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流星の結晶

(ちゃむい……そっか……あたち……村を救うために……あたち……)



 分厚い氷の中、ミーティアは肉体を失い、アニマの結晶となって閉じ込められていた。



(なんだか……ちゃむい……そっか……あたち……ラブ公ちゃん……)



 意識はほぼ無いに等しく、同じ思考が繰り返されていた。


 それはこれからも永遠に続くのだ。

 この氷の柱をそのままの姿で永遠に保つために。


 ミーティアのアニマは薄緑色の光を放っていた。

 そしてミーティアのアニマの光とは違う別の二つの光がまるでミーティアのアニマを包み込むように守っていた。それが一体誰のアニマなのか、それは分からない。



(あたち……ちゃむい……そっか……村……)



 永遠の静寂が訪れたはずだった。

 ミーティアが村を救うためにそう望んだのだ。


 ミーティアの中に、温かいものが流れ込んできた。



(ラブ公ちゃん……チャルロットちゃん……これは……あったかい……)




 『クレアエンパシー』


 西京が好んで使う一方的な意識の押し付けや、感情、記憶の読み取りはあくまでもこの能力の応用となる。この能力の本来の力は、互いの意思の疎通であり究極は感情や思考の共感、共有である。

 多様な側面のあるこのエンパシーこそが、実は数あるエスパーの能力の中でも最高峰のものであった。




 ミーティアの意識の中に、別の意識が流れ込んできた。

 それはミーティアの意識を侵すものではない。

 むしろ、それらはミーティアの意識を壊さぬよう、ゆっくりと溶け合っていた。



(あった……かい……うん……うん……うれちい……)



 ミーティアのアニマの輝きが強くなった。

 そしてミーティアを守るように包み込んでいた別のアニマの光が消えてゆく。


 もう大丈夫だろう、そんな風な言葉を残すように、二つの光はゆっくりと消えていった。


 そしてその瞬間、耐えかねたかのように氷が軋み、ミーティアのアニマを中心に大きな亀裂がいくつも入った。



「ラブ公君、今よ!!」


「シャルちゃん!!」



 シャルロットはミーティアのむき出しのアニマをクレアボヤンスにより氷中に見つけ、クレアエンパシーをラブ公とミーティアに対し使用していた。当然使用対象が増えれば増えるほど難易度は上がるのだが、クレアエンパシーも同様である。いや、クレアエンパシーの方が他に比べ、能力の出力を間違うと自分や対象のアニマを意図せずに汚染する恐れもある為、かなり難易度の高い部類に入る。シャルロットはそれをやってのけたのだ。


 二人は互いの掛け声に合わせ、氷に触れる。

 触れた先から氷が気化し、溶け始めたのだ。



「シャルちゃん! 氷が!」


「ええ! いけるわ!! ミーティア、待ってて!!」



 二人は走り、氷の穴を作りながらミーティアのアニマの場所へ急いだ。

 進む間にも氷に入る亀裂が増えていく。シャルロットのクレアボヤンスがなければ恐らくたどり着けないだろう。それほどまでに亀裂が視界を妨げていた。



「……っ! ラブ公君、急ぐわよ!!」



 シャルロットは歩幅の小さなラブ公を抱えた。自分達がミーティアを迎えに行くことが出来るように西京が山を崩してしまっているのだ。氷に亀裂が入った以上、村の方へ向けて崩れることは十分に考えられた。崩れてしまえばミーティアはおろか、氷の中にいる自分たちも無事では済まない。



「ミーティア!!」



 そして二人はようやくミーティアのアニマの元へ到達した。

 静かに薄緑色の光を纏うアニマの結晶は、小さなシャルロットの手のひらに納まる程の大きさしかなかった。しかしその宝石のようなアニマの結晶は、魂の揺らぐ緑が見る者を魅了するほど美しものであった。



「ミーティアちゃん……なんだね……」



 ラブ公は涙が止められなかった。

 美しい、美しいのだが、可愛かったミーティアがこんな姿になってしまった。そしてそれを止めることが出来なかった。止めることは出来なくても、自分も寄り添って一緒に行ってやることが出来なかった。

 アニマの美しさが、ラブ公にはとても悲しいものに見えていた。

 そしてそれはシャルロットも同じであった。



「騎士君……」


「え……騎士? ぼ、僕……?」


「そう、ラブ公君、あなたよ。前にも言ったでしょう? あなたがミーティアの騎士よ」



 ラブ公には見せまいとしていたがシャルロットも大粒の涙を流している。



「騎士君、あなたが触れてあげて。あなたがミーティアを迎えてあげて。あたしはミーティアの一番の友達として、騎士であるあなたのもとへミーティアを連れて行ってあげたいわ」


