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お父さんと変態

 木の板でランプに弾き飛ばされたウニは、体勢を整えランプのほうへジワリジワリと這い寄っていた。

 ランプによるダメージなどまるでないようであった。



「と、父ちゃん……あ、あんっ!」



 ウニが自身の棘を使って地面に体を固定し投擲体勢に入った。そして狙いを定め数本の棘をランプに向け射出する。

 スジ太郎の傷もそうだが、当たれば人体を貫通するほどの威力を秘めた棘が今度はランプを襲った。


 ランプはスジ太郎を庇っていたのだ。

 棘が飛んできても、避けようともせずにその場から動こうとしなかった。

 ただひたすら、木の板と己の体を盾にしてスジ太郎を守っていた。



「父ちゃん、もうやめ……んひっ!」



 ランプは決して声をあげなかったし、スジ太郎に振り返ることもなかった。

 そして何度目かの棘の射出に耐えた後、とうとうランプはその場に膝をついた。

 木の板は、もう盾としては使い物にならない程に割れており、自身の腕にも何本も棘が刺さっていた。


 それでもランプは血だらけの両腕を広げ、スジ太郎を守る姿勢を崩そうとはしなかった。



「と、父ちゃん……うっひっ! はぁ、はぁ、な、なんで? 俺、あっひ! 俺、変態だよ?」


「……それでも……お前は、私の……息子だ……」



 ふくらはぎから痛みと共に血が流れていた。

 それ以上に、快楽と共にスジ太郎の感情に呼応して乳が溢れていた。

 しかしそれらでさえ、両目から留まることを知らないほどに次から次へと零れてくる、大粒の涙ほどではなかった。



「と、父ち゛ゃん……ごめ゛ん゛……お、俺……あ゛っひ! 俺、こんなん……な゛っちまって……ん゛ひっ! ごめ゛ん゛なざい……ごめ゛ん……」



 ランプがスジ太郎へ振り返り、身に纏っていたワカメを脱ぎ捨てた。

 腕や足だけではない、体にも数本の棘が刺さっており、満身創痍であった。


 ランプは無言でスジ太郎を自分のほうへ抱き寄せた。

 温かく、そして優しくはあったが、力強さを感じる父親の抱き方そのものだった。



「馬鹿者……謝る必要はない。例えどんな姿になろうが、何に変わり果てようが、お前は私の息子だ……」


「とう……ちゃん……」


「怒鳴って悪かった……よく帰ってきたな、スジ太郎……もう……どこへも……行くな……」



 スジ太郎は自分を守ってくれる大きなものに包まれる安心感を感じていた。

 スジ太郎にとってはほんの数日の感覚だったが、その抱擁は15年分の親の愛情が込められたものだった。


 ランプの体が、スジ太郎のほうへ少し寄りかかるように傾いた。

 スジ太郎が見上げたとき、スジ太郎と同じく涙を流すランプの意識はすでになかった。



「父ちゃん……?」



 ランプはそのままその場に崩れるように倒れた。



「父ちゃん!! 父ちゃん!! とう、ちゃぁ……」



 倒れたランプのその先に、スジ太郎のほうへ静かに狙いをつけるウニがいた。

 今度は自分が父親を守るんだ、という想いでスジ太郎はランプの上に覆いかぶさった。

 ウニはとどめの棘を二人に向けて放つ──


 草のことは内緒にするつもりだった。



 こんなことになるなんて思わなかった。




 両親を苦しめてしまった。





 こんな変態になって、拒絶されても当然だと自分でも思う。






 それでも息子だと言ってくれた。だから──









「だから! と、父ちゃん、死なないでくれ!!」









 父を思う子の叫びが届いたのだろうか──


 聞き覚えのある少女の声がスジ太郎の気持ちに大きな声で答えてくれたのだ。











「うん! ランプさんは死なさんけぇ大丈夫!」











 気付けばウニから放たれた数本の棘は空中で静止していた。



「……ついでに変態も助けちゃるけぇね……来るの、遅れてごめんね……」



 見知った女の子チョンカは、ラブ公を肩に乗せ、光を纏いながら風のように颯爽とスジ太郎たちの前に現れた。



「さっき町の中に急にエスパーの反応が出たと思ったら、ウニが凶暴になってきよったん。すぐ終わらせてランプさんの治療をするけぇ、ちょっとそのまま待っとってや」



 チョンカとウニの間に浮かんだまま静止してた棘が、空中に走った光に打ち抜かれ黒ずんでボロボロと地面に落ちていく。

