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先生の戦い

 チョンカたちは再び、ワカメシティの北門であるコンブ門の外にいた。


 相変わらず薄暗い空の下、湿りきった空気に晒されながらチョンカは長いマフラーを揺らす西京を見ていた。



「ふむ、いるね。五十匹くらいのウニが北の森をこちらへ進軍しているね。……気持ち悪い光景だね」



 西京はクレアボヤンスを使用し、迫り来る軍勢の様子を瞳に映していた。



「先生!」


「チョンカ君行ってくるよ。なに、心配しなくてもすぐに帰ってくるさ。それよりも町はワカメボーイ君に任せればいい。君は、もしものときにランプ君たちを守るように心がけなさい」



 そう言われてハテナマークが灯ったチョンカの頭を西京は優しく撫でながら続ける。



「チョンカ君がたくさんの責任を負おうとはしなくていいのだよ。それはワカメボーイ君の役目さ。それよりも君がこの町で仲良くなった人を守ることを考えなさい。いいね?」


「はい! 先生!」


「ワカメボーイ君」


「ああ、先生。見送った後、町の連中は全員俺の屋敷に入ってもらう。外で警戒に当たるのは管理局の連中にさせるつもりだ」


「私は今回の敵と会ったことがないからね。何が起こるか分からない。十分に気を付けるように。それじゃあ、ちょっと行ってくるよ」



 そういった瞬間、西京の姿が消えた。

 チョンカはこれまで気丈に振る舞っていたが、やはり西京と離れた途端にどうしようもない不安が襲い掛かってきた。

 保護者とはぐれて迷子になった子どものような気持ちになってしまう。

 そんなチョンカを見て、肩につかまっていたラブ公がチョンカを励ました。



「チョンカちゃん、大丈夫だよ」


「ラブ公……うん! ごめん! うち弱気になっとった。ラブ公もいるんじゃし、うちは大丈夫じゃよ!」


「うん! そうだよ、チョンカちゃん。僕、チョンカちゃんが辛いときは絶対そばにいるよ」



 チョンカはラブ公を強く抱きしめる。

 家族の支えを得られたチョンカは、先ほどまでの不安は消え、何でもできそうな気持ちになっていた。



「チョンカ、ラブ公、そろそろ屋敷に戻るぜ」



 同じく西京の見送りに来ていたワカメボーイに声をかけられ、チョンカは振り返り、ワカメシティに歩きだす。



「そうだ、ラブ公。おまえにいいもんをやろう」


「え! いいもの~?」



 ワカメボーイの後ろに控えていた部下が、嬉しさを隠しきれないラブ公に二本の竹竿を手渡した。

 中心部分に足場がくくりつけてあるそれは、まさに竹馬であった。



「こいつに乗ることができたらチョンカと同じ速さで歩けるし、目線も随分近くなると思うぜ?」


「え、え、ぼ、僕にくれるの?」


「……あのとき随分怖がらせちまったみたいだからな……受け取ってくれるか?」



 ラブ公は渡された竹馬を握り締める。そして顔を上げ、ワカメボーイに真っ赤な笑顔を見せた。



「ワカメボーイさん! ありがとう! 僕いっぱい練習するね!」



 チョンカたちはワカメボーイ邸へ戻って行った。

 西京の予想が当たれば、これから戦闘が始まることになる。

 チョンカはワカメボーイ邸に着いたら、まずはスジ子を探そうと思っていた。


 ワカメシティを海岸沿いに北上すると小高い山が見えてくる。

 山の西側は海、東側と南側には森が広がっているのだが、ワカメシティへ向けて進軍中のウニたちは南側の森にいた。

 森の中をうごめくように進軍するウニたちの中、エスパーであるウニは、まるで守られているかのように集団の中心に位置する場所にいた。



「…………! …………!!」



 ウニ同士の会話はなく、各々が自由にうごめいているように見えて統率は取れているようだった。ただし、エスパーウニからの特別な指示などもなく、無言で進軍を続ける一行は傍から見ればかなり不気味に映ることであろう。

