三度目の地震がおさまった。
ラブ公は丁度村から出ようとしているところであった。
連続して起こる大きな地震により、西京の言っていたことがいよいよ現実味を帯びてきた。
しかし逃げようとする村人達はいなかった。チョンカをワカメシティへ連れて行く者が選出され、ラブ公とミーティアはそれに同行する形になったのだが、避難する人間がいないのは先程の老婆の言葉によるものであった────
「ワシは避難をせん。ここの村長として、この場所で産まれこの場所に生きてきたワシにとって、もうここは離れることの出来ん場所じゃ……この村が滅びるならワシも一緒じゃ……お前らはワシのことを気にすることはない。早ぅ逃げい」
「お、おふくろ……分かった。俺も残る」
プップラは老婆の言葉に一瞬の戸惑いを見せたがすぐに決心を固めた表情で残留の意思を口にした。
「俺は村に迷惑をかけた。でもそれだけじゃない。……親孝行を……まだしてない」
「ば、馬鹿者!! そんな孝行いらんわいっ! お前も皆と一緒に逃げい!!」
「おふくろ!! おふくろも好きにするんだ。俺も好きにさせてもらうぜ!!」
村人達はそのやり取りを見ていて、お互いに顔を合わせた。噴出して笑うものもいた。そしてある者が言った。
「俺も村に残るぜ!」
その言葉を皮切りに次々と声が上がる。
「俺もだ! この村以外で生きていける自信がねぇ」
「俺も残る!!」
その言葉に驚いていたのは他でもない、老婆とプップラであった。自分達は自分達の都合で残ると言ったのだが、村の連中が同じことを言い出すとは思っていなかった。
「お、お前らは逃げろ!! 俺達はこの村に対して責任がある!」
プップラは自分で言っていて、理不尽で筋が通っていないことくらいは分かっていた。そしてそんな言葉で他人が納得するはずがないことも、薄々分かっていた。
「お前も村長も自分の都合で残るんだろう? 俺らも一緒だ!!」
「そうだそうだ! 俺達にも村に責任があんだよ!!」
そう言われてしまえばプップラも老婆も返す言葉もない。プップラは黙り込んでしまった。
「ふん……勝手にせぃ……」
ミーティアはこの風景を見て、この村は本当にいい村だと思った。何故かは分からない懐かしさに胸を締め付けられながら、愛おしい気持ちが溢れてきた。
「ラブ公ちゃん、煙……まだ出るよね……」
「う、うん。僕には分からないけど、西京はそう言ってたね。地震も怖いけど、よーがんっていうのも怖いね……」
「……エチュパーのちぇいだって……」
「うん……そいつを西京が今懲らしめに行ってるって……」
「………………」
「ミーティアちゃん?」
ミーティアは依然として黒煙を吐き出し続ける山を見上げていた。その背中にラブ公は言い知れぬ不安に襲われるのだが、どうすることも出来ずにいた。
────村人達はそれぞれ復興作業に戻っていた。そして村を救ったチョンカ達は避難をさせる必要があるのでワカメシティまでの護衛をする数人が村の入り口に集まっていたのだ。
「じゃあラブ公君だったかな、出発しようか」
村の男がラブ公に声をかけた。チョンカは荷台の上に布団を敷き、眠ったままである。ラブ公は少し後ろ髪の引かれる気持ちになっていた。もしかしたら自分もここに残って皆と一緒に復興作業をした方がいいのではないかとも思っていた。
だが眠ったままのチョンカをそのままにしておけなかったのだ。
「は、はいっ! ミーティアちゃん、行くよぉー?」
振り返ってミーティアを呼ぶラブ公の言葉に返事はなかった。その場にいたはずのミーティアの姿がなかったのだ。
「ミー……ティア……ミ、ミーティアちゃん!?」
ラブ公はずっと悪い予感がしていたのだ。倒壊した村を、湖を、山を、悲しげな表情で見つめるミーティアの姿をずっと見てきた。その度にミーティアがいなくなってしまうような不安を感じていた。
目の前からいなくなったミーティアが、単に迷子になっているだけだとはどうしても思えなかった。
「ミーティアちゃん……っ!! もしかして、山に!?」
ずっと山を見上げていた。さっきもこの災害がエスパーの仕業だと確認していた。ミーティアはアニマガードやアニマシールドを使用できる。
ラブ公にはなぜだか、確信があった。ミーティアはきっとこの状況を一人で何とかするために山に向かったのだ。
その考えに至ったらこうしてはいられない。ラブ公は踵を返した。
返した、が──
「チョンカちゃん……!!」
そう、チョンカが眠りに就いたままなのだ。当然放っては置けない。
しかしミーティアを放っておくこともできない。
「チョンカちゃん! 起きて!!」
