倒壊した家屋。
所々から上がる火の手。
街道には亀裂が走っていてそれら全てが地震の大きさを物語っていた。西京がいなければ人的被害は避けられなかったであろう。だが全員が難を逃れたのだ。それは村民達にとって奇跡のようなものであった。
しかし、その場の誰しもが何も出来ずその場にへたり込み、家屋が焼ける煙の匂いが立ち込める中、呆然としていた。
今、助かって良かったと考えているものは恐らくいないであろう。
それは当然で仕方のないことなのだ。
全ての村民が喪失感の渦に飲まれ思考が停止してしまっていた。
シャルロットやラブ公はそれを黙って見ていた。
唐突に日常と共に全てを失い、茫然自失となっている皆に声をかけることなど、出来るはずがないのだ。
二人には黙って見ていることしか出来なかったのだ。
しかしミーティアだけは二人とは違う思いを抱いていた。
(あ、あたち……なんでこんなにかなちいんだろう……ううん、みんなのことを考えたら、かなちいのは当たり前だけど……でもまるで、あたちが全部うちなっちゃったみたいに、かなちい……なんで……)
その場にいた全ての人たちが悲しみに暮れている中、一人湖の方を眺めている者がいた。
西京は自身の顎に手をあて考えていた。
『僕は美しくないものが許せなくてね……特に昔の美しさを知っているだけにあの山はね……本当に残念なことだよ……』
浜辺で出会った波打ち際マンはそう言っていた。
そしてプップラが数日前に山で見たというプリンプリンマンボ。
恐らく波打ち際マンとプリンプリンマンボは同一人物だ。
湖の先に見えるカトラ山から上がる黒煙は、果たして地震の影響なのであろうか。そうではなく地震の原因があの黒煙ではないのか? 西京のその疑問を解消するためには────
(確かめる必要がありそうだね……)
西京は老婆にプップラの様子を必ず見に行くと約束していた。それは一応守るつもりではあるが、山へ行く本当の目的は別にあった。
西京の推測が正しければ、波打ち際マンと名乗ったプリンプリンマンボが山に何か小細工を仕掛け、それが地震を引き起こしている。それを確かめるためにも山へ急ぐ必要があった。
『シャルロット君』
『……!! に、西京さん? あ、あなた、いつも唐突にテレパシーをするのね』
『私はこれからあの山へ向かう。信じたくはないがこの地震、人為的なものによる可能性があるのだよ。それを確かめてくるから、チョンカ君とミーティア君と村のことを頼むよ』
『じ、人為的!? え、正気なの?』
『これから数時間以内に山が噴火をする恐れもある。そうなったらこの村は本当の意味で全滅だからね。とりあえず調べたら一旦帰って来るさ』
『ま、待って! 村を頼むって何をすればいいの!? それにラブ公君は?』
『…………』
西京はテレパシーを切り、老婆の下へ歩み寄った。
老婆は10年前に息子と共に信頼を失い、そして同時に人を信じる心も失った。さらにその上にこうして住処までをも失い、まさに生気の抜けたような表情を浮かべ空を仰いでいた。
「ご老体、考え事をしている最中に申し訳ないのだけれどね。私も、それからそこにいるシャルロット君もエスパーなのだよ」
「…………」
「壊れてしまったものは直せばいいのさ。我々の力を貸してあげるから、すぐに元通りになるよ。気落ちすることはないさ」
西京の言葉に振り返った老婆の表情に見る見る生気が戻ったように見えた。
「今から私はプップラ君を探しに出掛けるよ。今回は嫌がっても無理矢理連れ帰ってくるさ。今、山は非常に危険だからね」
「お……お前さん……」
西京はラブ公の傍らで眠るチョンカに視線をやった。
「チョンカ君の口癖でね。エスパーにも色々いて、勘違いをしないで欲しいそうだ。なに、私には私の目的があってのこと。それにこれから旅立つまで、しばらくはご老体の屋敷に御厄介になりたいのでね。それで今回の件は相殺とさせて頂くよ」
「エス……パー……」
老婆の言葉を待たず、西京はマフラーをなびかせながら振り返り、再び湖の先の山を見据えた。
黒煙の量が明らかに増えている。急がなければならなかった。
「ではシャルロット君、後は頼むよ」
「え、ちょ、西京さん!? 村を直すってあたしそんなこと……!!」
「まずは火を消して、サイコキネシスで組み上げてくれれば後は私が帰ってからなんとかするよ。では頼むよ」