 そのような進軍中に突然異変が起きる。



「……がぁっ!」



 突然エスパーウニの体が後ろに傾きながら宙に浮いたのだ。



「……!? ご、ごはっ!」



 何が起こったのかは分からないが、眼下に見知らぬ腕が見えた。

 よくよく見てみれば、その腕は体を殻ごと貫いていた。



「おっと、喋らないでくれないかな?」



 背後からエスパーウニの知らない声がした。

 テレポーテーションでこの場へ飛んできた西京であった。

 西京に容赦などなかった。

 チョンカたちのいたコンブ門から、即座にウニの背後にテレポートし、言葉を発する間も与えずに背後から手刀で貫いたのだ。



「君に聞きたいことがあるから、わざわざ接触しているのさ。君はあと三十秒ほどで死ぬのだよ。喋ったりして体力を消耗すると、ただでさえ短い寿命がさらに短くなるからね、さっそく覗かせてもらうよ?」


「お、おまえは……がふっ……」



 西京はそう告げるとクレアエンパシーを試みる。

 もちろんエスパーウニから情報を引き出すためである。

 ラピスティ教団について、このウニが知っているであろう全てを。

 森の上空から広範囲攻撃による殲滅せんめつを行わなかったのは、このためであった。



「む、無駄……だ……」


「……ふむ、おかしいね。私のクレアエンパシーが効かないとは。特別な何かをしているのかな? 教えてくれないかい?」



 おかしいと言えば周囲のウニたちもだった。突然の敵襲に加え、進軍のリーダーであるエスパーウニが命を落とそうというときに、誰一人として向かってこない。それどころか進軍を続けようとしていた。



「き……貴様、何者だ……?」


「今から死にゆく君に名乗っても仕方がないじゃないか。情報が引き出せないのならもういいさ。魂を浄化してあげよう」



 エスパーウニの体が、西京の突き刺した腕ごと燃え上がる。

 その炎は西京のパイロキネシスによるものであるが、魂まで燃やし尽くすことのできる西京の最も得意とする能力である。



「おや? 炎色反応がないね……魂が存在しない……?」



 西京は燃えカスすら残さずに消え去るエスパーウニを見送っていたのだが、ウニの集団の中に突如もう一つのエスパー反応があることに気が付く。

 エスパーの方向に視線を走らせたと同時に、ウニの殻から飛ばされた数十本の針が襲い掛かってきた。



(私が反応を見落とした? ……いや、これは……)



 西京は相手を上回る精神力と反応速度をもって、一直線に飛び掛かってきた針にサイコキネシスをかける。

 全ての針は西京に到達することなく空中で静止させられてしまう。



「サイコポゼッションかい?」



 針を飛ばしてきたウニがその言葉に反応を示す。



「おまえが西京か……? 半分正解だが半分間違いだ。やはり報告通り、おまえは恐ろしいエスパーだな」


「ふむ……報告、ね。私はありがたいのだが、あまり敵に情報を与えないことをお勧めするよ。サイコポゼッションではないのなら、どういう能力なのか私には心当たりがないのだが、教えてはくれないのだろうね」


「ふっふ……当たり前だ」



 西京の左手を光が覆う。



「では話し合いは終了しよう。もう面倒なので、いっそのこと君の本拠地で続きを話そうか」



 キーンという鋭い音が響いた後、何かが決壊したかのようにいくつもの大きな破裂音が次々と重なった。森の木々が揺れ、鳥たちが突然の爆鳴ばくめいに一斉に羽ばたきだす。

 進軍していたウニたちはすべからく内側から破裂し、体内の奥から発生した炎により、その体組織の全てが燃え、空気と溶け合っていた。

 森には西京を除いて動くものはいなくなった。



「おや、やはり山の北側にエスパーの反応が現れたね。ではこれがどんな能力か、さっそく聞きに行ってみようか」



 テレポーテーションを使用した西京は森から姿を消した。


 サイコプレッシャーと西京が呼ぶその能力で、対象の周りの気圧を極端に低下させ、内部からの破裂を引き起こしたのだ。



(ふふ、チョンカ君には内緒の能力さ)



