時は少しさかのぼる。
西京がテレポーテーションで敵を倒しに出掛けた後、チョンカ達はワカメボーイ邸にいた。
「うわぁ……ワカメだらけじゃね……」
こんな非常時くらいワカメをつけなくてもいいのでは? と思うチョンカであった。
避難している住民達の表情は案外平然としたものだった。
それもそのはずでほとんどの人間はワカメボーイ邸へ押し込められている理由を分かっていないのだ。
またワカメボーイの訳の分からない命令が出たからとりあえず従っておこう程度にしか考えていなかった。
「チョンカちゃん、みんなワカメでスジ子ちゃんが分からないね」
ワカメボーイ邸に着いてすぐに、ワカメボーイとは別れた。
ワカメボーイは直接防衛指示を取るため外へ引き返したのだ。
「うーん、大きい声で呼んだらどうじゃろ」
こうしてチョンカとラブ公の二人はワカメの群れを掻き分けながら「おーい、スジ子ちゃーん」と大きな声で呼びかけていた。
そして二階の広間でスジ子とヒレ美を見つけたのだ。
「チョ、チョンカちゃん! あんまり大きな声で呼ばないでよぉ~恥ずかしいでしょ!」
余程恥ずかしかったのか、一度は別れたはずのチョンカがここにいることへの突っ込みの前に怒られてしまうチョンカだった。
「チョンカちゃんもここに集まるように言われたの?」
全く事情が飲み込めていないスジ子はあっけらかんと質問する。
チョンカはその言葉から住民達が事情を飲み込めていないことを察して小声でスジ子に答えた。
「スジ子ちゃん実はね、この町が襲われるかもしれんのん。だからうちらも町を守ろうって思って帰ってきたんじゃよ」
「え! 襲われる……!?」
「そうなん。だからみんなここに集められとるんじゃよ」
事態を把握したスジ子の顔が徐々に青ざめていくのが分かった。
そんなスジ子を見てヒレ美がなだめるように言った。
「スジ子、落ち着きなさい。だからエスパーのチョンカちゃんが帰ってきてくれたんでしょう? きっとチョンカちゃんに任せれば大丈夫よ。そうよね? チョンカちゃん」
「うん! 任せてや! うち頑張るけぇ!」
「僕も頑張るよ!」
「チョ、チョンカちゃん……」
スジ子は予想外の事態を聞かされて取り乱してしまったことを少し反省した。
そして目の前の少女一人を危険に晒してしまうようなお願いをするべきか悩んだ後チョンカに尋ねてみた。
「チョンカちゃん、私達の町の為にごめんね……チョンカちゃんは大丈夫なの?」
「うん! 町はワカメボーイさんが守るってゆうとったけん大丈夫! うちはランプさん達を守れって西京先生が……そう言えばランプさんってまだ帰って来とらんのん?」
「うん……父ちゃんはまだ帰ってないよ……このお屋敷にいるのかな……」
「スジ子、父ちゃんは大丈夫よ。すぐに帰って来るわ。それよりも……」
そう、ヒレ美の心配事とはこの場にいない乳搾りの変態のことであった。
「あー……あの変態はどうしとるん? ちゃんと避難しとるの?」
「…………兄ちゃんは家の前に繋いだままだよ…………」
「えーーーー! あ、危ないけぇはよ連れてきたほうがええんじゃないん?」
スジ子とヒレ美は、青ざめた顔で視線を泳がせる。
「ほ、本当はここに来る前に連れてこようかと思ったんだよ? で、でもね……」
「ドアの外から乳搾りをするスジ太郎の声が聞こえて……ねぇ?」
「うん……呼ばれてる理由も分からなくて、まさかこんな事態だったとは思わなくて……」
それぞれの必死の言い訳を聞いたチョンカは少し難しい顔をした。
ここに呼ばれた理由も分かっていなかったのだ。それになにより、もし自分がスジ子達の立場だったとしても連れてくるのを躊躇っただろうからだ。
ただ、そうは言っても事態が事態だけに放置しておくわけにもいかず、チョンカは立ち上がった。
