国鉄ホテル新潟駅 3301号室 5月12日 09:11
「はーい、何ですかぁ~」
扉を開けると、俺のおでこに拳銃が突き付けられた。
「…何の真似だ?」
「黙れ、言う通りにしろ」
「あ、あぁ…分かった」
いきなりの状況に俺は少し混乱している。
しかしこの状況は二度目…いや、何度目だ?
室蘭で何度も同じ状況に遭遇した。
普通に歩いていたらいきなり拳銃を向けられる。
懐かしいな…最初はビビったなぁ~。
「オイ、何してる。早く入れろ」
「あ、あぁ」
俺は渋々不審者を中に入れる。
まぁ、どうせ制圧するし関係ない。
「ん?紫風ちゃ!?」
「あぁ、ごめんよ、変な奴入れて」
「変な奴って言うな!」
「おっと、すまねぇ」
変に刺激して殺されちゃ堪ったもんじゃない。
んで…コイツが使ってるのは何だ…?
にしても、どっから手に入れたんだか。
「………」
俺は彩華にアイコンタクトで制圧する事を伝える。
彩華も理解してくれたらしく、気づかれない様に頷く。
「なぁ、お前」
「あ?」
「良い銃じゃねぇか、FNブローニングか」
「お前、女の癖に銃が分かるのか」
「あぁ、そうさ。俺は昔から銃が大好きでね…良く親父に撃たせて貰ってたよ…」
「…お前、何者だ?」
「あ?俺か?んまぁ~そうだな…」
不審者の銃にはセーフティーが掛かってる。
さてはコイツ、初心者だな?
それに引き金に指を掛けていない。
これじゃ、急に抵抗された時に撃てない。
よし、制圧は余裕だな。
「俺はな……」
「………」
「ただの海軍将校だよ!!」
そう叫ぶと同時に振り返り、不審者を押し倒す。
不審者は赤面している。
その隙に銃を取り上げ、不審者に向ける。
「か、海軍将校…!?」
「あぁ、そうだよ」
「紫風ちゃーん、警察もうすぐ来るって~」
「おう、分かった」
つくづく室蘭に居た頃を思い出す。
廊下歩いてたら拉致られた何て事もあったなぁ…。
最初は抜け出せなかったが、卒業間近になると5分もかからずに制圧して抜け出す事が出来るようになった。
彩華も然り。
「襲うなら隣の部屋にしとくんだったな」
「うっ…うるせぇ!」
「おっと」
不審者が微弱な抵抗を試みている。
だが、こんな抵抗は子供の遊び以下だ。
「彩華、縄、縄無いか?」
「ビニールテープならあるよ~」
「よし、それでいい。コイツを縛る」
「はーい」
ビニールテープで不審者を拘束する。
拘束も親父が教えてくれた。
親父が変な事やり出した時は、良く縛ったなぁ。
「んで、警察はどんくらいで来るんだ」
「駅前の交番の人が来るんじゃない?」
「あぁ、そうか」
ここは国鉄と名前が付いているが、鉄道公安官が介入する敷地じゃない。
厳密には国鉄の敷地内だが、普通の警察が管轄している。
「ったく…」
俺は銃のセーフティーを外し、引き金に指を掛けて不審者に向ける。
重さ的に弾薬は入っていない。
「ひっ…!」
縛られた不審者は拳銃を向けられ怯えている。
お前だって同じ事しただろうがよ。
すると、部屋のチャイムが鳴り、扉がノックされた。
結構激しいノックだ、警察か?
「すいませーん、警察でーす!大丈夫ですかー!」
「はい!はい!はーい!」
彩華が急いで扉を開ける。
俺は疑われるのを防ぐ為、銃を分解する。
何故コイツは弾も無いのに向かって来たんだ?アホか?