 チョンカの周囲に光の玉が浮かんでいた。





「黒こげになりぃや! サイコスパーク!」





 チョンカの周囲の空間に電気を帯びた光の球がいくつか浮かびだし次々と弾けた。

 スジ太郎は閃光のまぶしさに目を細めながらチョンカの後姿を見ていた。

 雷鳴が響く光の中、指揮でもしているかのようなチョンカの背中だけがスジ太郎に影を落としていた。


 数回光り、全ての光りの玉が弾けた後、チョンカはスジ太郎のほうを振り向き、中腰になった。

 スジ太郎は圧倒的なその光景に見とれていたがランプが急を要する事態であることを思い出す。

 見ればウニの体は煙を噴いており、完全に沈黙していた。



「ランプさん、今助けるけぇね、しっかりして!」


「チョンカちゃん! ランプのおじちゃん、まだ意識があるよ!」


「よかった……いくよ、サイコヒール……」



 クレアボヤンスで患部を透視し、サイコブーストで時間経過速度を速めて細胞を再生させ、サイコキネシスで再生の補助をする。

 この三つの能力の重ねがけがサイコヒールである。


 ランプに刺さったままの棘を、出血を抑えつつサイコキネシスで抜き去り、部分的にサイコブーストで再生させていく。

 チョンカはこの作業を一箇所ずつ丁寧に行っていく。


 西京であるならば一瞬で終わったのかもしれない。

 もちろん沢山の修練を重ねたが、実際の重傷者に向けて使用するのは初めての経験だった。

 チョンカは極度の緊張と能力による消費で滴るほどの汗をかいていた。



「これで……もう大丈夫……じゃよ……」



 外傷が元通りになったランプは先程までの荒い呼吸が落ち着いて整ったものになっていた。



「と、父ちゃん! 父ちゃわっひ! あん! あん!」


「はは……スジ太郎はこんなときも……キモイんじゃね……」



 消耗が激しかったチョンカに最早突っ込む元気はなかった。

 涙を流しながらランプを心配するスジ太郎を見ていて、そんな気が失せたというのもある。



「父ちゃん! 父ちゃん! 目を……うっひ! 目を開け……て」



 ランプの右手を握るスジ太郎の祈るような言葉に反応したのか、ランプの目が薄く開かれた。





「スジ……た……ろう」


「!! 父ちゃああああんっ!」





 スジ太郎は倒れているランプを力いっぱい抱きしめた。スジ太郎の乳が暴れるように白液を噴出し、ランプの顔に大量にかかっていた。

 スジ太郎の叫び声は泣き声なのか、嬌声なのか、その判断はつかなかったが、チョンカはやはり邪魔をしないでおこうと思った。

 乳をかけられながらもランプの顔は穏やかだったからだ。



「スジ太郎……たす、かったのだ、な……よかっ……こら……やめなさい……乳が……」


「父ちゃん! 父ちゃん! とうちゃぁぁあぁぁ……」



 やめなさいと言いながらも、ランプは右手でスジ太郎の頭を優しく撫でていた。

 あの量の乳を大量に掛けられて呼吸困難を起こさないのだろうかと、感動的な場面も台無しだなと思いながらチョンカは見守っていた。

 それでもずっと見ていたい、温かい場面だった。


 しかしそうも言っていられず、チョンカはラブ公を抱え立ち上がった。



「ランプさん、スジ太郎、ワカメボーイさんの家に行くよ。ここにいたらまた襲われるかも知れんけぇね」


「チョン……カちゃん……すまない……ね」


「ランプさん、無理せんでええよ? あのね、今この町の中にエスパーがおるの。だからうちも、はよワカメボーイさんのところに行かんといけんのん。テレポーテーションで二人をみんなが避難しとるところに送るけぇ、ランプさんはそのまま寝とってね?」


「チョ、チョンカ……ありが、ウッホ! おひぃ……」



 スジ太郎が涙ながらに感謝の言葉を述べようとチョンカに頭を下げようとするが、我侭な乳がそれすら許さない。



「も、もうええけぇ、お前は喋らんで? お願いじゃけ」



 チョンカの感じていたエスパーの反応は何の前触れもなく町に突然現れた。

 その場所はワカメボーイ邸の庭である。


 今もやはりワカメボーイ邸の前に広がる大きな庭にエスパーの反応が二つあった。

 つまり敵のエスパーとワカメボーイが戦っているはずだ。


 住民達は皆、ワカメボーイ邸に集められている。

 チョンカは逸る気持ちを抑えながら、ランプとスジ太郎を連れてテレポーテーションを行うのであった。

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