「……うぅ、い、嫌じゃけどうちが行ってくるけぇ、二人はここから動いちゃいけんよ?」
チョンカの言葉を聴いて、スジ子とヒレ美の表情が明るくなっていく。
それはもうヒマワリのような笑顔だった。
「ほ、本当!? チョンカちゃん!! わぁ、よかった! ずっと兄ちゃんのこと心配だったの!」
「チョンカちゃん、ありがとうねぇ! へんた……スジ太郎のこと、よろしくお願いできるかしら?」
二人のあまりの勢いに気圧されながらチョンカはしまったと思った。
言質を取られたという状態である。
「う……うちに、任せ……て、あはは……はぁ」
(仕方ないか……これも先生との約束じゃもんね……はぁ……)
その時心の中でまでため息を吐いていたチョンカの頭に突然声が響きだす。
『チョンカ、聞こえるか? 俺だ、ワカメボーイだ』
「え! ワカメボーイさん?」
振り返りながら思わず口から名前を出してしまったチョンカを見て、スジ子とヒレ美はテレパシーだと気付き表情を引き締めた。
チョンカにワカメボーイからテレパシーがくるとなると、戦況報告なのだろうと予想がつくからだ。
『うん、聞こえとるよ! なんかあったん?』
『ああ、実はな、港から大量のウニが上陸してきやがったんだ。最悪なことに奴ら町のワカメを食ってやがるんだ!』
『ワカメを……? か、数はどのくらいおるん?』
『それが数え切れねえくらいいやがって、まだまだ上陸中だ。攻撃はしてこねえんだが俺のワカメを、俺のワカメを……!』
ワカメボーイは愛しているワカメを食い散らかされて取り乱しているようだった。
ワカメを食べられて悔しがる感覚が分からないチョンカは、声を聞いて逆に冷静になっていた。
『ワカメボーイさん、うちも行くけぇ、待っとって!』
『ああ、頼む! 結構な数が既に町に入っちまってるんだ、チョンカはそっちを!』
チョンカは、座ってこちらをずっと見ていたスジ子とヒレ美のほうへ視線を投げる。
チョンカの真剣な眼差しで、二人は何かがあったことを悟った。
「うち、行ってくるけぇね!」
「うん、チョンカちゃん、気をつけてね?」
「チョンカちゃん、絶対帰っておいでよ? おばちゃん、待ってるからね!」
二人の心配そうで、申し訳そうな眼差しを受け、チョンカはコクリと頷いて返事をする。
「ラブ公」
「うん、チョンカちゃん! 怖いけど僕、チョンカちゃんから離れないからね!」
「うん! 行くよ!」
チョンカはラブ公を抱えて、急ぎワカメボーイ邸から飛び出していったのだった。
「あーあ……スジ子も母ちゃんも、どこ行っちまったんだろう……あひっひ!」
チョンカがワカメボーイ邸を飛び出した時、スジ太郎はスジ子の言うように未だランプ邸の柵に繋がれたままであった。
「西京さんもひどいよなぁ……あ、あ、あいぃー! はぁ、はぁ……俺、いつまでここで、んひっ!」
西京に放置されたときから度重なる放乳でランプ邸の玄関前はスジ太郎の乳で水溜りがそこかしこに出来上がっていた。
「あー、乳が止まらねぇ……おっほっ! 誰か止めてくれなねえかな、ひぎぃ! ……誰でもいいから授乳してぇ……ほっほうほ! はぁ……これ、乳首つねったら止まらねえかなぁ………………ひぎいいいぃいぃぃいいっぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
チョンカ達が見たら半殺しの目にあっていたであろうが、今は誰もいないのだ。荒くなった息を整えつつ、寂しさを紛らわすようにスジ太郎は己の乳を揉みしだいていた。と、その時であった。
不意にスジ太郎の後ろにある茂みが音を立てて揺れだした。物音にスジ太郎は振り返った。
「う……え、え? う、ウニ……? は?」
