チョンカ達は鶏の後についていき、再び鶏の山小屋にいた。
山小屋の中はとても質素で必要最低限のものしか置いてなかった。
鶏に勧められるまま、部屋のまんなか中央にある大きなテーブルを挟み、向かい合うようにしてチョンカ達は長椅子に着席していた。
「……話を聞く前に、そろそろ晩飯だ。どうせだから食っていけ。先程の侘びだ……」
言うだけ言って鶏は奥にあるのだろうキッチンへと入っていった。
チョンカはお礼を言う機会を逃してしまい笑顔のまま眉を寄せる。
「鶏さん、ええ人なんじゃろうけど、ほんまに無口なんじゃね」
「ふむ、あまり人と接する環境にないことと、ご老体から聞いた過去によれば、もしかしたら人間不信なのかもしれないね」
「ぼ、僕達ちょっと悪いことしちゃったのかなぁ?」
「でも、怖いお婆ちゃんからのお願いなんでちょ? あたち、ラブ公ちゃん達は悪くないと思うわ」
「そうじゃね、ミーティアちゃん、ありがとう。でも鶏さんがお話を聞いてくれるみたいでほんまによ────」
「あああああああああああああっぃぃぃぃ!! んひっ!! んひっ!! んひっ!! んんんんんひぃっ!! おおおおおお!!」
鶏が奥に消え、何気ない会話に花を咲かせていたチョンカ達の声を、つんざくかのように突然大きな呻き声が鶏の消えた方から轟いた。
当然チョンカ達は全員がキッチンの方へ注目した。
「え、え、え、え、今の声……なんじゃろ……もしかして鶏さんに何かあったんじゃろか!!」
「チョチョチョチョ、チョンカちゃん!!」
「あ、あたち怖い……」
「尋常じゃない呻き声だったね。どれ──」
スッと目を閉じた西京を見て、一同はクレアボヤンスを使用していることを理解し、全員がドキドキしながら西京に注目していた。
「……いや、普通に料理をしているだけだね……ふむ」
そう聞いてホッと胸を撫で下ろす者はいなかった。
それほどに先程の大声が尋常ではなかったのだ。料理をしているだけと聞いても到底そうなのかで流すことなど出来なかった。そして恐る恐る、チョンカもクレアボヤンスを使用してみた。
「ほっ……ほんまじゃ……普通に料理しよるね」
それからチョンカ達は全員が一言も喋らず、なんとも重い空気が部屋を支配していた。
呻き声のような叫びは確かに全員が聞いたのだが、その原因が分からない。直接キッチンにいる鶏に聞いてみてもよかったのだが、その勇気を持ったものは誰もいなかったのだ。
そしてそんな中、鶏が皿を持って帰ってきた。
テーブルに並べられていく皿にはオムレツが乗っていた。
出来立てのオムレツは卵のいい香りと共に湯気を立て、チョンカ達の前に出されていく。
そして鶏は並べ終えると玄関の扉を開けた。
「食べて待っていてくれ。灯火をしなければならない。すぐに帰る」
そしてまた、返事も聞かずに出て行ってしまった。
チョンカ達は出されたオムレツを前にして感想も述べずに凝視していた。
そしてそんな中、ミーティアが切り出した。
「み、みんな、食べないの? あたちのことなら気にちなくていいのよ?」
「そ、そうだね、ぼ、僕お腹すいちゃったなぁ、みんな食べようよ! ミーティアちゃんは僕のを半分あげるね!」
「も、もしかしてなんじゃけどさ……」
全員がチョンカに注目する。
「この卵って……いや、でも鶏さんって男の人じゃよね……ううん、なんでもない」
「チョ、チョンカちゃん……」
「私は……」
更に全員が西京に注目する。
「私は卵を産んだ男に二人、心当たりがあるね」
「……!! う、うちもじゃ……マーシーとワカメボー……はぁ!!」
言いかけたチョンカは自分の口元を手でふさぎ青ざめてしまう。
再び場を、重い沈黙が支配した。
「しかし、いい匂いじゃないか。少なくとも毒などは入っていなさそうだし、食べても問題ないと私は思うよ」
「そ、そうじゃね! 折角出されたものを食べないのも失礼じゃもんね! うん、先生の言うとおり美味しそうじゃもん、食べよ食べよ!」
まるで自分に言い聞かせるように言い、スプーンを持った西京とチョンカを見て、ラブ公は少しホッとしていた。そしてようやくラブ公もスプーンを握った。
