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アニムスのご加護

「おい、西京の弟子! 俺を見ろ」



 立っているだけでもやっとだったチョンカでも向き合う敵を否応なく見ていたので言葉の意味が分からなかった。



「…………?」



 腰に手を当てるようなポーズのフェアリーの大胸筋が数回、痙攣した。



「…………ひっ! ……キモ……」


「んーふーぅい! どうだ?」


「いや、ぶちキモイんじゃけど。ってゆうかお前、さっき死んだんやないん!?」



 ワカメボーイのハリガネちゃんに集られてウニの中身が無事なようには見えなかったのだ。



「西京と同じことを聞くな。まぁ不思議に思うのも無理はないな」


「……? お前、さっきからチョイチョイ先生の名前だしよるけど、先生のこと知っとるん!? ……まさか先生に何かしよったん!?」



 フェアリーは口元に手を当てながら厭らしい笑みを零す。



「ははは、質問は二つくらいまでにしておけよ? それよりも久しぶりにこの姿で人前に立つんだ。もっと俺を見てみろ。ほら、切れてるだろう?」(訳:筋肉がとても美しいと思いませんか?)


「キモっ……! 先生はどうしたん!? お前、知っとるんじゃろ!?」


「そうか、さっきの会話を聞いていなかったのだな? ふん、知りたければかかってこい。俺を倒せたら教えてやる。他とは土台が違うってことを教えてやろう!」(訳:他の筋肉と比べ自分は桁外れであることを教えましょう)



 チョンカは震えていた。

 単純に目の前の筋肉ウニが恐ろしかったのだ。

 飛ばしてきた棘も、ワカメボーイを吹き飛ばした何かも、チョンカは目で追えていない。

 さらに西京をも倒したかもしれない相手だと気付いてしまった。


 後ろにいるラブ公と、ランプ一家や町の住民を守りたい。

 でもフェアリーに勝てる気がしない……

 チョンカの目には、フェアリーがとてつもなく大きく映っていたのだ。

 体調は万全どころか、立っているだけでも辛い状態で、自分よりも確実に格上の相手との戦いに、守らなければならないというプレッシャーから、恐怖を感じていた。



「どうした? かかってこないのか? ほら、ここに撃って来い。サイコルークスだったか? 得意なんだろう? まずは撃たせてやるから、ドンと来いよ。まずは俺のバルクを肌で感じろ」(訳:まずは私の筋肉の厚みを知ってください)



「フェアリー、でかいよ!!」(訳:筋肉が大きいですね)


「フェアリー、背中に羽が生えてるぅ!!」(訳:広背筋が大きすぎて羽が生えているように見えますね)



 フェアリーの取り巻きのウニ達が一斉に囃し立てる。

 その声援を受けてフェアリーは様々なポーズを決めていく。


 そしてフェアリーは自分の胸の筋肉をトントンと親指で叩く挑発行為を行う。



「来い」



 息を吐き、吐ききって顔を上げたチョンカの目に決意の色が宿る。

 チョンカの周りの空間に電気を帯びた光の球が無数に浮かびだした。


 元々、西京が得意とするパイロキネシスとは炎だけを出す能力ではなく、電力を発生させることも出来る。

 チョンカのサイコスパークはパイロキネシスの発展系の能力であり、独自のものと言えるまでに西京の指導の下で極めていたものだった。



「サイコスパーク!」



 光の球が雷鳴と共に弾け、いくつもの光の軌跡を描きながらフェアリーの大胸筋に襲い掛かった。



「……あ? なんだ、この電気は? ビリビリと気持ちいいな。俺の筋肉が喜んでるぜ? もっとやれ!」


「フェアリー、大胸筋が歩いてるぅ!!」(訳:フェアリーの大胸筋が半端じゃないから見てあげて下さい)


「グレートケツプリ!!」(訳:お尻の鍛え方がすごいですね)



 チョンカの渾身のサイコスパークが次々とフェアリーの大胸筋へ刺さるが、全くダメージを与えられていなかった。それどころかマッサージを受けているかのような余裕を見せていた。

 フェアリーが気持ちよさげな顔でチョンカのほうを見ると、そこには電撃を発する光の球が宙に浮いているだけでチョンカの姿がなかった。

 チョンカはフェアリーの斜め後ろ上空へテレポートしていたのだ。



「……サイコ──」


「芸がないぜ! うなれ、俺の僧帽筋!!」


「フェアリー、僧帽筋が威嚇してるー!!」(訳:僧帽筋が威嚇しているかと思うほどに大きいですね)



 フェアリーは空中にいるチョンカに向けてアッパーカットを放つ。

 アッパーカットの速度に周囲の空気が巻かれ波動となってチョンカを襲った。



「あっ! あぐぅ!」



 読まれていると分かり、急ぎサイコガードを試みたチョンカであったが間に合わずにそのままフェアリーの放った波動に巻き上げられ、空中を錐揉み回転しながら地面に叩きつけられてしまった。



