ヴィーク村は人口三十人程の小さな村でそのほとんどが男性であった。
女性は年老いた者が数人と、丁度10歳になる子供が一人いるのだが、プリンプリンマンボが女性を全員連れて行ってしまったことにより女性の人口が大幅に減ってしまっていたのだ。
この女性連れ去り事件をきっかけに、街道沿いにあるにもかかわらず衰退していったのだ。
プリンプリンマンボの目的がなんであったのかは今でも分からない。連れ去ったとは言っているが女性たちは己の意思でついて行ったようにも見えた。しかしあれはエスパーに操られていただけだという者もいる。
何が真実かは分からないが、それからというもの村人たちはエスパーを拒むようになっていた。
そして今、突然村にエスパーがやってきていた。
数日前に村長がこっそり招きいれたエスパーたちではない。明らかに村に害意を持ってやってきたのだ。
集まった村の男たちは各々が手に農具等の武器を持ちエスパーを睨みつけていた。
「村にエスパーがいるのは分かっているのです。そこを通しなさい。さもなければあなた達の安全は保障しませんよ?」
体に合っていない大き目の白衣を着用し、分厚いメガネをかけたウサギが、ずれるメガネをかけなおしながら村の代表である老婆に言い放った。ウサギの後ろには、人間の少女が腕を組みながら話の行く末を黙って見守っていた。
「お前さんらもエスパーじゃろう? 帰れ。勝手に村に入ってきおってからに……エスパーはこの村には無用じゃ!」
「なんと話の通じない人なのでしょう? 私の質問の答えになっていないではないですか!! 私はこの村にチンチラという小さなネズミを捜しに来たと言ったでしょう? おそらくこの村にいるエスパーに匿われている筈なのです!! そこを通しなさない!!」
村人たちは老婆がエスパーを招きいれ、プップラの元へ使いにやっていたことを知っていた。狭く小さな村である。この村の中で隠し事はなかなか難しいのだ。
プップラが村を出て、嫌がらせをするようになったのは村全員の責任である。村人たちはそのことを自覚していた。
村の中で老婆親子に手を差し伸べた者は誰もいなかった。それどころか犯人扱いするものも多かった。
村人全員がエスパーに踊らされ挙句の果てには女を攫われてしまったのだ。
プップラは今や山で悠々自適に嫌がらせ行動に走っているから少しは村人たちの中のプップラに対する罪悪感もなくなってきていたが老婆に対しては違う。
村長である老婆はただただ、被害者なのだ。
村人たちのせいで、エスパーのせいで、全てを失い取り戻してもいない。新しい生き方を始めるわけでもなく、失った日から老婆の時間は止まったままだったのだ。
だから村長である老婆がエスパーを自宅へ招いたことに、誰もが驚きながら黙っていた。
そして今、老婆がそのエスパーを庇うのであれば自分たちはせめて武器を持って老婆を守ろうと思い、村人たちが集まっていたのだ。
「通りたくば、わしを殺してから通るがええ……もうエスパーなどには屈さぬ……」
もちろん老婆は二日前に見た「にゃーん」と鳴いた小さな動物がチンチラなのだろうと分かっていた。
チョンカ達を、命を張ってまで庇うほどに恩義があるわけでもない。
人の言いなりになること、騙されること、信じることに、老婆はもういい加減に疲れていたのだ。
息子は帰らないと言った。
全てが終わって気が済んだら、帰ってくると思っていた息子が帰らないと言った。
失ってしまったものは、何年待っても元には戻らないことを悟ったのだ。
「あなたが私のサイコキネシスで攻撃をされた場合……ほっ、ほっ、ああぁ、おおっ」
ウサギの額には細長い長方形の液晶モニターのようなものが埋め込まれていた。モニターには数字が並んでおり、ウサギが声を漏らすたびに数字が変わる。何かを計算しているようであった。
そしてウサギの額の液晶モニターから「チーン」という軽快な音が鳴り響いた。計算が完成したようだ。
