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息子の帰郷

 カトラ山の山頂はチョンカのフォトンビームキャノンによって半円状に抉られ、日の目を見ることなどないはずだった土が焼け焦げその姿を露にしていた。

 ヴィーク村側の山頂には、チョンカのフォトンビームキャノンによって抉られた地形とは関係なく、以前から底の見えないほどの大穴が開いていた。


 大穴、つまり火口部分からは依然として黒煙が出続け、山小屋付近でもしていた硫黄の臭いが呼吸が困難な程に発生していた。火口の底は黒煙が立ち込めていた為見ることは出来ないが、時折オレンジ色の光が蠢いているのが見えた。


 サイコガードを展開しながら火口の縁に立ち、火口の底を覗き込むように西京とプップラは立っていた。



「き、聞いたことがある……この山は火山で大昔に一度噴火していると……しかし噴火は当分しないだろうという話だったが……嘘だったのか?」



 プップラが火口を覗き込みながら、独り言のように呟いた。



「いや、先程も言ったように私はプリンプリンマンボのことがどうにも引っかかるのだよ。人為的に噴火を促すことが可能かどうか、それをここに確かめに来たのさ。どれ……」



 西京は火口の底へ顔を向けたまま両目を閉じクレアボヤンスを試みた。

 プップラも黙ってその様子を見守っていた。



「…………っ!! これは……!! やはりか……」


「に、西京さん? 何かあったのか?」


「……アニマシールド……!! これはやっかいな……」



 西京は両目を開きクレアボヤンスを解除した。そして再び両目を閉じる。

 クレアボヤンスを使用しているのではない。事態が重大でどうすることも出来ず、伝えることを少し躊躇ったのだ。

 しかし伝えないわけにもいかない。西京は火口の底を覗き込みながら、心配そうな表情で自身を見つめるプップラに語りだした。



「火口の底……地中深く、溶岩の中に何かの機械のようなものが三つあるね。恐らくだがこれは爆発物ではないかと思われるが……全てにアニマシールドが張ってある。プリンプリンマンボの仕業と見て間違いなさそうだが……アニマシールドによってサイコキネシスやアスポートでその物体を取り除くことが出来なくしてあるね……」


「…………?? つまりどういうことなんだ?」


「爆発物の規模がどれ程のものなのかは分からないが、人工的な爆発によって噴火を促していると思われるね。そしてそれが三つある。噴火はまだ続く……それどころかこれ以上の規模の噴火が起こることも考えられる。三つある爆発物は大きさが違うのだよ。爆発の規模によっては山ごと吹き飛ぶことも視野に入れたほうがいい」


「な…………っ」



 西京は淡々と説明しているが、聞いているプップラは言葉にならない程の驚きと恐怖を感じていた。嘘ではないことは目の前の黒煙を見れば分かる。そもそも旅のエスパーである西京に、わざわざここに来てこの場所で嘘をつく必要などないのだ。



「一刻も早く村人を避難させたほうがいい。一度村へ帰ろう。そして私はプリンプリンマンボを捜してみるよ。彼を探し出してアニマシールドさえ解除できればまだなんとかなるかもしれない。ただ──」


「た、ただ? なんなんだ?」


「……ただ、この黒煙による被害が出る恐れはある。爆発物を除去できたとしても、それで噴火が治まるかといえば違うだろうからね。黒煙を止められない場合もやはり村人の避難はするべきだろうね……」


「黒煙による被害……この煙で村が全滅するとでも言うのか?」





 西京は大きくため息を吐いた。

 それが質問ばかりのプップラの態度に対してなのか、どうしようもない現実に対してなのか、プップラには分からない。


 元々、西京という人間は他人になど全く興味がない。自分さえ良ければそれでいいし、他人の身に降りかかる不幸など、それこそどうでもよいことであった。


 自分のやりたいようにやり、生きたいように生き、それを押し通すためなら手段を選ばない。

 チョンカと会うまでは、人の世の機微を理解した上で浮世離れしたその生き方を通してきたのだ。偏屈もいいところであった。


 西京が人のためにここまで手を差し伸べることなどまずない。

 懇切丁寧に説明をしてやっていることですら珍しい。

 珍しいといえばチョンカと出会ってからの、他人に対する態度の全てが珍しい。


 今回の件も本来の西京ならば、面白がって高みの見物を決め込んでいたであろう。全てはチョンカの為であるのだが、無意識に変わったわけではない。西京の本質は決して変わってなどいない。意識的に社交性を出しているに過ぎなかった。あくまでもチョンカの手本となれるように行動をしているだけである。


