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Welcome to Unko Village

「や、やっぱりエスパーって変態ばっかじゃわ!! ラブ公、近寄っちゃいけん!!」



 チョンカはラブ公を抱えながら波打ち際マンから距離をとっていた。



「うっ……それは、褒め言葉として……頂いておこう……うっ」


「な、波打ち際マン先生……」


「ラブ公君……うっ、気にすることはない……我々のように感性の鋭い者は……その鋭さゆえに……常人には理解されがたいもの……うっ、こうやって距離を置かれることも……ままあることさ……それを恐れては……いけないよ」



 ラブ公が涙ぐんでいる。

 チョンカには単なる変態にしか見えない波打ち際マンも、ラブ公にとっては、創作活動をする上でインスピレーションを得るための快楽であるとの理解だったのだ。

 しかし他人の気持ちの変化に敏感なラブ公にはチョンカが距離をとる理由も分かる。

 何かを創作する人間は、その特殊性ゆえに孤高の存在となってしまうのか、という涙であった。



「せ、先生、もう村に行こうや……キモイ……」


「ふむ、そうだね。このまま詩を聞き続けたらこの辺りの地形を変えてしまいそうさ」


「うっ……村かい? 東にある村のことだね……」


「波打ち際マン先生、村のこと知ってるの?」



 波打ち際マンは海を見つめたまま、右の羽を北にある山へ向けた。



「この山の東にある村……うっ……とても美しい村さ……その村から湖を挟んで見るこの山の景色は……とても美しかった……うっ」


「おや、まるで今は美しくないような言い方をするね?」


「うっ……私は久しぶりにこの地方へやってきてね……元々はその美しい風景を見て詩を詠もうと思っていたのさ……うっ、だが昔の美しい景観は失われてしまっていた……それで仕方がなくここにいるのさ……」



 波打ち際マンは初めて立ち上がり、チョンカ達のほうへ向き直った。

 チョンカは反射的に顔を手で覆い波打ち際マンを見ないようにしようとしたのだが、好奇心で指と指の隙間から覗いてしまう。



(ほっ……鳥じゃけぇ、よー分からんわ……良かった……)


「僕は美しくないものが許せなくてね……特に昔の美しさを知っているだけにあの山はね……本当に残念なことだよ……」



 そう言って山を見つめている波打ち際マンは、本当に寂しそうな顔をしているとラブ公は感じていた。



「波打ち際マン先生……ま、また会える?」


「もちろんさ……ラブ公君。次に会うときはお互いに詩を交換し合おうじゃないか……」


「は、はい! うわぁ、詩の交換……なんて素敵なんだろう! 僕楽しみだなぁ!」



 波打ち際マンとの別れを惜しむラブ公をよそに、西京は山を見つめていた。

 「残念なことだ」と言う波打ち際マンの言葉に、別の何かを感じたような気がしたからであった。


 こうしてチョンカ達は波打ち際マンと別れ、一路山の東のふもとにある村へと歩みを進めたのであった。








 チョンカ達は山の南側から東側へ、森と平原の境界を辿るように進んだ。

 このまま境界を進み街道へ入って北上すれば、ヴィークという村が見えてくる。


 街道はワカメシティから北東へ伸び、ヴィークと繋いでいるのだが、チョンカ達が海を見たがったため街道を無視して海岸沿いを北上していたのだ。チョンカ達は海岸から丸一日、東へ歩き街道に入った。元々西京が予定していた旅路に戻ったのだ。


 ワカメシティを出てからずっと見えている山をカトラ山と言った。

 東西に長い形をしていたが標高は400M程と少し小高いくらいで、西京の山と比べても半分程度の高さであった。



「んー??」


「チョンカ君、どうしたんだい?」



 街道を北上しヴィークが見え始めた頃、チョンカが山を見つめて唸りだした。



「なんじゃろ……先生、あの山なんかハゲとらん?」



 チョンカは山の中腹部分を指さした。

 西京とラブ公もつられてそちらのほうへ視線をやった。



「あー、ほんとだね! なんかあそこだけ木がないよぉ!」


「ふむ、山火事があったにしては変なハゲ方をしているね……何かミミズが這ったような……何だろうね?」


「波打ち際マンがゆうとったのってあれのことじゃろうか?」


「そうだね、村で聞いてみようじゃないか」






 エスパーはこの世界ではとても嫌われ、恐れられている。

 元々エスパーは少ないのだが、常人では逆らうことの出来ない超常的な能力を使い、好き勝手に振舞う者が大多数を占めていたからだ。チョンカも村から追い出された経験をしており、そのことを身をもって知っていた。チョンカが旅をしたいと考えたきっかけにもなった出来事であった。ワカメシティーの住民達の反応が良かったからか、忘れていたわけではないのだが、それを再認識させられる結果となる。



「帰れ。エスパーなど、争いの火種でしかないわい……村に入ることは許さん」


「お、おばあちゃん! うちら旅しとるだけで悪いエスパーじゃないんよ。お願いじゃけ村に入れてくれん?」



 チョンカ達が村に着いたのは夕方頃のことだった。村に入ろうとしたところを村民に止められ、村長である人間の老婆と村に入るための交渉をすることになったのだ。暖かい布団で眠りたい。そして何より、エスパーに対する誤解を解きたい。

 チョンカは老婆に必死に頭を下げていた。



「ふん、まぁお前らが悪さをするような人間でないことは分かったわい……じゃが、なんでそんなにこの村に入りたいんじゃ? そこが分からんのじゃ。布団で眠りたいのであればワカメシティにでも行けばよかろう? あそこはエスパーに寛大じゃし、エスパーならひとっ飛びじゃろうに」