「そうだよね、うん、よーしいただきまーす!! はむっ、ふんふん、あ! チョンカちゃんこれすごく美味しいよ!! わー、卵の味がすごく濃いよ! おいしいね、チョンカち……チョンカちゃん?」
ラブ公はチョンカ達の言う恐ろしい可能性に目を瞑り、一生懸命食べていたのだが、自分の事を見つめる二つの視線に気がつき、スプーンを運ぶ手を止めた。
その二つの視線はラブ公の手が止まると、ぷいっとあさっての方向を向いてしまう。
見ればチョンカも西京も持っていたはずのスプーンを握っていなかった。当然オムレツも出されたままの形で湯気を立てていた。
「に、西京……? チョンカ……ちゃん?」
「私のことを気にすることはないよ。少し体調が悪くてね。どんどん食べたまえ」
「う、うちも……なーんかお腹痛い……かもぉー?」
カチャンと、ラブ公が皿にスプーンを落とす音が部屋に木霊したのであった。
「み……みんなひどいよぅ!! チョンカちゃんまで!!」
「ラ、ラブ公!! ごめんっ!!」
裏切りにあったラブ公が椅子の上に立ち上がり、大層ご立腹の最中、再び玄関の扉が開いた。鶏が帰ってきたのだ。
「すまない。待たせた。もう食べ終わっているか?」
全員が鶏から視線を逸らした。
「ん? どうしたのだ? 有精卵だからうまいだろう?」
鶏の言葉を聞いてチョンカの顔が見る見る青ざめていく。
西京の肩がわずかに震えている。
ラブ公はそんなチョンカ達のささいな変化を見逃さなかった。
「チョンカちゃん……有精卵って……何……?」
「え……ん、えっと……いや、うち……分からん……ごめん」
「チョンカちゃん!! チョンカちゃん!! え、西京!? ぼ、僕、何を食べたの?」
「とても体にいいものさ。有難く、全てたいらげればいいよ(笑)」
「チョンカちゃ……あ、あれ!?」
ラブ公は目を疑った。
先程まで完成された形のまま湯気を立てていたチョンカと西京のオムレツが、いつの間にか皿から消えていたのだ。
「アスポート」と呼ばれる、物体を任意の場所へ転移させるエスパーの能力であった。
「お、おいしく頂きました。ほんまにありがとう……ございます。あはは」
「ふむ、とても美味だったよ。御馳走になって申し訳なかったね」
「そうか、それは何よりだ。そこの子供が食べ終えたら話を始めるとしようか」
ラブ公は汚い大人を見た気がした。
チョンカが手を合わせ必死にラブ公に頭を下げていた。
西京が普段はそんなことをしたことがないくせに爪楊枝を咥えている。
ラブ公はそんな二人を見て震えていた。
「ラ、ラブ公ちゃん?? どうちたの? 大丈夫?」
「チョ……チョンカちゃーーーん!!」
ラブ公が機嫌を直すまで、それから1時間かかったという。
その間鶏は頭上にクエスチョンマークを浮かべたままであった。
鶏はタバコをふかし、不機嫌そうに見えた。
しかしそれはこの男の特徴であり、いつもそうなのだろう。無口であることと合わせて、他人から誤解を受けやすい人物なのではないかとチョンカは考えていた。
「まずは、なぜ君が我々をプリンプリンマンボの手先であると思ったのか、そこから教えてもらえるかい?」
「…………ああ。ほんの数日前、奴がこの山の山頂へ飛んでいく姿を見た」
「ふむ。それで?」
「……それだけだ」
あまりの会話の続かなさ具合に思わずチョンカが椅子から滑り落ちそうになる。
「君の母君から聞いたのだが、どうやら君は昔にプリンプリンマンボとやらに手酷い目に合わされているようだね」
「……その通りだ。だが俺はもう奴を恨んではいない。だが奴が俺を嵌めたのは紛れもない事実だ。10年経って奴が戻ってきた……またろくでもないことをしに来たに違いない」
「ふむ……プリンプリンマンボは鷹かい?」
「……そうだ。知っているのか?」
西京はちらりとラブ公のほうへ視線をやる。ラブ公はチョンカの必死の謝罪に少しは機嫌を取り直していたが、相変わらず不貞腐れており、ミーティアに宥められていた。
「もしかしたら、知っているかもしれないという程度かな。名前も違うし確実ではないよ?」
西京のその言い振りに、チョンカも察した。
老婆と鶏の証言が、浜辺で出会った波打ち際マンの特徴と一致しているのだ。
しかし波打ち際マンを先生と仰ぐラブ公の前で、それを口にすることは憚られた。
