「ぎゃああああぁぁぁぁああああああああああああああ!!」
チョンカは西京の反応の場所へテレポーテーションを使用した。
それはつまり、大勢の鳥肌裸ミイラ座禅の即身仏太郎に囲まれた真只中に飛び込んだことに他ならない。既にシャルロットは、即身仏太郎の喘ぎ声とお経の響き渡る狂気とも言えるこの地獄のような空間に胃液が逆流するのを、涙を流しながら堪えていた。
チョンカの悲鳴が森の中に響き渡った。
「こ、これはいけんっ!! これはいけんって!! こんなんほんまにいけんってっっっ!! き、気が狂うっ!! こいつらもう死んどるやん!!」
「チョンカ君、落ち着きなさい。彼はまだ死んではいないのだよ。いや、このまま放置して彼に本当の死が訪れたときが、村が救えなくなるときなのだよ」
「ぶ、ぶちキモイんじゃけど……ぞわぁ……せ、先生、死んだらいけんってどういうことなん?」
「あ、あいつをこのまま放置したら駄目で……その前にあたし達が倒せればいいってことよ! うっ! ……チョンカ、奴等のアニマシールドを破るのを手伝ってちょうだい!」
涙目で嗚咽を我慢しながらシャルロットが状況を簡単に説明する。
「即身仏太郎はアニマイリュージョンという能力を使っているわ……そのせいでこんなにも増えているの。……教団員の中でもシールドとガード以外の、アニマと名のつく能力を与えられる者は限られているの。でも大抵は一つだけで、それ以上与えられている者はそうはいないはずよ」
「つまり彼が使えるアニマシリーズはシールドとガードを除けばアニマイリュージョンだけの可能性が高いというわけだね。そしてそれを破ることが出来れば……」
「ええ、チョンカがあのフォトンビームキャノンで片っ端から破ってくれれば後はあたしと西京さんで……」
話に全くついていけないチョンカは頭上にいくつものハテナマークが点灯していた。チョンカは地震があったことも、それが目の前の即身仏太郎の仕業ということも分かっていないのだ。
「ま、待ってや。先生、あいつ何しよったん? うちが寝てる間に何があったん?」
「そうだね、チョンカ君も戦うには知っておきたいだろうね。実はうんこ山が噴火してね。これからまだ噴火とそれに伴う大地震が続くと思われるが、うんこ村がその影響で滅びそうなのさ。山に爆発物を設置して人為的にそれを引き起こしているのが目の前にたくさんいる即身仏太郎君のせいというわけさ。ちなみに彼は波打ち際マンと同一人物だよ」
「そうよ。爆発物にこいつのアニマシールドが張ってあるらしいわ。だからあたし達であいつを倒して噴火を止めようとしてるのよっ」
「…………い、いっぺんに……言わんで」
二人がかりの怒涛の説明で、チョンカは額に汗を浮かべていた。二人とも早口で捲くし立てるので、とりあえず何か危ないことくらいしか理解ができていなかった。
「もうっ! じれったいわね!! とにかく今すぐ奴等全員をぶっ倒せばいいのよ! 奴等が今自分に張ってるアニマシールドを破るからチョンカにも手伝って……って、さっきと言ってることが一緒じゃないのっ!!」
「え、わ、分かりました!」
シャルロットに詰め寄られ睨まれながら怒られてしまった。
シャルロットは年下だとチョンカは思っているのだが、なぜか分からないが逆らえないなと、チョンカはまたしても考えてしまうのであった。
「チョンカ君、ラブ公がいないけれどいけそうかい?」
チョンカの体を包んでいた先程までの光は消えていた。しかしチョンカはラブ公から貰った力がまるで自分の体内を循環しているような感覚を覚えていた。
「うん! 大丈夫じゃよ、先生! ラブ公から貰った力がうちの中に残っとるような気がするん!」
「ふむ、チョンカ君、また眠ってしまうからセーブしながら使うことを心がけなさい。さぁ、即身仏太郎のミイラ化がどんどん進んでいるよ。手早くやってしまおう」
「分かった!! じゃあ空から攻撃するけん、先生もシャルロットさんもうちについてきて!」
サイコキネシスで空へ飛び立ったチョンカを、西京とシャルロットが追いかける。ぐんぐん高度をあげ、森が一望できる高さでチョンカは止まり、森を見下ろした。そしてチョンカの頭上に虹色の輪が浮かび上がり、その幅を広げてゆく。
「先生とシャルロットさんは輪っかより上におってね! サイコレイを使うけん!」
「サイコレイ……チョンカも沢山能力を持っているのね……」
「なるほどね。あの時は遠くから見ていただけだが確かにあの能力でアニマシールドが破れるなら、もしかしたら私達の出番もないかも知れないね」
虹の輪が半径500M程広がったところで止まる。
「先生、撃ち漏れとかよぅ見とってね! いくよっ、サイコレイ!!」
大きな虹の輪が高速で回転を始めた。そして次々と光の雨が即身仏太郎たちへ向けて降り注いだ。
チョンカは西京に言われた通り、出力をかなり抑えており、無数のサイコレイは即身仏太郎達に張られていたアニマシールドを吹き飛ばすに留まった。しかしそれだけとはいえ、百人単位で存在している即身仏太郎たち全員のシールドを一瞬で無力化できたのだ。シャルロットは改めてチョンカの非常識なほどの力に驚きを隠せずにいた。
「チャンスだね。海が好きなのだろう? 火の海で熱の波と戯れてくれるかな? それ、パイロキネシス」
チョンカの目に森の中で小さくキラっと光った炎が見えた。
