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ミーティア

「先生、お昼ぐらいには息子のところに着くかなぁ?」


「ふむ、そうだね。私としてはこのまま炎のアートを完成させて欲しくはあるのだが……まぁ、急ぐこともないからね。景色を堪能しながらのんびり行こうじゃないか」


「チョンカちゃん! 湖も綺麗だよ!! あ! あそこに白鳥さんがいるよ!」



 チョンカ一行は老婆の頼みを聞いた翌日、言われたとおり老婆の息子に会うべく、ヴィーク村の名物でもあるフレーザバトン湖を迂回しながらカトラ山へ向かっていた。

 ラブ公の呼びかけにチョンカは湖へ視線を向けた。

 村四つ分はあるだろう、少し大き目の湖は、鳥などの野生の動物が歌い、向こう岸に霧がかかっているがとても静かで美しい場所であった。こんなことで来なければ絶対にピクニックを楽しんだのにと、チョンカはため息を吐いた。


 チョンカ達の住むこの世界は、色々な種族の『人』がいる。

 チョンカや老婆のような、人間族。

 西京やランプ一家、波打ち際マンのように動物が人間のように進化している種族。

 そして野生の動物達。


 この世界では西京のようにリス族の『人』と、野生動物のリスは違うのだ。

 動物の種族は人間族と同じように考え、言葉を喋るが、野生種は動物であるため、言葉を喋ることはない。

 進化の系譜は定かではないがこの世界には色々な種族が共存し、それが常識となっていた。


 チョンカ達が湖で見た鳥は野生の鳥であった。



「うんこ村からうんこ山へ、途中にあるうん湖を抜けて行くんじゃね……はぁ」


「ふふ、チョンカ君。今回はあまり乗り気ではないのだね」


「ぶーーっ、だって先生……」


「まぁまぁ、ご老体にも色々あるのだろうさ。ああは言っていたが寂しいのだろう。チョンカ君の力を貸してあげてもいいのではないかい? エスパーに対する偏見もなくなるかもしれないよ?」


「う、うん……そう、そうじゃね! うん! 西京先生がそう言うならうち頑張る!」



 昨晩の決意が揺らぎかけていたチョンカであったが、何とか気を取り直して先を行くことにしたのであった。





 チョンカ達は湖を抜け、山道に続く森の中を移動していた。

 ヴィークの村の大切な観光資源である湖や山は人の手があまり入っておらず、獣道よりも少しマシといった程度の道が続いていた。

 チョンカ達は元々山で生活を営んでいたため、暗い森や急な坂道も特に苦にすることなく散歩をするように進んでいた。



「先生……今、なんか感じんかった?」


「ふむ……本当だね。近くにエスパーの反応があるね。でもとても小さい……チョンカ君、よく気がついたね」


「えへへ」


「え! エスパーが近くにいるの!?」



 エスパーと聞いて露骨に取り乱したのはラブ公であった。

 どうやら先日のワカメシティでの一件がかなりトラウマになっているように見える。



「うん、でも先生が言うようにぶちちっちゃい反応なんよね。ほんま何なんじゃろ?」


「チョンカ君、来るよ! そこの茂みだ」



 西京が注意を促した先にある茂みが音を立てて揺れた。

 竹馬に乗っていたラブ公は音を聞いてすぐに降り、チョンカの後ろへ隠れる。

 チョンカもサイコシールドを張り、身構えていた。



「お、驚かせちゃってごめんなちゃいっ! あたち、あなたたちに危害を加えるちゅもりはないの!」



 可愛らしい、女の子の声が響いた。

 チョンカ達は揺れた茂みのほうを警戒するが、そこには誰もいなかった。



「こ、声だけしよる!! ど、どこにおるん!?」


「チョンカ君、まさかとは思うがチョンカ君の足元にいるネズミではないのかい?」



 西京の言うとおり、いつの間にかチョンカの足元に一匹の野生のネズミがいた。両手のひらに乗るサイズの、ネズミにしては少し大きなネズミだった。

 純白のフワフワした毛で覆われ、大きなピンク色の耳を立て、夕日がそのまま落ちたような赤い二つの目でチョンカを見上げながらちょこんと佇んでいた。



「あたち、ミーティアっていうの。ネズミじゃないのよ? チンチラっていうの」


「か、か、かわいいーーーー!! 僕ラブ公っていうんだ! よろしくねぇ!」



 ラブ公はあまりの可愛さにその場でピョンピョン飛び上がりながら興奮した面持ちで自己紹介を始めた。

 それを受けてミーティアと名乗ったチンチラも、えっへん! とその場で腰に手を当て胸を張ってみせる。



「君は野生種だろう? なぜ喋れるのかな?」



 西京から核心を突く質問を受け、ミーティアは途端にどんよりした表情になり俯いてしまう。

 そしておどおどとしながら上目遣いで西京へ尋ねた。



「うぅ……あ、あの、あたちのこと……いじめない?」


「いじめないよぅ! チョンカちゃんも西京も、正義のエスパーだもんっ! そんなことしないよ!」



 それを聞いてミーティアの表情がパァッと明るくなる。



「か、かわいいけど、コロコロ表情が変わって、なんか忙しい子じゃね……」


「ふむ、それで先程の質問だが、ミーティア君は野生種だね?」



 もうラブ公と打ち解けたのか、ミーティアはラブ公の頭に乗ってじゃれ合っていたが、ビクッと肩を震わせて再び西京のほうへ視線を向ける。



「う……うん……そうなの……他の人たちには内緒にちといて欲ちいの……」


「先生、そんなに珍しいことなん?」


「そうだね、とても珍しい……というか、野生種が喋るのは私も初めて見たし聞いたこともないね。ミーティア君の言うように、あまり言いふらさないほうがミーティア君の為だろうね。それで君はこんな森で何をしていたのだい?」