 ──という西京の声が聞こえてきそうなほどに恐ろしいその圧倒的な力は、抵抗がなかったとは言え、その場にいた五十体を即座に爆散させ、重ねがけをしたパイロキネシスにより消滅させてしまった。

 揺れた木々から木の葉が落ちきると、森はいつもの静けさを取り戻したのだった。


 山の北側にある平原には、周囲に何もなく、およそ人間が立ち入る場所ではなかった。

 平原の東に南北をつなぐ街道が走っているが小高い丘に阻まれ、街道から平原は見えないようになっている。

 そんな人目につかない何もない平原に、明らかな人工物である地下へ続く階段がポツンと設置されていた。

 エスパーの反応を感知し、その場所をクレアボヤンスで確認した西京は、階段の上空にテレポートをしていた。



「さて、ここが本拠地かな。お邪魔するのも悪いから、ここから呼び鈴を鳴らしてみようか」



 地鳴りが響く。

 地鳴りは次第にその大きさを増し、その大きさにつられるかのように大地が揺れだす。

 近くの野生の動物が異変を察知し、その場から少しでも遠ざかろうと我先にと逃げ出した。

 そして大きすぎる大地の揺れは平原に亀裂を生じさせ、地面が隆起を始めた。



「サイコキネシス」



 無数の亀裂がとどまることを知らぬように彼方まで走り、地中奥深くからおどろおどろしい大地の悲鳴のような轟音が平原中に響き渡った。

 そして一際大きな亀裂が、一辺が百メートルほどの正方形を形作っていた。

 西京のサイコキネシスの力によって、その形を保ったまま盛り上がり、地下から少しずつ浮かび上がろうとしていた。

 地面をくりぬいてできた高さ二百メートルほどの直方体が空中で静止する。

 西京は、さらに力を込め、直方体から土を全て落としきり、人工物の部分だけを空中に残し、ガラス越しの蟻の巣のような状態となっていた。



「そこの部屋かな? おーい、私が入るのは面倒なので出てきてくれないかい? 遊ぼうじゃないか。そーれ」



 パイロキネシスによって発生した火球がエスパーの反応のあった部屋の側面を炙るように押し付けられ、一秒と持たずに壁が溶解し、部屋の内部があらわになった。



「に……西京、なんということを……ここまでの力を持っていたのか……本当に何者なんだ!」


「君に質問する権利はない。ただ私の質問に答えなさい。勘違いはいけないよ? 生まれてから今日まで君が持っているものは権利などではなく、私の意に従う義務のみなのだから」



