チョンカは老婆に無理矢理手を引かれ、村の中、湖の畔にある老婆の家へと連れて行かれていた。
西京とラブ公はそうでもなかったのだが、チョンカは完全にご機嫌ナナメとなっていた。
「おばあちゃん、さっきはうちの話なんて聞きもせんかったくせに……」
「ブツクサ言うでないわ。エスパーの小娘よ、よう覚えておけ。大人はの、自分の都合で簡単に意見を曲げるのじゃ」
「さっきと言いよることが全然ちゃう!!」
チョンカが怒るのも無理はないだろう。
一生懸命、チョンカなりに老婆を説得しようと会話を試みたが、それを全く聞いていない風にあしらわれ、有無を言わさず完全拒否。そして拒否したその舌の根も乾かない内に自分の都合でチョンカ達を村の中へ引っ張ってきたのだ。
「カーーッ! ええからそこに座らんか!!」
案内されたのは老婆の家の三階にあるバルコニーだった。
バルコニーから見える景色はとても美しく、その高すぎない標高が圧迫感を与えることなく悠然とそこに在り、そしてその姿は裾に広がる湖に映り込んでいた。それらを一望することの出来るこのバルコニーは、まさに特等席といったところである。
ただし、今は日も暮れて辺りに街灯などもあるはずもなく、山や湖は目を凝らさないと姿が良く分からない程には闇に紛れてしまっていた。さらに暗闇に浮かぶ「うんこ」の三文字である。
チョンカ達は老婆に促されるまま、バルコニーに設置してある椅子に腰をかけていく。その席は丁度、山の方角を向いており、いつもであれば本当に特等席だったのだろうが、今は嫌がらせ以外の何ものでもなかった。
チョンカ達の対面に向き合う形で老婆が座る。
「どっこいせぃ……さて、どこから話したらええもんじゃろうのう……」
「おばあちゃん、背景のうんこ背負って喋るのやめん? うち、集中できんのんじゃけど……」
「ワシはもう毎晩見とるから、お前さん以上に見とうないんじゃ! 黙って話を聞いとれ!!」
(なんかうち、このおばあちゃん苦手じゃわぁ……)
そう思いながら、チョンカは唇を尖らせ両手で頬杖をついて「うんこ」をぼんやり眺めていた。
「昔……10年ほど昔じゃ……結婚を控えた一人の男がこの村におった……」
老婆を目を閉じ、過去を思い出すような様子で静かに語りだした。
「ふむ、その男とは息子さんか、家族の方かい?」
西京の言葉に老婆が目を見開いた。
「そ、そうじゃが……お前さん……そうか、エスパーの能力かえ?」
「いや、クレアエンパシーは使っていないよ? ただの勘さ。村の問題を見ず知らずの旅人に頼むことや、この大きさの家にご老体がお一人だとか、そういった情報から少し察しただけさ。確信ではないよ。後になって実は息子なのだと発覚する展開がワチャワチャして、しんどそうだったから今の内にちょっと口を挟んだだけさ。すまないね。続きをどうぞ」
「ふ、ふん……まぁええわい。息子とはいってもの、血は繋がっとらんのじゃ。ワシは人間族じゃし、息子は鶏で鳥族じゃ。そもそも種族からして違うのじゃ」
「それでそれで? おばあちゃん、どうしたのぉ?」
ラブ公がワクワクした様子で続きを促した。
ラブ公も、うんこの秘密が知りたくてたまらない様子であった。
「うむ、そうじゃの、息子なのじゃが……昔村でとある事件があったのじゃ」
「ふむ、とある事件……」
「ふむふむ!!」
「……」
西京は自然体でごく普通に話を聞いていた。
ラブ公はまるで探偵のように、あご(?)に手を当てながら大げさに頷いて聞いていた。
そんな中チョンカはまだ不貞腐れており、老婆に視線を向けずに静かに話を聞いていた。
「毎朝な、各家庭の玄関の前に、うんこが落ちるようになったのじゃ……それもうちの家、つまり村長の家の前には落ちてはおらなんだ。まるでうちの仕業じゃと言わせたいかのようにの」
「まーたうんこなんじゃね。ほんまこの村、うんこ大好きなんじゃねぇ……」
きっ!! と老婆に睨まれ、チョンカはプイーっと顔を逸らす。
「しかし、普通に考えれば、誰かが村長宅に嫌がらせをしようとしてるということが分かってしまって逆効果なのではないのかい?」
「ふん、そうとも限らんかったんじゃ。そもそも各家庭に毎朝届けられるうんこは特徴ある鳥族のうんこでの。当時鳥族は息子と、バカンスに来ておった旅の鳥エスパーの二人しかおらんかったのじゃ」