彩華が扉を開けると、勢いよく警官が入って来た。
リボルバーを向けながら。
「オイ!拳銃からt………は?」
「あぁ、どうも」
警官は驚いている。
まぁ、当然だろう。
彩華がどんな通報をしたかは知らないが、少なくとも拘束された状態の容疑者を見て不思議に思わないはずはない。
「あ、あの…こ、コレは…?」
「見ての通り」
「は、はぁ…」
不審者は完全に怯えている様で、何も喋らない。
警官は半ば呆れている。
「あ、あの…」
「あ?」
「身分証を…お願いします」
「あ、あぁ…」
ベッドに置いてある軍務手帳を、持って来て見せる。
彩華のも同時に見せた。
「あ、海軍!海軍の人なんですね!」
「えぇ、まぁ」
「道理でこんな事なる訳だ…あ、取りあえずこの人このまま持って行きますね」
「お願いします」
手錠を掛けるのがめんどくさいのか、拘束されたまま2人がかりで運んで行った。
あ、拳銃!
俺は急いで警官を呼び止める。
「拳銃!拳銃!忘れてますよ!」
「あ、そのままにしといてください!鑑識が来るんで!」
「は、はぁ…」
…との事なので、分解されたFNブローニングを眺めながら鑑識を待つ。
まさか新潟で拳銃を突き付けられるとは思わなかった。
「「………」」
一気に疲れた。
そして、これから事情聴取と。
「…帰れるのかな?」
「さぁな…まぁ、同じ公務員なんだ、鎮守府に連絡位してくれるさ…」
「出港…間に合うかな?」
「俺が司令だぞ、出港何ていくらでも遅らせられる」
「あ、それもそっか」
コイツは…ハイパワーか。
FNブローニング・ハイパワー。
ベルギーのFNハースタル社が開発した拳銃だ。
「にしても、どっから手に入れたんだか」
「密輸じゃないの?」
「だろうな、陸軍じゃ採用されてないし、それに武器庫から武器を持ちだすのは不可能だ」
やはり密輸だろう。
何処かで売られているコイツを、東南アジアかその辺りから運んできたのだろう。
「物騒だよなぁ…」
「ねっ、物騒だね」
…これは物騒で片付けられる範囲なのか?
物騒よりもっと適任の単語があるはずだ。
ま、どうでもいいが。
3301号室 13:44
「めっさ疲れた!!!!」
「疲かれたね~」
鑑識も事情聴取も終わり、やっと解放された。
拳銃も無事に回収された。
昼飯は食ったが、味がしなかった。
鉛の様な飯とはよく言った物だ。
2人で死体になっていると、下から爆発音がした。
流石の俺も飛び起きてテレビを付ける。
「何だ何だ!?」
「どしたのかな…」
テレビを付けると、駅前の定点カメラの映像が流されていた。
すると、駅の地下駐車場から煙が噴き出ている。
「…はぁ!?ざっけんな!車!アレどうなるんだよ!」
「…爆発しちゃった?」
「はぁー!あれいくらすると思ってんだ!値段知らねぇけど!」
「紫風ちゃん大切にしてたもんね、アレ」
「壊れてないといいけど…」
「33階まで届いたし…どうかな?」
打ち付ける雨で良く見えないが、大量の赤色灯が駅に向かっている。
これから駅前は封鎖されるだろう。
「こりゃ電車で帰らなきゃ行けねぇなぁ…」
きっと車は壊れている。
親父から貰った大切な車なのに、畜生。
「はぁ~…しゃーねーなー…」
壊れた物はもう戻らない。
いや、壊れたとはまだ確定していないのだが。
「どうやって壊れてるか確認する?」
「そりゃ、直接現地に行くしかねぇだろ」
数分後 新潟駅地下駐車場
洗濯したての服を着て、車の安否確認に向かう。
出入口の近くに駐車していたのが功を奏したのか、規制線の外側からでも完全に破壊されたキューベルワーゲンが見る事が出来る。
「…………」
絶望のあまり言葉が出ない。
俺は帰る手段を失っただけでは無く、親父から貰った大切な車を無くしたのだ。
無論、俺のせいじゃない事は分かってる、分かってるけど……。
「クッソ…」
部屋に戻って、帰りの列車を予約する準備をする。
休みは16日までだが、急に呼び出されるかもしれない。
だから、さっさと横須賀に帰りたい。
「ネットネット…」