荷台に乗りチョンカの頬を少し強めにはたいた。それほどまでにラブ公は焦りを感じていたのだ。
「チョンカちゃん!! チョンカちゃん!!」
ラブ公がチョンカをどれ程揺すろうが、頬をはたこうがチョンカが目覚める気配は一向になかった。前回眠りに就いたときは目覚めるまで一週間かかっているのだ。眠って数時間しか経っていない今、起きる道理がない。
ラブ公はチョンカに縋りながら悲鳴のようにチョンカの名を叫び続けた。
早くミーティアを追いかけないと──時間がないような気がしていたのだ。
「チョンカちゃん……お願いだから起きてぇ……」
『チョンカ君! チョンカ君!! やはりまだ寝ているのか』
ラブ公が必死に声をかけているとき、偶然だが西京もチョンカにテレパシーを送っていた。もちろんラブ公には聞こえてはいないが、二人ともがチョンカに呼びかけていた。
「チョンカちゃん!!」
『チョンカ君!!』
ラブ公は思い出した。チョンカが眠ってしまっても、チョンカに力を流し続けたら目覚めが早くなるのではないかと考えたことを。しかし、力を流し、チョンカが消費したから眠りに就いたのだ。今この状態で更にチョンカの体に異変をきたしたら……そのことが頭を過ぎり、力を流すことを躊躇う。どうすればいいか分からずに俯き、チョンカの傍らに膝をついた。そして──
『ラブ公!』
ラブ公へ、西京からテレパシーが飛んできた。思えば西京からテレパシーを送られるのは初めてかもしれない。ラブ公は西京の声を聞き、緊張の糸が切れてしまう。そして不安をぶちまけるように叫んだのだ。
「ああああぁぁぁんっ!! に、西京!!」
出発するかと思いきや、チョンカの側で顔色をコロコロ変えながら落ち込んだり叫んだりしているラブ公を、村人達は奇異の目で見ていた。
『ノ、ノイズが酷いね。落ち着いてテレパシーに集中しなさい』
『に、西京!! ミーティアちゃんが、ミーティアちゃんが!!』
『ゴミが。うるさいね。順序立てて話しなさい。チョンカ君は寝ているのだね?』
『ゴ? え!?』
『何でもないよ。それでどうしたのだい? 何かあったのだね?』
ラブ公は感情に任せて泣きじゃくっていたのだがゴミという単語が聞こえたような気がして、またいつもの気のせいなのかと考えることで逆に冷静になっていた。そして言われた通りに落ち着いて話すことが出来るようになった。
『ミ、ミーティアちゃんがいなくなっちゃったの。多分何とかしようと山へ行ったんだと思う……』
『ミーティア君が? ミーティア君の反応は小さすぎて追えないからね……それで?』
『追いかけたいんだけど、寝てるチョンカちゃんを放っておくこともできなくてぇ……僕、僕……』
『ふむ、やはりまだ寝ているのかい? まぁ当然だろうね。私も今チョンカ君の力を借りたいのだけどね……』
『西京、僕ね、チョンカちゃんに力を流せる……と思う。ワカメシティでもここでも……まだ僕にそんな力があるって信じられないけど、多分出来ると思うんだ』
『ふむ、私もそう思っていたよ』
ラブ公は自分に力を分け与えるような能力があるということが、未だに半信半疑であった。確かに自分を何かが通り過ぎていくように、チョンカへ流れていくのを感じていた。しかしラブ公は自分に自信がなかったのだ。
それを今、西京に肯定され頭にかかった靄が晴れるような気持ちになった。
『や、やっぱり僕……出来るのかな』
『ふむ。先程もそうだったけれど、そうとしか思えない現象だと思うね』
『ねぇ、西京。今チョンカちゃんに力を流せたら目が覚めるかなぁ……』
『……なるほど、試してみる価値はあるだろうね』
『で、でも!! 流したからチョンカちゃん眠っちゃったんでしょ!? これ以上流してもしも……』
『流れている力が何かは分からないが、チョンカ君が寝ているのは力を流されたからではなく消費したからだと私は思うのだが? 急激に流さずゆっくり流すことは可能かい?』
『わ、分からない……分からないけど……やってみる!!』
ラブ公は改めて、寝息を立てるチョンカの方へ向き直った。
チョンカのお腹に両手を置き、両目を閉じ集中し始める。
『ゆっくり、チョンカ君へ力が流れていることを想像しなさい。ゆっくりでいい、感情に任せて焦ってはいけないよ?』
(ゆっくり……ゆっくり……チョンカちゃん、チョンカちゃん……流れてる感じ……チョンカちゃんに力……)
ぼんやりとチョンカの体全体を優しい光が包み込んだ。ラブ公は自分の体の中心から温かいものが両手へ伝い、チョンカへ流れているのを確かに感じていた。
(チョンカちゃん……!! お願いっ! 目を覚まして……!!)
