チョンカ達は老婆の手料理を堪能していた。
これまで老婆の出した料理の中でも一番豪華であった。村を救ったことに対する心ばかりの謝礼のつもりなのかもしれない。
卵料理以外はどれもとてもおいしいものばかりであった。
しかしそんな料理を前に、浮かない顔でぼんやりしていた者がいた。
「ラブ公、浮かない顔してどしたん? ミーティアちゃんのこと?」
夕食を食べながら隣に座っていたラブ公の箸が進んでいないことにチョンカは気が付いた。考え事をしているようにも落ち込んでいるようにも見えたのだ。
「う、ううん。ミーティアちゃんのことは……うん、蘇らせることができるって聞いたし、僕絶対頑張るって気持ちだよ!」
「うん、そうじゃね! ……ミーティアちゃんのことじゃなかったらどしたん?」
「……ねぇチョンカちゃん、山を噴火させようとしたのって……波打ち際マン先生なんだよね?」
ラブ公は村の広場で西京の説明を聞いてからずっと心にしこりとなって残っていたことを言葉にした。
眠るチョンカやミーティアのこと、そして火山の噴火の阻止と立て続けに事件が起きてしまい、考えないようにしていた。
ラブ公にとって波打ち際マンは先生と呼ぶほどに尊敬をしている人物だ。
詩の素晴らしさを教えてくれた。
詩を詠む喜びを教えてくれた。
そして何より、波打ち際マンの詠む詩に心を打たれた。
そんな人がまさか山を壊し村を滅ぼそうとしていたとは信じたくなかった。
ミーティアまで犠牲になってしまった。ラブ公の心中は複雑さを極めていた。
「ラブ公……そうじゃね、うちも見たけど確かに……波打ち際マンじゃったよ……即ションブリ太郎って名乗っとったけど……」
「ブッッッッ!!」
二人の会話を静かに聞きながら食後のコーヒーを堪能していたシャルロットが噴出した。ポタポタと顎からコーヒーの雫を落としながらチョンカを睨む。
「きったな! シャル~? 真面目な話をしとるんじゃからね、うちらっ!」
「き、汚いのはあなたでしょう? 即身仏太郎よ! そ・く・し・ん・ぶ・つ!!」
「はぁん? うちそうゆうとったけど?」
「言ってないわよ!! ……はぁ、もういいわ。もう、黙っておくつもりだったのに……それで? 騎士君は即身仏太郎と知り合いだったの?」
もうこれ以上チョンカに何を言っても無駄であると悟ったシャルロットは落ち込むラブ公に声をかけた。ラブ公にとって何かデリケートな話題だと感じ、理由を知りもしない自分が口を挟むことは無粋だと思い黙っていたのだが、チョンカに任せることに不安を感じたのだ。
「うん……ここに来る前に偶然海岸で会って……それで詩の作り方を教えてもらったんだ……」
「へぇ……あのミイラ男がね……それで詩の先生として慕っていたわけね」
「うん……僕、どうして波打ち際マン先生がこんなことしたのか分からないよ……」
先生と慕っていた人物が騒動を起こし村を滅ぼそうとした。そして結果ミーティアを失うことになった。純粋な心の持ち主であるラブ公にはあまりにも重い事実であった。シャルロットもそれを分かっていたので言葉を続けることが出来なくなってしまった。
「うちは、別にええと思うっ!!」
チョンカは持っていたコップの中身を飲み干し、勢いよく机に叩きつける。「あ」という西京の声が聞こえ「こらっ! 小娘!!」と叫ぶ老婆の声が響く。
「ラブ公は波打ち際マンの詩を作るところはええと思ったんじゃろ? うちにはよう分からんかったけど、あの時のラブ公、生き生きしとったもん! それとあいつが村を滅ぼそうとしとったのとは別じゃと、うちは思うっっ!! ラブ公は何も悪ないっ!!」
ラブ公の顔を覗き込むようにしてチョンカは叫ぶように言った。真剣な眼差しがラブ公に刺さる。
「べ、別……?」
「……そうね、あたしもチョンカの意見に同意だわ。騎士君の感動は騎士君のものよ。騎士君、あなたは本当に純粋で人懐っこい性格をしているし、相手を傷つけたりなんて出来ないと思うけど、でもだからと言って自分を責めてはだめよ? こうなったのはあなたのせいではないもの」
「そうっ! うちもそう言いたかったん! シャル~!」
チョンカはシャルロットの後ろに回りこんで後ろから抱きつき始めた。
「でも教えてもらった詩を素晴らしいと思ったのは事実なのだから、それは大事にしたほうがいいと思うわ。どんな人にもいいところはあるのね、それを騎士君が大切にしてあげたらどうかしらぁぁって! もうっ!! なんなの? チョンカ!!」
「僕が先生のいいところを大事に……」
「チョ、チョンカ、あなたお酒臭いわっ! 何を飲んだの!? は、離れなさい!!」
「にへへーシャルぅー、うちの友達ぃー」
「玉子酒だ」
それまで黙って老婆の隣で晩酌をしていたプップラが短く、しかしはっきりと言った。
