「ミーティアちゃん、今から怖いおばあちゃんがおるところに入るけど、一言も喋っちゃいけんよ?」
チョンカ達は老婆の家の前まで戻ってきていた。
ミーティアを休ませるため、老婆の息子の説得を一日延期したためだ。
「え、チョンカちゃん……こ、怖いの?」
「大丈夫だよ、ミーティアちゃん! ミーティアちゃんはそのまま僕の頭の上に乗ってじっとしてればいいからね!」
怯える頭上のミーティアをラブ公は優しく撫でてやる。
「さあ、扉を開けるよ」
西京を先頭にして一同は老婆の家に入っていく。
「ん? なんじゃお前さんらかい。えらい早いのぉ……息子はどうした?」
「ふむ、ご老体。息子さんに会うのは明日に延期させてもらうよ」
「な、なんじゃと!? これだからエスパーは!! 約束が違うではないか!!」
唾を飛ばしながら興奮する老婆を前に、チョンカとラブ公は急いで西京の陰に隠れる。チョンカに至ってはため息を吐いている。
「ご老体、興奮するのは体によくないよ? 怒るのは我々の話を聞いてからでも遅くはないだろう?」
「……ふん、理由があって帰ってきたんかい? ほんで、なんじゃい?」
「実は湖の先の森に進んだところで、ここにいるラブ公が道端の木の実を食べてしまってね。それから体調不良を訴えるので大事を取って引き返してきたというわけさ」
「ラブ公……? そのちんまるこいのかい?」
「え!! にし……えっ!?」
老婆は西京の後ろに隠れて顔だけ老婆のほうへ覗かせているラブ公を睨みつけた。
「あ……あ……あ、あた、あたたたた、ぼ、僕お腹が痛いなぁー! すごく痛いよぉ! うーん、うーん」
「ぷはっ!」
突然の無茶振りに慌てて演技を始めるラブ公と、それを見て後ろで顔を背けながら肩を振るわせるチョンカを見て、老婆は眉を寄せる。
「カーーーーーーーッ!! 誰がそんな嘘を信じるんじゃい!!」
その場にいた誰も気付くことは出来なかったが、西京の左手が一瞬であったが光を纏った。そして室内に痛ましい悲鳴が轟いた。
「あー、痛いよぅ、僕死んじゃうのかなぁ……あー……──────あああ!! あ……い、痛い! え、え、あ……? い、いた……あああああああああああ!!」
迫真の演技を続けていたラブ公が突然その場に膝を付き、そのまま床に体を投げ出しもがき苦しみ始めたのだ。
「ラ、ラブ公!!」
「ラブ公ちゃ……あっ」
ミーティアは突然の出来事に思わず叫びそうになってしまったところを、自分の口に手を当て、声を潜める。老婆にはばれてはいないようだった。
「も、も、漏れ……ああああ!!」
「ご老体、あなたが信じるか信じないかは我々にとっては、どちらでもいいことさ。信じてくれなければ我々はこのまま村を去るだけだよ。一宿一飯の恩義は、あらぬ嫌疑をかけられた事で相殺とさせてもらうとするよ。ではチョンカ君、行こうか」
西京の流れるような言い訳に老婆は思わずあっけに取られてしまう。
そして本当に玄関へ向かって行こうとする西京へ声をかける。
「ま、待て! わ、分かった、分かったわい……その苦しみよう、嘘ではあるまい。もう一晩泊まって明日に出発してくれればええわい」
「ぼ、ぼ、僕!! トイレ!!」
周囲の目など気にしていられないといった様子でラブ公がトイレへがむしゃらに駆け込んで行った。
「ラブ公! ラブ公!! ほ、ほんまにお腹が痛かったんじゃね、うち気付かんかった……」
「ふむ、そのようだね(笑)」
その様子を見ていた老婆が大きなため息を吐いた。
そしてラブ公に置き去りにされ、床の上にちんまりとしていたミーティアに気付いた。
物珍しそうな視線を向け、西京に問いかける。
「うん? トイレに駆け込んで行ったあやつも珍妙じゃが……珍しい動物を連れておるの? 森におったのか?」
老婆に値踏みされるような視線を向けられ、ミーティアはギクリと肩を震わせ、目には見えない脂汗を心でかいていた。
ここでもし自分が喋ろうものなら目の前の恐ろしい老婆に煮て焼いて食われてしまうかもしれないと考えていた。
「に、にゃ……にゃーん」
何とかごまかそうと目を背けながらミーティアは必死の演技をした。
さらに、にゃんにゃん言いながら一生懸命にお尻を左右にプリプリ振りはじめた。
ミーティアを見下ろしていたチョンカも、さすがに演技過剰でばれたかもしれないと青ざめているが途中で止めるわけにもいかず、口笛を吹きながら天井を見上げ、ミーティアと同じく脂汗をかいていた。
「んーー? 猫には見えんが……珍しい生き物もおるもんじゃのう?」
「今しがたトイレへ駆け込んだラブ公が森で見つけてね。かわいいと言って連れてきてしまったのさ。大人しい動物なので迷惑はかけないから大目に見てやってはくれないかい?」
