「……んっ……」
「あ! チョンカちゃん! 目が覚めた?」
「ラブ……公……? ……そっか、うち……また……」
チョンカ達は再び老婆の家に戻っていた。あたりはすっかり日が暮れており、部屋の外からはおいしそうな匂いが漂ってきている。老婆が夕食を作っているのだろう。
チョンカはベッドから体を起こそうとした。
「……っ!?」
チョンカは体の奥に、鈍い痛みを感じた。
それは胸をおさえ蹲るほどのものではない。一瞬の痛みで、感じた後は嘘のように消えていたのだが、確かに感じた。
「?? チョンカ、どうかしたの?」
「……え? う、ううん! なんでもないよ」
「やぁ、チョンカ君、起きたのだね。流石に能力の連続使用で疲れたのだろうね。今回はラブ公の能力を使用してもすぐには起きなかったね」
「それでも半日は経っていないわよ? 一週間に比べたら早いんじゃないかしら?」
「う、うん、迷惑かけてごめんね……」
(……さっきの痛み……なんじゃろう……)
チョンカは普段から物事を深く考えることがない。その不気味な鈍い痛みも気のせいかと思い込むことにしベッドから降りた。
「それでシャルロット君、話とは一体何かな?」
チョンカの目が覚めたことによって、西京はシャルロットに切り出した。
ラブ公とチョンカもシャルロットに注目する。
「ええ、ミーティアの……アニマの結晶の話よ」
「ミーティアちゃん……も、もしかしてこのまま放っておくと消えちゃうの!?」
シャルロットが、話があるといったときからラブ公はずっと嫌な予感がしていた。もうこれ以上ミーティアを苦しめたくない。その気持ちが予感を更に強くしていた。
「いいえ、騎士君。その逆よ。ミーティアを蘇らせることが出来るかもしれないわ」
「……なるほどね」
西京はシャルロットからある程度は聞いていたので、アニマの結晶が無事だった時点でその可能性には思い至っていた。ただ、他の二人の知らぬところでシャルロットからテレパシーで聞いていたことでもある為、喋ることはしなかった。
「元々ミーティアはラピスティ教団によってアニマの結晶の状態で作り出されたそうなの。そのあと野生動物の体にアニマを宿らせたのがミーティアらしいわ。つまり、教団の施設で同じことをすれば──」
「ミーティア君は蘇るわけだね」
「ええ、そのはずよ」
「ミーティアちゃんが……蘇る……?」
ラブ公は自分でも気付かぬ内に涙を零していた。そんなことは思ってもみなかったことだ。信じられない気持ちもある。しかし、またミーティアに会える、あの笑顔をもう一度見ることが出来る。その可能性があるのであれば──
「ぼ、僕、すぐにラピスティ教団に行く!!」
「う、うちも!!」
「ふむ、まぁまぁチョンカ君、話は最後まで聞きなさい。それでシャルロット君、その施設はどこにあるのだい?」
「……ごめんなさい。分からないの……それに蘇っても当然あの姿ではないわ……」
ラブ公とチョンカの表情が目に見えて暗くなる。それを見ていたシャルロットは少し申し訳ない気持ちになる。
「そういえばシャルロット君とガリ君はどこから来たのだい? ミーティア君もそこにいたのだろう?」
「ああ、そうね、言ってなかったわね。あたし達はアークレイリから来たの。アークレイリは王国の体を成してはいるけど、今はもうラピスティ教団の研究施設になっているわ。ミーティアが生まれた施設がどこにあるかは分からないけど、アークレイリか、もしくはその近くには必ずあるはずよ!」
ラブ公とチョンカの表情が一転して明るいものとなる。それを見ていたシャルロットは少しホッとした気持ちになる。
「ふむ……元々私達の目的はアークレイリだったからね。丁度いいね」
「あら? そうだったの? マスター達はなぜアークレイリに?」
「私達の住んでいたところに、あらぬ言いがかりを付け、山ごと燃やしてきた愚かなエスパーがいるのさ。そのエスパーはアークレイリから来た王宮エスパーだと言っていてね。チョンカ君にも危害を加えたので追いかけてころ……お灸を据えてやろうと思っているのさ」