チョンカを包む光が一際大きく輝いた。
「チョンカちゃん!!!」
『チョンカ君!!!』
そしてラブ公と西京の願いが通じたのか、チョンカの瞼が微かに動いた。光にチョンカのおさげが空に向け揺れる。
「せ、せんせー……ラブ……公……」
「チョンカちゃん!!」
『ラブ公、チョンカ君は?』
『お、起きた! 起きたよ! 西京!!』
寝ぼけ眼を洗い流すように、二度、瞬きを繰り返す。
「先生の声……あれ……ラブ公? うち……」
チョンカはゆっくりと荷台の上で上半身を起こした。自分に縋りつくラブ公の頭を撫でてやる。そして徐々に思考の歯車が噛み合い始める。
「……んあ……そ、そうじゃ! うち、戦いの後気絶したんじゃ! ラブ公あれからどの位経ったん!?」
「ま、まだちょっとしか経ってないよ。そ、そんなことよりチョンカちゃん、大変なんだ!!」
「ちょっとしか経っとらんのん? あれ? なんで??」
「そ、それは後で説明してあげるから!! それよりも──」
『チョンカ君、起きたならすぐに私の元へテレポートしてくれないかい? どうやらチョンカ君がいないと敵に勝てそうにないのだよ』
『あ、あれ? 西京、僕に喋ってるよ?』
『え、うちにも聞こえとるよ?』
『特別サービスさ。それよりも早く来てくれないかい? どうやらミーティア君も行方不明らしくてね。そちらはラブ公に心当たりがあるようだから任せてチョンカ君はこちらへ来て欲しいのだよ』
『ええええ!! ミ、ミーティアちゃんが!? どどど、どうしたんラブ公!? 怒らせたん?』
『も、もう! チョンカちゃん! そんなのどうでもいいから!! ぼ、僕急ぐからもう行くね!!』
そう言うとラブ公は慌てて山へ向かって駆け出した。そして途中でピタリと止まり、振り返って大声で叫んだ。
「あ、村のみんな! 僕達ちょっと行かなきゃいけないところができたから、ワカメシティはまた今度にするねぇ!! ごめんなさい!!」
集まった村人達はチョンカとラブ公の様子を一部始終見ていたのだがそれでも訳が分からずお互いに顔を見合わせた。
「え……っと、お嬢さんももういいのかい?」
「う、うん。うちも起きたばっかで何が何だか良く分からんのじゃけど、とりあえずうちは西京先生のところに行くね!」
チョンカは意識を集中させた。
いつもよりも広範囲の風景が見えることに気が付く。ラブ公に貰った光がまだ消えずに残っていたのだ。
そしてチョンカのサードアイに、座禅を組んだ複数の鳥に囲まれる西京とシャルロットの姿が見えた。
「い、いた!! よっしゃ、待っててやっ! 先生────」
言葉を言い終わる前にチョンカの姿は荷台から消えていた。まるで嵐のように二人とも去ってしまった。
最初から最後まで、残された村人達には理解の範囲を超えることばかりであった。
村人達はこうしていても仕方がないと、とりあえず自分達の復興作業に戻るべく村へ帰っていくのであった。