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うんこ山のうんこ小屋

 ミーティアにとって、ラブ公の頭上はもはや定位置になっていた。

 チョンカ達は森を抜け山道を登り、そろそろ中腹に差し掛かろうというところまできていた。

 ゲッソリしてふらつきながら歩き続けるラブ公の頭に揺られて、ミーティアはとても幸せな気持ちになっていた。しかし、その幸せを掻き消すように、ラピスティ教団から逃げてきたことや今自分が置かれている現状、それにこれからラブ公達に迷惑がかかってしまうのではないかという不安に襲われるのだった。


 ミーティアは考える。


 普段あまり考えることはしない、なにしろ感情的な性格なのだ。


 それでもミーティアは唸りながら一生懸命考える。


 ラブ公の優しさに触れ、自分を想う気持ちを詩にしてもらって、自分でも驚くほどにときめいてしまった。そんなラブ公を裏切ったり、悲しい思いをさせてしまうことになるのではないかと不安で仕方がない。きっとそうなってしまうとさえ思っていた。

 ラブ公達はその優しさのみで自分の事を守ってくれると言ってくれた。

 そんな優しい人たちに、ラブ公に、自分は自分の事すらお話できていないのだ。本当は言わなければいけないということは分かってはいるが、それを言ってしまうことが怖くて、どうしても言い出せなくて隠してしまっているのだ。



「あ、先生! 小屋が見えてきよったよ!」


「ふむ、本当だね。どうやらあそこが息子の家に間違いなさそうだね」



 二人の会話にミーティアはハッとする。どうやら目的地が近いようだ。

 ミーティアはそれまで考えていたことを一旦保留にすることにした。


 こじんまりとした山小屋は山道から少し外れた所にひっそりと建っていた。

 山小屋のすぐ側には息子が引いてきたのであろう水路が作られており、せせらぎを奏でていた。水路の傍らには大木を横に倒し、さらにくりぬかれた大きな水桶が設置されており、そこで小鳥達が水桶の縁で羽を休めている。

 切り株の椅子が散見され、その上には卵の殻に穴を開けレース模様に仕立ててある緻密な小物が並んでいた。そして切り株の中でも一際大きな切り株は、傍らに置いてあった斧を見る限り薪を作る作業台として使っているようであった。そこで作られた大量の薪は山小屋の壁に沿って設置された木製のラックにきちんと収納されている。

 それらは几帳面で手先が器用な人物が山小屋の生活を謳歌している様を物語っていた。



「おじゃましまぁ~す……」



 チョンカは恐る恐る山小屋の扉を開いて中を覗き込むが、山小屋の中は静まり返っていた。どうやら家主は留守のようであった。



「ふむ、どうやら息子は不在のようだね」


「ねぇ、西京! 僕どうやって山で文字が光るのか知りたいなぁ!」


「えっ! ラブ公ちゃん、お山が光るの?」


「うん! 光って文字が浮かび上がるんだよ! 言葉は……ちょっと汚い言葉だけど、光ってるのはとっても神秘的で綺麗なんだ」


「あ、あたちも見てみたい!」



 二人にせがまれ、西京は両目を閉じ集中し始めた。

 その姿を見て西京が何をしているのかを察したチョンカも同じく両目を閉じる。



「ふむ、いるね……やはり思ったとおり、『うんこ』の『こ』の字を完成させるべく、木を伐採しているね」


「ん、ほんまじゃ。うんこおばぁの言うとおり鳥じゃね。波打ち際マンとはまた別の種類の鳥じゃね」



 いつの間にやらチョンカの中で老婆の呼び名がうんこおばぁに決定されていた。

 二人は両目を開きクレアボヤンスを解除する。



「あれは鶏だね。波打ち際マン君は鷹だったけれどね」


「あ、あたち、鶏って見たことないわぁ……怖いの?」



 未知の物に対して怯えるミーティアを、ラブ公は優しく撫でてやる。ミーティアもラブ公に撫でられることに慣れてきたのか、されるがままに体を預け両目を閉じて気持ちよさそうにしている。



「ミーティアちゃん、僕がそばにいるから大丈夫だよ。僕が守ってあげるからね」


「ふふ、ラブ公。すぐに怖がるのはラブ公の役目じゃったのにねっ!」



 チョンカに茶々を入れられて、ラブ公は見る見るうちに顔を赤くした。



「も、もーー! チョンカちゃん! ミーティアちゃんの前でそれを言わないでよぅ!」


「あははっ、ごめんごめんっ」


「ラブ公ちゃん、あたちうれちい……本当にありがとうね」


「う、……うん」



 さらに顔を赤らめるラブ公を、チョンカは微笑ましく見ていた。

 そんなじゃれ合う三人を無言で見ていた西京であったが、これ以上時間がかかると今日中に下山することも困難になるため、意図的にその光景に焦点を合わさないように心がけていたのだが、それは三人ともが知る由もないことであった。