「へぇ……マスターの家を燃やすなんて、命知らずがいるのね……そのエスパーって?」
もちろん燃やしたのは西京本人である。
「ヤマブキという、ヤマブキの花にサイコポゼッションをしたエスパーさ。シャルロット君は知っているかい?」
「ああ……あのド変態ね……確かに知ってるわ。ぞわぞわっ……思い出しただけで気持ち悪いけど……最近アニムスの鍵を探しに出て野良エスパーに負けて失敗したらしい……って!! もしかしてその野良エスパーって……マスター達のこと!?」
「だろうね」
「どうりで……ヤマブキは元からアークレイリの王宮エスパーで、教団に占拠されたときにその流れで教団に入ったそうなの。それでアニマの昇華はしてもらえてなかったんだけど、今のままじゃ勝てないって言ってアニマの昇華を上層部に申請したって話を聞いたわ。その後どうなったのかは知らないけど……」
チョンカは今まで西京の考えに従ってきた。それはこれからも変わらないのだが、チョンカとしては世直しが出来たらそれでよかったのだ。特に行き先も決めてはいないので悪いエスパーがいそうなアークレイリにひとまず目標を定めていたに過ぎない。
しかしここにきてその意識が曖昧なものからしっかりとしたものに変わった。
ミーティアを救いたい。そしてラピスティ教団を放置してはいけない。そう強く思うようになっていた。
「先生、行こう!」
「そうだね、この村の復興も終わっているし、明日には発とうか。一応の確認だが、シャルロット君はどうするね?」
「もちろんあたしも一緒に行くわ!!」
「いいのかい? シャルロット君にも何か目的があるのではなかったのかい?」
「……ええ、あたしは……ううん、言うわ。あたしは、パ……お父さんを助けるためにラピスティ教団に入ったの。お父さんは病気で……でも何の病気か分からないの。皮膚から蝋のようなものが吹き出て固まってしまって……下半身はもう完全に固まってしまっているの。徐々に顔に向かって進行していて……医者は早々に匙を投げたわ。あたしはサイコヒールが使えないの……だからエスパーが沢山いる教団なら何とかなると思ったわ。そこでアニムスの鍵のことを聞いたの。無限の力を得られるってね……でもマスター……」
「ふむ、サイコシャドウとサイコリバースだね?」
シャルロットは西京の方へ向き直り、姿勢を正し深く頭を下げた。
「マスター、お願いします!! お父さんを救ってくださいとは言いません! あ、あたしにマスターの能力を教えてください!!」
「ふふ、もちろんさ。シャルロット君は私の弟子なのだろう? チョンカ君と同じように私の全てを教えてあげるよ。もちろん、お父さんのことも最大限の協力をしよう」
頭を下げ、下を向いたままのシャルロットから涙の雫が落ちた。床が濡れていく。
チョンカは二人のやり取りを見て、唇を尖らせていた。もちろん、シャルロットの父が救われて欲しくないわけではない。自分が会話に入れないこと、父親を取られた娘の気持ちになっていたのだ。その複雑な気持ちをチョンカはうまく消化できずにいた。
そのとき、部屋の扉を三回ノックする音が響いた。
「お前さんら、晩飯じゃ」
老婆の呼び声にまるで返事をするかのように、室内に大きなおなかの音が鳴り響いた。
全員がチョンカに注目する。
「にへへ、おなか空いちゃったっ!」
ペロッと舌を出して照れ笑いをするチョンカは、おなかをさすりながらラブ公と共に一階へ降りて行った。
西京は分かっていた。おなかの音が一つではなかったことを。
「シャルロット君」
部屋を出ようとしていたシャルロットは突然背後から呼び止められ、驚いて数cm浮かび上がってしまう。
「ぴゃっ!! な、なによ……」
「クレアエンパシーはとても難しい能力だよ。疲れたしおなかも空いたのだろう? チョンカ君のせいにして、たくさん食べればいいさ」
「…………マスターのいじわる」
シャルロットは両の人差し指で唇の端を引っ張り歯をむき出した。
いーっとやってみた後、少し子供じみた態度が過ぎたかと我に返り、急いで階段を降りていってしまった。
「ふむ……チョンカ君が嫉妬するわけだね」