「では私もパイロキネシスを使わせてもらおうか」
「Mr.西京の言う欠点とやら……見せてもらおう……」
即身仏太郎は自身のサイココンバージョンに絶対の自信を持っていた。防御壁でありながら防御をせず、受け止めすらしないのだ。ありのままを全て受け入れ、別のエネルギーへ変換してしまう。現に今までこの能力が破られたことはなかった。
「お試しだからね、弱い力で様子を見させてもらうよ。それ、パイロキネシス」
西京から炎が渦巻きながら即身仏太郎へ放たれる。森を焼いてしまったパイロキネシスからしたら十分すぎる程に力加減はしてあった。
分解され、変換を経た上で即身仏太郎へ吸い込まれる。この流れが崩れることはなかった。
そう、今までは──
「お、お、おああぁぁああぁぁぁああ!!」
即身仏太郎は西京の言う「弱い威力」の炎に巻かれていた。
分解されることはなく、まして変換をされることもなく、サイココンバージョンの障壁をそのまま素通りし、炎は炎のまま即身仏太郎へ届きその身を焦がしていたのだ。
「ふむ、思ったとおりだね」
炎は次第に治まり、全身から焦げた匂いと煙を立たせている即身仏太郎が姿を見せる。その表情は驚愕の一色に染まっており、元々ミイラ化一歩手前であった故に、誰が見ても死にかけているように見えた。
「ミ……Mr.西京……何を……何をした!!」
「ふふ、特に何もしていないさ。私はただの炎を撃ち込んだだけさ。小細工などはしていないよ」
攻撃が通ったのを見て、チョンカとシャルロットが喧嘩を中断し即身仏太郎へ注目していた。チョンカは特に何も考えてはいなかったのだが、シャルロットは西京の攻撃が通った理由も、サイココンバージョンを破る方法にも見当がつかず、ある意味では即身仏太郎と同じ気持ちで西京の言葉を待っていた。
「何も……何もしていないわけがない!! 僕のサイココンバージョンが破れるなど!」
即身仏太郎は明らかに動揺をしていた。絶対の信頼を寄せていた自信の能力がたやすく破られてしまったのだ。そしてその先にあるのは当然、死であった。
「な、なぜだ!! ……答えてくれ! Mr.西京!!」
西京のマフラーが風になびく。即身仏太郎も、チョンカもシャルロットも西京の言葉を待っていた。
「今から死にゆく君に答えることなど何もないよ」
チョンカは、西京なら当然そう答えると思っているので特に驚きもせずに聞いていたが、即身仏太郎とシャルロットは違った。
「な……さ、先程僕のサイココンバージョンの秘密を……聞かせてあげたじゃないか!!」
「君は私の質問に答えることを、私によってもたらされた快楽の対価であると、そう明言していたね? つまり君が私の質問に答えるのは義務というわけだ。そして私にその義務も、まして義理もない」
もう何度目だろうか。この傍若無人なリスのエスパーに驚かされるのは。
シャルロットはそうは思いながらも西京の言い分に開いた口が塞がらなかった。
それはきっと即身仏太郎も同じなのであろう。わなわなと震えていた。
汚らしい大人特有の言い分に聞こえなくもなかったが、反論の隙もないほどに正当性があるような、ないような、しかしその辺りでシャルロットは驚きながらも考えることをやめた。
それよりもなぜ即身仏太郎に攻撃が通ったかが気になっていたのだ。
「で、でも、西京さん……あたしも後学のために聞いておきたいわ。こっそりでもいいから後で教えてくれないかしら……?」
西京はシャルロットのことを嫌ってはない。それどころかチョンカと同じような扱いをしている節があった。つまりチョンカと同様、才能ある若い少女をそこそこ気に入っていたのだ。
「ふむ、シャルロット君は気になるのかい?」
「え、ええ、それは当然……」
「う、うちも気になる!!」
チョンカは特に気になっていなかった。
しかし本人も気付かぬ内に先日からシャルロットが西京と親しげにしている姿を何度か見かけ、その度に父親を取られたような気持ちになっていたのだ。シャルロットに張り合うように急いで手を挙げた。
西京はそんな二人を、目を細めながら見ていた。
「ふむ、二人がそう言うなら教えよう。即身仏太郎君に聞かれたところで防ぐことは不可能だからね」
「な……! い、一体どういうことだい!?」
「おや? 勘違いは困るね。私が答えるのはあくまでもこの子達の質問さ。君はそこで大人しく指を咥えて自分が死ぬ理由を聞いていればいいのだよ」
西京は再び二人のほうへ向き直った。即身仏太郎のことは完全に無視し、まるで授業でも始まったような雰囲気であった。
「即身仏太郎君は、負の感情の込められたエネルギー全てを一律に願いや欲望などの正のエネルギーに変換する。ここまではいいかい?」
「はい!」
「え、ええ……」
「ではそもそも攻撃をしてきた人間に正のエネルギーなどなかったらどうだろうね? そこがこの能力を開発した即身仏太郎君の誤算であり、能力の欠点なのさ」
シャルロットは西京の言葉が終わるとビシッと挙手をした。その光景はいよいよ授業じみてきた。
「西京さん、希望や願望を抱かない人間なんていないと思うわ!」
「そ、そうだ……そんな人間はこの世にいるはずがない……」
ボロボロの体で今にも墜落しそうになりながらも、即身仏太郎がいつのまにか後ろで授業に参加しはじめる。
「いるさ。私だよ」
「え……に、西京さん……?」
チョンカが静かに船を漕ぎ出した。サイコキネシスで宙に浮いたまま器用な真似を披露している。
