「チョンカ、ラブ公君は……?」
「今、ようやく寝よった……けど……」
チョンカ達は、即身仏太郎との戦闘を終えた後、すぐに山頂へとテレポートした。
テレポートした山頂で見つけたのは、氷の柱が突き立ち、変わり果てた火口の姿と泣き叫ぶラブ公の姿であった。
詳細は分からなかったが、ラブ公が泣き叫んでいる内容から、ミーティアの自己犠牲により爆弾が止められ、山を凍らせたことが分かった。そして氷の柱に抱きついて離れようとしないラブ公を強引に村に連れてきたのだ。
村長の家を先に復旧させて、今ようやく寝かしつけたのであった。
何しろラブ公自身の消費もかなり激しいものであった。
「ラブ公、多分一生懸命走ったんじゃと思う……足が血だらけじゃった……」
チョンカは後悔していた。
なぜ、まずはラブ公を山頂へ送り届けてやらなかったのか……
自分も山頂へ行けばミーティアが犠牲にならずに済んだのではないか……
そう思わずにいられなかった。
「チョンカ君、いけないね。その考え方は堂々巡りになって身を滅ぼすだけさ。もしも、なんて考えたらきりがないからね。我々はその時出来ることを精一杯やったと思わなければいけないよ?」
「先生……」
「そ、そうよっ! チョンカはよくやったと思うわ! あのサイコレイという能力、本当にすごかった……」
シャルロットに褒められて、チョンカは少し驚いた顔をするが、素直に受け止め優しい顔をした。
「さてと、ラブ公君が無事だったのなら、あたしはもう行くわ……」
「え、シャルロットさん、どっか行っちゃうん!?」
「あのね、あたしは元々ここへはラピスティ教団の使いで来ているのよ? あたしが裏切ったことが教授のせいでもうばれてるだろうし、そろそろヤバそうだから、あたしはもうお暇させてもらうわ」
「そ、そんな、シャルロットさん、う、うちらと一緒に……」
「ふ、ふんっ! あたしにはあたしの目的があるのよ!!」
「…………」
「そ、それじゃあ元気でね。もう会うこともないかもしれないけどねっ!」
シャルロットはそう言い残して、テレポーテーションを使用し、消えてしまった。
「に、西京先生……」
「ふむ、どこへ行ったのかは丸分かりなのだがね……しばらくそっとしておいてあげようじゃないか。なにせシャルロット君はミーティア君の友達だったのだろう?」
「う、うん……心配じゃね……」
「本人はああ言っていたけれどね……まぁ後で迎えに行くさ。とりあえずチョンカ君、村の復興を優先させよう。シャルロット君はその後ででも大丈夫だろう」
「は、はい!」
「ミーティア……ミーティア……嘘でしょう? あたしが、あたしがずっと側にいてあげられなかったから……ミーティアの不安な気持ちに気付いてあげられなかったから……ミーティア……うううぅぅっっ!!」
シャルロットはカトラ山の山頂にいた。
ミーティアの作り出した氷の柱によって火山活動は完全に停止し、また、気温が急激に下がっていた。
山頂では雪がちらほら舞っているほどであった。
シャルロットは自分が許せなかった。
人の感情を天秤にかけることは決して出来ないことなのではあるが、その気持ちはラブ公よりも重いものであったかもしれない。
ずっとミーティアの側にいたのはシャルロットである。
たった一人の友人として、一番近くにいた理解者として、ミーティアが何に悩み、何に怯えていたのか、それを一番に察してやらなければならなかったのに、それが出来なかった。
その結果が、ミーティアの逃走劇であり、この結果である。
(もっとあたしがしっかりとミーティアを守ってあげる必要があった……っく、ミーティアの過去を知っていたのに……どうして教団の言うことを信じてしまったの……)
シャルロットはミーティアの氷の柱に手を当てて考えていた。
(ミーティア……これを作り出したのがミーティアなら、氷の中にミーティアがいるはず……溶岩で完全に燃え尽きてしまったのならサイコフリーズは使えないはずだもの……)
シャルロットは顔を上げ氷の柱を見上げた。
(ミーティア、あたしが、あたしが必ず救ってあげる……待ってて……!!)