こうして西京は残された人たちを全てシャルロットに任せてテレポーテーションでその場から消えていなくなってしまった。
「む……無茶よ……サイコキネシスでって……こんなのどうやって直すっていうのよ!!」
「シャルロットさん、僕チョンカちゃんと西京がワカメシティで建物を直すのを見てたからお手伝いできると思うよ?」
「ラブ公君……ええ、だったら遠慮なくお願いするわ。村人全員をテレポートさせたときにも思ったけど、どうやってそんなことが出来るの!? 本当にあの西京ってエスパーは無茶苦茶よ! 非常識よ!! あり得ないわ!! 今度ラブ公君とミーティアからも言ってやってよ!」
「…………」
「ミーティアちゃん?」
ミーティアはラブ公達のやり取りを全く聞いていなかった。ただひたすら、倒壊した家屋、壊滅してしまっている村の風景を、今にも泣き出しそうな表情で眺めていた。
「ミーティアちゃん、どうしたの? どこか痛いの?」
「ラブ公ちゃん……あたち、分からないの……心が痛い。あたちこの村のこんな風景、見たくないわ」
「うん、僕も見たくないよ。だから今からシャルロットさんと──」
「違うの!!」
ミーティアの突然の叫び声に、ラブ公もシャルロットも驚いてしまい、しかし何がミーティアの気に障ったのかが分からずに互いに顔を見合わせた。
「ご、ごめんなちゃい……違うのよ……あたち、この村がなんだか分からないんだけど、とてもなちゅかちくて……ちょれで村のこんな風景を見ていられなくて、かなちくて……」
「ミ、ミーティア??」
それだけ喋ってミーティアはとても申し訳なさそうに俯き黙ってしまった。
そしてラブ公はそんなミーティアを両手で優しく包み込んでやった。
「ミーティアちゃん、僕ね、ミーティアちゃんの色んなことが分からないよ」
「…………!! ラブ公ちゃ……ご、ごめ……」
「ううん、違うんだ。よく聞いて? ミーティアちゃんのこと、よく分かってあげられなくてごめんね? 僕分からないけど、ミーティアちゃんが本当の意味で笑ってくれるまで、ずっとずっと待ってるから……だからミーティアちゃん、謝らなくたっていいんだよ。僕、いつだって傍にいるからね!」
「ラブ公ちゃん……」
ミーティアの表情から悲しみの色が抜けていく。そしてラブ公に抱え上げられ、ミーティアは定位置のラブ公の頭上に乗せられる。
ミーティアはラブ公にしがみついた。力いっぱいしがみついた。
自分の事なのに自分でもよく分からないのだ。
なぜ村を見て懐かしくなるのか、悲しくなるのか。
怖くて自分の生い立ちの事も未だに自分から話せていないことも合わせ、自分の気持ちをちゃんと伝えられていない。
そのせいでラブ公に対し申し訳ない気持ちでいっぱいになっていたのだ。
それでもラブ公は許してくれた。ずっと待つと、ずっと傍にいると言ってくれた。
ミーティアは色々と保留することがいけないこととは分かってはいるが、ラブ公の優しさに甘えてしまう。それほどにラブ公の頭上はミーティアにとって居心地のいい場所となっていた。
その居心地のいい頭上からであっても、村の惨状はミーティアの心をきつく締め上げるものであった。
ミーティアはどうしても心の波立ちを沈めることが出来ずにいた。
「さぁ、騎士様、チョンカと西京がどうやって建物を直していたのか教えて頂戴。こうなったらヤケよ。やってやろうじゃない!!」
「うん! ミーティアちゃん、行くよー?」
「え、ええ……」
こうしてシャルロットたちはチョンカを安全な場所で寝かせつつ、村の復興に取り掛かったのであった。
「ふむ、これはひどいね……」
西京は倒壊した山小屋の前にいた。
柱が全て折れ、屋根の重みに耐えかねて崩れていた。積み上げられていた薪も散乱し、水桶も固定具がはずれソリのように山の斜面を滑ったのか、遥か下のほうに見える。地面のあちらこちらに亀裂が走り至るところが崩れてしまっている。
山小屋の裏手の傾斜も土砂崩れがあり木々は根元から崩され山小屋の半分は土砂に埋まってしまっていた。この様子では、もしもプップラがいつものように伐採作業に勤しむ為に作業場にいたのならば手遅れであろう。崩れた土砂に巻き込まれている可能性が高い。西京はプップラが山小屋にいた可能性にかけ、この場所にテレポートしていた。