見えたと思ったその瞬間、炎は二手に分かれ森の木々を飲み込みながら円を描きたちまち森全体に広がった。
そして炎が森の海で泳ぐように、悠然と猛威をふるった。
「な、なんて規模のパイロキネシスなの……それにチョンカのサイコレイも……」
「安心するのはまだ早いようだね。上だよ、二人とも!」
西京の言葉を聞いて、二人は上空へ視線を投げた。
一人の即身仏太郎が、チョンカ達の視線の先に浮かんでいる。相変わらず座禅は組んでいるが瞑想はしていない。ミイラ化も進行していないようだった。目を見開きチョンカ達を見下ろしていた。
「ハァ……ハァ……なんと愚かしい者たちか……即身仏……その意味、生命の融合、魂の昇華……それが分からないとは……教団と同じだね……」
「あ……?? あのミイラ何言いよるんかもうさっぱり分からんね。とりあえず、ダメージ受けとるように見える!」
「そうね、一気に畳み掛けるチャンスかもしれないわ! あたしに任せて!!」
(アニマイリュージョンとは力を分散させ実体を作り出す能力なのだろうか……? そうでなければ彼がダメージを受けていることが説明できないね……だがなぜその能力を破られて我々の前に姿をあらわしたのだ……? まさか……)
「シャルロット君!! 待つんだ!!」
西京が思考の果てに一つの可能性に思い至った。そしてその気付きをシャルロットに伝えようとするが、既にシャルロットは即身仏太郎へパイロキネシスを使用していた。
そしてそのパイロキネシスの炎が即身仏太郎に届こうとしていた。
目の前の光景に、三人ともが目を疑った。
シャルロットの炎が即身仏太郎に触れる前に消えたのだ。
正確に言うと消えたというよりは即身仏太郎へ吸い込まれていったと言った方がいい。
「え……あ、あたしのパイロキネシス……」
座禅を組んでいた即身仏太郎は身震いを起こしながら己を己で抱きしめた。そして恍惚の表情を浮かべていた。
「あ、あ、あ、あいいいいいいいいいいぃぃぃぃっぃいい!!」
即身仏太郎の絶叫が辺りに響いた。それは痛みや怒りの絶叫ではない。それだけは三人ともが分かっていた。
とても幸せそうな顔をしているのだ。
「ひっ!! あ、あいつ……ぶちキモイんじゃけど……あの顔……」
「あ、あたしの炎でああなったってことなの? お、おぇ、なんかヤダ……」
「今の現象は……一体なんだろうね……」
絶叫と共に明後日の方向を向いていたが、突然正気になったように、にっこりしながら即身仏太郎はチョンカ達の方を向いた。もっともチョンカたちから見ればにっこりではなく、粘ついたようなとても厭らしい笑みに見えているのだが。
「なんという幸福……Ms.シャルロット……あなたは……あなたは……あなたは僕の観音様だ……も、もっと……もっとおくれ」
「……シャルロット君、もう一度撃ってみてくれないか? 今度は全力でなくていい!」
「うぇ!? は、はぁぁ?? い、嫌よっ!! なんか罠があるみたいじゃない! に、西京さんが撃ってよ。あ、あたし、あいつキモイわ……観音様って……」
「うちもー」
「シャルロット君、アニマ系かどうかは分からないが、彼は何か別の能力を使用しているように思うよ。それを確かめたいのさ。頼むよシャルロット君。君が必要なのだよ」
チョンカは黙って二人のやり取りを見ていた。特に何か考えながら見ていたわけではないが、西京の言葉を最後に、シャルロットがなかなか返事をしないのでシャルロットのほうをちらりと見た。
風に吹かれてなびいた美しい金髪の下からシャルロットの真っ赤になった耳を見てしまった。
(……突っ込んだらうるさそうだし黙っといたほうがええね……うん)
「わ……わかった……わよ。や、やればいいんでしょ!」
「シャルロット君ならそう言ってくれると信じていたよ。素直な子は好きさ」
「あ……シャルロ…………ットさんが落ちよる!! えっ!!」
サイコキネシスが突然切れたのか、シャルロットが何も言わず、何の音も立てず、自由落下に任せて落ちていく。
それを慌ててチョンカがサイコキネシスで引っ張りあげたのだ。
「どどどど、どうしたん!? シャルロットさん!?」
「な、なんでもないわよっ!! は、離しなさい!! ちょっとドキ……じゃない、今日は寝不足なのよっ!!」
一向に攻撃を仕掛けてもらえず、痺れを切らしたのか即身仏太郎が口を開いた。
「時間を無駄に過ごしていいのかな……空中にいるから分からないのか……先程四度目の地震があった……次が……最後だ……ふふ……三人がかりとは言え僕をここまで追い詰めるなんてね……どうやら僕が即身仏となり……ラピスティとの融合を果たすには……君たちという名の障害物を……排除する必要があるようだ……やっとそれに気付いたよ」
「シャルロット君、頼むよ」
「わ、分かってるわよ!!」
「さぁ、Ms.シャルロット……撃ってくるがいい……もっと強くてもいいのだよ……」
その言葉にシャルロットは少しムッとする。プライドに触るのだ。まるで先程の攻撃が全然たいしたものではないと言われている気になってしまう。しかし、シャルロットは即座に自制心をもって気持ちを切り替えた。
西京は全力で撃つなと言った。あのリスのことである、それには当然意味があるのだから。
「行くわよ!! パイロキネシス!!」
そしてシャルロットの放った炎の渦が再び即身仏太郎に襲い掛かった。