「……ふん、まぁええじゃろ」
「にゃはぁーーーーっ」
安心したミーティアはその場で大の字になって仰向けで安堵する。チョンカはまずいと思いそんなミーティアの前に立ち老婆の視線から守ってやるのだった。
その後、昨晩に続き二度目の夕食を頂戴し三十分程経った頃に、青ざめた顔ですっかりやつれてしまったラブ公が帰ってきたのであった。
「さぁ、もう二度目じゃけど、今度こそ息子に会って連れ戻して、はようんこ村から出発しよう!」
翌日、チョンカ一行は再度山の中腹へ向けて出発し、湖のほとりを進んでいた。
昨日と変わらず美しい湖をミーティアはラブ公の頭上でぼんやりと眺めている。
ミーティアを乗せたラブ公は竹馬には乗らず、内股気味に
チョンカ達はラブ公の歩行速度に合わせているため、昨日よりも時間がかかっており朝に出発して昼にもなろうかという時間に、まだ湖周辺を歩いていたのだ。
「ぼ、僕……なんか変なもの食べちゃったのかなぁ……まだおなかが痛いやぁ……」
「(笑)」
「ラブ公、なんか拾って食べたんじゃないん? いけんよ?」
「き、記憶にないんだけどなぁ……」
「(笑)(笑)」
いかなるときも表情の変わらない西京だが、チョンカには何となく機嫌がいいように見えた。
普段西京はチョンカを頭ごなしに叱るようなことはしないのだが、西京の機嫌がいいとやはりチョンカも嬉しくなるのだ。
昨日は少し不機嫌だったチョンカも、スキップを踏んで美しい風景を楽しむほどに機嫌が良くなっていた。
そんなチョンカをよそに、ラブ公はひょこひょこと歩いていたのだが、頭上のミーティアが湖のほとりに入ってから一言も喋っていないことに気が付いた。
「ミーティアちゃん、どうしたの? ミーティアちゃんもおなかが痛いの?」
「え……ううん、違うの。あたちね、何となくなんだけど、このけちきに見覚えがあるような気がちて……なんとなく、さみちい気分になっちゃった」
「そうなの? うーん、そっかぁ……あ! ミーティアちゃん!」
「んー? なぁに、ラブ公ちゃん?」
ラブ公は少し頬を染めつつ、おほんと咳払いを一つした。
「 湖
とっても綺麗な湖
鳥さんたちも楽しそうだよ
僕も鳥さんみたいに羽があったら
ミーティアちゃんを連れて
一緒に水遊びをして
日が暮れるまで遊ぶんだ
だからミーティアちゃん
笑って欲しいな
かわいい笑顔を見せて欲しいな
ね? こっちを見て!」
「えへへ、僕ね、最近教えてもらって詩を作ってるんだぁ! ミーティアちゃん、元気出してね?」
そう言うとラブ公は頭上のミーティアを優しく撫でてやった。
小さいミーティアの体に必要以上の圧力を与えないように、そよ風がふわふわの毛を撫でるように精一杯力加減をして、優しく優しく撫でてやった。
そしてそんなラブ公の優しさが、ミーティアに伝わっていく。
頭上から滴ってきた水滴の流れを感じ、ラブ公は雨が降ってきたと思ったが違ったのだ。
「う、うぅ……ええぇーーーーん! ラ、ラブ公ちゃーーー……あたち、あたちぃ……」
「ど、どうしたの? ミーティアちゃん!?」
「ラブ公……ちゃん……あ、あたち……」
「う、うん? やっぱりどこか痛い?」
「ちゅ……」
「ちゅ?」
「……ちゅきっ」
顔を真っ赤にして立ち止まり、口をあんぐりと開け時間が止まってしまうラブ公と、ラブ公の頭に顔を埋め純白のふわふわ毛並みがまるで真っ赤に見えるように恥ずかしがってお尻をプリプリするミーティアであった。
そんな二人のやり取りを見ていて、チョンカは顔を真っ赤にしながら困ったような表情でにまっと笑う。
ラブ公のそんないいところを知っていたチョンカは、真っ直ぐなその優しさが届いて良かったなと思うと同時に、家族が好意を持たれて自分のことのように嬉しかったのだ。
そして西京の左手にも血が滴るほどの力が篭った。
「ミ、ミーティアちゃん……そ、それって……あ、ああ? あああ!! い、いた、あいぃいぃい! チョ、チョンカちゃん!! ミーティアちゃんをお願い!! う、うわーーーーーー!!」
ラブ公は叫ぶようにそう言うと、一方的にチョンカに頭上のミーティアを預け、茂みのほうへ転がるように駆けていったのだった。
「あーあ……ラブ公……ムード台無しじゃねぇ……」
「ラブ公ちゃん、大丈夫かなぁ……あたち、ちんぱい……」
「(笑)」
チョンカとミーティアは、それが西京の仕業であるとは気付かずに、それから1時間ほどラブ公の帰りを待っていた。
ラブ公が帰ってきた頃には、正午を過ぎ太陽が一番高く昇っていたのであった。
「(笑)」