 西京の質問攻めにミーティアは小さくなってしまい、ラブ公がそんなミーティアの前で体を張って守るそぶりを見せていた。



「に、西京! かわいそうだよぅ、怯えちゃってるから少しずつ聞いてあげよう?」


「………………チッ。いつか殺す」



 しかしラブ公の股の下からミーティアが顔を出した。

 その表情は怯えではなく決意の表情であった。



「ラブ公ちゃん、守ってくれてありがとう……あたちね、逃げてきたの……この森にいるのはあたちもよく分からないけど、逃げて逃げて気が付いたらここにいたの」


「逃げる? 何から逃げていたのだい?」


「ラピスティ教団っていう人たち……」



 西京が目を細める。

 チョンカの表情にも緊張の色が見えた。



「ふむ……なぜ逃げてきたのだい?」


「……うううぅっ……ごめんなちゃい……」



 ミーティアの夕日のような色のつぶらな瞳から、大粒の涙が零れた。

 その姿を見て、西京はこれ以上の質問は無理だと判断した。



「チョンカ君、すまない」


「はい、先生。ミーティアちゃん、泣かんでも大丈夫じゃよ? うちらミーティアちゃんのこと、ぜっっったいに傷付けたりせんよ? ね、ラブ公!」


「……ふぇ? あ、う、うん! もちろんだよ! ミーティアちゃん、僕達そんなことしないよ」



 先程西京に何か不穏なことを言われたような気がして、気のせいかどうか考えていたラブ公も、胸を叩いてチョンカの言うことに太鼓判を押した。



「うちらに何か出来ることってある? ミーティアちゃん、何でもゆうてくれてええよ?」


「ふぁ……ふぁーーーーーーんっ! あーーんあんあん!! うううぅぅ! ありがとう、ありがとーーーーっ!」



 チョンカとラブ公に優しくされ、ミーティアはまるで緊張の糸が切れたようにその場で泣き崩れてしまった。








「う……ひっく……ひっく」


「ミーティアちゃん、落ち着いた? ほら、チョンカちゃんが水を汲んできてくれたよ」



 ミーティアは差し出された皿に入れられた水を、チロチロと舐めるように飲んだ。

 そして一息ついたミーティアはチョンカ達へ向き直った。



「あたちね、逃げてきたの……すごくすごく長い間、はちったの……そちたらね、ラブ公ちゃん達のことに気が付いて……他の人よりね、あったかい感じがちたの……助けてもらえるかもちれないって……」


「……ふむ……」



 西京は顎に手を当て考え込んでいた。

 野生種のチンチラが喋るどころかエスパー反応を示していたのだ。そしてそのチンチラはラピスティ教団に追われている。

 ミーティアに頼まれるまでもなく、一緒にいたほうが色々な意味で得策であろうと考えていた。


 しかしそれはわざわざ西京が言うまでもない。

 自分が言えば角が立つ。待っていれば二人が────



「ミーティアちゃん! 僕たちと一緒に行こうよ!」


「ふぇ!?」


「うん、ラブ公の言う通りじゃよ、うちらと一緒に行こう? うちら旅しとるけん、野宿とかすることがあるけど、一緒におったほうが安全じゃし……それに楽しいよ?」



 再びミーティアの瞳から大粒の涙が零れる。



「ふぇーーーんっ、あ、あ、ありがとうっ! あたち、あたちぃいぃーーー!」



 ラブ公は優しくミーティアの頭を撫でた。

 自分よりも小さく、弱いミーティアを、ラブ公はすっかり愛おしく思っていた。



「チョンカちゃんが僕を守ってくれるみたいに、僕がミーティアちゃんを守ってあげるからねっ」


「おっ、ラブ公! 頼もしいね!」


「えへへ、僕だっていつも弱虫じゃないんだよぉ!」


「み、みんな、ありがとう。あたち、ほんとは言わなきゃいけないことも言えないし……役に立たないかもちれないけど、一緒にいさせてね?」



 ラブ公はミーティアを撫でながら抱き上げ、自分の頭の上に乗せてあげた。



「ミーティアちゃんが言えるようになったら、みんな聞いてくれるよぅ! 心配しなくたって大丈夫だよ」


「あ……」



 ミーティアはラピスティ教団から逃げていた。

 緊張の中、見つかりにくい場所を選び全力で駆けてきた。

 この森に到着してチョンカ達を見つけたときには体力も尽きかけたところだったのだ。


 ラブ公やチョンカに優しく撫でられ、ラブ公の頭の上に体重を預けていると、いつの間にか寝息を立てていた。



「ありゃ、寝ちゃったね。 よっぽど疲れてたんじゃね……」


「チョンカちゃん、西京、今日はもう帰るのってだめかな? うんこのところには明日じゃダメかなぁ?」



 チョンカと西京が顔を見合わせる。



「うちは、それでもええと思うよ。ミーティアちゃんが元気になってからのほうがええと思う」


「私もチョンカ君に賛成さ。ではテレポーテーションで一度戻るとしようか」


「うんこばあちゃん、また怒りよるかねぇ……はぁ……西京先生、なんとかうまいことゆうてくれん?」


「ふふ、さすがのチョンカ君も苦手なものがあるのだね。分かったよ、任せておきなさい」



 こうしてチョンカ達はチンチラのミーティアと出会い、再びうんこ村へと引き返したのであった。

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