「こんなもんか? いかな西京の弟子と言えど俺の筋肉の前では無力だな! はっ! はっ!」


「フェアリー、肩メロン!!」(訳:肩がメロンのように大きいですね)


「チョンカちゃん!! う、うわぁぁん!!」



 ラブ公の悲痛な叫びが庭園に木霊する。その声に反応するように、地に伏していたチョンカの指がピクリと動いた。



「お前、気味の悪い生物だな……初めて見る種族だな」



 チョンカを心配するラブ公にフェアリーの影が落ちる。



「……ひいぃっっ!!」


「お前も西京の弟子か? ……殺しておくか。 はっ!」



 両腕を振り上げ力瘤を作りながら、フェアリーは徐々にラブ公ににじり寄った。


「フェアリー、チョモランマ! 上腕二頭筋! チョモランマ!!」(訳:上腕二頭筋がチョモランマを彷彿とさせるほど隆起していますね)


「死ね、そして俺の筋肉の肥やしになれ……」



 振りかぶられたフェアリーの腕から繰り出される拳は、ラブ公にとってはあまりに大きく強大で、そしてスローモーションのように見えていた。



「う、うわぁぁぁあぁぁっぁああ!!」



 拳がラブ公を飲み込もうとした直前、フェアリーの体が少し揺れピタリと静止する。

 フェアリーの肩にチョンカが纏わりつくようにして、しがみ付いていたのだ。



「ぬ!? おまえ! まだ生きてたのか!?」



 フェアリーがチョンカを振りほどこうと身をよじるが、チョンカは両の指先にサイコルークスを施し筋肉に突き刺して必死にしがみ付いていた。



「ラブ……公……に、がはっ! 手を……出さん、で!」


「あ、あいたたた、お、お前! 折角仕上がってる俺の筋肉を!!」(訳:今日という日の為にコンディションを整えた私の筋肉に何をなさるのですか)


「ラブこ……う……にげ……!」



 フェアリーはチョンカの胸倉を掴み無理矢理引き剥がし、空中へ放り投げた。



「そろそろ寝ろや!!」


「きゃー! フェアリー、腹筋板チョコ!!」(訳:腹筋が板チョコのように黒く、そして割れていますね)



 空中に投げ出され放物線の頂点にいたチョンカはフェアリーのサイコキネシスにより、地面へ向けて急直下させられた。

 ラブ公の眼前、チョンカが衝突させられた衝撃で轟音と共に地面は割れ、土煙があたりに舞う。



「はい、ズドーン!!」(訳:どやっ)


「チョンカちゃん!!」


「さぁ、小さいの。次はお前だ。筋肉一番!」(訳:筋肉が一番ですね)



 チョンカは舞い上がった土埃をかぶったまま、ピクリとも動かない。

 ラブ公が必死にチョンカを揺すり、起こそうとする。



「チョンカちゃん! やだ、やだよう!! チョンカちゃああぁん!! うぅぅううぅ、目を、目を開けてぇ! ちょんかちゃああぁぁ!!」



 ラブ公はチョンカの胸元にしがみ付きながら必死に名前を呼び続けた。



「チョンカちゃん、チョンカちゃん!! ああぁん!! チョンカちゃん死なないでぇぇええぇ!! 僕、チョンカちゃんの為なら何だってするから! だから目を開けてよぉぉおお!! ちょんかちゃああ!!」


「そいつはもう死んだんだ! お前も死ね!」



 フェアリーは今度こそ、ラブ公へ拳を繰り出した──











(ラブ……公……)


(そっか、うち……死んじゃったんじゃね……)


(ごめんね……ラブ公……先生…………)






『アニマを昇華させなさい』






 ドクンッ!





(アニマ……?)



 チョンカの頭の中に、白い空間で聞いた女性の声が響く。







「──カちゃ、チョンカちゃーー!!」


(ラブ公の声が聞こえる……)








『生と死の連鎖でしか──』





 ドクンッ! ドクンッ!!











 フェアリーはラブ公へ自慢の剛拳を力任せに叩きつけた。

 轟音と共に大きな衝撃波が辺りの空気を穿ち、土煙を払う。



 そしてフェアリーは見たのだ。






「────────っ! お前……!」




 いつの間にか立ち上がっていた少女はキラキラと輝く薄い赤の光を体に纏っていた。




「お前、あれだけやられてまだっ────」





 少女の右の瞳が、輝く空間の中で一際輝いていた。


 瞳は虹のように七色の輝きを放っていた。





「お、おおぉぉおっっ!!」



 自身の拳が少女の手のひらによって先から弾け飛び肉片が散っていく。

 まるで光の中に吸い込まれていくように。



「ラブ公……ありがとう」


「チョンカ……ちゃん……?」



 ラブ公の体もまたチョンカと同じく薄い赤の光を纏っている。



「ラブ公がくれたんじゃろ? もう大丈夫じゃけぇね」


「僕が……あげた?」



 チョンカは虹色に輝く瞳でラブ公のほうを見てニッと笑って見せた。





「アニムスの──ご加護!!」

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