スマホで国鉄の予約サイトを開く。
新潟発…上野行っと…。
「もう駅行って予約した方が良くない?」
「それもそうだな、そうするか」
彩華の言う通り、新潟駅がすぐ目の前にあるのだからそっちの方が良い。
良い運動にもなる。
「彩華も一緒に来るか?」
「うん、行く!」
「おう」
こうして、彩華と共に新潟駅へ向かう。
こんな豪雨の中でも、駅直結であるから雨に濡れずに駅へ行ける。
部屋を出て、エレベーターに乗り2階へ降りる。
フロントは1階だが、駅のコンコースは2階。
エレベーターを出て、すぐ右手に駅の入り口があった。
自動ドアだが、そのドアは普通の自動ドアとは違う重厚感を放っていた。
駅に入り、券売機を探す。
指定席券売機かみどりの窓口か、先に見つけた方で買おう。
「あ、あったよ」
彩華が指をさした方向には指定席券売機とみどりの窓口があった。
どちらも大勢の人々が並んでいる。
「どっちが早く買えると思う?」
「券売機!」
そう言う事だから、券売機で買う事にした。
券売機の上には今日の直近の特急列車の空席を表示する電光掲示板があった。
しかし、どの列車も[-]と表示されていた。
今日はこの大雨のお陰で、列車は軒並み運休だ。
「何分待つかな」
「…10分位?」
「それで済むと良いな」
15分並んだ後、俺達の番が回って来た。
右から2番目の券売機だ。
[イラッシャイマセ]
機械音声が出迎えてくれた。
[オ求メノ切符ヲオ選ビクダサイ]
「どうする?自由席か指定席か、グリーン車でもいいぞ」
「グリーン車!」
「OK、グリーン車だな」
乗換案内のボタンをタップする。
クレカの用意もしとかないとな。
[出発駅ト到着駅ヲオ選ビクダサイ]
「新潟…横須賀っと」
[検索中デス……]
5秒位で検索結果が出た。
新潟から上野まで特急で向かい、上のから普通列車に乗り換えて横須賀へ向かう。
「ほーん…」
[購入スル切符ヲオ選ビクダサイ]
一番最初に出た経路を選ぶ。
まぁ、これが1番早いだろ。
[設備ヲオ選ビクダサイ]
特急の設備を選ぶ。
今回は彩華の希望に沿ってグリーン車を選ぶ。
[宜シケレバ、確認ヲ押シテクダサイ]
言われるがまま確認をタップする。
[オ乗リニナル列車ノ座席ヲオ選ビクダサイ]
「何処にする?」
座席表から座席を選ぶ。
一番後ろは埋まって居た。
「ココ!」
5Bと5C。
配列は1列の座席と、2列の座席の計3列。
普通の指定席は4列らしい。
流石グリーン車。
[ゴ希望ノボタンヲ押シテクダサイ]
往復か片道かを選ぶボタン。
今回は片道を選択。
[オ金ヲ入レテクダサイ]
クレカを挿入。
ホント、最近は金を使わなくなったなぁ。
[アリガトウゴザイマシタ、切符ト領収書ヲオ受ケトリクダサイ]
俺と彩華の分の切符が出て来る。
それと同時に領収書も出て来た。
「良し、買えた買えた」
切符を取って、切符入れに入れる。
切符が4枚、領収書が1枚。
領収書は正直要らないが、一応財布に入れておく。
「じゃ、戻るか」
数分後 3301号室
部屋に戻って、すぐにベッドに飛び込む。
着替えるのも面倒だ。
「はぁ~~~…」
これからやらないといけない事が沢山ある。
保険請求に、新車購入、それと…後何だ?
とにかく、やらないといけない事が増えた。
これも全部あの駐車場のせいだ。
「紫風ちゃんの声ってさ」
「おん」
「いつ聞いてもカッコイイよね」
「そ、そうか?」
俺の声、そんなにカッコイイか?
アイツよりちょっとばかし低くなっただけだぞ。
「紫雲ちゃんと同じ身体なのに何でこんなに声が変わるのかな?」
「さぁな、俺にも分かんねぇ」
「目付きもそうだし」
彩華が肩を掴んで急に顔を近づけてくる。
これには流石の俺も驚く。
「紫雲ちゃんは普通のお目目だけど、紫風ちゃんは吊り目だよね」
「あ、あぁ…」
「それに
「お、おう…」
彩華の勢いのあまり、俺はただ同意する事しか出来なかった。
だが、それでいい
何故なら彩華が可愛いから。
明日は、良い日になると良いな…あ、メモ残しとかねぇと。