「おーい、プップラ君、いたら返事をしてくれないかい?」
西京の呼び掛けに答える者はいなかった。
人どころか野生動物の気配さえしないのだ。プップラがエスパーであったらすぐに見つけられたのだが、プップラは一般人である。どこにいるかも分からないプップラを捜索することは困難を極める。
(まぁ、呼びかけに答えられるようなら、既に姿を見せているか。どれ、仕方がないね。アレは疲れるのだがもう一度やってみるか)
その能力は、西京が独自に開発をしたものの一つであった。
それ故、一般的な名称はない。
ただ、西京はそれを『神の眼』と呼んでいた。
とても便利だがとても使い勝手が悪く、更にその能力の特性上、使用にあたって強烈な頭痛を伴うのだ。
西京は神の眼をクレアボヤンスの上位版として位置付けている。
半径1km圏内の全てを見通す。瞬間的に流れる情報量が途方もなく多いため普通のエスパーならば脳が焼き切れてもおかしくない。
先の村人救出にもこの能力を使っていた。
この能力を使用すると頭痛を伴う以外にも、完全に無防備になってしまう。それ故この能力は簡単には使用が出来ないのだ。
(…………くっ、い、いるね。山小屋の下敷きになっているようだね。手間が省けて良かったよ)
手間とは勿論、この付近にいなかった場合、更に捜索範囲を広げなければならない手間である。
口には出さない西京の本音であった。
西京は襲い来る頭痛に頭がふらつきそうになるのを堪え、サイコキネシスを使用する。
目の前に大量にある山小屋の瓦礫と、その上に覆いかぶさる土砂が大きな音を立て土煙を上げながら弾かれたように空中へ浮かび上がった。そして丁度キッチンがあった場所に割れた卵にまみれながら血だらけで気絶しているプップラを発見した。
(……仕方がないとは言えなんと不愉快な姿だろうね……助けることを後悔しそうだが……まぁ、そうも言っていられないね。それ)
サイコキネシスで浮かび上がっていた瓦礫や土砂が突如発生した渦巻く炎に飲まれた。瞬く間に全てを焦がしつくし灰すら残さず全てを気化させてしまう。
(ふふ、これでプップラは実家に帰らざるを得ないわけだ。さて、今度は……)
気を失い卵と血にまみれたプップラを淡い光が覆う。その光は西京のサイコヒールによるものであった。
ここまでの手際は、さすが西京であるとしか言いようがない。これだけの能力を一人で使いこなし、神の眼まで発動させながらその顔に疲労の色は浮かんではいなかった。
そしてサイコヒールの光が消え、プップラの意識が戻ったのか、咳き込みだしたのだ。
「おはようプップラ君。どうやら酷い目に合ったようだね」
「がはっ! ゲフッゲフッ!! お、お前は……西京さん……か」
「いかにも。丁度昼食時だったのかな? ここにいてくれてよかったよ」
「い、一体何が……」
西京は山頂のほうを見上げた。空が暗くなっているように見えるがそれは山頂から今も吹き出し続けている黒煙によるものであった。
「地震があったのだよ。それもかなり大きいものがね。そしてどうやらこれはプリンプリンマンボの仕業であると私は睨んでいるのだが」
「な、何!? 地震だと……こ、これがか!? ゴホッ!!」
「はっきりとした証拠はない。今から山頂に行ってそれを確かめるのさ。君には悪いが村に戻る時間も惜しいのでね。連れて行くよ?」
目覚めて間もなく、まだ微妙に意識の混濁しているプップラに矢継ぎ早に伝え、西京はサイコキネシスでプップラの体を起こした。そのまま立たせるわけでもなく、空中に浮かべたままで卵まみれのプップラを静止させる。
「ま、待て、俺の家はどうなった?」
当たり前であるが、西京による自身の救出劇を見ていないプップラにとって、山小屋があった場所は四角く山小屋の形に芝がはげ、土砂が所々に残っているだけでそこに在るべきはずのものが跡形もなく消え去っているように見えた。
「君の命が優先だったからね。仕方がなかったのだよ。家の事は申し訳ないが諦めてくれないかい? それよりも早く頂上へ行こう。時間がない気がするのだよ」
「お、おいっ! それはどういう──」
プップラが何かを言おうとしていたが、お構いなしに西京はテレポーテーションを使用した。
今このカトラ山に、何が原因でどんな異変が起こっているのかを調べるために──