「シャルちゃん……うん!」



 ラブ公は両手をミーティアを包み込むように差し伸べた。アニマの結晶の周りの氷がラブ公の手に合わせて溶けていく。

 緑色に輝く魂の宝石はラブ公の手の中に包まれる瞬間、まるでラブ公の手をすり抜けるように浮かび上がった。



「あ! ミーティアちゃん!?」



 ミーティアのアニマは定位置へ。


 いつもの場所、お気に入りの場所、ミーティアが見つけた懐かしくも暖かい場所へ。



「ふふ、ミーティアったら。……騎士君、急ぐわよ!」



 ラブ公の額に張り付いたアニマを見て、シャルロットはラブ公を抱えテレポーテーションを使用した。



 カトラ山の麓、フレーザバトン湖の上空ではチョンカと西京が待機していた。

 シャルロット達はチョンカ達の後ろにテレポートで移動したのだ。



「マスター!! チョンカ!! OKよ!!」


「ふむ、ラブ公!!」


「う、うん!!」



 西京の掛け声を受け、ラブ公がチョンカの背中に飛び乗った。



「チョンカ君、いいね? 広範囲に能力を使うときも要領はさっきと一緒さ。山の全てを氷漬けにするよ!」


「はい! 先生!! ラブ公、お願い!」


「うん! チョンカちゃん、行くよぉぉぉ!!」



 ラブ公とチョンカの体が赤く光り始めた。

 そしてチョンカの右目が虹色の光を放つ。



(ミーティアちゃん、僕、何も出来なかった……でも、でも……)



 チョンカの両手が冷気を纏っていく。冷気がチョンカの周りの気温を急速に下げ、湖を凍りつかせていく。



(でも……もう二度と離さない、ずっと、ずっと、ずっと────)




「チョンカ君、行くよ!!」


「はい! 先生っ!!」




「サイコフリーズ!!」


「アブソリュートゼロ!!」





 西京から放たれた強烈な冷気が渦を巻き、竜巻のごとく山に襲い掛かる。その規模は最早災害レベルと言っても遜色はない。

 そしてその西京の冷気の渦を、中心から螺旋状にチョンカの放ったアブソリュートゼロが取り囲んだ。


 西京とチョンカの竜巻は冷気を風で暴力的に撒き散らしながら、山ごと全てを飲み込んだ。








 一瞬であった。


 チョンカたちが浮かんでいる地点を境に、山へ向けて二人の能力で出来た氷雪地帯が広がっていた。

 柔らかな草の絨毯は白く凍てつき、森の木々は樹氷となり、全ての時間が氷の中で停止していた。



「マスター……チョンカ……あ、あなた達……本当に……」



 山が、白く輝いていた。


 この地を初めて訪れた者の目には、まるで天から落ちてきたかのごとく、山の表層を削り氷の柱が突き刺さっているように映るだろう。そしてそれがそのまま奇跡的に全てが凍ってしまった、と。



「ふむ、新しい観光資源が生まれたようだね」


「チョンカちゃん、綺麗だね……」


「……うん」



 チョンカの目がまどみに誘われていた。そして力が抜けるように、サイコキネシスが解け、肩のラブ公と共に落ちようとしていた。


 その肩を掴みシャルロットはチョンカを支えてやる。



「マスター……あたしにも出来る……かしら」


「ふふ、大丈夫さ。もっともシャルロット君はチョンカ君とは違う能力がお似合いだと思うけれどね」


「違う能力?」


「ふふ、サイコシャドウ……覚えたいのだろう?」


「~~~~~~~っっ!! わ、分かってたのね!? ……も、もぅ!!」



「…………」



 終わったのだ。

 アニマの結晶となってはいるがミーティアを救出することが出来た。

 しかしラブ公は途方もない無力感と喪失感を味わっていた。



「騎士君」


「……シャルちゃん?」


「あなたに……いえ、皆にかしらね。話があるの。またチョンカを起こせる?」


「ふむ、話……ミーティア君に関することだね?」



 ミーティアに関する話と聞いてラブ公は胸が少し痛んだ気がした。

 またミーティアの辛い過去に関することだろうか、と考えていたのだ。


 ラブ公の額に張り付いて離れないミーティアのアニマの結晶が、そんなラブ公を慰めるように優しく薄緑色の光を放っていた。

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