーゼル何かとは比べ物にならない快適さだよ!」
「そ、そうですか…」
京人君はまだ信用しきって居ない様だ。
まぁ、伊820を見たら信用するだろう。
11:47 横須賀鎮守府 潜水艦第一桟橋
「おーい、帰ったぞー」
「おかえりなさい、司令!」
疾歌が迎えてくれた。
疾歌は桟橋で釣りをしている。
「あれ、その人は?」
「第二潜水艦隊司令候補の友部 京人少将、暫くはここの作戦参謀として働いて貰うんだ」
「第二潜水艦隊…!遂にですか!」
これまで、潜水艦隊は第一潜水艦隊しか存在しなかったから、全て俺の下にあった。
しかし、俺の管理能力には限界がある。
だから第二潜水艦隊を設立して、俺の負担を減らす。
「司令!おk………京人!?」
「洛人!」
「何でココに居るんだ!」
2人は会えて嬉しそうだ。
双子…見た目が全く同じ、階級も同じ、こりゃ見分けられねぇな。
「洛人君、艦内を案内したらどうだ」
「それもそうですね!ほら、京人、行くぞ〜!」
「お、おう」
上機嫌の洛人君に連れられ、京人君は艦内に入った。
さ、任務は果たした事だし、家帰るか。
…あ、呉で天ぷら食うの忘れてた。
12:44 楠ヶ浦住宅地 七条宅 彩華の寝室
「紫風ちゃん、次は何処行くの?」
「京人君の習熟訓練、指揮を実践で学んで貰う」
「うん、それは知ってるよ」
「何処に行くかは、まだ決めてない」
「そっ…か」
何処に行こうか。
正直何処でも良い。
何処でも習熟訓練は出来る。
「大島辺りで良いだろ」
「伊豆諸島辺りまで行ったら?」
「じゃそうすっか」
次の航海は伊豆諸島周辺に行く事としよう。
近いし、丁度いい。
「あ、そうだ!紫風ちゃん!」
「何だ?」
「服~!」
「服?あぁ、言ってたな」
彩華はクローゼットの中から黒い箱を取り出した。
そう言えば言ってたなぁ。
忘れちまってた。
「えへへ~、コレコレ」
箱の中には黒色の服が入っていた。
何処かで見た事がある事がある。
「ん?コレ…」
オイオイ…モデルにする奴間違ってるだろ…?
「似合うかな~って…」
「お、おう…」
取りあえず着てみる。
話はそれからだ。
今着ているネグリジェを脱ぎ、新しい服を着てみる。
着心地は満点、さて、見た目はどうか。
「ん~…うん、SS…いや、近い…程度か?」
「うん、近い程度!あくまでモデルだから!」
「あ、あぁ…」
まぁ、普通に歩いててもまぁ…大丈夫だろう。
少し知識がある奴には分かる程度…うん、大丈夫だ。
「ま、まぁ…カッコイイのは間違いないな!あぁ!」
カッコイイ、これは疑いようの無い事実だ。
ま、ベルトに刀着けれるし、まぁ良いか。
「階級章も着けれるよ!」
「要らね~な~ソレ」
第一、この服にあの階級章は似合わない。
階級章も特注しないといけないな、こりゃ。
いや、着ける予定は無いんだけどさ。
「洗うか、コレ」
13:00 彩華の寝室
貰った服を洗濯機に投入して来た。
特にやる事も無いので、彩華とテレビを見ている。
時折流れるニュースはつまらない物ばかり。
ま、平和でいい。
〈13時のニュースをお伝えします〉
「なぁ、彩華」
「ん~?」
「彩華の1番最初の名前って、何だったっけかな」
彩華は何度も名前が変わっている。
変わったと言っても、苗字だけなのだが。
いや、そもそも苗字が変わること自体異常か。
「サイカ・アオーニャ・レーシナ」
「そうだそうだ、そうだった」
彩華が生まれた時、名付けられたのがこの名前。
ロシア人の命名規則に沿って名づけられている。
この名前だけは複雑で、今でも少し忘れてしまう。
〈ロシアのサフチェンコ大統領が中国の石 音繰国家主席と会談を行いました〉
ほー。
そういやロシアは"北海道の全権利を有する"なんてほざいてたなぁ。
こんな事ほざく奴が大統領か。
ま、来たら追い返すだけよ。
「彩華」
「ん~?」
「帰っちまったのかな、ニーナさん」
「うん…多分、ロシアに帰っちゃったと思うよ」
ニーナ・ミトロファーノヴナ・レーシナ。
彩華の生みの親だ。
彩華の髪色と目の色は彼女からの遺伝である。
「会えるなら、会いたい?」
「うん!」
「だよなぁ…俺だって会いたい」
「何処に居るのかな…」
「な~…今は何処で何してるのやら」
もしかしたら何処かですれ違ってるかもしれない。
すれ違ってるとして、ニーナさんは気づくのだろうか。
「紫風ちゃん、お腹空いた」
「よし、何か作るか」
そうだな、とんかつ当たりでいいか。
米炊いてたかな………。