 斧で木を切る乾いた音がゆっくりと時間を刻むように一定の間隔で響き渡り、山の傾斜に根を張る木々にこだましていた。

 淀みなく響く音は熟練した技術を持った者にしか出せないことは聞けばすぐに分かった。

 静かな場所でこだまを伴って響く音は、決して不快なものではなく、思わず目を閉じて聞いていたくなるような、そんな優しさも兼ね備えた綺麗な音であった。



「チョンカ君、あそこにいるね」


「ほんまじゃ、あいつが息子なんかね。なんか必死で木を切りよるね」


「とにかく見ていても仕方がないから話しかけてみようか」



 老婆の言うように、鶏が長い時間をかけて切り開いてきたのであろう、鶏の後ろには切り株も処理された平らな太い道が続いており、道の中央に石で組まれた水路のようなものが作られていた。水路には等間隔で灯篭のようなものが設置されており、水路からは油のような臭いが立ち込めていた。

 鶏は上半身裸で、首からタオルを下げ一心不乱に斧を振るっており、少し声をかけ辛い雰囲気ではあったがチョンカは思い切って声をかけた。



「あ、あの~、すみません」


「……?」



 鶏はチョンカ達に気付くと斧を振るっていた手を止め、チョンカ達のほうへ振り返った。



「あの、うちらおばあちゃ……あ! おばあちゃんの名前聞いとらん!」


「…………」



 チョンカの素っ頓狂な叫び声を聞いて、鶏はまるで何事もなかったかのうように無言のまま再び木のほうへ向き直った。



「ふむ、君はヴィーク村の村長の息子さんかい? 実は村長に君を連れて帰るように言われていてね」


「…………!!」


「どうだろう? 私たちと一緒に来てくれるかい?」


「………………」



 鶏は無言のまま西京を睨みつけ、手にしていた斧を自身の胸の辺りで構えた。

 その姿を見て西京もチョンカも静かにサイコガードを展開する。



「…………エスパーか。プリンプリンマンボの手の者か?」



 鶏はそれだけ言うと斧を振りかぶり、西京の方へ飛び出し振り下ろすが、サイコガードによって弾かれてしまう。しかしそれも予想していたのか、特に驚いた様子もなく後方へ一歩下がり再び斧を構えた。



「ふむ、何を勘違いしているかは知らないけれど、我々はそのプリンプリンマンボとやらとは無関係だよ。さっきも言ったように君の母君から君を連れてくるように使いに出されているだけさ」



 鶏は聞く耳持たぬといった感じでさらに攻撃を重ねようとしたが、自身の足が動かないことに気がついた。そして気付いたときには遅く、体勢を大きく崩し、前につんのめるような形で膝を崩した。



「悪いがこれ以上我々に危害を加えられないようにサイコキネシスをかけさせてもらったよ? 君はなぜ我々がプリンプリンマンボの関係者だと思ったのだい?」



「………………」


「君は無口な人なのだね。警戒しているからかな? 仕方がない、クレアエンパシーで君の頭の中を無理矢理覗き込むという手段もあるのだが? 話も聞かずに私に攻撃を加えてきた上に、質問に答えるつもりもないと言うのであれば、遠慮なく行使させてもらうが如何だろうか?」


「………………」


「に、鶏さん!!」



 西京と鶏のやり取りを見ていて、たまらずチョンカが口を挟んだ。

 チョンカはなるべくなら西京に人を傷つけて欲しくないし、またそれ以上に傷つけられる姿を見ることは避けたいのだ。



「チョンカちゃん……」


「ラブ公、大丈夫じゃけね、そこでミーティアちゃんと見とって」



 心配そうな顔で成り行きを見守るラブ公と意図的に黙っているミーティアを宥め、チョンカは蹲りながらこちらを睨む鶏へ向き直った。



「鶏さん、うちら鶏さんと戦いにきたんじゃないの!! 急にこんなところに来て話しかけてごめんなさい。でもちょっとでええけぇうちらのお話も聞いてくれんかな?」



 チョンカはちゃんと自分の気持ちが伝わるように背筋を伸ばし鶏に頭を下げた。



「お願いじゃけぇ、お話を聞いてください!! 危害は加えんけぇ、鶏さんも斧を下げてください!」



 必死に頭を下げるチョンカを見る鶏の瞳から、先程までの剣呑とした色が薄らいでいく。

 そして全身の力を抜き、斧を西京の足元へ放り投げた。



「……突然襲ってすまなかった。……俺の家でよければ話を聞こう」



 それまでずっと攻撃的であった鶏から、やっと素直な言葉が聞けた。そして自分の気持ちが少しは伝わって嬉しくなったチョンカは、無用な戦いを回避できた安堵から笑顔を零すのであった。

 そしてその姿を見て、西京も鶏のサイコキネシスを解いた。



「ふむ、では君の山小屋へお邪魔させてもらうとしようか」


「鶏さん、ごめんなさい。ありがとう!!」


「…………構わん。さぁ、行こう」



 何事もなかったようなそぶりで鶏は斧を拾い上げ一人でずんずんと下山していく。その姿を見て、チョンカは「無愛想なだけで本当は優しい人なんだろうな」と思い急いで後ろをついて行くのであった。



「先生、口を挟んでしもうてごめんなさい」


「ふふ、チョンカ君、構わないさ。チョンカ君がああでも言わなければ私は本当にクレアエンパシーを使用していたからね。そうなると情報は得られるけれど彼との仲は取り返しが付かないほどに壊れていたはずだからね。助かったよ」



 西京に褒められて、チョンカは更に表情を緩めたのであった。

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