「旅の……鳥エスパーね……ご老体、そのエスパーの名前は覚えているかい?」
「ふむ、なんぞふざけた名前じゃったのぅ。偽名じゃろうがプリンプリンマンボとか名乗っておったわい」
「分かった! じゃあそのプリンプリンマンボさんが犯人なんだね!!」
椅子の上に立ち上がり、ビシっと老婆へ指を突きつけたラブ公が叫んだ。
「ワシもそう思うとる。しかし村の連中は当時はそう思うとらんかった。毎朝うんこデリバリー事件よりも少し前の話じゃ、収穫祭でオナラ事件というのがあっての……収穫祭で湖のほとりに皆が集まっておる時にの、誰かがやった大きな屁に偶然か意図的かは分からぬが炎が引火しての、村の女のドレスを焦がしてしまうという痛ましい事件があったのじゃ……実はその犯人もワシの息子ではないのかと前々から村民の間で噂になっとったんじゃ」
「それでそのデリバリーも無条件で息子さんが犯人であると決め付けられてしまったわけだね」
「ほうじゃ……ワシは違うと言ったのじゃがの……誰も信じてくれなんだ……どこで歯車が食い違ってしもうたのかの。以前はもっと信頼関係というものがあったのじゃがのう……」
「それでご老体、そのプリンプリンマンボという鳥のエスパーについて詳しく教えてもらえるかい?」
過去に思いを馳せて空を見上げる老婆であったが、西京の言葉で意識を取り戻したかのように、再びチョンカ達に向き直った。
「日がな一日景色を眺めてはつまらん詩を歌っとった変な鳥じゃ。なぜか村の若い女連中には人気があっての。それで村のもんは奴を疑うことすらせんかったんじゃ。デリバリー事件があってすぐに息子の婚約者が一方的に婚約を破棄してきおっての。それでこの鳥に取られてしもうて……それがきっかけで息子はとうとう村を出てしもうての。あとはほれ、あの山のうんこの文字じゃ」
「ふむ、あれは息子さんがやっていることなのだね」
「ほうじゃ。10年かけて、一人で山の木を切り続けての。あれが息子の、村に対するささやかな復讐というわけじゃ。『こ』の字の下の部分、まだ少し短いじゃろう? もうすぐうんこも完成すると思うと感慨深くはあるのじゃが……お前らちょっと山へ行って息子を村まで連れてきてくれんかいの」
西京とラブ公が、頬杖をついて話を聞いていたチョンカの顔を覗き込む。
「チョンカちゃん、おばあちゃんのお願い、聞いてあげようよ~?」
「チョンカ君、どうするね?」
「わしゃこの通り年寄りでの、山まで行く体力がないんじゃわい。さっき何とかしてくれとは言ったがの、息子をここに連れてくるだけでええ。どうじゃ? 小娘」
「………………」
ふんっと鼻で不満を表現してみせるチョンカに老婆が迫る。
「明日、山に行ってくれるなら一晩ここに泊まらせてやるぞ? 飯付きじゃ!」
「わぁー! チョンカちゃん、僕おなかすいちゃったよぉ」
「チョンカ君、私もしばし、ワインでも飲みながらここであの文字を眺めていたく思うのだが」
「あーーーー!! もう分かったけぇ!! 行けばいいんじゃろ! 行けば!!」
チョンカは三人に押し切られ、頭を掻き毟りながらとうとう話を了承してしまうのであった。
その隣で、西京はワイングラスを回しながら山のうんこの明かりを見ていた。
「10年前に滞在していた詩を詠む鳥のエスパー、プリンプリンマンボね……ふむ……ご老体、昔エスパーに痛い目にあったというのはこの鳥のエスパーが絡んでいるのかな?」
「ほうじゃ。息子が出て行ってしもうて一週間と経たんうちに、村中の若い娘を全員連れて出て行ってしもうたんじゃ。それで村の連中もようやく目が覚めたんじゃわい」
「婚約破棄をした婚約者と、村の娘を全員……なるほど……ね。よく分かったよ」
「さぁ、話はこんなもんじゃの、ワシはちょっと晩飯をこしらえてくるでな。お前さんらは適当にくつろいどれ」
「はぁ~い!!」
西京は一人で景色を肴にワインを嗜み、ラブ公は竹馬の練習を始めた。
チョンカは相変わらず不貞腐れてはいたが、明日のことを考えていた。
(せっかく、話を受けるんじゃし、受けた以上はちゃんとせにゃならんよね! よし、絶対連れて帰ってくるけぇね……! もうあほな事はすんな! って怒らにゃいけんね! よしっ!)
こうして一行は、久々の暖かいベッドで寝るという目的を達成することが出来たのであった。