こうしてシャルロットはミーティアが生き残っていると信じ、氷の中を探し始めたのだった。
「ラブ公、起きんね……」
「ふむ、チョンカ君も人のことを言えた義理ではないのだが? チョンカ君が眠りについたときはもっと長かったと思うよ」
「そ、そうじゃけどー! もう丸二日経ちよるよ? いい加減起きてもええんやないん?」
チョンカたちがシャルロットと別れてから二日が経とうとしていた。
西京とチョンカの働きによって村の復興はほぼ完了し、以前とまったく同じのどかな風景を取り戻していた。
西京はカトラ山のほうを見上げ、目を細めていた。
山の風景は随分変わってしまった。
度重なる地震により山の斜面は崩れてしまっており、今なお土砂崩れは各所で起きており近づくのは危険である。
もちろんプップラの作った「うんこ」などとっくの昔に崩れ去ってしまっている。
先日プップラが悔しそうな表情で山を見上げていたが、老婆に背後から後頭部を杖で殴られ、家の中へ連れて行かれていた。
もう一点、前と大きく変わったところがある。
山頂に薄く積もっている雪である。
ミーティアの作り出した溶けない氷の柱は雲の上まで伸びており、山頂の気候を大きく変化させてしまったのだ。
「先生……シャルロットさん、まだ山頂におるね……」
「ふむ、そろそろ迎えに行ったほうがよいだろうかね……」
ミーティアを助けようとしていることは、言われなくても二人には分かっていた。
一言、言ってくれれば手伝ったのだが、シャルロットがそれを望んでいなかった。だから黙って行かせたのだ。
「もう二日経ちよるけぇ、そろそろ行ったほうがええと思うんじゃけど……」
「ふむ、しかしあの子もプライドの高い子だからね……あと一日様子を見ようか……何、死ぬようなことはしないさ」
「は、はーい……大丈夫じゃろうか……」
「ミーティアちゃん!!!」
翌日、うなされ続けていたラブ公はミーティアの名を叫びながら起きた。
ラブ公が起きたとき、偶然にもその部屋にはチョンカも西京もいたのだ。
「ラ、ラブ公!!」
チョンカはすぐさまラブ公の寝ているベッドへ駆け寄り、ラブ公を抱きしめてやった。
辛い思いを沢山したはずである。
肉体的にも、精神的にも……チョンカが思いもよらないくらいの苦しい経験をしたのだろうと、そう思っていた。
目覚めたばかりで錯乱しているラブ公を、チョンカは必死に宥めていた。
「……こ、ここはどこ? うぅ、山頂じゃないの?」
「ラブ公、落ち着いてや! ここはうんこおばあの家じゃよ」
そう言うと、ラブ公は起こしていた体を、力なく枕の上に投げ出した。
場所が変わっているということは、どのくらいかは分からないが時間の経過を示しているのだ。
それが分かったのか、ラブ公は落ち着かざるを得なかった。
確認をしなければならないからだ。
あれが事実なのか、夢なのか──
「チョ……チョンカちゃん……ミーティアちゃんは?」
「ラブ公……ミーティアちゃんは……」
「ミーティア君はいないよ」
後ろからはっきりと答えたのは西京であった。
「せ、先生!」
「西京……」
「ラブ公、君が説明してくれればより正確に現状が把握できるが、説明がなくとも何が起こったかくらいは見当がつくさ。あの氷の柱の中にミーティア君はいるのだろう?」
「う……うん……多分……」
やはり、自分の見たこと、感じたこと、後悔や苦しみ、その全ては現実のものであった。
ラブ公はうなだれる以外になかった。後悔の感情しかない。
何も出来なかった。ミーティアが死ぬところをただ見ているしか出来なかった。
ラブ公は出来ることなら、自分も一緒に死にたいと、そう思ってしまうほどにその小さな心を痛めていた。
「せ、先生! やっぱりうちらも山頂に行こう!?」
西京は目を閉じ、ゆっくりと考えた。そしてひととおり考えた後、目を開きラブ公のほうへ視線をやった。
「ラブ公、君はミーティア君にアニマガードによって動けなくされていたのではないのかい?」
「えっ、ど、どうしてそれを……!!」
「……やはりか。君が無事な姿であの場所で泣いていたからね。そうではないのかと思っていたのさ。しかしそうなると氷の中にミーティア君が無事な姿でいる可能性は低いかもしれないね……」
「な、なんで!! そんなの見てみなきゃ、行ってみなきゃ分から──」
「火口で氷に寄り添いながら泣いていたじゃないか。つまりアニマガードが解除されたのだろう? それが何を意味するか、分かっているのではないのかい?」
「…………っ!!」
「今回結果として犠牲者を出してしまう最悪の形で終わってしまった。探したいと言うのなら気が済むまで探せばいいと私は思うがね……今シャルロット君も山頂へ向かって、ミーティア君を探している。もう探しに出て三日経つんだけれどね。そろそろあの子も連れ戻さないとね……」
沈黙が、三人の間の空間を支配した。
今までで一番思い沈黙だった。
ミーティアの死──あまりにも痛ましすぎるその結果に、三人ともが自分の力不足を痛感し嘆いていた。
チョンカは両手を握って心を決めた。自分の不甲斐なさは許せないが、それ以上に許せないことがある。
ラピスティ教団をやっつける。ミーティアをここまで追い込んだラピスティ教団を、絶対に許してはならない。
「ラブ公……うちに力を貸して……うち、ラピスティ教団だけは絶対に許せんわ……」
「チョ、チョンカちゃん……?」
「もちろん、自分も許せん……うちに力がなかった……もっとミーティアちゃんのこと守れとったらこうはならんかった……と思う。それも許せんけど、じゃけどうち、ミーティアちゃんをここまで追い込んだラピスティ教団も絶対に許せんのん!!」
「チョンカちゃん……うん! 僕も許せない……自分が許せないけど、ラピスティ教団も許せない……」
「どうやら私達はまだまだ強くなる必要がありそうだね……」
「先生!」
そしてそんな三人の会話を途中で区切るように、勢いよく部屋の扉が開いた。
そこに立っていたのは泣き顔で、ボロボロの姿をしたシャルロットだった。
「に……西京……さん」
「シャ、シャルロットさん!! ぅわぁ! ぼ、ボロボロやん!」
シャルロットは倒れこむように、西京の前に跪いた。そして大粒の涙を零しながら、縋るように西京に言った。
「あ、あたしを……あたしを、西京先生の弟子にしてくださいっ!!!」