 そのようなことがプップラに分かるはずもないのだ。


 本質はどうあれ、助けることには変わりない。

 それにこのような状況下で取り乱さない者などいない。プップラの気持ちも良く分かる。


 西京のため息は、チョンカへのため息であった。


 チョンカは現在眠っている。いつ起きるかは分からない。長くても二週間と見ているが、チョンカが寝ている間に村が滅びる可能性が大いにある。そして、自分とは違い正義感の強いあの子のことだ、眠って何も出来なかった自分に責任を感じるに違いない。


 どうやってそれを回避するか、その問題が西京のため息の理由である。



「煙で村が全滅するかどうかは私には分からないね。専門ではないからね。ただそうだね、見てごらん」



 西京は振り返り、村のほうを見た。プップラもつられて一緒に振り返る。先程までの青空は雲に覆われ隠れてしまい、まさに村を覆う寸前であった。



「今この山は煙のせいで薄暗いわけだがこの煙が村に及び当分続くとしたら、日光を遮り気温が下がり、村の作物が危なくなるかもしれないね」


「…………」


「さらにもう一つ、今我々は私のサイコガードのおかげでこの場所に普通に立っていられるわけだが、この煙は有害だよ。多分毒物を大量に含んでいる」


「ど、毒物……?」


「そう、毒物さ。それがどう影響するのか、私には分からない。村にそのまま降りかかるのか、雨になってしまうのか……とにかくプップラ君、ここでぼんやりしていられないよ? 早く村に戻り事情を説明した上で避難をさせる必要がある。ワカメシティに避難するなら私がワカメボーイ君に話してあげるからね」


「け、煙が雨に?? そ、そんなことが……??」


「いや、あくまでも私見だよ。実際はどうなるか分からない。そんなことにならないかもしれないし、もっと酷いことが起こるかもしれない。だから大事を取って避難したほうがいいという話さ。さぁ、もうここにいる用事もないからね。早く行こう」



 そう言って、西京はプップラの返事も聞かずに村へ向けてテレポートを使用した。

 西京が突然消えたことによって西京のいた場所から小石が火口へ向かって転がり落ちた。黒煙が次々と噴出す火口の底へ向けて──






 西京とプップラはガリと戦った村の中心に位置する広場にいた。復興作業中の村人全員を集め、今見てきてきたことを包み隠さず説明し、ワカメシティへ向けて避難するように指示を出していた。やはりというか、当然なのであろうが、その間プップラはずっと所在なげに俯いていた。


 説明し終えても村人達は困惑するだけで率先して避難する者はいなかった。それもそうであろう。自分で火口を覗いたのならまだしも、西京の言うこれから起こるであろう災害も本当かどうかは分からないのだ。

 そしてその様子を見ていたプップラが重い口を開いた。



「……俺は西京さんと一緒に見てきた……逃げられる奴は早く逃げた方がいい……」



 ぽつりと呟くようなその言葉は、小さい声でありながら村人全員に届いた。そして老婆がつかつかとプップラの元へ歩み寄ってきた。


 乾いた音が響いた。プップラは当然そうなると思っていた。左頬の痛みは大したことのないものであったが、その痛みは心に響く痛みであった。

 そしてなだれ込む様に、老婆はプップラの左頬をはたいた勢いで、拳を作りプップラの胸を何度も叩いた。力など篭っていない。プップラもそれを甘んじて受けていた。何度も、何度も老婆はプップラを叩いた。



「この……このっ……このっ!! 馬鹿……馬鹿息子っ!! ワシは……ワシは!!」



 涙で顔がくしゃくしゃになっていた。何度も今日のこの瞬間を夢見てきた。優しく迎えてやろうと思っていた。思っていたが老婆は自身の感情を塞き止めることができなかった。

 そして村人達の中から数人、老婆の背後へやってきて、その中の一人が老婆の腕を掴んだ。



「村長……もういいだろう? ……いや、もういいんだ。俺達が……悪かったんだ」



 老婆は振り返りもせず、掴まれた腕を振り払うこともせず、ただただ、息を切らしていた。そして別の男が会話に入る。



「プップラ、すまなかった。どちらの事件も……プリンプリンマンボのせいだったんだな。そう分かっていながら、毎晩うんこを見ながら考えてはいたが……迎えにも行ってやれなくて悪かった……」


「…………」



 プップラも押し黙ってしまう。プップラ自身は謝罪を受けるなどと思っていなかった。むしろ村人全員からもっと非難を受けると思っていたくらいだ。元々無口な性格ではあったが今は何と返事するべきか分からないから黙るしかないというだけであった。