「君は収穫祭でオナラ事件と毎朝うんこデリバリー事件と、二つの事件の濡れ衣を着せられてなぜプリンプリンマンボを恨んでいないのだい? 恨みから木を切り倒して景観を損ねているのではないのかな? 失礼だが、恨みがないとするならば、どちらも君が犯人なのかい?」
西京の発言に、鶏は突然席を立った。
「違う!! 俺ではない!! オナラもうんこも、全部濡れ衣だ!!」
西京を睨み付け、力強くそう言い切った興奮する鶏の背後から、突然破裂音が響いた。
チョンカ達を、嫌な匂いが包み込むと同時に、鶏の持っていたタバコの先に炎が灯った。
「これはこれは、失礼なことを言ってしまったね。おかしな勘繰りをしたことを謝罪するが……収穫祭でオナラ事件は君が犯人で確定なのではないかい?」
「ち、違う!! これは……違わないが……とにかくどちらも俺じゃない! 信じてくれ!」
鶏は顔を赤くして大慌てで否定しタバコを揉み消していたが、鶏が羽をばたつかせる度にチョンカの方へ臭気が立ち込めていた。
「ちょ、分かったから羽ばたかんでや!! く、臭いけぇ!!」
「す、すまない……」
チョンカに指摘され静かに鶏は席に座る。
真剣に否定したにも関わらず、その大事な場面で放屁してしまったのだ。説得力がないことは鶏自身が一番理解していた。
「……どちらの事件もプリンプリンマンボのせいだ。なぜ俺に濡れ衣を着せたかまでは分からん。それに俺だって最初は奴と、奴の口車に乗って俺を犯人だと決め付けた村の連中を恨んださ。特にプリンプリンマンボには濡れ衣を着せられた上に婚約者まで取られてしまったからな……だから奴が好んでいたこの景色を壊し、村の連中にうんちの三文字を見せ付けてやろうと山に篭りだしたんだ」
「うんち……? うんこ、ではなくかい?」
「そうだ。まだ完成してないんだ。今は下から見りゃうんこに見えなくもないだろうが、文字の高さを揃えるために、文字の横の画を先に作っているに過ぎん……完成形はうんちだ」
チョンカは心底どうでもいいと考えていた。
というか、鶏の放屁が臭すぎて話しに集中できていなかった。それどころかこの状況下でまともに取り合っている西京を尊敬の眼差しで見ていた。
「さっきも言ったが、初めは……恨んでいたさ。全員な。しかし長年木を切り続けていて、この生活も好きになっていた……うんちが完成したら今度はその下に『ぶりゅりゅ』という文字を作るつもりだ……俺はいつからか、この仕事に誇りすら感じている」
「な、なんちゅー迷惑な奴なんじゃ……」
最初は同情の念もあったが、話を聞いていてあまりに荒唐無稽で自分勝手な言い分にチョンカは呆れてしまうのであった。
それは不機嫌そうに聞いていたラブ公も同じだった。
「で、でも村の人たちはすごく迷惑をしているって聞いたよぅ? お母さんが帰って来いって言うなら一度くらいはお話したほうがいいって僕は思うなぁ」
「……お前達には悪いが俺は帰らん……今更帰れるわけがないだろう」
「ふむ、自分のやっていることが村の住民にとって迷惑だという自覚はあるようだね」
「…………」
そして鶏は再び黙り込んでしまったのだった。
「……そうか、それなら仕方がないね。母君にはその通り伝えておくことにするよ。それで、自己紹介が遅れて申し訳ないが私は西京という者だ。君はなんという名前だい?」
「……プップラだ……」
再び背後から大きな破裂音をさせ、プップラは名乗った。
「先生、もう行こう……収穫祭でオナラ事件の犯人はコイツで決まりじゃわ……」
「ち、違う!! し、信じてくれ!!」
「ミーティアちゃん、息しちゃダメだよ? すぐにお外に行くからね」
コクコクとものすごい勢いで頷くミーティアであった。
「ちょっと待ってくれ! 本当なんだ!! 俺じゃない!!」
「わ、分かったから羽ばたかないでくれるかい? それではもう来ないとは思うけれど話を聞かせてくれて感謝するよ。個人的には君のアートは気に入っているのさ、これからも頑張ってくれたまえ」
足早に山小屋を出て行くチョンカ達の後ろでプップラの悲壮な叫びが響いていた。
「違う! 本当だ!! 本当なんだ!! 戻ってきてくれ!!」
こうしてチョンカ達は山小屋を後にしたのであった。