 老婆の鋭い目がチョンカを睨み光る。隠し事をしても無駄だと言わんばかりだ。



「チョンカ君」


「先生、大丈夫。うちにお話させて?」



 チョンカは心配して前に出ようとした西京の気持ちを嬉しく思いながら、気持ちだけ貰っておくことにした。

 他の誰でもない、自分が決めて自分が望んで出た旅なのだ。西京に頼ってばかりはいられないのだ。



「おばあちゃん、うちね、昔ね……エスパーってだけで石を投げられて村を追い出されたことがあったん。……エスパーは悪い奴が多いけん、それも当たり前って西京先生に教えてもらいよったんじゃけどね……うち、おばあちゃんみたいにエスパーに悪い気持ちを持ってる人に、エスパーは悪い人ばっかりじゃないって教えたくて、困っとる人を助けながら旅しとるの」


「ふん……ワシには何の関係もない話じゃのぅ」


「そ、そうじゃけど! あ、あのね、うちらワカメシティから来たんじゃけど、ワカメシティでは皆と仲良くなれたもん! うちがこの村にどうしても入りたいって思いよるんは、おばあちゃんとお話しがしたいからじゃよ!」


「何を話すんじゃい? ふん、話しても何も変わらんわい。変わらんから話すだけ無駄じゃ。エスパーの小娘よ、よう覚えておけ。大人はの、簡単には意見を曲げんのじゃ。それに昔この村もエスパーに痛い目に合わされとるでの。死傷者は出とらんが、皆エスパーと聞けばええ顔はせんじゃろうの」



 老婆のあまりの頑なさにチョンカは悔しさを隠しきれず両手をぎゅっと握り締める。

 ワカメシティではうまくやれたように思っていた。

 ランプにしても、ワカメボーイにしても、皆自分の話を聞いてくれたし分かってくれた。

 先程、西京を遮ったのも、そのワカメシティでつけた自信の表れであった。

 そしてそんなチョンカの頭を西京はいつものように優しく撫でてやるのだった。



「ふむ、ご老体。そう言えばここに来る前に、昔のこの村を知っている人物に出会って聞いたのだが、昔と違って山を望む景色が美しくなくなったそうだね? 質問にすら答えてはくれないのかな?」



「ふん……そのことか、そうじゃの、丁度ええわ。もうじきかの? お前さんら山を見とってみぃ」



 先程まで夕日を浴びて燃えるような色に染まっていた山も、老婆と話しこんでいたせいで薄暗くなっていた。

 あと数分もしないうちに日が沈みきり夜がやってくるのだ。



「もう、夜じゃね……寝るところ探さんならんねぇ……はぁ」


「小娘! 言われた通り山を見とかんかい!」



 後頭部を軽く杖で殴られたチョンカはしぶしぶ山のほうへ視線を向けた。

 そしてチョンカは後頭部を撫でながら世にも美しい風景を見たのだ。



「う……わぁ……き、綺麗……!!」


「チョンカちゃん……し、し、神秘的だね……!!」


「……ふん」



 面白くなさそうな老婆をよそに、チョンカとラブ公は感動していた。


 山の中腹、丁度昼間に「ハゲている」と言って指をさしていた付近に、少しずつ明かりが燈り始めたのだ。

 暗闇の中に浮かび上がった明かりは隣の明かりと繋がり、点が線を作っていく。


 そうして山の中腹に炎の明かりが浮かびあがっていく。



「う……?」



 チョンカはラブ公を抱き上げた。

 先程老婆に拒絶されたことなんてすっかり頭から飛んでいた。

 目の前の幻想的な風景を、チョンカとラブ公はしっかりと目に焼き付けようと必死になって見ていたのだ。



「ん……?」



 山のハゲていた部分は文字になっていたのだ。たいまつがいくつも設置してあるのだろう、誰かが火を燈していっているのだ。

 明かりと明かりが次々と繋がり徐々に文字が出来上がっていった。



「ねぇ、おばあちゃん」


「なんじゃい、小娘」


「うちの……見間違いじゃろうか……」



 力なく抱えていたラブ公を地面に降ろした。

 ラブ公は竹馬を握り、引きずりながらうなだれた様子を見せていた。



「僕の……感動……返して欲しいなぁもぅ……」



 チョンカの目にはフレーザバトンという湖を挟んでカトラ山が見えていた。

 そしてそのカトラ山には今、炎の明かりで文字が浮かび上がっていた。

 幻想的な景色であったが山には炎によって三文字が刻まれていた。



「あれ、うちには『うんこ』って書いてあるように見えるんじゃけど……」


「そうじゃの、ワシにもそう見えるでの」



 チョンカは老婆のほうへ向き直る。



「さ、最低な村じゃね、う、うんこ! うんこ村じゃ! ここはうんこ村じゃ!!」


「カーーーーッ!! やかましいわい!! 小娘にそんなことを言われんでも村民一同分かっとるわい!!」


「な、なんなんアレ……この村の名物なん……? か、変わった村じゃね。うんこ村」


「ふむ、いい村じゃないか。私は気に入ったよ?」


「おおおーーそうじゃ!!」



 老婆は思い出したかのように相槌を打った。



「お前さんら、あれを何とかしてくれるっちゅーなら村に滞在させてやってもええぞ?」


「え、うちもう別にこの村入りとうないわぁ……素通りしたいんじゃけど」


「ぼ、僕もぉ……」


「カーーーーーーーーーッ!! 困っとるもんを助けるとか何とか抜かしとったじゃろうがっ!! ええから来い!!」



 嫌がるチョンカの腕を老婆は引っ張って村の中へ進んでいった。

 最初と立場が逆になってしまっていたが一応は当初の目的どおり村へ入ることが出来たチョンカ一行であった。

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