茂みから出てきたのは大人一人が中腰になった程の大きなウニであった。
あまりにも予想外すぎる出来事に、スジ太郎の乳が滝のように流れ出る。
「あ、あああんっ! ほっほ! あ、あかんっ! 驚きすぎて! ウニっ! ウニー!!」
もちろんスジ太郎は身の危険を感じていた。感じてはいたのだが、本人はいかんせん乳が止まらず、快楽によって危険を回避するどころではないのだ。ウニから逃げようだとか、危険を回避しようという考えよりも乳を止めたいという気持ちが先に立ってしまうのだ。
「あひっあひっと、止まれ、とまって、とまほほぅい! はぁ、はぁ、あ、あれ?」
ウニは襲っては来なかった。むしろスジ太郎など眼中にない様子で夢中になってランプ邸の装飾ワカメを食べていたのだ。
「はぁ、はぁ、なんだこいつ……おっほ! うぃ~……ワカメ食ってるのか?」
訳が分からなかった。突然現れたウニ。自分が知ってるのはケプラというワカメシティになる前の町なのだ。ワカメシティとなってからはこういう生物が街中を闊歩でもしているのかとも思った。
とりあえずどういう理由があったとしても、目の前のウニは自分を襲うつもりはないようだ。そう考えたら乳の出が少し緩やかになった。どの道自分は繋がれていて逃げることは出来ないのだ。
助かった。スジ太郎がそう思い安堵のため息を吐いた時であった。
ワカメを貪るように食い散らかしていたウニの体が一瞬ぼんやり光ったのだ。
スジ太郎はそれを目撃した瞬間、ウニを取り巻く空気が変わったように感じた。
そしてそれはスジ太郎の気のせいではなかった。
それまではワカメに夢中だったウニが、スジ太郎の方へ向いたのだ。
おもちゃに飽きた子供のように、もうワカメなどには見向きもせずにスジ太郎の方へ這い寄ってきた。
無数の棘を逆立てながら……
「う、うわぁああぁあ! な、なんだ急にぅひっひ! あ、あ、あいいいぃぃぃい!!」
悲鳴と共に流れ出す大量の乳を止めようともせず、スジ太郎はウニとは逆方向へ走り出したが、西京のかけた紐が邪魔をする。首輪が食い込み咳き込んでしまうが、スジ太郎はウニから今度こそ命の危険を感じたのだ。それどころではなかった。
串刺しにされてしまうと直感したからだ。
ブチっという音が足元から聞こえた。
スジ太郎が恐る恐る自分の足元を確認すると、ふくらはぎにウニの棘が刺さり貫通し、とめどなく血が溢れていた。
ウニが棘を飛ばしてきたのだ。
「ああぁ、あっつ……あっひっ! あんっ!」
貫通による痛みが足から体全体に走り、その反動で乳が出て快楽を感じてしまう。
スジ太郎は涙を流していた。
「誰か……あひっ、た、たすけ…おっほ!」
獲物の足を止め、じわりじわりと距離を詰めるウニは、その全身の棘を以ってスジ太郎の全身を貫こうとしていた。
スジ太郎は恐怖と痛みと快楽で錯乱しつつ地面にへたり込みながら必死で後ずさりをしていた。
「は、はわぁあああぁあぁぁああ! よ、寄るな!! よ、あ、あんっ! あ、ああああぁ!」
棘がスジ太郎までほんの数センチ、スジ太郎は恐怖から目を閉じ震えて蹲ったのだが、なかなか痛みが襲ってこない。
いつまで待ってもやってこない痛みに疑問を感じ、恐る恐る目の前の光景へと再び目をやると、そこにはウニではなくワカメがあった。
ワカメは肩で息をしながら、木の板を片手にスジ太郎の前に立っていた。
ふと周りを見渡せばウニが茂みのほうへ転がりもがいている。
「う、うっほ! ん、ん」
安心から乳が止まらないスジ太郎は涙を流しながら目の前のワカメが叫ぶのを聞いた。
「それ以上私の息子に何かしてみろ!! 絶対に許さんぞ!!」
「…………と、父ちゃ……父ちゃ」
スジ太郎はワカメのせいですぐには分からなかったが、そのワカメはランプであった。