「絶対的悲観思考。それが昔から私の根本にある行動理念さ。私はいかなるときも最悪の予想を立て、それに基づいて行動を取るのだよ。どれほど自分に追い風が吹いていても、最終局面で100%の勝ちが見えているとしても楽観的なことはまず考えない。だから希望など私は持ったことはないさ。そして私は何も望まない」
「そ、そんな、マイナス思考っていうのかしら? それは分かるけど、何も望まないなんてこと……」
「ふふ、シャルロット君、君は私が何百年生きていると思うのだね? 私はもう大抵のものは手に入れているし、思いつく限りの願望は叶えてきた。私は他人のことなど気にせず自由に生きているからね。例えば欲しい物が出来たとしても欲しいと思わないのさ。欲しい物が出来たときにはもう手に入っているのと同じことだからね。なぜなら私が手に入れられないものは今までになかったし、手に入れるのは時間の問題だというわけさ。特別に望むまでもない、私はいつものように生きていればそれでいいのだよ」
「何……百……えっ??」
「サイココンバージョン、素晴らしい能力だが、変換方法を間違えたね。予測のつかない他人の感情に依ったそのやり方では私の攻撃は変換などできないさ。まぁ、そこに快楽を得ていたようだし、本人がそれでいいのなら構わずに魂を浄化するだけなのだが」
「そ、そんなもの口先だけの……う、嘘だ!! ……そんな人間……」
「言葉にすることと、私の心の中は別のものだろう? 君にはその程度の社交性もないのかい? 希望も、願望も、快楽すらも、数百年という時の流れの彼方に置いてきた……ふふ、快楽などと、そんなものは児戯にも等しい、その程度の精神状態で即身仏とは……ふふ、笑わせてくれるじゃないか……」
西京がその本性の一片を見せたのはチョンカが寝ているせいでもあった。西京の淡々とした語り口調から紡がれるその内容は、シャルロットと即身仏太郎に恐怖を覚えさせた。
そして西京はシャルロットの頭を撫でながら、それまでとは違う優しい口調で語りかけた。
「だからチョンカ君やシャルロット君のように、私にはないものを持った子が私の側で私を補ってくれればいいのだよ。私は君達が持っていないものを大抵は持っているから私も補うことができるはずさ」
「…………ふんっ、あ、あたしにはあたしの目的があるわ!」
「出産だろう? 分かっているさ」
「ちっ!!! 違うわよ!! 馬鹿ぁ!!」
『それよりもシャルロット君、即身仏太郎君はいよいよとなったらアニマシールドを張るはずさ。私が攻撃を仕掛けたらシールドを抜いてくれないかい?』
「~~~~~~~っっっ!!」
シャルロットは突然のテレパシーに未だに慣れることが出来ずにいた。耳元で囁かれているような感覚がするのだ。
「では即身仏太郎君、待たせたね。君の魂、アニマの、無への葬送を執り行おうか」
即身仏太郎の顔が青ざめる。
青ざめながら山の頂上へ視線を投げた。
何かを呟きながら山を見つめるその表情は、西京に殺される恐怖によるものとは違ったように見えた。
そして即身仏太郎は何かを感じとる。
「あ、あ、あああぁぁああああーーーーー!!」
「ふむ……?」
即身仏太郎は座禅を解き力なく空中で自然体となる。その顔は喪失感に支配されていた。
「ぼ、僕の……アニマシールド……そ、そんな……教団を出し抜いてやっと即身仏に……だ、誰が……」
その言葉を聴き、西京も山の頂上を見上げた。
「チョンカ君、シャルロット君、どうやら噴火の危機は排除できたようだよ」
破裂音が響く。舟を漕いでいたチョンカの鼻提灯が割れた。
「うち、ラブ公ならやると思っとった!!」
「あなた、寝ていたでしょう!? 急に分かったような顔で話に入ってこないでくれる!?」
「あ~~~ん!? シャルロットさん、うちずーーーっと起きとったもんっ!」
再び二人の喧嘩が始まるが、やはり西京は無視して即身仏太郎へ視線をやった。
そこには目的を失い、思考が停止してしまっている、ミイラのようにガリガリにやせ細った、ただの鳥が脱力して浮かんでいた。
『即身仏太郎君、君を殺す理由もなくなったようだ』
『……………………』
『君は特にチョンカ君に危害を加えたわけでもないからね。本当に争う理由が私にはなくなってしまったよ』
『……………………』
『ただ、無益な殺生というものもたまにはいいものだと思わないかい?』
『………………え?』
即身仏太郎には西京がとても大きく見えていた。そして黒く、とても黒く、その表情すら分からない程に黒く見えていた。
黒い影に浮かぶ西京の目には感情などない。無機質なその視線が即身仏太郎には刺さるほどの痛みに感じられた。
『そうだね、十秒経つまでにテレポーテーションをして逃げるのであれば見逃そう』
「あ、あ、あ……あいいいぃいぃいぃいぃぃい!!」
即身仏太郎が叫び声をあげた瞬間、その体が螺旋を描く炎に包まれた。テレポーテーションを使おうとした瞬間でもあった。炎に巻かれ生にしがみ付きながら力なく暴れるその姿も一瞬で、チョンカとシャルロットが気付き即身仏太郎の方を見たときには、空気中に薄緑色の炎が溶けて舞い上がっていた。
「おっと、間に合わなかったようだね。チョンカ君とシャルロット君の喧嘩が始まってから十秒さ……ふふ、シールドを張ることも忘れていたのかい? 哀れな最後だったね」
薄緑色の炎色反応は、アニマの燃える美しい色であった。