 西京がそう告げた瞬間、ウニの本拠地の最下部、地中にあったときは一番下の地下室であったであろう部屋が炎とともに弾け飛んだ。

 土と岩と、ウニの殻が空を舞い、炎に巻かれながら地表へ投げ出された。



「一番広い部屋を壊してみたよ。おやおや、たくさんウニがいたようだね。君の部下なのではないかい?」


「ま、待て!」



 炎によって空いた穴から顔を覗かせ、叫ぶエスパーウニであったが、今度はウニのいる部屋の隣の部屋が弾け飛ぶ。



「今何か言ったのかい? 聞こえなかったね。私の質問に答える気があるのなら降りておいで。そうしないと、どんどん君の秘密基地が壊れてしまうよ?」


「……チッ! 分かった! 分かったから降りる! 降りるからやめろ!!」



 慌てて部屋から飛び降りたエスパーウニが地面に着地し、高所から飛び降りた衝撃で地面を転がった。

 そして針を器用に使い、ブレーキをかけるように静止した瞬間、空中に静止した状態のままの本拠地全てが炎に包まれた。

 全てを溶かし尽くし気化させる炎の圧倒的な勢いに目を奪われ、全てが風になってしまうまでエスパーウニは唖然とそれを見ていた。

 本拠地消失を確認し、西京がエスパーウニの眼前に降り立つ。



「さあ、話を聞こうか」


「……お……おまえ! 降りてきたら燃やさないって──」


「そんなことは言っていない。どうやら君は他のウニたちの体の間を魂のみで自由に移動できるようだね。だから他のウニは全滅してもらったのだよ」


「……な、なんてことだ。ほんの一瞬で俺の体が……」



 エスパーウニのその一言で、西京は納得がいったような表情を浮かべる。



「ふむ、やはりそうか。炎色反応を起こさないのでおかしいと思っていたが、他のウニたちは君が作り出したものだね?」


「……そうだ。あれらは古代の技術で俺の体組織から作り出した俺の同位体だ。それぞれに意思はないが俺が操っている……」


「ほう、古代の技術ね。君にクレアエンパシーが効かないのも古代の技術かい?」


「ふん……それは古代にあったエスパーの能力の上位版みたいなものだ……」



 西京の推測していた範疇に、その可能性も含まれていた。

 古代の遺産を求めるエスパー至上主義の集団、ラピスティ教団。

 自分の能力が効かないほどのサイコシールド。

 これは、西京も知りえない古代の何かをラピスティ教団が所持している可能性を示唆していたからだ。



「さっきから使ってるが、俺の与えられた能力はアニマエンパシーって言ってな、俺の同位体と魂を共有することができるんだ」


「与えられた……。ラピスティ教団についても教えてくれるかい?」


「いや、教えられるのはここまでだ。なぁ、おまえ、教団に入らないか? 教団員でもない普通のエスパーがこんな力を持ってるなんてあり得ないだろ」



 エスパーウニの体がびくりと痙攣を起こした。

 西京の手刀が、再びウニの体を貫いていたのだ。



「ふむ、君にこれ以上喋る気がないなら無へ還りたまえ」


「……あ、が、がふぅ! ば、馬鹿が……そう何度も同じ手は……食わん! アニマシールド! アニマガード!!」



 ウニの体が、体を貫いていた西京ごと輝きだし、二人の体を包むように定着していく。



「俺の体を……全滅させたと言ったな? グハッ! ははは、確かに今ここにいる俺を含めて本拠地は全滅だ……はははは、じゃあな西京……おまえはこのままここから動くことはでき……な……い……」



 ウニの体が西京の腕から滑るように抜け、魂の抜け殻となった体が地面に落下する。

 しかし西京を包む光は消えることはなかった。



(これは……体が動かない……? そうか、スジ太郎の乳にかけられていたのも、さっきクレアエンパシーが効かなかったのもこれか)



 西京はなんとか体を動かそうと試みてみるが、ウニのアニマガードに阻まれ、身動き一つ取ることができない。

 どうやら能力の使用者であるウニが自発的に解除するか、自らシールドやガードを破る他に方法はなさそうだった。



(まずいね……奴の言い方だと……チョンカ君が危ない……)



 ウニの残した言葉は、他にもまだ同位体が存在するという意味に他ならない。

 そして西京の予想通りであるならば、その同位体は今頃町に攻め入っている。

 西京は何度ももがいてみるが、やはりアニマシールドもアニマガードも破れそうにもない。どちらに重きを置いているかは分からないがシールドとガードを併用している以上、どちらの障壁強度も完璧ではないはずなのに破れない。西京に焦りの色が見え始める。



(チョンカ君……すまない。無事でいてくれよ……)



 チョンカを心配する気持ちとは別に、西京は久方ぶりに敗北を味わっていた。

 この能力を欲する気持ちと、どうすれば超えることができるかを深く考えていた。

 正直なところ教団を滅ぼすことに味気なさを感じていたが、少し面白くなりそうだと薄く笑っていたのだった。

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