ラブ公は涙を流しながら走った。
実験動物──古代の技術──持って帰って──殺す。
許せなかった。どうしようもないほどに、狂いそうになるほどにラブ公の脳内を怒りの感情が支配していた。
何の力も持たない自分が、エスパーに立ち向かって行っても結果は分かりきっている。それでも許せなかったのだ。
自分でも無意識に、気が付けば無防備な状態で走り出していた。
「んんんっ……この超振動ナイフは性能はいいのですが……この振動が……おっほ! 3%程ですが快感を伴ってしまいますね……うっほ。さぁ、来なさい!!」
「ラブ公!! いけん! サイコガー──」
「ラブ公ちゃーーーーーーーーんっっっ!! だめぇぇーーーーー!!」
ミーティアの悲痛な叫び声が響き、ガリの超振動ナイフがラブ公へと振り下ろされた。
しかし、ナイフはラブ公に触れることはなく切っ先から蒸発していくように消えていく。
ラブ公は走っていた勢いのままガリの腹部へ突っ込み、そのまま揉みくちゃになり、土煙を上げながらガリごと地面を転がっていた。
「あれは……サイコガード……じゃないね。アニマガードというものかな……?」
西京は目を細めてミーティアを見ていた。
チョンカもシャルロットも、抱き合うような形になって動かなくなっていたラブ公とガリの様子を呆然と見ていた。
「ご老体、手を出してはいけないよ?」
西京の後ろで老婆は好機と見て村の連中にガリ達を捕縛するよう命じようとしていたが西京に見透かされており、動きを止める。
「チョンカ君、ラブ公に力を貸してやりなさい」
「は、はい! 先生!」
西京の言葉にようやくチョンカが動き出した。チョンカは自身のサイコガードが間に合うかどうかの瀬戸際に、自分のサイコガードよりも先にラブ公にアニマガードが展開されたのを見たのだ。展開したのは恐らくミーティア。一瞬の出来事に混乱し、呆然としていたのだ。
「さて……」
西京はチョンカと同じく呆然としていたシャルロットの方へ視線を向けていた。
彼女もまた、チョンカとは違う理由で呆然としていたのだ。
『……シャルロット君だったね』
突然の西京のテレパシーに、シャルロットは顔を上げ西京の方へ視線を投げる。
『君に色々質問があるのだが、いいかい?』
『…………』
シャルロットから先程名乗りを上げたときの威勢は失われていた。それほどまでにミーティアとガリの語った彼女の知らぬ「真実」が鋭く心に刺さったのだろう。
『先程も名乗ったが私は西京というものでね、ラピスティ教団であるなら名前を聞いたことがあるかもしれないけれど、旅のエスパーさ。逃げいる途中のミーティア君とは偶然に出会ってね。旅に同行したいと彼女が望んでね、そこに倒れているラブ公と気が合うようなので一緒に行くことにしたという仲さ』
『……ありがとう……』
『さて、まずは突然テレパシーを送ったことを詫びよう。そしてわざわざテレパシーで聞いているのには訳があってね。分かるだろう? うちのチョンカ君やラブ公、ミーティア君にも聞かれたくはないのさ。聞いたからと言って漏らしはしないが、しかし保護者である私が知らないわけにもいかなくてね』
『……ミーティアのこと?』
『そうだね、まずはミーティア君のことを聞いておこうか。彼女は一体どういう生まれなのだい?』
シャルロットは西京を睨みつけた。
シャルロットにとってミーティアは友達なのだ。少なくとも彼女自身はそう思っている。傷付けるつもりなどなかった。ガリとここまで追いかけてきて身元が分からぬエスパーに捕縛されていると知ってからは気が気ではなかった。
しかしここにきて、ミーティアを傷付けているのは他でもない自分たちであったことを思い知った。むしろ目の前のエスパー達はミーティアを守ってくれていたのだ。
シャルロットはゆっくりと自身の緊張を解いた。