「ふむ、あなた方は84.226%の確率で全滅しますよ! これでもまだそこを退かないつもりですか!?」
「教授、村のエスパー、動いたみたい。多分こっちくるよ」
「な、なんと!? 私の計算ではこっちにくるなど0.002%以下だったはず!! な、何という数字のマジック!!」
村の連中の横を通り過ぎ、チョンカと西京が老婆の前に出た。チョンカのすぐ後ろにはラブ公とミーティアがいる。
「おばあちゃん、大丈夫? なんもされとらん? うちの後ろにおって」
「ふん、あやつら、お前の連れとる動物が目当てみたいじゃぞ? なんかされとったらお前らのせいじゃわい。はよぅ何とかせい」
チョンカは眉を寄せて苦笑いをしながら可愛げのないことを言う老婆を下がらせた。
「私は西京というものだが、君たちはラピスティ教団の構成員ということでいいのかな?」
「これはご丁寧に。私は数字の神秘に魅せられし者、ガリ教授だ。いかにもラピスティ教団に所属しているが?」
「そうかね、では洗いざらい情報を吐いた後で死んでもらおうかな? 後ろにいる人間の君もそうなのかい?」
西京はどちらが悪役か分からないような台詞を流れるようにサラッと吐いた。
ガリは目を細め、後ろの少女はサイコシールドを展開していた。
「ほう、君達が私たちに勝てると? ほ! はぁ、ふんっ!」
チーンとなんとも緊張感のない音が響いた。計算が完成したようだ。
「君が私に勝てる可能性は0%だ。見たまえ、この0という数字の美しさを……数字のマジックだ!! はぁ、はぁ、興奮を禁じえない……」
「教授、キモイ。もういい、見てらいれないわ。私が話す」
それまでずっとガリの後ろに控えていた少女がチョンカ達の前に出てきた。
少女はとても特徴的だった。
少女はまだ子供なのであろう、とても小さく、もしチョンカと並んでも胸辺りまでしか身長がないように見えた。
頭上にはキラキラとティアラが輝き、自身の腰よりも長い美しい金髪をなびかせていた。青い瞳で西京を睨んでいた。
さらに着ている服も特徴的であった。
白と黒のヒラヒラした服を纏っており、服のいたるところに黒いリボンが装飾されていた。リボンは真っ黒な靴にも装飾されており、更にはマフラーまでもが黒かった。所謂ゴスロリファッションというものなのだがこの世界ではとても珍しいものである。
「私はシャルロット! エスパーシャルロットよ! あなた達、ミーティアを匿っているわね?」
シャルロットは腕を組んだまま、不機嫌そうな表情を崩さずにそのまま名乗りを上げた。
「リスのエスパーさん、私達はあなたの後ろにいるミーティアを連れ帰りたいだけなの。戦うというなら相手になるけど、まずはミーティアと話をさせて。 ミーティア! そこにいるんでしょ? 出ておいで?」
シャルロットに優しく呼ばれ、ラブ公が西京の前へ出てきた。頭上にはもちろんミーティアが乗っている。
「チャ、チャルロットちゃん……」
「ミーティア、探したわよ? どうしたの? 急に逃げたりなんかして……一緒に帰るわよ? さぁ、おいでなさい」
「……あ……あたち……」
ミーティアは俯きラブ公の頭にぎゅっとしがみついた。自分では力の加減が効いていないことに気付かないほどに必死にしがみついていた。
そしてこの恐怖の感情をなんとか抑えて、再び決意を固める。何しろ進んでこの場に出てきたのは自分なのだ。そのくらいのことは分かっている。
俯いて震えていたミーティアはシャルロットのほうへ向き直った。
「あ、あたち、聞いたのよ! あたちが……その……普通じゃないって!! 全部聞いたの!! 実験だって! それで、あたち……戻ったらいちゅか殺されちゃう!」
ミーティアの言葉を受け、シャルロットは大きな瞳をさらに見開いて、震えていた。
シャルロットのその表情の変化、驚きの表情を西京は見逃さなかった。