「まぁ、しかしだな──」


「そう、だな──」



 村の男衆は互いの顔を見てニヤリと笑みを零し、そして次々にプップラの元へやって来た。


 じゃれるように、ある者はプップラの頭を小突き、ある者はプップラの腹に力をいれずに拳を突きたてた。



「まったく、うんこはねぇだろ、うんこは!」


「そうだぜ、よりにもよって村唯一の観光資源にうんこって」



 村人に笑顔が溢れた。みな豪胆に笑っている。そして笑いながら一人ずつプップラを小突いていった。

 まるでプップラに『おかえり』と言うように──


 ラブ公も、シャルロットやミーティアも、その温かい光景を微笑ましく見ていた。



「み、みんな……す、すまなかった……」


「馬鹿野郎、そこは謝るんじゃなくて、ただいまって言やぁいいんだっ!」



 男の一人がそう言いながらプップラの尻を横から撫でるようにはたいた。



 そして破裂音と共に、嫌な匂いが辺りに立ちこめ、燻っていた家屋の火種が少し大きくなった。

 その場にいた全員が顔をしかめその火種を見ていた。



「ま、まぁ……収穫祭でオナラ事件はプップラで決まりかも知れねぇが……お、おかえりな!」


「お、おう、まぁ昔のことはフレーザバトン湖に投げ捨てて、これからのことを考えるとしようぜ」


「え、ちょ、待ってくれ! オナラ事件もプリンプリン──」


「それで、リスのエスパーさん、俺らは何処へ行けばいいんだ?」


「ちょ! ちょっと!!」



 必死に弁解しようとするプップラの周りから、その叫びを聞いていない振りをして、そそくさと人の群れが解散していった。



「ワカメボーイ君には先程連絡済さ。逃げるなら街道を南へ進んでワカメシティへ行ってくれないかい? あそこにも地震の被害は出ているそうだがそれ程でもないそうだよ。私はこの状況を作り出した元凶を探して何とかできないか問い詰めてみるよ」



 西京は老婆の方へ視線をやった。地震直後に見せていた不安げな表情ではなく、幸せさを隠すようにわざと悪態をついている風に見えた。



「ご老体、そういうわけだから申し訳ないけれど、村の復興は後回しになってしまいそうだよ」


「ふん……構わんわい……」


『シャルロット君』


「きゃっひ!!」



 突然の西京からのテレパシーを受け、驚き悲鳴をあげてしまうシャルロットを村人達が怪訝そうな表情で見つめる。シャルロットは見る見るうちに赤くなってしまい「なんでもないのよ、ごめんなさい」とだけ言って西京を睨む。



『あ、あなた! テレパシーを送る前に視線を投げるなりなんなりしなさいよ!! い、いつもいきなり──』


『山の南の方、海岸の近くの森の中にエスパーの反応がある』


『──えっ……ん……いや、私にはそんな遠くの反応はつかめないわ。それが?』


『クレアボヤンスでも確認したが、穴を掘って中に潜んでいるようだ。彼は今波打ち際マンと名乗っているが、この噴火を引き起こしたプリンプリンマンボというエスパーで間違いないと思うよ。今から彼の元へテレポートするからシャルロット君にも付いてきてほしいのだよ』


『それはいいけど……何で私なのよ? それに村の人はどうするの?』


『私ではアニマガードやアニマシールドが抜けないからね。寝てしまっているチョンカ君と村人が避難中に襲われる可能性はないわけではないが、私が常に網を張っておくから心配は要らないだろう。ラブ公に先導させればいいさ』


「ラブ公、申し訳ないが私とシャルロット君は今からプリンプリンマンボのところへ行ってくるよ。ミーティア君と一緒に村人たちをワカメシティへ案内してあげてくれないかい? もちろんチョンカ君も連れてね」



 またしてもテレパシーを唐突に切られてシャルロットは頬を膨らませながら西京の方を睨むが、西京はそんなシャルロットなど意に介さず話を進めた。



「う、うん! 分かったよ、西京! チョンカちゃんのことも村のみんなのことも任せて!」


「では我々はさっそく行ってくるからね。チョンカ君のことをくれぐれも頼んだよ」


「え、ちょ、待ちなさいよ! あっ」



 西京はシャルロットの方へ振り向きもせずに強制的にテレポーテーションに巻き込んで消えてしまった。

 残された村人達はお互い顔を見合わせた。先程もそうだったが、突然避難しろと言われても困ると言った表情であった。



「み、みんな! 西京の言うとおりにしないと大変なことになっちゃうよ!」



 ラブ公にそう言われても困った表情を浮かべるだけの村人達である。こうしている間にも黒煙は徐々に村に向けて広がりを見せていた。



「みんな、西京さんに言われたとおりにしてくれないか? 俺は火口を西京さんと一緒に見てきたんだ……ずっと村を放っていた俺が言えることではないだろうが……頼む! ここにいると危険なんだ」



 プップラは頭を下げた。村にいたときでさえこんなことをしなかったのだ。村人達は皆プップラのその姿に驚きを隠せなかった。

 その姿を見て、村人達はようやく組んでいた腕を解いた。「わかったよ」「そうと決まれば」と村人達の中から声があがったそのとき、プップラの傍らにいた老婆が口を開いた。



「ワシは──」

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