『私が知っていることは……多分少ないし、本当かどうかも今となっては……』
『ミーティア君の言った言葉に随分と驚いていたようだからね。察しているよ。それでもミーティア君の側にずっといたであろう君の話を聞かせてくれるかい?』
ずっとミーティアの側にいた──
そうなのだ、自分はずっとミーティアの側にいた。
『あ、あたしは……ミーティアが生み出されてから、ミーティアが寂しがらないように側にいてやれと……古代技術は不完全で痛みを伴う治療の必要もあるから……だから友達に……』
『なるほど、ミーティア君は人工的に生み出された生物なのだね?』
『アニマ……』
『ふむ?』
『ミーティアの体はミーティアのものじゃないわ……人工的に作り出されたのはミーティアの魂、アニマだけよ……アニマを昇華させた上で結晶化する古代技術があって野生動物の体に結晶化させたアニマを定着させて誕生したのがミーティアだって聞いたわ……あたしが知ってるのはそのくらいよ』
『ふむ、アニマとは魂のことでいいのだね? アニマの昇華とはなんだい?』
『……詳しくは分からないわ。古代の機械があるのだけど、そこで行う儀式のことかしら? 私も昇華でアニマシールドとアニマガードを使えるようになったの』
どうやら先程ラブ公にかけられたアニマガードはミーティアのもので間違いはなさそうであった。では昇華とやらを行っていないチョンカがワカメシティでアニマシールドを破った力は何だったのか。西京は考えていた。
アニマの昇華を行って得られる力を凌ぐにはアニマの昇華が必要なのではないかと推測できる。儀式を行っていないチョンカがそこに辿りついた。ラブ公の力を借りたのかもしれないが、儀式とやらを行うことが必須条件ではないはずなのだ。
それこそが、自分の能力が強化できる道に繋がるのではないかと考えていた。
そしてその疑問に続く質問を重ねる。
『アニムスとは何だい?』
西京がその質問を切り出したとき、シャルロットの目の色が変わったように見えた。
悲しそうな、今にも泣き出しそうな顔をしたように西京には見えた。
『……ごめんなさい。言葉は知っているけど、意味までは分からないわ……』
『君はラピスティ教団に籍を置いているのだろう? 随分他の教団員とは違うのだね』
『あたしは雇われているだけよ。あたしにもあたしの目的があって、それで教団にいるだけ』
西京は目を細めた。
『君の目的とは、アニムスの鍵ではないのかな?』
『!!』
シャルロットは腰が抜けそうになっていた。そしてその姿が何よりも雄弁に語る。
『図星のようだね』
『あ、あなた……まさかっ!』
『ふふ、そうだね、まさかクレアエンパシーなど使っていないさ。そうでなければわざわざテレパシーで質問はしないさ。君は分かりやすい子だね。ただの勘だよ』
信じられないと言った様子で口をパクパクさせ、分かりやすいと言われ顔を赤らめるシャルロットは、とっつきにくそうな性格をしていそうなわりに、チョンカと同じく単純なのであろうと西京は思った。
『君の目的はまぁ、いいさ。アニムスのことが分からないのであれば他の教団員から聞くまでさ。どうせ教団は滅ぼそうと思っているからね。それよりもいいのかい? 君の横でガリ教授とやらが、うちのチョンカ君のおかげで随分ピンチのようだよ? 雇われの身の君は、一体誰を助けるのかな?』
シャルロットが振り返った先ではチョンカと呼ばれるピンク色の髪をした女性がガリのアニマガードを抜いていた。
倒れたラブ公にミーティアが寄り添っている。
シャルロットは西京を再び睨みつけた。
『あ、あなたが教団を滅ぼそうとしている理由は後で聞いてあげるわ! あたしは……あたしはいつだってミーティアの味方よ!!』
シャルロットはその言葉を最後に、西京とのテレパシーを一方的に切り、チョンカの方へ走り出した。
「ふむ……アニマ……魂の昇華……か」