驚いているということはつまり、話の内容を理解しているからこそ驚くのだ。端的ではあるがミーティアの告白を聞き理解が出来るということは、ある程度ミーティアが隠しているミーティアの身の上を知っていることに他ならない。ミーティアの話によると友人的な立ち位置におり上の命令でミーティアを連れ戻しに来ているのだろうが、理解している上で驚いたということは教団内での立場としては本当に重要な情報は伏せられている位置にあることが分かる。
さらに、なかなかミーティアへ反論をしないところを見ると、このシャルロットという少女はラピスティ教団に対し狂信的なものは持ち合わせておらず、ミーティアの言う「実験」とやらの可能性と、「殺される」かもしれない可能性を、一笑に付して否定しきれないという考えが頭を巡っているのではないだろうかと、西京は推察していた。
「そ、そんな、ミーティア……そんなことはないわ……だってあなたは──」
「だめ!!!」
ミーティアに言葉を遮られシャルロットはハッとする。ミーティアにとってこの上なくデリケートな話であり、今ミーティアが行動を共にしているチョンカ達に聞かれたくないと思うのは当然のことである。
「ご、ごめんなさい……」
「チャルロットちゃん、あたちもう帰らない。ずっとラブ公ちゃんたちといっちょにいたい……ラブ公ちゃんたちのこと、報告ちないであげて? ね? おねがいよ……」
「ミーティア……」
「それは出来ませんねぇ……ふふふ、100%無理な相談です。数字のマジックと言えど100%です」
「教授!!」
うな垂れ、どうするべきか悩み立ち尽くすシャルロットの後ろで、額のモニターに「100」という数字を浮かべながらガリが発言する。
「ミーティアは我がラピスティ教団が古代の技術を蘇らせ作り上げた実験動物です。そう易々と逃げましたでは通りません」
チョンカと西京が思わずミーティアのほうを見てしまう。
その瞳から大粒の涙が零れていた。
「教授!! それ以上はやめてあげて!! ミーティアが!!」
「ほっほっほ、何を言うのですシャルロット。ミーティアが言うように大事な実験体なのです。古代の技術も無限ではありませんからね、持ち帰り壊れるまで研究したおさなければ勿体無いでしょう?」
「も、持ち帰る? 壊れる? 勿体無い? 教授!! ミーティアは──」
「──物じゃない──」
ミーティアは震えていた。その震えは真実の一端をラブ公たちに聞かれたからであったが、ミーティアはそれだけの震えではないことに気がついた。
震えていたのはミーティアだけではない。ミーティアが乗せてもらっていたラブ公が、怒りのあまり震えていたのだ。
「ミーティアちゃんは、物じゃないっっっ!!」
「ラ、ラブ公……あっ!」
チョンカの右目が虹色になりかかっている。当然今の話を聞いてチョンカも怒りを覚えたのではあるが、その力の覚醒は明らかにチョンカの意思ではなくラブ公の意思によるものであった。
(や、やっぱりこの力ってラブ公がくれとったんじゃね……ラブ公……)
「なんですかアナタは……ん? ほう、これは珍しい生物ですね……どれ、はっ、あふっ! ほぅっ! ん、出ました。74.245%の確率で新種の生物のようですね。これも研究対象として持ち帰りましょうか」
そういうとガリは懐から一本の赤い刀身を持ったナイフを取り出した。
「私は研究員ですからね。超能力は苦手なのですが、これは古代の遺物で超振動ナイフと呼ばれるものです。多少欠点はあるのですが切り裂けないものはありません。どれ、ここで解剖してみましょうか」
「ミーティアちゃん」
「ラブ公ちゃん……あたち……ご、ごめんなちゃい……」
「ミーティアちゃん、笑って? そんなお顔、ミーティアちゃんには似合わないよ。そんな悲しい気持ち、ミーティアちゃんは知らなくていい! 僕がミーティアちゃんの笑顔を取り戻してくるっ!!」
そう言ってラブ公はミーティアを優しく地面に降ろしてあげると振り向いて一目散にガリの方へ駆け出していった。
「ラ、ラブ公ちゃん!!」
「い、いけんっ! ラブ公!!」
チョンカもすぐに後を追って走り出した。