シャルロットにじゃれていたチョンカの動きがピタリと止まった。
「お前たちには本当に世話になったからな。特製の酒に卵を割った。うまいだろう? 産みたての有精卵だからな。プリプリだぞ?」
チョンカは力いっぱい眉を寄せ、真っ青な顔をし、胸を押さえた。
「う、う、うち……トイレ……」
チョンカは何かがこぼれる前に、急いでトイレへ駆け込んで行った。
「な、なによ……チョンカったら。そんなに強いお酒だったのかしら? ……あ、騎士君、その卵焼きいらないの? いらないならあたしが貰ってもいいかしら?」
「……え? あ!!」
ラブ公の返事を聞く前にシャルロットはラブ公の皿に残っていた卵焼きを一口で食べてしまった。
「ん~~~~、この村の卵って本当においしいわぁ~」
「有精卵だからな」
「……ぷっ、ふふ、あははは」
「ん? 騎士君ってば、何がおかしいのよ?」
「あははは、だって、チョンカちゃんもシャルちゃんも、あははははは!」
ラブ公は笑った。
可笑しくて仕方がなかった。
信じていた人に裏切られた。
大切な人を守れなかったことを悔やんでいた。
何も出来ない、力のない自分を少し卑下していたかもしれない。
でも二人を見ていたら、そんなことばかりを見て、目の前の楽しいことや幸せなこと、自分を心配してくれて、一生懸命慰めようとしてくれている人のことを見ようともしない自分に気が付いた。
それに気付いたら、なんだか可笑しくなってしまったのだ。
「もぅ、変な騎士君ねっ!」
「あ゛~~~最悪じゃぁ~おえっ」
ふらつきながらチョンカが戻ってきた。
短い間にたくさん悲しいことがあった。
どれもとても大きな悲しみで、今まで経験したこともないようなものばかりだった。
でもとても大切な人に出会った。
家族が守ってくれた。
友達も出来た。
みんなが側にいてくれる。
失った人の命がなくなったわけではない。
ラブ公はようやく、いつもの笑顔を取り戻していた。
「お前さんら、明日ここを発つんじゃったな……」
そしてそんなラブ公達を見ていた老婆がおもむろに話し始めた。
「ふむ、そうだね。急ぎやるべきことが出来てしまってね。今まで本当に世話になったね」
「……なに、お前さんらには大きな恩が二つもできてしもうたからのぅ」
老婆はプップラの後頭部を押さえ頭を下げさせた。同時に自分も頭を下げる。
「息子と村を……本当にありがとうございました……」
「お、おばあちゃん……」
初めて素直な態度をとった老婆を見て、チョンカは驚いてしまった。
そして頭を上げた老婆はチョンカのほうへ視線をやる。
「小娘……」
また何かどやされると、少しギクリとしていたチョンカであったが、老婆の視線が優しいことに気が付いた。
「エスパーも……悪いもんばかりじゃないんじゃの。おまえさんの言うとおりじゃったの」
老婆の言葉を聴いて、チョンカの瞳にうっすらと涙がたまる。
そして手で乱暴にぬぐって、いつもの笑顔を見せた。
「にへへへっ!! そうじゃよ!!」
チョンカのひまわりのような笑顔を見て、老婆もプップラも初めて笑顔を見せていた。
日が昇り、プップラの叫び声が村にこだました。
チョンカ達は老婆の家で朝食を済ませ、家を出た。
凍った湖の先に大きな氷柱が刺さった氷山が、日の光をキラキラと反射させ輝いている。
ヴィーク村を発とうとするチョンカ達を見送ろうと、村人たちが集まってきた。
「ご老体、昨晩も言ったがこれからはくれぐれも注意するようにね。生態系が崩れてしまって気温も下がるだろうからね」
「わかっておるわい。あんだけ綺麗なもんができたんじゃ。観光地として栄えさせてみせるわい!」
「俺も今日からは細工師として真面目に働く」
「プップラは昔っから手先だけは器用だったからなぁ!」
「人付き合いは不器用だがなぁ!」
村人の中から笑いが巻き起こる。
プップラや老婆も、この分なら大丈夫だろう。
「食料はワカメシティを頼るといい。それでは私達は行くよ」
「……ああ、色々と世話になったの」
「おばあちゃん……」
チョンカが老婆へ歩み寄った。
「うち、これからも頑張って悪いやつらをやっつけるけん、おばあちゃんも頑張って……な、長生きしいや?」
「ほっ! 言われんでも息子も帰ってきたし長生きするわい!!」
チョンカは薄く笑って西京の元へ戻る。
「小娘、元気でな。お前さんなら出来る」
小さな声だったが確かに聞こえた。
振り返って老婆にニカッと笑みを返した。
「よーし、それじゃあまたアークレイリ目指して……出発っ!!!」
両手を突き上げ跳ねるチョンカとその隣で同じく跳ねるラブ公。
苦笑を浮かべ小さなため息をこぼすシャルロット。
そしてその後ろにはマフラーをなびかせついてくる西京。
こうしてチョンカ達は新たな仲間を二人迎え、再びアークレイリへ向けて旅立ったのだった。